トルーマン・カポーティ
遠い声・遠い部屋
新潮社 1955
ISBN:4102095020
Truman Capote
Other Voices, Other Rooms 1948
[訳]河野一郎

 小説や随筆には文体が蠢く波になって、その流れにのるものたちを運んでいることがある。作家の文体はたいていはその作家の個性か隠された素性をあらわしているもので、ヘミングウェイにはあのヘミングウェイ・スタイルが、川端康成には素焼のような文体が、中上健次には地域アニミズムの熱度のような文体が、つきまとう。こういう文体はたいてい作家本人の喋り方にもあらわれる。町田康の文体は町田町蔵のふだんと変わらない。
 作家の個性から零れ落ちたスタイルではない文体もある。理知的な文体、話しこむ文体、パスティーシュの文体、病理的文体、言辞にはまっていく文体、日記的文体、推理小説の文体など、いろいろだ。ゴーリキーからブレヒトへ、サリンジャーから村上春樹へというふうに、感染する文体というものもある。なかで「時の場」に冒され、「物」と「心」がつながっていく文体がある。ぼくが好きな文体だ。これは、ナラティヴの対象によって変化する。
 トルーマン・カポーティにはほぼ最初から「昼の文体」と「夜の文体」があったと言われてきた。『草の竪琴』(新潮文庫)や『夜の樹』(新潮文庫)はピュアな陽光が眩しい寓話性を帯びている「昼の文体」である。『遠い声 遠い部屋』や『ミリアム』(新潮文庫『夜の樹』収録)は裸電球で部屋の中の一つひとつの事物を少しずつ照らしているような「夜の文体」になっている。
 あとで少しだけぼくの印象を言うけれど、カポーティにはもうひとつ、『冷血』(新潮文庫)に集結した文体があって、こちらはドス・パソスのドキュメンタリーな目を犯罪心理の奥にまで照射するような文体だった。

 幸か不幸か、ぼくは「夜の文体」にかぶれた。それほど『遠い声 遠い部屋』に感応させられた。
 これが処女作かとか早熟だとか思ったのではない。あの空気の粒々のような文章に感服した。カポーティはこんなふうに少年の魂が書けるのか。町のひとつずつの描写が声を出して呟いているではないか。「ぐらぐらした生姜色の家」だなんて。
 片隅に放置されたオブジェの書き方も手がこんでいる。「火山のようにぱっくり開いた口の中で金歯がびかりと光り、伸びたり縮んだりをつづける小さな通信販売のアコーディオンは、襞のついた紙と真珠貝でできた肺のようである」だなんて。あんなに俗っぽく見えていた男に、まるで静寂から聞こえてくるエレミア書の響きのような作品が書けるのはなぜなのか。ぼくは急激にカポーティの周辺が気になってきた。
 カポーティが『遠い声 遠い部屋』を書いたのは二三歳のときである。さらさら書いたのではない。各地を転々として二年をかけた。どの一行にも破綻がなく、透明度が維持されている。処女作ならこのような集中はどんな作家にもありうることなのだが、あの文体は群を抜いている。
 
 舞台は、アメリカ南部のヌーン・シティとよばれている小さな町だ。訳せばさしずめ「白昼街区」といった町の名だ。
 そこに、父親を探している少年のジョエル・ノックスがやってきて、だんだん近づきつつある大人への予感に怯えていく様子が克明に描かれる。カポーティ自身が南部の町ニューオリンズの生まれだった。両親とは四歳のときに別れたままになっている。そのため幼いころからルイジアナ、ミシシッピ、アラバマを転々とした。親戚の家にあずけられもした。
 親戚をたらいまわしにあずけられた少年の心境はとてもびくびくしたものになる。そのくせ大人の世界に対しては鋭く、瞬時の観察を怠らない。きっと実際のカポーティは扱いにくい少年だったろう。こういう少年がそれでもしだいに年上の者を知り、少女に出会い、勝手な優しいおばさんに声をかけられていく。
 どうなっていくかは決まったようなものだ。大人への恐怖をもちつつ、自身に萌芽する自我と成熟に慄くばかりなのである。こうして傷つきやすい観察が芽生えていく。その「あわい」がたまらない。
 そのようなネオテニーな少年の目で眺められた世界をどう描くのか。カポーティはそこが用意周到だった。「どんよりと曇った日だった。空は雨に濡れたブリキ屋根のようで、やっと姿を見せた太陽は魚の腹のように青白かった」というふうになる。こういう描写は随所にあらわれる。それらは、成長にとどめを刺したい少年の、フラジャイルな心の文字で綴られた「夜の文体」であって、「電気で濡れた文体」なのである。英文では頭韻や脚韻さえ踏んでいた。

 一冊の本との出会いには、いろいろなことがおこる。その一冊を書いた作家や著者のほうにも、いろいろのことがおこっている。お互いさまなのだ。書き手もきわどい事情の中にいるかもしれないが、読み手もけっこう唐突にその本に出会う。その本が文学作品であっても、文学史のように読むなどということは、あまりない。そんな読者は、よほどつまらない研究者だ。
 ぼくのばあいは、たまたま本屋で手にした本を読むこともあれば、評判に惹かれて読むこともある。買っておいたのにずっと放ってある本を何かの拍子で読むこともある。それがおもしろくて、ついつい同じ作家や著者をたてつづけに読むことも少なくない。問題は、その本をどの時期に、どんな気分で読んだのかということだ。その時期と気分によっては、べつのことに気をとられて、その本のおもしろさがまったくつかめず、十年以上もたってふたたび手にしてみて、しまったとおもうこともけっこうおこる。これはこれで、読者の勝手なのである。

 ぼくがカポーティを初めて読む気になったのは『冷血』だった。あまりに話題になっていたからだ。
 ところが、この本にはほとんどなじめなかった。当時は(一九六〇年代の後半は)、ちょうどアンチロマンやアンチテアトロなんぞを読んでいて、ずいぶんなトンチンカンなのだが、カポーティのこの作品をまるでサミュエル・ベケットやマルグリット・デュラスのつもりで読んだせいだったろう。『冷血』はかつて試みられたことがないノンフィクション・ノベルの先駆けであったのに。
 それでカポーティを食べなくなってしまった。スキャンダラスな自己宣伝めいたカポーティ像も気にいらなかった。蝶ネクタイ、角縁メガネ、低くて太った体軀、女優の背中にやたらに手をまわしている男。加えて「輝かしい破壊の天使」とか「麻薬常用者にしてアル中の天才」といった見えすいたキャッチフレーズが必ずつきまとっていた。それならウィリアム・バロウズやマイルス・デイビスが断然なのだ。
 いまにしておもえば、これらのカポーティの印象の大半はアメリカの雑誌の“やらせ”に近いもので、それを鵜吞みにしていた日本のメディアや批評家も騙されたということなのだろう。ぼくもまた、どうせ『ティファニーで朝食を』(新潮文庫)や『冷血』の二番煎じなら、ほかのものも読まなくてもいいやという偏見の中にいた。
 それが、ゲイ・カルチャーに関心をもつにつれ、急激にカポーティが読みたくなった。それでやっと出会ったのが『遠い声 遠い部屋』だったのである。中身はゲイ・カルチャーとは関係がなかった。瑞々しく、すばらしかった。
 
 本との出会いには、こういうことがあるものだ。おかしなことだと思われるかもしれないが、「夜の文体」から入って『冷血』に行ってみることになっていれば、ひょっとして『冷血』の乾いた文体に瞠目したかもしれなかったのである。
 まあ、小説を愉しむとは、そういうもので、行ったり来たり、はぐらかされたり、差し違えたり、心を洗われたりなのである。ぼくは『遠い声 遠い部屋』で、たとえば「通信販売のアコーディオンは、紙と真珠貝の肺だった」にめぐりあったことこそ、なんとも嬉しいことだったのだ。
 ひとつ、付け加えておきたいことがある。それは「昼の文体」を支えたのはミス・クックという老女だったということだ。この老女はカポーティが親戚の家を転々としていたときに出会った従姉で、おそらく少年カポーティの初期の「精神の印画紙」をつくりあげたようなのだ。短篇『感謝祭のお客』や『クリスマスの思い出』には、その二人だけの印画紙づくりのエピソードが綴られている。
 この話を知ったとき、ぼくはすぐに大田垣蓮月と富岡鉄斎の、高場乱と頭山満の心と技の蜜月を想い浮かべたものだったけれど、実際のミス・クックは女丈夫などではなくて、とても優しくて傷つきやすかったのだという。カポーティはアルコールと薬物中毒で後半生を苦しんでしまったが(五九歳で没した)、ミス・クックとの日々の輝きをずっと大事にした作家生涯でもあったはずである。

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