父の先見
マリリン・モンローの真実
扶桑社 1988
Anthony Summers
Goddess 1985
[訳]中田耕治
著者はイギリスの凄腕のジャーナリストである。BBCのプロデューサー時代はベトナム戦争やレバノン紛争の迫真ドキュメントを数多く提供してくれた。
かつてぼくがロンドンでサマーズに会ったときは、彼はもう60歳半ばになっていたが、それでもその一点の乱れもないスーツを着こなした全身からは、その恰好とは逆に探求心という名のオーラがたちのぼっていた。
本書はそのサマーズの分厚い世界的ベストセラーであるが、サマーズの力を知るにも、マリリン・モンローを知るにもうってつけである。が、この本はモンローについての“真実”というよりも、アメリカについての“真実”なのである。
マリリン・モンローが死んだのは1962年8月4日の深夜だった。受話器を握りしめたまま全裸で発見された。36歳だった。「睡眠薬の過度の服用による急性中毒死」と発表された。モンローはこの年、アーサー・ミラーと離婚、精神病院で治療をうけながら、最後の作品『女房は生きていた』の撮影をしている。その途中にジョン・ケネディ大統領の誕生パーティに出席し、有名なお祝いの歌をうたっている。
なぜモンローは死んだのか。なぜ受話器を握っていたのか。その相手は誰なのか。自殺なのか、他殺なのか。モンローの死体が発見された瞬間から、さまざまな憶測と推測がなされた。が、サマーズはとんでもない推理を実証するために、この本に着手した。
モンローが死んだのは自宅ではなくサンタモニカの病院であって、しかもそのとき危篤状態だったモンローを最初に“発見”したのは当時の司法長官ロバート・ケネディだったというのである。
本書はマリリン・モンローの生涯をしだいに遡及しながら、黄金の60年代を迎えつつあったアメリカの背景にひそむ病巣をえぐっていく。そこに浮かび上がってくるのはケネディ一族の血に流れるポルノグラフィックな本質と、そのケネディ一族を追い落とすマフィア・グループの葛藤である。
推理はケネディ大統領とモンローの情事がマフィアによって盗聴されたことをロバートが知るあたりからクライマックスに向かう。そのサスペンスにはドキュメンタリーの作家らしく鬼気迫るものがある。まあ、どのような結論になっているかは、読んでもらうほうがいいだろう。
蛇足になるが、ぼくはモンローの死体を司法解剖したトマス野口にも会っている。残念ながらドクター野口にモンローの話を聞き出す機会はなかったが、当時のアメリカを代表する検視官というものがどういう人物かを知ったことは、ぼくのちょっとしたアメリカ論のヒントになっている。