奥成達
駄菓子屋図鑑
飛鳥新社 1995
ISBN:4870312255
[訳]ながたはるみ絵

 すぐに引用したくなる惹句というものがある。そういう詩集もある。『サボテン男』にはそんなフレーズが零れそうにぶらさがっていた。
 奥成達は詩人であって、ジャズ評論家である。『ジャズ三度笠』というあっと驚くジャズ談義もあった。これには平岡正明もタモリも驚いた。それとともに『深夜酒場でフリーセッション』や、いま同人誌「gui」に長期連載中である北園克衛論のような時代を抉るプラスチック・ポエムな評論もある。
 本書はぼくと同世代の奥成が、子供時代の駄菓子と遊びをとりあげた1冊で、ロングセラーとなった『遊び図鑑』の続編になる。前著は遊びの歴史も追いかけていたが、この本はまさにわれらがレトロな気分を満喫させる。

 こんなふうである。
 地蔵盆ではニッキ棒をかじってもよかった。それを口に咥えたときのシガシガ感はえらそうな気持ちがして、ぼくたちを子供マフィアや赤木圭一郎にした。映画館に行くとラスクとイカの姿あげとピーナッツがあった。これを暗がりで食べるには、粗末な包装セロファンを破るときにクシャクシャと音がたつ。映画をだいなしにするほど大きな音だった。
 風船ガムは口が疲れた。けれども口が疲れるからあきらめられるわけはない。舌でじゅうぶんこねぐあいを見計らい、これをブーッとでかくする。ペシャッとつぶれると、すぐに唇のまわりの薄膜を回収して、また噛んでいく。このゴムのような感覚がけっして忘れられないものなのだ。
 銭湯にはフルーツ牛乳が待っていた。番台のおばさんにこれを渡すと、小さな棒ピンでフタを器用にあけてくれる。ポンと音がする。そのフタをもらいつつ、フルーツ牛乳をがぶがふと飲む。おなじように太ったおじさんが裸のままフルーツ牛乳を飲み、ブフェーと言っている。ぼくたちもブフェーと言ってみた。

 学校の前ではおじさんが二つの鉄砲を売っていた。細い篠竹でつくった山吹鉄砲には上下を赤と緑に着色した山吹玉をこめ、これを棒で押していくとポーンと音がする。この山吹玉のふっくらした感触がたまらなかった。
 輪ゴムを飛ばす針金鉄砲には簡易なものからものすごく複雑な高級な細工ものまでがあり、ぼくはその高級鉄砲に憧れつづけたが、安物をじっと観察して帰ってから自分で手作りをした。ちっともうまく飛ばなかった。
 もっとカッコいいおじさんは、地方によってはバクダンあられとよばれていた「ポン菓子屋」のおじさんである。これは奥成達も書いているように「魔法の大砲」なのである。“ポンのおじさん”とは言っていたものの、実はドカーンというすごい音がある。するとぼくたちはどっと笑うのだ。
 このほか、青いペンキで塗りたくった水槽の海を自由に動きまわる「樟脳船」は夜店だけで出会えるファンタジーで、エノケンがラジオでコマーシャルを唸っていた「渡辺の粉末ジュース」は台所で出現する南国だった。「フルヤ・ウィンターキャラメル」には雪の味が、缶入りの「サクマドロップ」はいつしかカラカラと音がしなくなり、その湿ったドロップを掻き出すのが腕だった。

 ああ、なんとも懐かしく、なんとも他愛ない。
 よくぞ、こういうものばかりを集めたものだ。とりわけ本書がぼくを喜ばせたのは「三角乗り」を載せているところだった。
 三角乗りとは大人の自転車をサドルにまたがらずに漕ぐことで、たいていの少年がこの異常な体勢の冒険から「乗り物」に向かっていったものだ。あの大人用の大きな自転車にしがみつくように乗っていたような体験を、いまぼくたちは何に向けてやっているのだろうか。
 なお、本書は半分がながたはるみのイラストレーションで飾られている。図解的であって、かつその時代の感覚を伝えてくれるイラストレーションはぼくが大好きなもので、いつかぼくの本も飾ってほしいとおもっている。彼女は奥成達夫人でもある。

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