才事記

耽美小説・ゲイ文学ブックガイド

柿瑛子・栗原知代 編著

白夜書房 1993

 たいそう充実したブックガイドである。久しくこんな過激で親切なブックガイドにはお目にかかっていない。狙いもよし、水準もよし、組み立て・構成もよし、紹介力も文章力も申し分ない。
 執筆者はすべて女性である。栗原知代の周辺のメンバーばかりらしい。このブックガイドが出たときは、そうした執筆陣の顔ぶれを知らなかったのだが、その後、あれこれの雑誌で執筆者たちの名前を何度も知るようになった。この人たち、たいそうなエキスパートたちなのだ。

 ブックガイドをブックガイドするというのも妙であるが、とりあえず構成を紹介する。主題別・国別にそれぞれ気の利いた概論(うまいエッセイといったほうがいい)があって、次に作品別の図書案内に入るという構成になっている。
 標題の順とは逆に、最初にゲイ文学の名作がズラリと案内される。第1章「海外のゲイ文学」はアメリカ篇からで、ここの概論でゲイ・リベレーションという動向がひとわたり展望できるようになっていて、その柿沼瑛子の書きっぷりがあまりによくて、このブックガイド全体の加速感が出た。1969年のゲイバー「ストーンウォール」でおこった事件を折り返し点にして、どのようにゲイ・ムーブメントが立ち上がり、エイズの波間に突入していったかということが見える。
 図書案内は1冊半ページのボリュームで紹介文があるのだが、ところどころに1ページ大の紹介があって起伏をつくっている。アメリカ篇では、カポーティ『遠い声・遠い部屋』、エドマンド・ホワイト『ある少年の物語』『美しい部屋は空っぽ』、デニス・クーパー『フリスク』、マリオン・ジマー・ブラッドリー『キャッチ・トラップ』、ダレル・リスト『ハートランド』などがフィーチャーされる。半ページ紹介ともども、まことにうまい。
 次はイギリス篇で、ヴァージニア・ウルフを囲むブルームズベリー・グループとE・M・フォースターとイシャウッドを核に、オスカー・ワイルド以来の英国的ホモエロティシズムの精髄が抜き書きされている。
 これらにくらべるとドイツ篇とフランス篇が弱いのは、おそらくは執筆陣が英語派のせいだろう。

 第2章は「日本のゲイ文学」で、高橋睦郎・須永朝彦も真っ青といいたいところだが、どちらかというと古典と近代文芸が定番揃いで、強弱がつけられないままになった。それが現代文学では俄然目が肥えてくる。沼正三的なものばかりでなく、北杜夫『幽霊』、梶山季之『若い旋律』、平岩弓枝『へんこつ』、小川国夫『アフリカの死』、結城昌治『隠花植物』あたりをすがすがしく採用している見識が、いい。
 第3章の「レズビアン文学」はまさに独壇場。海外作家の扱い作品が少ないのが残念だが、ラドクリフ・ホール、ガートルド・スタイン、アナイス・ニンを前に押し立て、そこはそこで志操というものがある。日本篇では一転、かなりスレスレをずらりと揃えた。これは脱帽だ。話が平塚雷鳥と尾竹一枝から始まっているのも、唐十郎の『少女仮面』が入っているのも、目こぼしがない。
 そして第4章が「耽美小説」となるのだが、これは従来の耽美小説グループをはみだしていて、本書のなかでは最も選書の工夫に富んでいる。ぼくでは、とうていこの判断ができなかったろう。さすがに少女コミックも軒並み読んできたグループの成果である。
 ぼくなどは、このへんのこと萩尾望都さんに電話をして、その背景をいろいろ聞かなければつかめなかったほどである。

 というわけで、ちっともブックガイドをしていないような紹介になってしまったが、言いたいことは、この本、絶対に入手するとよいということに尽きる。申し込むときは「千夜千冊で薦められた」と書いてもらうと、なおよろしい。