花田清輝
もう一つの修羅
筑摩書房 1961
ISBN:4061961160

 真山青果の『元禄忠臣蔵』が描いた新井白石は情けない。それは白石が武家でありながら公家に憧れていたからで、それにくらべると北畠親房は公家でありながらむしろ武家的であった。どちらにつくかは別問題で、こういうふうに歴史を見ていくのもいいのじゃないだろうか。
 高見順は「時代物に手を出すな」とちょっかいを出しつづけていたが、曲亭馬琴こそはこのちょっかいを木端微塵に砕く原点を示した。しかも『八犬伝』など荒唐無稽のかぎりで、ほれ、だから言わないことじゃないと高見が言いそうなほどの歴史性すら怪しいものなのだが、だからといって馬琴が現実逃避をしたのではなかった。むしろ馬琴にこそリアリズムがあったというべきで、それにくらべれば坪内逍遥のリアリズムなど児戯にひとしい。
 その馬琴独自のリアリズムの魂胆は幸田露伴にも通じるもので、露伴の『運命』はきっと馬琴の『侠客伝』あたりに触発されたにちがいない。
 本書は、ざっとこんな随想が次から次へくりひろげられるだけのもので、とくに思想というものはなく、何でもなさそうなことを"思想付ける"というようなこともしていない。だからキレはない。たくさんの畳み皺があるというほうだ。
 しかし、キレはないのに、コクがある。スーパードライではなくハイパーウェットなのである。そういうところが得難い。

 花田清輝には会ったことがないが、ぬるぬるとした妙な親近感をもっていた。
 評判の『アヴァンギャルド芸術』や『復興期の精神』に惹かれたのはほんの少々で、これらはぼくにしてみれば自分で書いたほうがよほどはっきりする事柄ばかりを集めたもので、とくに花田に教えてもらいたいという西欧知というものではなかった。
 実際にも、「存在と精神の系譜」という『遊』の9号・10号でダンテやガウスや鶴屋南北や吉田一穂など149人におよぶ「知」の織物文様を書いたとき、ぼくはすっかり忘れていたのだが、何人かから「あれは花田を越えていたね」というようなことを言われた。のちに『遊学』(大和書房)にまとめた一冊である。
 しかし、ぼくはずっと花田をひそかに応援していた。吉本隆明との論争の最中も、ぼくが肩をもったのは花田のほうだった。それはのちにわかったことだが、花田に「日本の片隅」があったからである。そのことを迂闊にもぼくは気がつかず、本書を読んでやっとそうか、そうだったかと合点した。

 本書の「あとがき」には、こんなことが書いてある。
 自分は四半世紀もエッセイを書いてきたが、初心に日本があったにもかかわらず、戦時中につとめて日本的なものから離れていたため、初心を忘れそうになっていたようだ。しかしこれは自分がたんに怠け者だったからで、今後もあいかわらず「働き者の蟻」にはならないだろうけれども、そのぶん「怠け者の蝉」として命のあるかぎりは精魂かたむけてジリジリ歌いつづけることだけはするような気がする。その歌というのはおそらくは自分の初心にある日本というものだ。
 だいたいこういうことである。つまり本書は、花田がしばらく放置していた「日本」に戻って綴ったものを集めた最初のエッセイ集なのである。では、その初心の日本に戻った一冊のタイトルがなぜ『もう一つの修羅』なのかということを、ちょっと説明しておく。花田は「日本における非暴力の伝統」のようなことを書いていきたい人だったのだ。

 安楽庵策伝の『醒睡笑』にたよりない坊主の話が出ていて、この坊主は「天下泰平国土安穏」という言葉以外のロクな言葉も知らない。ただそれを言って歩いている。そういう坊主を武士は馬上から嘲笑するのだが、坊主は掛絡(かけろ=小さな袈裟)をはずして懐に入れ、ただこそこそするだけである。
 この話は阿呆な坊主を武士がからかったという小話だが、さてどちらが愚鈍であるかという問いを含んでいる。時はまだ戦国の世が続いている。ちょうど武蔵が動いていた時期である。そういう世でバカの一つおぼえをしている貧僧が何の役にもたたないことは明白だ。貧僧だって沢庵ではないけれど真剣に説教でもするか、座禅をしつづけでもしているならまだしも、この僧は何もしやしない。まして武士にからかわれると、掛絡をこそこそ隠して坊主にあるまじき姿を見せる。
 ところが花田はこの坊主のほうに「もうひとつの修羅」を見る。いや、そんな坊主の話をわざわざ載せた安楽庵策伝に「もうひとつの修羅」を見る。その修羅は戦場で命をやりとりする修羅ではないが、そのかわりなんだか「せつないまでの際」に追いこまれた者の修羅である。

 そもそも策伝自身が戦国の茶人であって説教師であって、御伽衆だった。何かひとつ言いまちがえたり、取りそこなえばそれで首がとんだのである。
 その策伝が武士と坊主を対比して、その問答の底にある「笑い」を問題にした。狂言の『宗論』にもそういう場面があるけれど、策伝は策伝なりに「際」から出てくるユーモアに触れたかったのであろう。
 花田はそのような「笑い」を探してくることだって修羅ではないかと言いたいわけである。だってひとつまちがえば、そんな話など誰も笑わないかもしれい。落語家が小咄をして笑われなければ、そこでチョンなのだ。だから、たしかにそこにだって修羅があるはずである。それはこのエッセイで花田がタイコモチの桜川忠七の芸談から、「一時間座をもたすってえのは、あたしたちにとっちゃ修羅場ですよ」という一言を引いているが、まさにそうなのである。われわれはこのような修羅の日本を忘れ過ぎていた。

 と、まあ、こんな具合のエッセイが続くのが花田清輝だとおもってもらえばいいのだが、実は世間では花田は韜晦趣味のアバンギャルドおじさんで、しかも新日本文学などにかかわっていたから共産党くさいとおもわれてばかりいた。
 が、こんな風評はほとんど当たっていないもの、花田のおもしろさもそんなところにはなかった。ぼくは『もう一つの修羅』のあとは、好んで『鳥獣戯画』『室町小説集』『小説平家』などをたのしんだ。そろそろ花田をこそこそと読む若い世代が登場してきていいのではないか。

参考¶いまは花田清輝を読むには文庫本がてっとりばやい。『アバンギャルド芸術』『近代の超克』『室町小説集』などが講談社文芸文庫、粉川哲夫が編集した『花田清輝評論集』が岩波文庫。が、できれば未来社の著作集を覗いてほしい。文体修行にもなるかもしれない。

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