才事記

父の先見

先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。

ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日本もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。

それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、若いダンサーたちが次々に登場してきて、それに父が目を細めたのだろうと想う。日本のケーキがおいしくなったことと併せて、このことをあんな時期に洩らしていたのが父らしかった。

そのころ父は次のようにも言っていた。「セイゴオ、できるだけ日生劇場に行きなさい。武原はんの地唄舞と越路吹雪の舞台を見逃したらあかんで」。その通りにしたわけではないが、武原はんはかなり見た。六本木の稽古場にも通った。日生劇場は村野藤吾設計の、ホールが巨大な貝殻の中にくるまれたような劇場である。父は劇場も見ておきなさいと言ったのだったろう。

ユリアのダンスを見ていると、ロシア人の身体表現の何が図抜けているかがよくわかる。ニジンスキー、イーダ・ルビンシュタイン、アンナ・パブロワも、かくありなむということが蘇る。ルドルフ・ヌレエフがシルヴィ・ギエムやローラン・イレーヌをあのように育てたこともユリアを通して伝わってくる。

リカルドとユリアの熱情的ダンス

武原はんからは山村流の上方舞の真骨頂がわかるだけでなく、いっとき青山二郎の後妻として暮らしていたこと、「なだ万」の若女将として仕切っていた気っ風、写経と俳句を毎日レッスンしていたことが、地唄の《雪》や《黒髪》を通して寄せてきた。

踊りにはヘタウマはいらない。極上にかぎるのである。

ヘタウマではなくて勝新太郎の踊りならいいのだが、ああいう軽妙ではないのなら、ヘタウマはほしくない。とはいえその極上はぎりぎり、きわきわでしか成立しない。

コッキ&ユリアに比するに、たとえばマイケル・マリトゥスキーとジョアンナ・ルーニス、あるいはアルナス・ビゾーカスとカチューシャ・デミドヴァのコンビネーションがあるけれど、いよいよそのぎりぎりときわきわに心を奪われて見てみると、やはりユリアが極上のピンなのである。

こういうことは、ひょっとするとダンスや踊りに特有なのかもしれない。これが絵画や落語や楽曲なら、それぞれの個性でよろしい、それぞれがおもしろいということにもなるのだが、ダンスや踊りはそうはいかない。秘めるか、爆(は)ぜるか。そのきわきわが踊りなのだ。だからダンスは踊りは見続けるしかないものなのだ。

4世井上八千代と武原はん

父は、長らく「秘める」ほうの見巧者だった。だからぼくにも先代の井上八千代を見るように何度も勧めた。ケーキより和菓子だったのである。それが日本もおいしいケーキに向かいはじめた。そこで不意打ちのような「ダンスとケーキ」だったのである。

体の動きや形は出来不出来がすぐにバレる。このことがわからないと、「みんな、がんばってる」ばかりで了ってしまう。ただ「このことがわからないと」とはどういうことかというと、その説明は難しい。

難しいけれども、こんな話ではどうか。花はどんな花も出来がいい。花には不出来がない。虫や動物たちも早晩そうである。みんな出来がいい。不出来に見えたとしたら、他の虫や動物の何かと較べるからだが、それでもしばらく付き合っていくと、大半の虫や動物はかなり出来がいいことが納得できる。カモノハシもピューマも美しい。むろん魚や鳥にも不出来がない。これは「有機体の美」とういものである。

ゴミムシダマシの形態美

ところが世の中には、そうでないものがいっぱいある。製品や商品がそういうものだ。とりわけアートのたぐいがそうなっている。とくに現代アートなどは出来不出来がわんさかありながら、そんなことを議論してはいけませんと裏約束しているかのように褒めあうようになってしまった。値段もついた。
 結局、「みんな、がんばってるね」なのだ。これは「個性の表現」を認め合おうとしてきたからだ。情けないことだ。

ダンスや踊りには有機体が充ちている。充ちたうえで制御され、エクスパンションされ、限界が突破されていく。そこは花や虫や鳥とまったく同じなのである。

それならスポーツもそうではないかと想うかもしれないが、チッチッチ、そこはちょっとワケが違う。スポーツは勝ち負けを付きまとわせすぎた。どんな身体表現も及ばないような動きや、すばらしくストイックな姿態もあるにもかかわらず、それはあくまで試合中のワンシーンなのだ。またその姿態は本人がめざしている充当ではなく、また観客が期待している美しさでもないのかもしれない。スポーツにおいて勝たなければ美しさは浮上しない。アスリートでは上位3位の美を褒めることはあったとしても、13位の予選落ちの選手を採り上げるということはしない。

いやいやショウダンスだっていろいろの大会で順位がつくではないかと言うかもしれないが、それはペケである。審査員が選ぶ基準を反映させて歓しむものではないと思うべきなのだ。

父は風変わりな趣向の持ち主だった。おもしろいものなら、たいてい家族を従えて見にいった。南座の歌舞伎や京宝の映画も西京極のラグビーも、家族とともに見る。ストリップにも家族揃って行った。

幼いセイゴオと父・太十郎

こうして、ぼくは「見ること」を、ときには「試みること」(表現すること)以上に大切にするようになったのだと思う。このことは「読むこと」を「書くこと」以上に大切にしてきたことにも関係する。

しかし、世間では「見る」や「読む」には才能を測らない。見方や読み方に拍手をおくらない。見者や読者を評価してこなかったのだ。

この習慣は残念ながらもう覆らないだろうな、まあそれでもいいかと諦めていたのだが、ごくごく最近に急激にこのことを見直さざるをえなくなることがおこった。チャットGPTが「見る」や「読む」を代行するようになったからだ。けれどねえ、おいおい、君たち、こんなことで騒いではいけません。きゃつらにはコッキ&ユリアも武原はんもわからないじゃないか。AIではルンバのエロスはつくれないじゃないか。

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エゾテリスム思想

西洋隠秘学の系譜

アントワーヌ・フェーヴル

白水社(文庫クセジュ) 1995

Antoine Faivre
L'ésotérism 1992
[訳]田中義廣
編集:山本康 協力:ミシェル・ルーヨ 吉永進一
装幀:田淵裕一

本書は、オカルトっぽいこと、たとえばテレパシー、瞑想、こっくりさん、超常現象、ナスカの地上絵、手相、UFO、スーフィズムなどを、一緒くたに神秘主義的なものと思う安易な向きが少なくないようだけれど、これは訂正したほうがいいという本です。

 本書は、オカルトっぽいこと、たとえばテレパシー、瞑想、こっくりさん、超常現象、ナスカの地上絵、手相、UFO、スーフィズムなどを、一緒くたに神秘主義的なものと思う安易な向きが少なくないようだけれど、これは訂正したほうがいいという本です。神秘主義は他のさまざまな思想と同様、それなりに厳密なのですよ。ただその厳密さが、他の思想の解読法とはちがっている。
 神秘主義のことをギリシア語ではミスティーク(Mystik)、英語ではミスティシズム(mysticism)といい、神秘主義思想のことをフランス語ではエゾテリスム(ésotérisme)、英語ではエソテリシズム(esotericism)といいます。今夜の千夜千冊はフランス語の翻訳本なのでエゾテリスムをつかいますが、ときどき英仏日がちゃんぽんになる。そこは気にしないでください。
 エゾテリスムにはいろいろな別名があります。秘教、ミスティシズム、魔術、秘密主義、神秘主義、オカルティズム、隠秘哲学、秘儀、秘密主義、心霊主義、タントリズム、神智学、汎知学、自然魔法主義、スピリチュアリズム、異端思想などなど。濃淡はあるものの、どれもこれもエゾテリスムです。密教だって英語でいえば“Esoteric Buddhism”ですからね。けれどもそこにはけっこういろいろな線引がある。
 語法的にいうと、ラテン語世界に「エクソテリック」(公教的・公開的・世俗的)に対するに、これを離れて体験したり議論する「エソテリック」(秘教的・秘伝的・奥義的)という見方がありました。広げるのではなく、伏せる。見せるのではなく、隠す。そういうことをめざした。だからその中身はいわゆるミスティシズム(mysticism)やオカルティズム(occultism)と重なります。重なるのですが、とはいえなにもかもがオカルトではないのです。いいですか。
 だったらいろんな言い方をしないで、神秘主義について用語統一をしたらいいのですが、そうはならなかった。まあ、このへんの用語の使い方は慣れてくるとおっつけ見当がつくでしょうし、その用法のちがいもたいして重要ではありませんから、これまたあまり気にしないでください。
 それより、さまざまなエゾテリスムにはそれなりのちがいがあるにもかかわらず(セクトも対立も瀕死の重傷もあったにもかかわらず)、何かが強く共通してきたのです。そこが重要です。その共通しているのは何かというと、一言でいえば「非合理なことがとても気になる」ということです。

非合理がとても気になる
左上から、超常現象をとりあげつづけているオカルト雑誌『ムー』、海の未確認生物として20世紀最大のミステリーとなったネッシー、いまだ目的が謎とされるナスカの巨大地上絵、スプーン曲げで日本に超能力ブームを起こしたユリ・ゲラー、未知の言語体系で書かれている古文書『ヴィオニッチ手稿』、プロ霊媒師ウィリアム・ホープによる心霊写真。さまざまな超常現象が次々と噂され、多くの人々を熱狂させてきた。エゾテリスムはこれらと何が同じで、何が違うのか。

星占いは終わらない
現在の星占い界では、「FIGARO」の石井ゆかりと「VOGUEGIRL」のしいたけのツートップが老若男女問わず人気を独占している。石井は文芸誌『群像』で「星占い的思考」について論じる連載ももつ。ちなみに今週の「しいたけ占い」で松岡の水瓶座は、独自の“ゲーム感覚”で攻略法を考える強さがさらに発揮されると予言されている。

 非合理(irrational)というのは「合理的ではない」「合理のリクツでは説明がつかない」ということです。
 合理とはラショナル(rational)でリーズナブル(reasonable)な考え方が確立していくことですから、そこにはロジカルなロゴス(言葉・論理)がしっかり組みこまれています。だから代表的な合理主義といえば18世紀前後に確立した理性哲学をさす。数学や法の大半も合理的な一貫性が成立することを求めます。
 これが合理というものですが、ところが経験はそういう合理で一貫しません。自分の経験を合理的に説明することは不可能です。幼児がそうであるように、自分が体験したことが推理(reason)の起点になっている。それぞれの実感や印象や、「惹かれた人」の言っていることのほうが大事なのです。けれどもやがて合理の社会に巻きこまれるうちに、非合理的なことが排除されているのを知って、ついつい合理的な日々をおくり、合理的な考え方をするようになってしまいます。
 しかし、宗教や神秘主義はそこにあえて反旗をひるがしてきたのですよ。そこで宗教学者のルドルフ・オットーは「宗教の本質は非合理である」と言いました。ただし非合理は合理ではないのだから、リクツでは説明しがたい。そのため説明できない自分の経験は、なんだか直観にばかり頼っていたような気になってしまいます。
 けれども実は、そうともいえないのです。非合理は、合理の成立にも含まれているのです。リサ・ボルトロッティに『非合理性』(岩波書店)という本があるので覗いてみてください。「理性には非合理性が必要だった」という画期的な中身です。
 というわけで、非合理的なことが気になるというのは「非合理の重要性を確信したい」ということです。むしろ合理では説明がつかないこと、非合理な現象なのにそこにとても大事な中身が感じられる気がすること、その現象に注目したく、そのことをめぐる議論に参画していたいと思うことです。そして、このことこそがエゾテリスムにひそむ驚くべき共通力なのです。

ルドルフ・オットーと『聖なるもの』
「合理的に発達した宗教の核心には、非合理的なもの――感情や予覚による圧倒的な『聖なるもの』の経験が存在する。」と明言したルドルフ・オットー。主著『聖なるもの』は、宗教学の重要な原典となっている。オットーが与えた影響は大きく、その範囲は宗教史家のミルチャ・エリアーデ、分析心理学の創始者カール・ユング、『啓蒙の弁証法』で知られるマックス・ホルクハイマー、実存主義哲学者のハンス・ヨナスなどにおよぶ。

 それでは、その共通するものはどのように特徴づけられるかというと、端的には説明できませんが(端的ではないのがエゾテリスムの特色ですから)、本書はエゾテリスムに共通しているのは次の6つのことだろうとみなしました。
 ①コレスポンダンス(照応)の実感、②生きている自然との共振性、③想像力と結びつく媒体性、④忘れがたい変成体験、⑤コンコルダンス(和協)を実践すること、⑥伝授の方法があること、この6つです。
 この見方はマキシマムなものではないけれど、得体が知れない神秘主義の特色を大づかみするには、そこそこわかりやすいのではないかと思います。ぼくの見解もまじえて、ざっと説明しておきます。

 ①「コレスポンダンス(照応)の実感」とは、見える世界であれ見えない世界であれ、象徴と現実のあいだには照応関係があるとみなすことをいいます。たとえば惑星と人体の関係、神々の能力と社会制度の関係、自然現象と欲望喚起の関係などに、なんらかの照応があるとみなす。神秘主義者たちの大半は、このコレスポンダンス(correspondences)を必ず重視しました。
 エゾテリスムは、コレスポンダンスには汎用的な相互作用のようなものがはたらいていると確信したのですが、その照応関係は大なり小なり隠されている(オカルトされている)だろうとも考えます。その隠れた関係の探索には、たいていアナロジー(類比)とシミリチュード(類似)が駆使されました。
 オカルト(occult)とは、もともと「隠されていること一般」をいう用語で、それがしだいに「あえて隠したもの」「隠しておきたいもの」というふうに隠秘の意図をもつというふうに変わっていきました。こうして、コレスポンダンスは「隠されて見えなくなった関係」に新たに気づくことになったのです。そのためルネサンスの思想や表現の大半がコレスポンダントしていました。
 神秘主義でいうコレスポンダンスは、その照応力が互いに反応しあっていると解釈する傾向が強かったのです。だからボードレール(773夜)は『悪の華』の中の有名な詩「コレスポンダンス」を、こう結んでいます。「無限なるものの拡がりをもつ。琥珀や麝香、安息香や乳香のごとくに。これら芳香を放つものは、精神と感覚の横溢を謳っている」と。

錬金術におけるミクロコスモスとマクロコスモス
「上なるものは下なるものと同じく、下なるものは上なるものに同じ」。錬金術の奥義を書いた最古の文書(偽書)であるエメラルド・タブレットのフレーズは、ミクロコスモスとマクロコスモスの照応を最もよく暗示する。ここでいう「上」とは、天上界ー宇宙(=マクロコスモス)ー黄金ー完全といった言葉群に読み替えられた。左図は自らの尾を噛み円環を成す蛇ウロボロス。生と死と再生の循環「宇宙」を象徴している。
右図は錬金術師リプリー作とされる偽書。賢者の石の製造プロセスを描いたもの。中央の怪鳥はウロボロス同様自らの羽を喰らう。錬金術師たちは宇宙全体の論理=マクロコスモスとの照応を確信していたため、自らの実験室=ミクロコスモスで照応を再現することができれば、不完全な存在たる非金属から黄金という完全なる存在を作り出すことが可能であると考えた。

両界宇宙
左図はロバート・フラッド『宇宙の気象学』より、宇宙における人間と天空現象との関係を描いた図。右図はミクロコスモスの心と記憶の中での反映を示した図。フラッドの代表作『両界宇宙』は2巻本で、第1部は大宇宙の思弁的で形而上学的なワールドモデルを記述し、第2部は記憶術に関する記述がなされている。建築や劇場というトポスと記憶が結びつく背景として、フラッドはミクロコスモスたる人間が内面にマクロコスモス=世界そのものを内在するという照応関係を想定していた。

 ②エゾテリスムは「生きている自然との共振性」を謳います。そうしてきたのは、自然にも物質にも「活力」(この呼び名が神秘主義各派で異なってきた)があるとみなしたからです。活力は森羅万象にひそむエネルゲイアやバイタル・エネルギーのことですが、生命力はここから何かを得ているのです。
 その活力と交信できたり共振したい、いやきっと共振できるはずだ、神秘主義者たちはそう考えました。これは物活論としてのアニミズム(animism)ともいえるのですが、それだけではなく、そこにはしばしばルネサンス期の想像力が大事にした「マギア」(魔力)のような循環力が想定されました。想定されただけでなく、そのような想定力をもつことを、キリスト教神秘主義では「グノーシス」(叡知としての知識)とみなしたのです。それはゲーテ(970夜)がファウストとメフィストテレスに語らしめた「万知」のようなものでもありました。
 もっとも、この物活論的でアニミニズムっぽい自然共振観は、19世紀の科学が物と心を二分したのちは、形を変えて一元論的な唯心論に向かっていくようになります。最近流行のスピリチュアリズム(spiritualism)はおおむねこの領域に入っているでしょう。ただしグノーシスは二元論にこだわります。

デッラ・ポルタと汎知学
ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(左図)は『Phytognomonica』を著した。右図はとある植物のユニコーンや雄羊等の角との類似性を主張する。本書は人体の部位に似た自然物こそがその患部を治療できるとする考えにもとづいている。乳白色の樹液を持つ植物はミルクの生産につながり、サソリのような形をした植物はサソリに刺されたときの治療に使えるとする考え方だ。
デッラ・ポルタの著作には「植物や樹木,動物や鳥,鉱物や岩石のうちなる全自然が、神の力のあまねく宿る一冊の本であり、ゆえに博物誌的に自然のあらゆることを収集、観察、類推することで造物主が作りたもうた世界の原理を解読できるはずだ」とする思潮が躍如している。

 ③「想像力と結びつく媒体性」というのは、想像力は何かを媒体にしているにちがいないということです。コレスポンダンスの実感には、たいてい儀礼道具、ヴィジュアルな象徴物、護符、お守り、曼陀羅、仲介霊といった、特定の道具や媒体がアトリビュートすることが多いのですが、それがエゾテリスムの媒介性をさまざまに彩るのです。
 この、神秘を脇から呼びこむ媒体性や媒介性としての道具立ては、いまや巷間にあふれることになった中世由来の水晶球やタロットカードに有名ですが、そのほかネックレス、ブレスレット、ロザリオ、数珠、エンブレム、持仏などにも広がります。20世紀半ばになってESPカードやプロファイリングなどがこれに加わった。みんな、よくよく知っていることだよね。
 神秘主義に奇妙で異様な想像力を喚起する媒体がかかわるということは、そもそも媒体、すなわちメディウム(メディア)という言葉が「霊媒性」を意味していたことからも予想がつくことで、もともとはシャーマン(shaman)のトランス体験がルーツになっていたと思われます。
 これはどういうことかというと、人類に芽生えた想像力は、初期の人類のマジカルな体験によって生じたのではないかということです。もしそうだとしたら驚天動地だね。
 そこでアンリ・コルバンは「想像的世界」(ムンドゥス・イマギナリス)をめぐる概念のシソーラスを調べ、「想像」や「想像力」(imagination)という言葉がもともと磁気(magnet)、魔術(magia)、イメージ(imago)と類縁関係の言葉であることを示し、人間の想像力そのものの根本に名状しがたい神秘性が内属していたとみなしました。媒体(メディア)の関与は、謎めいた記号やシンボルの表示、暗号文字の使用、魔法の箱への憧れなどにあらわれるのです。

イニシアトゥール(伝授者)
上図はフリーメイソンのウィーン・ロッジを描いたとされる絵画。儀式は独学では達成できず、導く者が必要となる。下図はメイソンの儀式や講義に使うトレーシング・ボード。描かれているのは天国に続くヤコブの梯子。本書でフェーブルは、古代の神秘主義が超越者との直接合一をめざす一方、エゾテリスムは象徴や媒介に関心を抱くという違いがあると述べる。前者はヤコブの梯子を登り切ってしまうことを、後者は梯子の上にとどまっていることを望むのである。

聖なるメディアがフェティッシュを喚起する
磔刑の際キリストの身体を打ちつけたとされる聖釘(左上図)。密教において、煩悩を破壊する仏の心を象徴する武器であり法具である金剛杵(右上図)。日本神話で神武天皇が天照大神から与えられたという霊剣の韴霊剣(茨城県鹿島神宮)(下図)。

 ④「忘れがたい変成体験」については、なんとなく見当がつくだろうと思います。意識の奥で何かが変わっていったと感じることが変成体験です。英語ではアルタード・ステート(alterd state of consciousness)といいます、ASCなどと略す。1969年に意識科学(サイ科学)のチャールズ・タートが研究し、脳科学者のスタニスラフ・グロフが注目し、イルカと遊び、アイソレーション・タンクを発明したジョン・C・リリー(207夜)が有名にした言葉です。
 エゾテリスムはさまざまな神秘体験がともなうことが少なくないのですが、アルタード・ステートはその体験者に「変容」(トランスフォーメション)、「変成」(トランスミューテーション)、「変身」(メタモルフォーズ)をおこすものとみなされます。なんらかの変容・変成・変身を感じたとき、当事者に変成意識状態(アルタード・ステート)が自覚されるのです。それが5分や15分程度のとても短い体験だったとしても、本人はその変成体験が長らく継続するものになっていくのです。
 では、ASCはトランス体験や神懸かりやポゼッション(憑依 possession)とどうちがうのかというと、あまりよくわかっていません。プラトンはダイモーンという神的存在が神と人間のあいだに憑依状態をもうけたと説明しようとしているけれど、あまり説得力がありませんし、キリスト教者の事歴にも数々のアルタード・ステートがおこっている例が示されてきましたが、たいていは奇跡として片付けられてきました。
 さきほどのルドルフ・オットーが「ヌミノーゼ」(Numinöse)という言葉をつかって、聖なる体験の入口を示し「不思議な他者との出会い」を説明しようとしたのですが、これもイマイチでした。ぼくは意識や言葉づかいがAからBに、CからXに切り替わっていくトランジション(transition)がアルタード・ステートの鍵を握っていると見ていますが、これも実験的に説明できるものではありません。ASCはその後、トランスパーソナル心理学などによって知られるようにもなります。

リリーが聞いた遠くの声
LSDやケタミン(麻酔薬)、イルカ研究やアイソレーション・タンクを媒介に、意識の起源をたどったジョン・C・リリーによるリミックス・アルバム「E.C.C.O.」(1993年)。リリーがアルタード・ステート状態で聞いたECCO(Earth Coincidence Control Office=地球暗号制御局)のサブリミナル・メッセージを音に反映させたもの。リリーからのメッセージや、イルカとの異種コミュニケーションが音像化されている。

神懸かりするピュティア
古代ギリシア時代にいたアポロン神殿のピュティア(巫女)を描いたジョン・コリアによる<デルフォイの巫女>(1891年)。大地の亀裂から上昇する霊気と共振することで、神秘のトランス状態となり、神託を伝えた。ピュティアの由来は、デルフォイの古名ピュートとされる。

意識の回路を求めて
左図は、初期のアイソレーション・タンク。防音・防光の部屋にエプソムソルトを溶かした水のプールを設置した。脳が意識を保つためには外部刺激が必要ではないという説を明らかにするため、外部刺激を遮断する実験を行ったことが始まり。しだいに右図のように、無音、無光のタンクを用いた構造になった。アイソレーション・タンクに入ることで、脳波はシータ波に移行し、アルタード・ステートが起こる。

 ⑤「コンコルダンス(和協)を実践すること」については、ちょっと説明がいるでしょう。コンコルダンス(concordance)とは「合致」とか「調和」という意味なのですが、聖書学では聖書の文字の配列の中にことごとく意義を見いだす作業のことや、そのことでできあがっていく暗合表のことをさしました。
 転じて神秘学では、教主や教祖や祭主が言説したテキストの字句の並びに、次々に意図や意義を見いだしていくことをコンコルダンスと言うようになります。文字の並び替え、アナグラム、文字に数価をふりあて吉凶の計算値をいいあてるのもコンコルダンスです。姓名判断で画数やその合計を取り沙汰するのが、わかりやすいコンコルダンスでしょう。
 多くの思想の分析や批評にもコンコルダンスがおこります。エゾテリスムではこれが法外に精緻になったり、とんでもない牽強付会になります。たとえば文字を並び替えて勝手な神の名をつくり、その神名に過剰な意味を付与させたくもなるのです。そうなると呪文や暗号もつくりたくなるし、暗合表も秘密地図もつくりたくなる。これが暗合術であり、「和協」(合致の神秘)です。
 ユダヤ教カバラでは「ゲマトリア」と言って、単語の綴り字に数価をもうけて計算し、その単語が聖なる数を秘めているかどうか、またそのレベルがどの階位のものかを重視しました。数秘術として広まります。

算術を利用した姓名判断
ピタゴラス教徒を起源とし、数秘術(ゲマトリア)や算術にもとづいた姓名判断が、中世後期の西洋で流行した。ロシア語版『秘中の秘』では、初期の姓名判断の例を見ることができる。敵対する2人の名前の数価を足し、それぞれの合計を9で割ることで勝敗を予測するシステムになっている。

 ⑥「伝授の方法があること」は説明不要でしょう。神秘と秘儀の多くは密かに伝授されるものなので、そのための教義やテキスト(経典)や祈りや行動規範がさまざまに工夫されたのです。
 伝統的宗教でも、教相と事相とが各派によってかなり厳密になることも少なくありません。たとえば日本の真言密教では野沢(やたく)十二流(小野流と広沢流)といって、経典の誦み方、護摩のくべ方、印相(ムドラー)の切り方、その他かなりのやりかたが12派に分かれ、それぞれ異なった伝授をしてきたのです。
 伝授の入口や節目に「イニシエーション」(initiation)があるのも特徴です。入会儀式あるいは通過儀礼のことですね。エゾテリスムはこのイニシエーションで独特のプロトコルを入信者に示してきました。
 もともとは部族集団や村落共同体での成人儀礼がイニシエーションだったものが、古代宗教の多くに転換して組み立てられていったのでしょうね。ユダヤ教、ゾロアスター教、ヒントゥ教、仏教、キリスト教、ミトラ教、マニ教、今日の新宗教、どんな宗団にもイニシエーションがあります。
 一方、どこかに行けば導師(グル)のような人物がいて、その指導や暗示に従えば何か大事なことが受信できるだろうとも思われてきました。護符、持仏、教本、ユニフォームなどが配られたり売られたりすることも少なくありません。もちろんインチキもしょっちゅうです。おそらくインチキのほうがずっと多いでしょう。諸君のなかにもあやしい水晶球やブレスレットを買わされた経験の持ち主がいるはずです。それでも、人々は未知の領域に踏み入れたい(イニシエートされたい)のです。ラ・フォンテインの『イニシエーション』(弘文堂)などが参考になるので覗いてみてください。
 武道や芸道はエゾテリスムとはいえませんが、伝授の方法がしばしば「口伝」であり、そこでは師資相承が守られていて、一人ずつに免許皆伝が渡されます。世阿弥(1508夜)の花伝書に代表されますね。千夜千冊エディション『芸と道』(角川ソフィア文庫)を覗いてみてください。

一体化するイニシエーション
上図は、ラ・フォンティンの『イニシエーション』。世界各地に成人儀礼としてのイニシエーションが存在することを検証する。下図上段は、紀元前2000年頃のクレタ島ミノア文明の「牛飛びの儀式」。正面から突進してくる牛の角を掴み、前方に回転して牛の背に飛び乗る様子。下図下段はエチオピアのハマー族による「牛飛びの儀式」。10頭以上並んだ牛の背を、一度も落ちずに4回渡りきらねばならない。これらに成功すると成人として認められ共同体の一員になる。

盲信と義務が啓く未知
導師(グル)というのは、サンスクリット語で「重い」という意味で、そこから尊敬すべき人物や師を指すようになった。クリヤ・ヨーガの新僧侶たちは、3日のイニシエーションの後、導師から、新しい名前を与えられる(左上)。右上の図は、フリーメーソンの最も古い義務を記した『レギウス』。共同体の一部になるには、ほとんどの場合、何らかの戒律があった。18世紀のフランスで、マルティネス・ド・パスカリ(左下)が創設した宇宙の選帝侯騎士団(エリュ・コーエン)は、ユダヤ-キリスト教神秘主義にもとづく道徳的騎士道を教えたが、その実態は、降神術と実践魔術儀礼を目的とした。ノートには、善の天使と邪悪な悪魔の図がある(右下)。

 以上の6つが本書の著者アントワーヌ・フェーヴルがまとめたエゾテリスム思想の特徴です。
 コレスポンダントでコンコルダンスなことに勤(いそ)しみたいという思いが、エゾテリスムを強力に形成してきたのですね。そこにアルタードステートに過敏な人々が惹かれ、その人々のあいだにイニシェーションを設け、それぞれがトランスフォーメーションをめざしてきたのです。
 これらは、たんにオカルトっぽいことが好きだとか、超常現象を信じたいということとは、かなりちがいます。
 もちろん、この程度の解説だけで神秘に惹かれる思想の正体が言い当てられているわけではありませんが、それなりにうまくまとめていると思います。それというのも、エゾテリスムについては研究者たちによってもこれまで立場や思想に応じて、いろいろな説明が乱れとんできたのです。本書もそのでんに洩れません。

 かつて文庫クセジュには、1963年初版のリュック・ブノワの『秘儀伝授:エゾテリスムの世界』が入っていました。日本語版は有田忠郎の訳で、ぼくも60年代後期に目を開かれる思いで読んだ。それが1992年にフェーヴルの本書に主役の座を取って代わられました。
 どうしてそうなったのかということについて、本書の訳者が説明しています。ブノワはルネ・ゲノンの影響を強く受けていたんですね。ルネ・ゲノンはヨーロッパではよく知られた神秘思想家で、かつて世界の秘教はほぼ同一の「普遍的エゾテリスム」という姿をとっていたのですが、ルネサンス以降の近代西洋文明がこれをバラバラにしてしまったという見方を提示した神秘学者です。ゲノンは東洋神秘主義にも理解を示していました。
 ブノワはこの見方に準じて『秘儀伝授』を書いたのですが、きっとそれが当時は片寄っていると判断され、本書が代わって上梓されたらしいのです。フェーヴルは「普遍的エゾテリスム」なんてありえないとするほうで、ゲノンについてはそれなりの敬意を払っているのですが、エゾテリスムをあくまで西洋が生み出したものに戻したのです。
 むろん神秘主義はヨーロッパ特有のものではありません。アフリカにもアジアにも日本にも南米にもオセアニアにもあるし、民間信仰のあるところ、すべてエゾテリックな粒子が飛沫のように飛んでいます。しかし「神秘思想としての議論の歴史」をもっているというと(あるいは神秘主義の歴史が学究的に追跡されてきたというと)、やはりヨーロッパ神秘主義の流れが巨きなものだということになる。それによってユダヤ=キリスト教の流れとそこから派生した神秘主義の分岐性が、ほぼ把握されてきたからです。本書はその点で基本的な流れに立ち戻ろうとしたしたものでした。

エゾテリスムは普遍性を持つのか
世界20カ国で翻訳され、著書も30以上あるルネ・ゲノン(左下)。
右上の図は『世界の終末』、右下の図が『世界の王』いずれも平河出版社。彼の影響を大きく受けたのが、リュック・ブノワの『秘儀伝授』(左上)である。フェーベルは、これらの見方に異を唱えた。

コレスポンダンスする世界
左図は人体と十二宮の照応関係を示した獣帯人間の図。
中央図はイスラムの占星術に利用された15世紀の天体図。
右図は、古代中国で使用された吉凶禍福を占った風水の羅盤。

 さて、どんな神秘主義の潮流や流派であれ「ウニオ・ミスティカ」(unio mistica)を大事にしてきました。ウニオ・ミスティカとは、超常的なるものや絶対者との合一もしくは接近を重視することをいいます。
 聖なるものや超越的なものと一緒になりたいという気持ちのたかぶりです。そのため、多くのエゾテリスムが天上界のヴィジョンや法悦感に溢れるヴィジョンに感応できることを求め、その体験をした者の感応にいたる道具立てを求めました。
 これが古代に起動した神秘主義の大きな傾向をつくります。アニミズムやシャーマニズムも伴いました。けれども、そのようなスーパーナチュラルな体験はめったにおこらないし、またちょっとの時間しかおこらない(アスリートにおける「ゾーン」のようなものですね)。そこで、そうした神秘体験の見聞を集めたり、その体験に及んだいきさつを示しておくことが重視されたのです。
 こうしてさまざまなミスティック・モデル(あるいは経験談)の収集がさかんになってきました。UFOの見聞ニュースを集めていくようなものですが、当時はそういう収集作業そのものはミスティックとかミステリアスだなどとは思われていません。今日ふうにいえば気になるブログやめぼしいユーチューブを集めていくようなもので、ちょうどユダヤ教の伝聞と歴史を集めた「旧約聖書」やギリシア神話の言い伝えを集めた『神統記』がそのような収集によってアーカイブされたように、神秘主義の思想や文書もそのように集められたのです。

秘儀を持って到達する境地
大いなる存在と一体化する方法は、盛んに収集された。左は、5~6世紀に書かれたカバラの宇宙論テキスト『セーフェル・イェツラー』(創造の書)。右は、カバラの集成『バヒール(輝きの書)』。13世紀の神秘家アブラヒム・アブラフィア(下)は、4つの身体的ステップを踏むことで、神と一体化するための瞑想方法を教えた。

 古代エゾテリズムにあっては「ウニオ・ミスティカ」をスーパー編集する作業はもっぱらヘレニズム期に蠢動しました。西方と東方の知が縦横に集散するヘレニズムの混淆文化が独特の編集を進捗させたのですね。
 こうして紀元0世紀から数世紀のあいだに、中近東やアレクサンドリアなどの地中海沿岸で、まずは「グノーシス」(Gnosis)がそれまでのギリシア哲学の改変を迫るように、「知識」として編集されていきました。バシレイデス、ヴァレンティヌス、マルキオンらが登場し、そこから『ポイマンドレース』や『ヨハネのアポクリュフォン』などの、のちにナグ・ハマディ文書として発見される神秘的な記述の元歌にあたるものが次々に著されていったのです。
 ほぼ時を同じくして(ヘレニズム期に)、「ヘルメス文書」(Hermetica)という一群の文書が構成されました。ヘルメス・トリスメギストスが著したとされているものですが、こういう人物は実在しません。仮想著作者です。でも、こういう偽作者や偽作的著述は、当時はめずらしくありません。
 のちのちの薔薇十字団だって、偽作(フィクション)から生まれたもので、これは仏教でたくさんの「偽経」が著作されたことに通じます。ぼくの千夜千冊エディション『仏教の源流』(角川ソフィア文庫)の弥勒信仰のところを覗いてください。弥勒信仰は仏教神秘主義だったのです。
 ヘルメスは『アスクレピオス』なども綴ったとされます。ルネサンス期に再現されたヘルメス文書は、そういう15~17くらいのテキストに分かれていて、文書の劈頭は神智学めいた『ポイマンドレース』が飾りました。これはグノーシス派からするとグノーシス文書なのですが、ヘルメス派はなんでも取り込むように、これをヘルメス・トリスメギストスが著したものだと神秘化していったわけです。
 ようするに神秘的な文献はみんなヘルメスが著作したのだとされたのですね。まとめて「ヘルメス知」といいます。

「偽書」から生まれた薔薇十字団
薔薇十字団は17世紀ドイツで立ち上がった友愛団。1614年から1616年に『称賛すべき薔薇十字団の名声』『友愛団の告白』という2冊の秘密パンフレット(右図)と、『クリスティアン・ローゼンクロイツの化学の結婚』という物語が出版されたのが起源とされる。これらは「偽書」であり、著者のローゼンクロイツは架空の人物だった。実はこの時点で薔薇十字団は存在しなかったのだ。謎の著者であるヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ(左図)が、グノーシス主義・カバラ・錬金術などの神秘的知識を徹底的に編集加工して偽書を広めたため、薔薇十字団の噂がヨーロッパ中をかけめぐり、実際に団体が立ち上がった。

 ヘルメス知は中世になると、古代宗教を下敷きに占星術・錬金術・カバラ・神智学・自然哲学・医術・魔術・異端主義を引き寄せ、組み合わせていきました。ヨーロッパ中世はこうした神秘的な「あばれる君」が切磋琢磨され、ルネサンスのダンテ的なるものに運びこまれ、さらにはその後のバロック神秘主義で変換されていく時期なのです。
 それぞれの分野では、ベルナルドゥス・シルヴェストリスの宇宙論、アラン・ド・リルやオタンのホノリウスの自然学、ロバート・グロステストの光の神智学、ロジャー・ベーコンの実験的錬金術、アヴィセンナの医術、ビンゲンのヒルデガルトのヴィジョン、ライムンドゥス・ルルスの結合術、ニコラウス・クザヌスの諸世界論などが卓越します。
 これらはいずれも中世的な「アルス・マグナ」(Ars Magna 大いなる術)としてしだいに束ねられ、しばしば異端視されながらも、その多くが古代知の復興をもくろんだルネサンスのプラトン・アカデミーへ、その編集的統轄者のマルシリオ・フィチーノによる「ヘルメス選集」へと結実していきます。こうしたステージを用意したフィチーノは、古代中世のヘルメス知と神秘主義哲学を統合しようとした最大無比の編集者だったと思います。
 いまさら説明することもないでしょうが、エゾテリスムやヘルメス知やグノーシスにはこうした「編集作業」が欠かせません。

ヘルメス知からヘルメス選集へ
偽作者ヘルメス・トリスメギストスが古代に著したものとされたヘルメス知は、中世にロバート・グロステスト(光の神智学、上図上段左)、ロジャー・ベーコン(実験的錬金術、上図上段中央)、アヴィセンナ(医術、上図上段右)、ビンゲンのヒルデガルト(ヴィジョン、上図下段左)、ライムンドゥ・ルルス(結合術、上図下段中央)、ニコラウス・クザヌス(諸世界論、上図下段右)などがそれぞれの分野で発展させ、ルネサンスのマルシリオ・フィチーノ(下図左)が「ヘルメス選集」(下図右)へと結実した。

 バロック期に入ると、フィチーノの成果をいかして独自に神秘的世界観を弄ぶ者が次々にあらわれます。
 どんな顔ぶれなのか。来たるべき自然科学に魔術のほうから接近したデッラ・ポルタの『自然魔術』20巻、非合理哲学の最初の宣言ともおぼしいコルネリウス・アグリッパの『隠秘哲学』、エリザベス女王の側近でもあった魔術師ジョン・ディーの『神聖文字モナド』、二つの宇宙を示した碩学ロバート・フラッドの『両界宇宙論』や『至高善』、エジプト神聖文字や地質学や中国学に通暁していた博覧強記のイエズス会士アタナシウス・キルヒャーの『地下世界』『エジプトのオイディプス』『普遍音楽』『チナ・モヌメンティス』(中国図説)などが、ずらりと揃ってきます。
 そのうえで、ラルフ・カドワースの『宇宙の真なる知的システム』、クノール・フォン・ローゼンロートの『明かされたカバラ』、アンドレーエが薔薇十字団をフイクションしてみせた『化学の結婚』、心性の奥に蟠るメランコリーの分析に向かったリチャード・バートンの『憂鬱の解剖』、ドミニコ会士のトマソ・カンパネラの『事物の感覚及び魔術について』、そしていた大いな神秘主義者パラケルススやヤコブ・ベーメの数々の著作‥‥などが突起してきます。
 壮観、壮観。まさに「コレスポンダンス」の乱舞です。それというのもバロックそのものがマクロコスモスとミクロコスモスのコレスポンダンスを積極的に意図した時代なのですよ。それはボッスやルーベンスなどの絵にも、セルバンテス(1181夜)の物語にも、ルイス・デ・コンゴラの詩にもあらわれていました。

天使と交信したジョン・ディー
イギリス・ロンドン生まれの錬金術師、占星術師だったジョン・ディー(左)は、水晶玉鑑照による心霊研究と大天使ウリエルとの交感を実施し、エリザベス一世に寵愛された。水晶玉の中に現れる天使が使用した「エノク語」は、後にデタラメではなく英語によく似た構造を持つ文章だと判明する。「黄金の夜明け団」創立者マクレガー・メイザースにより魔術的に解釈・翻案され、「エノク文書」として団体内で長く閲覧された。
右の図は大英博物館に所蔵されている、ジョン・ディーが水晶占い等で使用した鏡や、机や岩などを支えるための印章、予言が刻まれた金のお守り。

「遅れてきたルネサンス人」アタナシウス・キルヒャー
ドイツ出身のイエズス会司教として、東洋研究、ヒエログリフの読解、地質学、防疫学等幅広い分野で優れた業績を残し、当時のヨーロッパ学会における最高権威として君臨したが、晩年はルネ・デカルトら合理主義の立場から批判にさらされた。(左図)バベルの塔が月にまで達したというエピソードが、重心など物理法則を考慮すると不可能であるということを論じている。(右図)『地下世界(Mundus subterraneus)』の中で、潮汐現象は地下の海に水が出たり入ったりすることによって発生すると論じている。

ナマケモノの「不思議な声」を解説した『普遍音楽』
キルヒャーの代表作『普遍音楽』(工作舎)は、宇宙の神秘と真理を音と構造の中に見いだして、バッハやヘンデルに影響を与えた17世紀の重要テキスト。第1巻は「解剖学」と題され、音というものの定義から音の受け渡しを行う器官と楽器の比較、諸生物の作り出す音について解説している。カエルやコオロギ、ナマケモノの声までもが紹介されている。「魔術」と題された第5巻では、音楽によって狂乱に陥ったデンマーク王、ハーメルンの笛吹、機械仕掛けの音響人形などが取り上げられているほか、「類比」がテーマの第6巻では音楽と宇宙の照応について哲学が開陳され、世界は巨大なオルガンであり、唯一神は偉大なオルガン奏者として把握される。議論は天上と地上のシンフォニー、ムジカ・ムンダーナ(世界音楽)にまで飛躍する。

終末思想の蔓延期に人々を啓蒙し続けたヒエロニムス・ボッス
宗教改革前夜に活躍したネーデルラント出身の画家ヒエロニムス・ボッスは、隠喩や奇抜なモチーフを使って鑑賞者に道徳的な真理を伝える絵を数多く残した。画像はボッスの代表作の一つ『七つの大罪』。円を神の目に見立て、神の視点(マクロコスモス)から見た人間の世界(ミクロコスモス)を描いた作品で、円形に並べられることで世界中にあまねく罪が分布していることを示す伝統的な構図をとっている。知恵のない人間の行く末は四隅の小さい縁の中に示されており、それぞれ「死」「最後の審判」「天国」「地獄」をあらわす。

 1706年にヘルメス選集がドイツ語訳されると、イリュミニスム(=イルミネーショニズム)の時代がやってきます。天啓主義です。
 イリュミニスムはイスラム哲学では12世紀のスフラワルディが唱えた照明学派のことをさしますが、ヨーロッパ18世紀後半から19世紀前半にかけてのイリュミニスムはイマニュエル・スウェデンボルグ(1688~1771)の大著『天界の秘儀』にはじまるピカピカのエゾテリムスのことです。理性すら天啓を受けているとみなしたのですね。
 天啓主義はフリーメイソンの結団、ヨハン・ラファターの降神術や顔相術、神智学の勃興、サンジェルマン伯爵やカリオストロ伯爵の驚異主義、医療界の磁気治療ブーム、アントン・メスメルの催眠術などとして巷間に広まって、カール・ヨーゼフ・ヴィンディシュマンによる1813年の『占星術・錬金術・魔術研究』に結晶していきました。
 これらは文芸・美術・音楽にも如実に反映されます。ジャック・カゾットの『悪魔の恋』が引き金になり、ジャン・パウルの『見えないロッジ』や『彗星』、アマデウス・ホフマン(1729夜)の『金の壷』や『磁気催眠術師』、ゲーテ(970夜)の『メルフェン』、ノヴァーリス(132夜)の『青い花』『ザイスの学徒』、モーツァルトの『魔笛』など、ドイツ・ロマン主義がめくるめく「未知との遭遇」を謳歌したのです。
 こうした流れには「夜の重視」「イリュミネーションのように瞬く魂」「格別のイニシエーションを求める志向」が重なっています。ここで「夜」と言われているのは、「ダークサイド」という意味でもあります。
 そうしたなか、やや特異だったのはウィリアム・ブレイク(742夜)です。ヘルメス主義、スウェデンボルクの天界感覚、バークレーの知覚相対主義、グノーシス主義などを足場にちりばめ、『天国と地獄の結婚』『アルビオンの娘たちの幻視』などとともに独特の版画作品を世に送り出しました。

シルエットを使った予言者ヨハン・ラヴァーター
ラヴァーターは、顔貌と性格・気質との関係を考察する近代観相学を創始し、人間の顔のタイプの分類にシルエットを用い、社会的な流行を巻き起こした。ラヴァーターの親友でもあったゲーテの『若きウェルテルの悩み』では、主人公ウェルテルが思いを寄せる女性シャルロッテのシルエットを作るくだりが出てくる。

磁気による集団治療「baquet」
ドイツ人医師のフランツ・アントン・メスメルは当時の科学常識として、空間に不認知の流体が満たされていると考える「エーテル仮説」を背景に、治療の一環として利用できる動物磁気の存在を仮定した。図は、メスメルが考案した「baquet」という集団治療法を実践している様子。松葉杖をついた男は足首に鉄の帯を巻き、左側では男が女を磁化している。メスメリズムは同世代人に少なからぬ影響を与え、バルザックの作品の中にも動物磁気のエピソードが盛り込まれている。1790年代のイギリス議会では、大物政治家や権力者が一般大衆に向けて動物磁気を使用して世論誘導しているという陰謀論がまことしやかに囁かれた。

科学一辺倒の世相を批判したウィリアム・ブレイク
図はブレイクによる風刺画。薄暗い海底で手にコンパスを持ち、物質世界の解明を試みる物理学者ニュートンの体が、岩と同化しはじめている。

 イリュミニスムとロマン主義の波及は、「未知なるもの」に対する関心に広がりを与え、そのことをもっと啓蒙したい(もっと他人に知らせたい)という思いにつながっていきます。ヨーゼフ・ゲレスの『アジア世界の神話』やフリードリヒ・シュレーゲルの『インド人の言語と叡知について』なども相俟って、ここから民族の記憶の奥をさぐる知が高じてきました。
 こうなると、民族の奥に棲むものはきっと普遍的なものだろうという期待が高まります。シューベルトの『夢の象徴学』、トロクスラーの『人間存在のなかの閃光』、カール・グスタフ・カールスの『プシュケ』などが著され、ウロンスキーやモンテレッジオのように「普遍の鍵」を求める思索が深まります。それは啓蒙主義運動のあとの19世紀の空想社会主義や新ヘルメス主義や新グノーシス主義につながっていきました。

 本書はここから20世紀の神秘主義動向のマッピングに入ります。エリファス・レヴィの神秘主義、ピョートル・ウスペンスキーの超宇宙論をへて、ルドルフ・シュタイナー(33夜)の神智学や人智学、さらにはアレスター・クロウリー、マダム・ブラヴァツキー、ゲオルギー・グルジェフ(617夜)、ルネ・ゲノンらの登場を案内するのですが、今夜はそのへんは省きます。いずれ扱いますから、おたのしみに。
 ちなみに、このエリファス・レヴィ以降の神秘主義の動向を、著者はウイリアム・バトラー・イエーツ(518夜)らの文学やユング(830夜)らの集団的無意識の研究などとともに、新たなグノーシス主義の復活だとみなしています。このへんについてもいつか解説したいと思います。
 エゾテリスム。一応はその特徴が見えてきたでしょうか。これらはまだまだ一知半解に解釈されているものが多いのですが、それはそれとして、ヨーロッパはこんなにも神秘主義に知を注いできたのです。一方、東洋の神秘主義、たとえばヨーガやタオイズムや密教や神祇神道については、以上のような流れではまったく説明できません。そこには早くから「一切皆苦」や「別様の可能性」が滲んでいたのです。こちらは別の機会に案内したいと思っています。

自然と人の心の中に神の証拠を見出そうとしたシューベルト
神学と医学を学んだドイツ人医師、自然哲学者のG.H.シューベルトは、数々の教職を転々としながら、境界科学の著名な講義者として名を馳せた。動物磁気説、透視、夢、植物学、地質学等に造詣が深く、代表作『夢の象徴学』は夢と神話・詩・自然形象との連関を探李、原初の統一へと向かう秘境的形而上学の魁としてアマデウス・ホフマンの文学や、フロイト、ユングの分析心理学にも多大な影響を与えた。画像は『夢の象徴学』につけられたウィーン幻想派の版画家エルンスト・フックによる挿絵。象徴的なモチーフが多用されている。

旅した風景を絵画に残したカール・グスタフ・カールス
カール・グスタフ・カールスは専門であった医学、植物学、化学、薬学とともに絵画を学ぶなどマルチな才能を発揮した、ドイツ・ロマン主義時代の医師、自然哲学者。神秘主義的傾向を持つドイツ観念論の一派で、ノヴァーリスとともに数えられる。医学の分野では深層心理学について考察し、医療行為の物理的側面に加え精神的側面の重要性を説き、ホリスティック医学の先駆者とされている。代表的著作『プシュケー』の中で、無意識と対人関係の型について考察し、個人的無意識が人類全体の無意識と連なっているという原理を述べている。画像は、カールスが旅先で残した残した風景画。

ウロンスキーが究極の形態として追求しようとした「無限軌道」風の乗り物
人類の知識体系を「絶対的、究極的」な方法で刷新しようとしたヨーロッパ形而上学の第一人者、ウロンスキーは、哲学、数学、天文学、テクノロジーの改革にとどまらず、政治、歴史、経済、法律、心理学、音楽、教育学にまで応用を広げようとした。現在のキャタピラーの起源となった「無限軌道」風の乗り物で鉄道を置換できると主張したが、資金提供者が現れず挫折した。後半生は海上での経度を測定する装置、数秘術論理、永久機関、未来を予知する機械を作ろうとして頓挫し、貧困に苦しんだが、多才であった彼は結局世間に迎合した数学の入門書を出版して生計を立てた。当時の一流の学者らがオカルティック・サイエンスではなくロマンティック・サイエンスを追求すると自負していた時代だった。
(図版構成:寺平賢司・上杉公志・梅澤光由・富田七海・大泉健太郎・米川青馬・牧野越叢)

⊕『エゾテリスム思想――西洋隠秘学の系譜』⊕

∈ 著者:アントワーヌ・フェーヴル
∈ 訳者:田中義廣
∈ 編集:山本康
∈ 協力:ミシェル・ルーヨ 吉永進一
∈ 発行者:藤原一晃
∈ 発行所:白水社
∈ 装幀:田淵裕一
∈ 欧文デザイン:牧かほり
∈ 印刷:伸光写植印刷
∈ 製本:加瀬製本
∈ 発行:1995年

⊕ 目次情報 ⊕
∈∈ 序文
∈ 第一章 近代エゾテリスム思想の古代と中世における源泉
∈∈ Ⅰ 十一世紀までの思潮におけるエゾテリスム
∈∈ Ⅱ 中世思想におけるエゾテリスム
∈∈ Ⅲ イニシエーション的探求とエゾテリスム芸術
∈ 第二章 ルネサンス盛期とバロック高揚期におけるエゾテリスム
∈∈ Ⅰ ユマニスムの発見――「永遠の哲学」
∈∈ Ⅱ ドイツの貢献――自然哲学と神智学
∈∈ Ⅲ 世界の解読と神話
∈ 第三章 啓蒙のかげのエゾテリスム
∈∈ Ⅰ 神智学の隆盛
∈∈ Ⅱ 読解の術から微細流体の術へ
∈∈ Ⅲ イニシエーションの世紀
∈ 第四章 ロマン主義の知からオキュルティストのプログラムに
∈∈ Ⅰ 「自然哲学」の一大綜合の時代
∈∈ Ⅱ 普遍的伝統とオキュルティスム
∈∈ Ⅲ イニシエーション結社と芸術におけるエゾテリスム(一八四八〜一九一四)
∈ 第五章 二十世紀のエゾテリスム
∈∈ Ⅰ 西洋の伝統の流れを汲むグノーシス
∈∈ Ⅱ 伝統の十字路にて
∈∈ Ⅲ 芸術と人文科学
∈∈ 訳者あとがき
∈∈ 文献目録

⊕ 著者略歴 ⊕
アントワーヌ・フェーヴル(Antoine Faivre)
1934年生まれ。オート=ノルマンディ大学元教授。専門は西洋エゾテリスム。著書に『エゾテリスム思想』(白水社、1995年)、『西洋エゾテリスムへのアクセス』(未訳)など。

⊕ 訳者略歴 ⊕
田中義廣 (たなか・よしひろ)
1950年生まれ。フランス文学者、翻訳家。専門はフランス幻想文学・エゾテリスム思想。訳書にモーリス・メーテルリンク『蟻の生活』(1981年、工作舎)、ルネ・ゲノン『世界の王』(1987年、平河出版社)、ロラン・エディゴフェル『薔薇十字団』(1991年、白水社)、ロラン・ゲッチェル『カバラ』(1999年、白水社)など。