才事記

国家と犯罪

船戸与一

小学館 2000

 ぼくは船戸与一の熱狂的な読者ではないかもしれないが、船戸与一を畏敬する読者であろうとは思う。
 もっともぼくは、ずっと豊浦志朗が船戸与一の別名であるとは知らなかった。豊浦志朗なら『硬派と宿命』というすこぶるハードな標題のノンフィクショナルな一書によって、とっくにガツンとやられていたからだ。
 この『硬派と宿命』は、著者がアメリカのインディアン・リザベーション(居留地区)にとびこんで、「自由の国」をうそぶくアメリカ合衆国という虚体を徹底的にあばいたルポルタージュで、これほどアメリカのフロンティア精神の虚構性に肉薄したものはなかったというものだった。とくに、この本に関しては、ぼくはぼくなりにブラック・パンサーの関係者などを知っていたせいもあって、このルポルタージュがいかに迫真に垂鉛を降ろしているか、よくわかったせいもある。
 ついでにもうひとつ、ぼくは豊浦志朗こと船戸与一が「ゴルゴ13」の原作者の一人であることも、知らなかった。外浦吾郎の名前になっている。これは平岡正明が船戸与一の本名や、ペンネームがいずれも故郷山口県にちなんだものであることともに伝えてくれるまで、まったくおもいもよらないことだった。

 本書では、国家と犯罪というテーマが二つの面で解剖されている。ひとつは「国家に対する犯罪」で、もうひとつは「国家による犯罪」だ。
 そこで、本書では6章にわたって各地の内乱と弾圧、ゲリラと内戦、突破と虐殺、陰謀と陽謀などの錯綜した関係がとりあげられている。いずれも壮絶な現代史が内部から描かれているとともに、その矛盾と限界、希望と宿命とが掘り下げられている。そういう地域に行ったこともないぼくにとっては、まさに目をみはる現代史なのである。
 たとえばクルド人の希望と宿命というものがある。
 1925年と1930年にクルド人は武装蜂起したが、トルコ軍によって容赦なく鎮圧されて、アララット山麓が血で染まった。その後、1946年にイラン西部のクルド人の聖地マハバードで、かれらの手によってクルディスタン共和国という“幻の共和国”が樹立された。まさに希望の国だった。けれども、これはたった11カ月でイラン軍に倒壊され、指導者は公開処刑された。
 クルド人への弾圧は続く。1988年、ハラブジャブ地方で毒ガスによる住民虐殺がおこった。死者5000人、負傷者10000人にのぼった。これはイタリア軍によるものだった。ごく最近ではサダム・フセインによるクルド地域の弾圧がある。クルド人の難民はこれで引き金をひかれたわけである。
 このようなクルド人の希望を、各国の政府や軍部はひとしく「国家に対する犯罪」とみなしている。
 しかし、これらは実は「国家による犯罪」でもあるのだというのが、船戸与一の判断であり、その証拠列挙の調査の心なのである。