父の先見
死の蔵書
早川書房 1996
John Dunning
Booked to Die 1992
[訳]宮脇孝雄
殺人がおこる。殺されたのは古本掘出し屋のボビーである。古本掘出し屋というのは古本ハンターのことで、あれこれ古本屋の片隅を探しまわって掘出し本を見つけ、これを別の古本屋や古書マニアにちょっとでも高く売りつけて糊口をしのいでいる職人のことである。その古本ハンターが撲殺された。
刑事がこれを追う。この刑事クリフは古書に関する驚くべきエンサイクロペディストで、自宅のアパートメントの壁という壁を書物で埋めている。そこを訪れる客の10人が10人とも「クリフ、この本はみんな読んだの?」と間抜けな質問をするのだが、キャロルだけはそんなバカな質問をせず、黙って棚の本に目を這わせていたので、クリフはキャロルと一緒になった。
被害者が古書漁りをしていて、刑事が古書コレクターであるだなんて、ミステリーの設定としてはデキすぎているか、コリすぎているか、読者をバカにしている。それだけではない、この作品には古本ハンターが2人、古書経営者がなんと7人も出てくる。
ようするに古本だらけの中で、疑惑だらけの古本関係者のどこかに犯人がひそんでいて、これを古本コレクターの刑事が追うという話なのである。舞台はコロラド州デンヴァー、話の中には次々に逸本・珍本・別本・稀覯本が出てくるばかりか、何かにつけては古書業界の裏話がわんさと紹介される。
それだけではなく、刑事クリフによる歯に衣着せない作品批評やエッセイ批評が挟まれる。
たとえば、クリフはスティーブン・キングの初版本が大御所マーク・トゥエインの初版本と同じ値段がつき、あまつさえこれを売るときに10倍になることにガマンがならない。たしかにクリフもキングの『ミザリー』を読んだときはすごい小説だとおもい、ファウルズの『コレクター』に匹敵すると周囲に薦めたものだった。けれども『クリスティーン』や『呪われた町』を読んで、こんなできそこないのものはないと思った。それなのに『呪われた町』はフォークナーの『怒りの葡萄』初版本と同じ値段にまで跳ね上がった。これでは『老人と海』が5冊も買えるのである。
こんな文句が次々に挟まれるうちに、殺人犯が見えない稀覯本のようにしだいに追いつめられていく。そのうちまた古本ハンターが殺される。どうもこれらの殺しにはとんでもない稀覯本にまつわる謎が絡んでいるらしい。
そういう話なのだが、なぜこんなに古本や古本屋ばかりが出てくるかというと、なんのことはない、作者のジョン・ダニングは本屋を経営していた経歴の持ち主なのだった。
本書は別冊宝島の『このミステリーがすごい1996』のベストワン、および同じ年の「週刊文春」の傑作ミステリー海外部門の堂々第1位に選ばれた。
日本語版の帯には赤地に白抜きで「すべての本好きに捧げます」とある。ホルへ・ルイス・ボルヘスやウンベルト・エーコのような濃い書痴力を期待しては困るけれど、年度ミステリーのベストワンに選ばれるほどには充分におもしろいし、古書フェチを満足させるものはある。まだそこいらの本屋に平積みされているミステリーなので、この「千夜千冊」を読んですぐに書店に走る読者もいるだろうから、筋書きに関することはこれ以上、何も書かないことにしよう。ひとつ推理してみられたい。
ジョン・ダニングは『死の蔵書』につづいて『幻の特装本』(早川書房)を発表した。よくもこんな設定をするとおもうが、刑事クリフが念願かなって古書店の主人になったのである。そこへエドガー・ポオの『大鴉』の限定版が見当たらないので探してほしいという依頼が舞いこむ。どうも盗んだのは女らしく、クリフはこれを追いはじめるのだが、そのうちに連続殺人事件の謎に巻きこまれるという話になっている。これも「週刊文春」1997年のベストワンに選ばれた。
ところで、本書がアメリカで発売されたときは、すぐにベストセラーになった。帯に“古書クイズ”が載ったからである。そのひとつを紹介しておく。次のようなものだった。
1.ウィリアム・フォークナー『墓場への闖入者』
2.レイモンド・チャンドラー『湖中の女』
3.アーネスト・ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る』
4.マーク・トウェイン『抜けウィルソン』
ちなみに、ぼくには稀覯本コレクションの趣味はない。しかし、工作舎のキャッチフレーズには、「本は暗いおもちゃである」というコピーを選んだ。わが偏愛の稲垣足穂の言葉である。だから、ハハハ、足穂の初版本は買いますよ、ははは。