奥成達
駄菓子屋図鑑
飛鳥新社 1995
ISBN:4870312255
[訳]ながたはるみ絵

 すぐに引用したくなる惹句というものがある。そういう詩集もある。山口謙二郎装幀の『サボテン男』(思潮社)にはそんなフレーズが零れそうにぶらさがっていた。「サボテンの針を一本ずつ、ていねいに抜いている老婆がいた」というふうに始まって、それを見ていた男の髭がふえてきたので抜いていたら、自分が「サボテンに似ているとさ」に終る。
 奥成達はその『サボテン男』の詩人であって、ジャズ評論家で、トランペッターである。『ジャズ三度笠』(アグレマン社)というあっと驚くジャズ談義もあった。これには山下洋輔も平岡正明もタモリもカブトを脱いだ。それとともに『深夜酒場でフリーセッション』(晶文社)や、いま同人誌「gui」に長期連載中である北園克衛論のような時代を抉るプラスチック・ポエムな評論もある。
 奥成はなにもかも早熟だった。昭和三六年に日本団地新聞の編集部、昭和四十年代はエスエス製薬宣伝部や「主婦と生活」編集部、昭和四五年すなわち一九七〇年にはタウン誌「東京25時」編集長をした。セルフ出版(のちの白夜書房)の「小説マガジン」の編集人は末井昭だが、編集長は奥成達なのである。白石かずこらとともに、ポエトリー・リーディングやツイスト・パーティも先頭を切っていたように憶う。
 本書はそういうぼくと同世代の奥成が、昭和少年たちの駄菓子と遊びをとりあげた一冊で、ロングセラーとなった『遊び図鑑』(福音館書店)の続編になる。前著は遊びの歴史も追いかけていたが、この本はまさにわれらが昭和の気分を満喫させる。
 こんなふうである。
 
 地蔵盆ではニッキ棒をかじってもよかった。それを口に咥えたときのシガシガ感はえらそうな気持ちがして、ぼくたちは子供マフィアや赤木圭一郎になった。
 映画館に行くとラスクとイカの姿あげとピーナッツがあった。これを暗がりで食べるとき粗末な包装セロファンを破るのでクシャクシャと音がたつ。映画をだいなしにするほど大きな音だった。風船ガムは口が疲れた。けれども口が疲れるからあきらめられるわけはない。舌でじゅうぶんこねぐあいを見計らい、これをブーッとでかくする。ペシャッとつぶれると、すぐに唇のまわりの薄膜をなめまわして、また嚙んでいく。このゴムの感覚が忘れられないのだ。
 銭湯にはフルーツ牛乳が待っていた。番台のおばさんにこれを渡すと、小さな棒ピンでフタを器用にあけてくれる。ポンと音がする。そのフタをもらってポケットに入れ、フルーツ牛乳をがぶがぶと飲む。おなじように太ったおじさんが裸のままフルーツ牛乳を飲み、ブフェーと言っている。ぼくたちもブフェーと言ってみた。フタは帰ってビスケットの箱に貯めていく。いつかワッペンに昇格するのだ。
 学校の前では変なおっさんが鉄砲を売っていた。細い篠竹でつくった山吹鉄砲には上下を赤と緑に着色した山吹玉をこめ、これを棒で押していくとポーンと音がする。この山吹玉のふっくらした感触がたまらない。輪ゴムを飛ばす針金鉄砲には安っぽいものからものすごくこみいった細工ものまでがあり、ぼくはその高級鉄砲のほうに憧れつづけたが、安物をじっと観察して帰ってから自分で手作りをした。ちっともうまく飛ばなかった。
 もっとカッコいいおじさんは、地方によってはバクダンあられとよばれていた「ポン菓子屋」のおじさんだ。これは奥成達も書いているように魔法の大砲なのである。“ポンのおじさん”とは言っていたものの、実はドカーンというすごい音がする。するとぼくたちはあたりを駆けまわってどっと笑うのだ。
 奥成もそう思っているはずだが、われらが昭和少年の駄菓子のような記憶の光景は、たんなるセピア色の思い出なのではない。そのいちいちはペンやキーボードによって言葉になり、クレヨンや色鉛筆や写真や絵筆によって視像とならなければならないものなのである。それはジャック・プレヴェールの『金色の老人と喪服の時計』(大和書房)が書きつけたことと、まったく同じものなのだ。

 だから、青いペンキで塗りたくった水槽の海を自由に動きまわる樟脳船は夜店だけで出会えるファンタジーで、エノケンがラジオでコマーシャルを唸っていた渡辺の粉末ジュースは台所に出現する南国だったのである。フルヤのウインターキャラメルには雪の味がして、缶入りのサクマ式ドロップはいつしかカラカラと音がしなくなり、その湿ったドロップを指で搔き出すのがたいへんだったのだ。
 ああ、なんとも頼りなく、なんとも他愛ない。奥成はよくぞ、こういうものばかりを集めたものだ。さすがにサボテン男だ。
 とりわけぼくをよろこばせたのは「三角乗り」を載せているところだった。三角乗りとは大人の自転車をサドルにまたがらずにお尻を浮かせてぐいぐい漕ぐことで、たいていの少年がこのサーカス体勢の冒険をしていたものだ。あの大人用の大きな自転車にしがみつくように乗っていたようなことを、いまぼくたちは何に向けてやっているのだろうか。
 本書は半分がながたはるみのイラストレーションで飾られている。図解的であって、かつその時代の感覚をぞんぶんに伝える。奥成達夫人である。二人の本は先にあげたもののほかにも、『昭和30年代スケッチブック』(いそっぷ社)、『昭和の子ども生活絵図鑑』(金の星社)、『なつかしの昭和30年代図鑑』(いそっぷ社)などがある。昭和三十(一九五五)年前後とは、ぼくの十一歳からのティーンエイジの日々のことである。

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