才事記

集団語辞典

米川明彦編

東京堂出版 2000

 こういう辞典が読まれるべきである。著者は長年にわたって流行語を追跡した国語学者。だから、蓄積がずっしり、選択がぴっしりしている。
 何が扱われているかというと、大蔵省から芸者まで、株屋から暴走族まで、映画業界から風俗業界まで、ヤクザからスチュワーデスまでの、ともかく集団という集団の隠語辞典なのである。
 ちなみに「ら」のところを少しだけご披露しておくことにする。

 羅漢=睡眠中の人物あるいは逃亡者、行方不明者。
 楽=千秋楽。
 らくだ=芸者用語で連れ立った夫婦のこと。
 らさ=「さら」(新品)のこと。香師用語。
 ラジオ=学生用語。所持金がないこと。
 無銭=無線。
 LAX=都市空港コードでロスアンゼルスのこと。
 らてめん=ラジオ・テレビ欄。
 ラビット=囚人言葉で「おから」。
 らむちゃん=ゲーム用語で「色気なし」。「ムラっとこない」の逆倒語。
 ランスルー=テレビ用語で本番同様のリハーサル。
 乱手=証券用語。市場混乱を狙う取引。
 ランド屋=旅行用語。現地の手配屋。

 だいたいジャーゴンの量が多い業界ほどすたれないという。その理由ははっきりとはわからないが、そのぶん体に染みこんでいる連中が、体から体へ、何か重要なものを伝播してきたということなのだろう。
 その「何か重要なもの」というのは、それこそがさしずめ「ミーム」(意伝子)というものなのである。

参考¶米川明彦による流行語探求には目をみはるものがある。ざっと著書を紹介しておく。『明治大正新語俗語辞典』(東京堂出版)、『若者語を科学する』『手話言語の記述的研究』(明治書院)、『新語と流行語』(南雲堂)、『男と女の流行語』(小学館)、『女子大生からみた老人語辞典』(文理閣)、『現代若者ことば考』(丸善)。