父の先見
風俗の人たち
筑摩書房 1997
この人の『AV女優』(ヴィレッジセンター出版局)をざあっと読んだときは、それほど興味をもてなかった。ところが本書は衝撃的だった。なぜか。
だいたいぼくは、自慢じゃないけど(まったく自慢にならないが)「風俗」に行ったことがない。とくに理由はない。いやいや気取っているのではない。もともと出掛けるのが嫌いで、自分から呑みに行ったことも一度もないし、一人で食べに行ったことすら1年に1度が多いほうなのである。それが30年以上も続いている。みんなからかえって「健康に悪い」と言われているほどなのだ。
むろんレストランやカジノに関心があるように、「風俗」にも関心がある。週刊誌やスポーツ紙で紹介されている「風俗情報」も、うんうん、ふむふむと読む。が、結局は何も知らないのである。それがこの本を読んで初めて“実情”を知った。それとともに、このような本はいくらでもありそうだったのに、やはりユニークなルポルタージュなんだということを知った。そうおもうと、前著の『AV女優』が話題になった意味もうすうすわかってきた。
あまりに衝撃的で、感心してしまったので、本書に紹介されている“実情”をかいつまむことにする。すべて90年代に入ってからの日本の“実情”である。
テレクラ◆男はテレフォン・クラブの部屋の椅子に座って、ただ電話がかかるのを待つ。店には早取り制と順番制があり、女の子からの電話を早く取ってしまうのと、順に客にデリバリーするのとがある。早取り制は滑稽なもので、男たちはフックスイッチを押しながら待ち、ベルが聞こえた瞬間に指を離す。電話では話すだけだが、相手との交渉しだいで売春になる。女の子たちはたいていレディスコミックでテレクラの番号を知る。
SMクラブ◆以前、取材した六本木・赤坂のSMクラブはわざとらしい。そこで日暮里のマンションの一室にあるクラブに行くと、ドアをあけたとたんに鞭・セーラー服・おまる・浣腸器が雑然とあるプレイルームになっている。その横にコタツとテレビの部屋があり、SとMのどちらもできるお姉さんが二人いる。彼女らの話によると、客の大半は若いばあいは童貞のMで、山田詠美を読んでいる。Sはパターンにはまっているらしい。嫉妬プレイというのもあって、他の客が女王様を舐めているのを縛られたまま、ただひたすら血走った目で見る。
美療マッサージ◆最初にパウダーで全身、ついでオイルで前立腺を、最後にローションで抜く性感マッサージのこと。ソープはスッキリするかもしれないが、ただ疲れる。美療はスッキリしたうえで疲れもとれる。「こういうことはしてほしくとも、女房も恋人もしてくれませんでしょう」というのが店長の“哲学”についての説明である。なるほど、よく考えている。80分15000円。
女装プレイ◆いくつかのコースに分かれるが、人気があるのは女装レズで、女装をしてお姉様と下着のままレズをする。それだけで70分24000円。マザコン・シスコンの客が圧倒的に多い。ブスな男ほど女装のまま外に出たがるらしい。もう少し高踏的になると、女装者たちが集まって懇談する「女装の館」というサロンになる。そこまで“昇段”するのが年季がいる。
幼児プレイ◆幼児がいるわけではない。男がオムツをあてられた幼児になって、ただママの言うことを聞く。以前はそれでも幼児語をしゃべりながらのプレイが多かったそうだが、最近は「アブアブ」レベルで、極端に痴呆化しているという。ママのおっぱいのおしゃぶりがメインコース。つまりは甘えの構造、である。
ピンサロ◆女の子が25人以上の店では、大半の女の子は「花びら回転」状態で、客のあいだを走りまわる。4曲に1曲はスローバラードが流れ、そのあいだは客のペニスを咥えつづけなければいけない。店中がシーンとなってピチャぴちゃという音だけがする光景は、真剣というか、壮絶というか、自分勝手というか。開店時には店長が「ローマは一日にしてならず」と言い、店員・女の子の全員がその言葉を大声で唱和する。
ボンテージ◆SMすれすれのフェティッシュ・ファッションのことである。ロンドンとベルリンと東京が本場で、絶対に大都市でしか流行しない。これは、射精よりも観念的なリビドーがどこまで高められるかという趣旨をもつ夫婦が経営している店での話。
ホストクラブ◆1人の女の客にホスト3人はつく。店内は必ず高級クラブ風。ホストは背が高く二枚目なのも条件だが、何でも言うことを聞くのが最大の素養。しかも、給料やチップだけでは収入は足りないので、太ったおばさんたちの相手を外でする。実際には店内の客は若い女が多いが、これはフーゾク嬢が多い。取材中の客は女社長で、23万円をレジで払っていった。
カップル喫茶◆昔の同伴喫茶だが、どうもプロの女性が男たちを待っているために活用しているらしい。
のぞき部屋◆3000円を払って、入れ替え制のために待合室に入るとアダルトビデオが流れている。やがて10人ほどの待機していた客が案内をうけてそれぞれ“個室”に入る。「サービスを受けたい人はカゴにチップ2000円を入れてください」とある。マジックミラーのすぐ前がステージで、一人暮らしの女の部屋の飾り付けになっていて、そこで音楽とともに下着姿が踊りながら脱ぐ。カゴにチップを入れた客の前の小さな扉の前でしゃがむと、そこから手がのびる。わずか十数秒で次のカゴ・チップの客に移っていく。
まあ、このくらいにしておく。これでは書評でも批評でもなんでもない。そこで最後に一言咥えておく(あれ、ワープロが戻っていないぞ)。いや、加えておく。
本書は文章がいい。著者のとぼけた味と無知が、いい。さすがに後半はネタ切れになっているのだが、そのぶんしだいにペーソスに満ちてくる。飛ばし読みだった『AV女優』をいつか読みなおさなくてはいけないようだ。