ほんほん

ぼくは「本数寄」なのである

ほんほん54(最終回)

◆慶応義塾大学出版会から「世界を読み解く一冊の本」というシリーズが刊行されている。『旧約聖書』『クルアーン』『三教指帰』『西遊記』『カンタベリー物語』『百科全書』『言海』『伝奇集』『一九八四年』『薔薇の名前』の10冊だ。えっ、たった10冊かよと思うだろうが、その10冊に空海、チョーサー、大槻文彦、エーコが入っているのが絶妙な特色だと思ったほうがいい。ただし原著やその翻訳ではない。それぞれ著者が別にいて、これらを解読している。藤井淳の『三教指帰』を読んだが、なかなかユニークな視点になっていた。
◆千夜千冊では「世界を読み解く一冊」をできるだけ選んできた。これまで書いてきた1800冊の中の300冊から500冊くらいが、そういう本だったと思う。吉本隆明は、本はたいてい自分のかかわりとの関係で読むものだけれど、自分が関心のない本にめぐりあうにはどうすればいいかという問いに対して、それは「書物に含まれている世界」が決めてくれるのだと答えていた。すぐれた本は「書き手が世界をあらわしたくて書いているものだ」というのだ。その通りだろう。
◆ボルヘスは、本は記号の集合体であるけれど、そこに読み手がかかわるとその記号は千変万化に息づいていくと言った。エーコは、本はスプーンやハンマーやハサミ同様に500年前とまったく変わっていない形態のものだけれど、それは「スプーンがあれ以上の形をとれないこと」と同様に、実にすばらしい究極の姿なのであるとみなしていたのだ。
◆たしかに「本」はあの形がいい。四角くて、表紙と裏表紙にページがぎゅっと挟まれて、ちょっと重たげで、本棚に並べると背中が何かを訴えている。これは「物実」(ものざね)もしくは「憑坐」(よりまし)なのだ。
◆ぼくが「本」という形をとったブツにぞっこんになったのは、20代半ばに自分の6畳・3畳のアパートで本棚を手作りしたときあたりからで、そのとき、わずかな蔵書を少しずつカバー自装したせいだった。カバー自装というのは、中身は気にいったのに外見が気にいらない本に適当なカバー材を選んできて、そこにレタリングセットや油性ペンでタイトルなどを付けていったことをいう。物実らしくしておきたかったのだ。これで護法童子が走りまわるようになった。これで「本」と一緒に暮らすようになった。
◆そういうふうになったのは、やっぱり10代に本に夢中になったからで、それがもしギターや算数に夢中になっていたら、別の生き方をしていたのだろうと思う。昆虫学者になっていた可能性もあるし、聴診器や注射器が手放せない診療所に暮らすようになったかもしれない。
◆ぼくは家庭用品や生活用品にからっきし関心がない。自分の部屋にそういうものを揃えたくなかった。もっとはっきり言うと、「生活する」に関心がない。生活は好きな仲間と一緒にいたいという、ただそれだけだ。リラダンとタルホの影響が滲みこんだせいだろう。これがわが生き方だ。だからぼくの日々はいまだにロクな用品に囲まれていない。自動車や電子機器はスタッフに頼っているし、たいていの日々は誰かが介添をしてくれている。つまりは生活オンチなのである。このオンチのせいで生活用品が自分の周辺に不可欠だと思えない。
◆では何が不可欠かというと、それが「本」だった。本が炊飯器で、本が大工道具で、本が食い道楽で、本が旅行で、本が恋愛で、本がうたた寝なのである。そんなことだから、当時から部屋には本だけがふえるだけだったのだ。本以外で大事なのはジャケットとタバコくらい。
◆こんなふうなので、そうとうな読書家ですねえ、さぞかし希覯本や珍本が集まったでしょうねと言われるが、そうなのではない。たしかに読書はするが、たくさんの本を読みたいとは当初から思っていなかった。いまも冊数はカンケーない。「読書するという状態」に、科学や文学や音楽の秘密が隠れていると思っているので、その読書状態をなんとか持続させ拡張させていくための日々をおくることが好きなのだ。だから希覯本はいっさい集めない。文庫本でも十分なのである。
◆もう少し正確に言うと「読むこと」が好きなのだ。もっと正確に言うと「読み」が好きなのだ。さまざまな民族言語による言葉が組み合わさって、それが人麻呂やシェイクスピアやジャン・ジュネやガルシア・マルケスや阿木耀子になってきたということ、その多様性のプロセスと成果を読むことが好きなのだ。
◆これはどちらかといえば、植物や動物の進化を読んでいるのに近い。だから批評したり書評したりするのは、実はほとんど気が向かない。千夜千冊も一度も書評をしようと思って書いてはこなかった。空き番だらけの「本の進化の木」をひとつひとつ埋めているような気分なのだ。
◆ただし、またまた別のことを言うようだが、この文明の流れのなかで、言葉や「読み」が進化してきたなどとは思っていない。人類の思索や表現が進歩してきたとも見ていない。そういう進歩史観はもっていない。むしろ言葉が意味からずれ、何かを隠さざるをえなくなっていく様子や、書くことが「逸脱」をおこしていくのを読むことに、大いなる興味があったのである。
◆つまりは、ぼくの「本好き」は「本数寄」なのである。何かを数寄の状態にしていくための本なのだ。遁世の数寄なのだ。それが70年以上もずうっと続いてきた。千夜千冊はやめられないだろう。また、どこかに本棚を作って進ぜるという仕事も、きっと続くだろう。最近は「本の寺」に関心がある。まったくもって大変なビョーキに罹ったものだ。
◆さて一方、この「ほんほん」コラムはそろそろ「お開き」にしたいと思った。ブックウォッチャーを続けるのもどうかなという気にもなったのだ。別のコラムを始めるかもしれないけれど、どういうものかはわからない。そのときはそのときで、どうぞ御贔屓に。

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月はすごい

資源・開発・移住

佐伯和人

中公新書 2019

編集:藤吉亮平・吉田亮子

月をめぐる議論は一斉に「確実性」に向かっているように思う。月の有効利用を目標にすればそうなるのは当然なのだが、このままではルナティックな複雑性や曖昧性が話題にならなくなっていくような気がする。ときに月女神デイァーナが“三重神”であったことを思い出したほうがいい。われわれはもう少し、月に面食らうべきなのである。

ああ、月! 月がぼくにつきまとう
何かよい薬はないものか
(ジュール・ラフォルグ)

 ドストエフスキーの『罪と罰』(岩波文庫・新潮文庫ほか)に、老婆を殺害したラスコーリニコフが自室に戻ったところ、部屋に月の光がキラキラと満ちていて「大きな丸い銅紅色の月」が窓から覗いていたという場面が出てくる。ラスコーリニコフは呟く、「月はいま、きっと謎をかけているんだ」。
 ぼくが月に憧れたのは『罪と罰』を読んだあとの高校時代、リーダーズ・ダイジェスト社の月球儀を手にしたときからで、部屋の中のどこに置こうか吊るそうかとその位置をいろいろ変えながら、こんなに美しいものはないというほどに心を奪われた。それから如何ともしがたい「月狂い」が始まった。ポール・デルヴォーの夜の操車場の月からキリコの形而都市の昼の月まで、西行の月の歌から梶井基次郎の『Kの昇天』まで、花王石鹸のマークから1903年開場のコニーアイランドのルナパークの資料まで、月めくものなら何でもコピーをしたりメモにしたりした。

遊月図集①
松岡正剛『ルナティックス』(作品社・中公文庫)p162、163より

花王石鹸の「月マーク」の変遷

遊月図集②
松岡正剛『ルナティックス』(作品社・中公文庫)p164、165より

 すぐお気にいりになったのは稲垣足穂の『一千一秒物語』(新潮文庫)、ジュール・ラフォルグの『聖母なる月のまねび』(平凡社)、牧野信一の『吊籠と月光と』(創元社・青空文庫)、イタロ・カルヴィーノの『柔かい月』(河出文庫)だった。そのうちアルテミスやセレーネやツクヨミ(月読命)などの月の神話や月の民俗学の収集がおもしろくなって、洋の東西の詩歌にあらわれた月を片っ端からノートに写していた。

左上:稲垣足穂『一千一秒物語』、右上:ジユール・ラフォルグ『聖母なる月のまねび』、左下:牧野信一『吊籠と月光と』、右下:イタロ・カルヴィーノ『柔らかい月』

アルミテス(左)とセレーネ(右)
左:アントン・ラファエル・メングス『夜空にあるアルテミス』(1765年) 右:アルベルト・オーブレト『セレネ』(1880年)

 驚くべき話がいっぱいだった。たとえば月の雄牛として知られるアピスが月に子供を生ませた王で、ミノタウロスが「月の生物」を意味するミノスから派生した月牛神で、クレタ文明ミノス朝では歴代の王がみんな月女神パシパエーと婚姻して月まみれになっていただなんて、ちっとも知らなかった。
 オシリスとイシスに大きく月がかかわっていることが印象的で、そのわりに日本のツクヨミがあまり活躍していないのが残念だった。
 ロマンチックな話ばかりではない。最後にやってきたのが「月の科学」全般で、こちらはケプラーからツィオルコフスキーまで、ニュートンの林檎からエルンスト・マッハの回転バケツまで、お月さまはなんであんなふうなところで回っているのか、いろいろ調べたり考えたりしたかったのだが、突然に「話の特集」から連載依頼がきて、「松岡さん流の月の話をエンサイクロペディックに自由に広げてほしい」と言われた。それで翌月から1年間にわたって、『月の遊学譜』を毎月書くことになった。
 これは愉しかった。のちに加藤郁美というとびきりフェチな編集者に煽られて、連載をもとにかなり加筆充溢させた『ルナティックス』(作品社→中公文庫)というお気にいりの本にしたのも、すこぶるスリリングな仕事になった。

星もなく赤き弦月ただひとり
空を落ちゆくは只ごとならず
(宮沢賢治)

松岡正剛『ルナティックス』(左:中公文庫、右:作品社)

月の遊学譜(睦月)
『話の特集』(1978)より

ガリレオが記録した月
『ここまでわかった新・太陽系』(SBクリエイティブ)p184より

 『ルナティックス』はぼくの「月狂い」の集大成となった。自分で言うのもなんだけれど、そうとうにユニークな構成の1冊だろうと思う。できるかぎり多彩な角度から「月知学」(ルナティシズム)というものがありうることを強調した。
 月球派宣言をすべく、古今東西の月知感覚をこれでもかこれでもかというつもりで磨ぎ澄ませて仕上げたものだ。文庫になったときは鎌田東二君がキラッとした解説を書いてくれた。鎌田君はかつてぼくがまりの・るうにい、長新太、楠田枝里子らとともにジャパン・ルナソサエティを催していたときのメンバーでもある。
 しかしいくら上等とはいえ、一連のフェチな執筆のなかで「月の科学」については少ししか取り組めなかったのである。なにしろぼくが加担した月知学は「太陽は野暮で、月だけが極上である」という、ひどい偏見にもとづいたものなのだから、太陽系をベースにした自然科学からは逸脱していたのだ。けれども月を科学するとなると、そうは言ってられない。太陽と地球と月の「関係」を公平に見なければならない。
 というわけで、今夜はちょっぴり「月の科学」を補うことにしたのだが、さてそうなると、話はやはり2007年に日本が勇躍打ち上げた「かぐや」以降の話題が中心になってくる。今夜とりあげた佐伯和人の『月はすごい』(中公新書)をはじめ、青木満の『月の科学』(ベレ出版)、渡部潤一の『最新・月の科学』(NHK出版)などは、いずれも「かぐや」以降の太陽と地球と月の関係を追っている。

スフィンクス「外の世界にもうひとつの世界が
あるとしたら、何か」
キューピッド「それは解決ずみのこと、月にある新世界」
(ベン・ジョンソン)

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)が打ち上げた「かぐや」はとても日本らしい月探索観測衛星だった。2007年9月14日10時31分1秒に打ち上げられた。主衛星と2つの子衛星、リレー衛星「おきな」とVRAD衛星「おうな」を引き連れ、小粒ながらも16種類の最新機器を稼働させてかなりのミッションに挑んだ。
 従来の観測探査技術やリモートセンシング技術のレベルをヒトケタ変えるものばかりで、とくに蛍光エックス線分光計、ガンマ線分光計、マルチバンドイメージャ、スペクトロプロファイラー、月磁場観測装置、粒子線計測器などは、計画発表時から話題を集めた。NHKのハイビジョンカメラも搭載されて「アース・ライズ」(月の出ならぬ地球の出)を撮影した。VRAD衛星とは、VLBI(Very Long Baseline Interferometer)によって電波源の位置を精密に計測するシステムを搭載した子衛星のことをいう。

月周回衛星「かぐや(SELENE)」
「かぐや」は月の上空約100キロメートルを回る主衛星と、ふたつの子衛星(リレー衛星・VRAD衛星)からなりたっている。

 21世紀の月探査はリモートセンシング主導になっている。すでにNASAの「クレメンタイン」や「ルナ・プロスペクター」に始まっていて、「かぐや」の1ヵ月後に打ち上げられた中国の「嫦娥」1号、その1年後のインドの「チャンドラヤーン」1号、さらにはアメリカの「ルナー・リコネサンス・オービター」などがこれらに続いて、時ならぬルナティック・テクノロジー競争期(激戦期)にも突入している。
 いささか過熱気味でもある。月旅行の実現が近いという臆測がとびかっていて、こうなるとアメリカのスペースXの廉価探索ロケットもヴァージン・ギャラクティックの宇宙旅行ビジネス喧伝も、元ZOZO前澤友作君と剛力彩芽ちゃんの彦星織姫の噂も一緒くたになって、「月の科学」の真の全貌など実はみんなの関心事になってはいないということになる。ニュートンの林檎は忘れられているわけだ。

「かぐや」搭載ハイビジョンカメラがとらえた月の高地
アース・ライズ(地球の出)として有名になった映像。月の北極付近の高地の風景(JAXA/NHK)『月はすごい』p51より

「かぐや」搭載ハイビジョンカメラがとらえた月の海
アポロ11号が着陸した静かな海の風景(JAXA/NHK)『月はすごい』p51より

月は大いなる輝かしい中枢神経である
(D・H・ロレンス)

 「月の科学」のことをまとめてセレノグラフィ(selenography)という。ぼくは好んで「月究学」と名付けているのだが、その根幹はニュートンの『プリンキピア』をどう読むかということに始まる。エドマンド・ハリーに捧げたすばらしい献辞に始まる大著で(ハリーはハレー彗星の発見者)、最初に「哲学することの諸規則」が提示される。
 規則1の「自然を解明するには現象を説明するために必要な説明以上のものを求めてはいけない」から、「帰納的に推論された実験哲学の命題はそれがくつがえされるまでは真理とよばれるべきである」とした規則4まで、のちの科学の大道はここで決まったようなものだった。しかし、命題22・定理18の「月のあらゆる運動、およびそれらの運動のあらゆる不平等性は、提示された諸原理から既決される」あたりから、俄然、セレノグラフィックになっていく。
 命題25・問題6は「太陽が月の運動を乱す力を見いだすこと」で、命題27・問題8が「月の時運動により、月の地球からの距離を見いだすこと」、そして命題37・問題18になると「海を動かす月の力を見いだすこと」となり、ついに命題38・問題19で「月の本体の形を見いだすこと」に向かうのである。とくに命題39の補助定理として「彗星は月よりも上にあり、惑星の領域内に運行すること」について切り込んでいくあたり、読んでいるだけでキリキリと興奮させられた。
 それでニュートンは何を見通したかというと、背の高い木から落ちようとしていたリンゴは、地面に落下する前に地球の周期軌道をまわるようになって、そのまま月になったと解いたのだ。リンゴが月になったと解いたのである。ということは、地球もリンゴになったということだった。万有引力の法則とはこのことである。

「おや、地球は?」「そら、そこさ」
「へえ、あの薄っぺらな銀色の三日月かい?」
(ジュール・ヴェルヌ)

ジュール・ヴェルヌ『地球から月へ』英語版の表紙

 ニュートンの自然哲学の意図はセレノグラフィからだけで導かれたものではない。18世紀に特有なトマス・バーネットの創造自然、アンソニー・シャフツベリの神格自然、ジョセフ・バトラーの自然道徳、デヴィッド・ヒュームの精神自然の要請に応えるものでもあった。月のことを考えるとは、人類の自然哲学をどう考えるかということと同義だったのである。
 加えて、デヴィッド・ハートリーの振動にもとづく自然教育のありかた、ジョゼフ・プリーストリーの月光共鳴型の敬虔自然の波及にも応えていた。プリーストリーはルナ・ソサエティの提唱者でもある。
 だから、その後の「月の科学」にはこうしたニュートンの自然哲学的配慮がずっとつきまとってよかったはずなのだが、残念ながらそうならなかった。ぼくは凧と月が好きなヴィトゲンシュタインと、最初期のロケット工学者のツィオルコフスキーにはその後も継力を瑞々しく感じたけれど、多くの「月の科学」はそういうスピリットを忘れていったようだ。
 それでどうなったかというと、ルナティック・セレノグラフィではなくて、すこぶる実用的なプラクティカル・セレノグラフィが確立していった。おそらくぼくが好むような本格的なルナティック・セレノグラィは今日ではニール・カミンズの『もしも月がなかったら』『もしも月が2つあったなら』(東京書籍)くらいにしか横溢していないのではないかと思われる。
 今夜の本書もそのプラクティカル・セレノグラフィのほうの1例だ。サブタイトルに「資源・開発・移住」とあるように「月をめぐる実学」にとりくんでいる。著者は惑星地質学の研究者で、すでに『世界はなぜ月をめざすのか』(講談社ブルーバックス)の著書もあり、ホリエモンらを興奮させた。JAXAの「はやぶさ」や「かぐや」の世代にあたる研究者だ。
 読んでみて、あの『ルナティックス』を書いたころからすると、月をめぐる事情に隔世の感が出ていることを痛感した。ただし「かぐや」をしても、まだまだわかっていないことが多い。

著者の佐伯和人氏

 読んでみて、あの『ルナティックス』を書いたころからすると、月をめぐる事情に隔世の感が出ていることを痛感した。ただし「かぐや」をして、まだまだわかっていないことが多い。

月は後向きになって
煙を吐いて留守になる
(藤富保男)

 月は地球から38万キロのところに浮かんでいるナチュラル・サテライト(衛星)である。地球のまわりを公転周期27.3日で回っている。自転もまったく同じ周期なので、地球からは裏側(ファーサイド)が見えない。これを「月の動きが地球にロックされている」と言うのだが、その詳しい理由を科学はあきらかにしていない。
 月が地球の子供なのか、兄弟なのか、それともどこかからやってきて地球の重力圏にとらえられた他人なのかも、まだわかっていない。
 兄弟説は、地球ができたときに月も一緒にできたという説で、地球は直径10キロくらいの小天体が集まってできたと想定されているのだが、同じように月もそのときに別にできたのだろうというものだ。そうだとすると地球と月は同じ材料でできたということになり、それなら密度も同じになるはずなのだが、地球の密度は5.51g/㎤、月は3.34g/㎤なので、月が小さすぎる。
 月が38万キロのところまで遠のいた理由もうまく説明できない。いっとき岩波新書に古在由秀の『月』という本があったものだが、そこでは月は30億年前には地球から1万8000キロほどのところにあったのが、潮汐力によってしだいに遠のいて、重力バランスでいまのところに落ち着いたと書いてあった。この説では、地球はいまなお少しずつ遠のくことになる。実際にも1年に3センチずつ遠のいているはずだ。

月という骸骨は 太陽から分家した地球
そのまた分家なのだ
(中山啓)

 親子説は、かつて地球の回転が不安定だった時期に地球の表面から月がちぎれて飛び出したというものである。地球にそんな回転不安定があったかどうかが疑問視されているが、この説だと密度のちがいは説明できる。表面がちぎれて月になったのだから、マグマやマントルでできている地球の密度とちがうのはリクツにあうのだが、ただし月の各所にマスコン(質量集中)がおこっているのに、その理由が説明できない。
 他人説は月がどこからか来たのだから、生まれた場所がちがう他人どうしだという説である。どこからかといっても太陽系の中だろうから、太陽系としては地球と月は兄弟なのである。ただし、どうやって月を捕獲できたのか、うまく説明できていない。絶妙のタイミングで捕えたのか、それとも地球の重力圏に網のような枝状の状況が生まれたのか、そこがわかっていない。
 最近流行の定説はジャイアント・インパクト説である。初期の地球に火星ほどのでっかい天体(テイアという名前がついている)が衝突して、その破片がしだいに集まって月になったというものだ。1984年にハワイのコナで「月の起源に関する国際会議」が開かれ、ぼくも耳をそばだてていたのだが、そのころすでにジャイアント・インパクト説が有力になっていた。
 よくぞ破片を集めて月になったと思うけれど、これについては1990年代後半に、惑星科学の井田茂や小久保英一郎がコンピュータ・シミュレーションで破片集めがおこりうることを示したため、なんとか説明がつくようになった。

月の起源
『月はすごい』p37より

名月やうさぎのわたる諏訪の海
(与謝蕪村)

 月の出生についての定説がまだかたまっていないのに対して、はっきりしていることはいくらもある。たとえば月には大気がないし、水もない。大気がないのは月が大気を放逐してしまったからである。これは月の重力値が地球の6分の1に満たないところからきていることでまあまあ説明がつく。仮に太古のできたての月に空気があったとしても、表面重力が低ければとどまってはいられなかったはずなのだ。空気の分子が放逐されたように、水の分子もとどまっていられなかった。
 空気や水蒸気がなければ、月には風が吹かない。音も伝わらない。月はそういう天体だ。いいかえれば月には何の妨害もないということになる。何の妨害もなければ太陽の光も散乱しない。だからアポロの宇宙飛行士が月面から撮った月の空は青くない。真っ黒だ。昼も夜も真っ黒だから、無数の星はギラギラ見える。

月面から撮った月の空は青くない

 そういえば、アポロ11号の月面到達のあと、宇宙シューズの足跡がくっきり掘り込まれている画像を見たときは、びっくりした。最初のうちはどうしてあんなに彫刻刀で象ったような足跡がつくのかわからなかったが、月面の砂がとてもこまかいからだということで納得した。月面はレゴリスと呼ばれる砂でおおわれていて、それらが0.1ミリ以下の粒になっているのである。小麦粉みたいなものだ。
 月面には大気がないから、1ミリ大の隕石でも大気で減速することなく鋭く落ちてくる(秒速10キロメートルらしい)。これで隕石はこなごなになり、砂粒というよりも粉体になる。それがレゴリスだ。そこに足跡がつけば、当然くっきりなのである。

人類初の月面着陸の時に宇宙飛行士が月面につけた足跡(NASA)
『月はすごい』p41より

腹いっぱいの月が出ている
月も水底に旅空がある
(種田山頭火)

 かつて月には水があると信じられていた。日本でも午前3時ころに井戸から汲んだ水は月の特別の力を反映させていると思われていたので、神事の水はこの「おちみず」(変若水・若水)をつかった。いまでもそう信じられている。ニコライ・ネフスキーの『月と不死』(平凡社東洋文庫)がその意味を証した。
 月の科学は月の水を否定してきた。もし水があればとっくに微生物が見つかっているはずであるからだ。しかし、かつてはどうだったのか。クレメンタインやルナ・プロスペクターの調査が「氷」を思わせる反射光をキャッチしたと言い出してから、新たな議論が始まった。ルナ・プロスペクターは中性子分光計を搭載していたので、水素原子の分布から「月氷」を割り出したのだ。これはひょっとすると「昔の水」の名残りなのかもしれない。ただし水素原子は太陽風にも含まれているため、月氷の反射光かどうかは、まだわかっていない。
 それより月氷は永久影にありそうだった。地球は回転面に対して23.4度傾いているのだが、月は1.5度しか傾いていない。そのため月の北極と南極のクレーターの底部には太陽光が届きにくい。これが永久影となり、そこに月氷をつくっている可能性がある。「かぐや」で地形観測チームの主任をした春山純一や本書の著者の佐伯は、クレーターの形状データをもとに月面温度の研究をすすめて、クレーター底部の温度が最高でもマイナス190度にしかならないことをあきらかにした。これなら月氷は永久凍土のように保存されてもおかしくないのだが、この仮説はまだ認められていない。

月は名うての泥棒だ
あの白い火を太陽からひったくる
(シェイクスピア)

 アポロ11号が持ち帰ってきた月の石は玄武岩そっくりだった。ちょっとがっかりした。その後の調査でも玄武岩と斜長石がほとんどで、他には輝石、かんらん石、チタン鉄鉱(イルメナイト)が認められた程度だ。もっともこれらの中には鉄、チタン、マグネシウム、アルミニウム、珪素などの元素は豊富に含まれている。いずれも酸素とむすびついているので、酸素を引きはがしさえすれば、使いやすい原材料は得られる。
 チタン鉄鉱は酸素を引きはがしやすいから、将来、月面工場をつくることになれば、月の海のレゴリスから鉄とチタンを選別生成することはたやすくなるかもしれない。話が急にとぶが、機動戦士ガンダムの装甲素材が月で採取したチタンから作ったルナチタニウム合金だというのは、なかなかよくできた発想だった。
 しかし、月の資源の確保と活用を各国が争うようになる未来を描くのは、よしたほうがいい。地球上のレアメタルの確保すら、戦争を(いまのところは経済戦争だが)招きかねないのである。それより太陽エネルギーを月面で確保して地球に配分する計画のほうが、将来的には重要になる。
 地球の大気表面に入射してくる太陽エネルギーは1平方メートル当たり約1366ワットになる。この値を太陽定数という。地球と月は太陽からの距離がほぼ同じだから、月にも太陽定数があてはまる。月には大気がないので、これがまるごと降りそそいで地球の1.3倍になる。地表に届くエネルギーは大気で散乱吸収されるから、1000ワットほどに低減されるのだが、月ではこれがまるまる使用可能なのだ。これを活用してうまく太陽電池をつくれるようにすれば、その電気エネルギーは月面でも使えるし、地球に送電することもできる。
 エネルギーの取り出しには水素を活用する手もある。太陽電池で発電した電力を分解してもいいし、レゴリスを600度に加熱して水素を取り出してもいい。太陽風から取り出す方法もある。

地球はかをる 土の息
月こそ神よ まどかにて
(北原白秋)

玄武岩(左)と花崗岩(右)
『月はすごい』p27より

 本書にはそのほかいろいろな「月を活用する可能性と条件」が述べられている。総じて楽観的で、意欲的で、たいへん賑やかである。こんなふうに研究者たちが月を資源として開発をめぐって元気に語っているのを読むと、さきほども書いたようにまさに隔世の感に襲われる。なにしろ本書の帯は「人類が月面で生活する日にむけて」というものなのだ。
 ずっと前にフリーマン・ダイソンの『宇宙をかき乱すべきか』(ダイヤモンド社→ちくま学芸文庫)を読んだとき、さまざまな感慨をもった。ある種の粛然とした感慨で、宇宙観というものの思考原則のようなものを教わった。『多様化世界』(みすず書房)を読んだときも、科学が確実なものを探そうとするのではなく、「ありそうもないもの」に出会うことの重要性を教わった。
 ダイソンは有名な「ダイソン球」を提案したり、海王星より遠いカイパーベルトやオールトの雲に生命の可能性を感じているとさかんに主張したりした。しかし、それはコンティンジェントな「別様の可能性」なのである。
 ダイソンは量子電磁力学が専門で、朝永振一郎、シュウィンガー、ファインマンがそれぞれ別に提示した理論が数学的に等価であることを真っ先に証明してみせた物理学者であった。そこにはすでにわれわれはつねに「別様の可能性」の中にいるんだというメッセージがこめられていた。そういうダイソン博士に、ぼくはニフティサーブの依頼で公開ネットミーティングを開催したときにネット参加してもらったことがある。そのときのテーマは複雑系についてのことだったのだが、博士は「複雑系は僅かなことに注目することから始まる」と言っていた。

フリーマン・ダイソン(1923〜)
イギリス・バークシャー生まれのアメリカ合衆国の理論物理学者、宇宙物理学者、サイエンスライター。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ卒業、コーネル大学大学院修了。プリンストン高等研究所名誉教授。 若くしてダイソン方程式を発表、量子電磁力学の完成に大きな寄与をなした。

フリーマン・ダイソン『宇宙をかき乱すべきか』(ちくま学芸文庫)

 いま、月をめぐる議論は一斉に「確実性」に向かっているように思う。月の有効利用を目標にすればそうなるのは当然なのだが、このままではルナティックな複雑性や曖昧性が話題にならなくなっていくような気がする。また「不確実性」を看過しすぎるような気がする。
 こういうときは、ときに月女神ディアーナが“三重神”であったことを思い出したほうがいい。われわれはもう少し、月に面食らうべきなのである。

遊月図集③
松岡正剛『ルナティックス』(作品社・中公文庫)p77より
(図版構成:西村俊克)

⊕ 月はすごい⊕

∈ 著者:佐伯和人
∈ 発行者:松田陽三
∈ 発行所:中央公論新社
∈ 製本:小泉製本
∈ 発行:2019年9月25日

⊕ 目次情報 ⊕

∈ 序章 知識の再確認
∈ 第1章 月の科学
∈ 第2章 月面の環境
∈ 第3章 砂漠のオアシスを探せ
∈ 第4章 鉱山から採掘せよ
∈ 第5章 月の一等地、土地資源を開発せよ
∈ 第6章 月と太陽のエネルギーを活用せよ
∈ 第7章 食料を生産せよ
∈ 第8章 月から太陽系へ船出せよ
∈ 終章 月に住み宇宙を冒険する未来にどう生きるか

⊕ 著者略歴 ⊕

佐伯和人 (さえき・かずと)
1967年(昭和42)愛媛県生まれ。博士(理学)。東京大学大学院理学系研究科鉱物学教室で博士取得。専門は惑星地質学、鉱物学、火山学。ブレイズ・パスカル大学(フランス)、秋田大学を経て、大阪大学理学研究科宇宙地球科学専攻准教授。JAXA月探査「かぐや」プロジェクトの地形地質カメラグループ共同研究員。月探査SELENE‐2計画着陸地点検討会の主査を務め、月着陸計画SLIMにかかわるなど、複数の将来月探査プロジェクトの立案に参加している。