子母沢寛
愛猿記
文春文庫 1956・1988
ISBN:4167464020

 昭和43年(1968)、子母沢寛は心筋梗塞で急逝した。翌日はお手伝いさんと封切りしたばかりの『猿の惑星』を見にいくつもりだったという。それをとてもたのしみにしていたらしい。
 それほどこの作家は猿好きだった。猿だけではない、かなりの動物好きである。

 あんなにおもしろいものはないよ、と言って、『愛猿記』をぼくに勧めてくれたのは、杉浦康平である。コンラッド・ローレンツの『人、イヌに会う』の話をひとしきりしたあとのことだった。1972年前後のことである。
 杉浦さんは当時ダックスフンドを室内で飼っていて、仕事中でも、その「レア」が窓のところでブン!と一声吠えると、必ずドッグフードを2粒ほどもって、話のほうは休むことなくイームズの椅子をそっと立ち、バルコニーの窓を開けにいっていた。そのときばかりは、スラリとした杉浦さんも脚の短い茶色のダックスフンドなのである。
 この「レア」は当時の「朝日ジャーナル」の矢野編集長がもちこんだ犬で、元はジョン・レノン家から運ばれてきた。杉浦さんはそうとうの犬好きらしい。ぼくも関与することになるのだが、この話の1年後には、中垣信夫とともに「犬地図」という前代未聞の犬嗅覚による地図作成にものりだした。
 その杉浦さんが勧めるのだからまちがいはない。そう思っていたが、『愛猿記』を読んだのはそれから7、8年後のことだった。しまった、早く読んでおけばよかったと思った。それならぼくも、7匹の猫と2匹の犬との生活をしはじめる前に、猿を飼っていた。

 本書は、連作である。最初に子母沢寛の友人が箱詰めの一匹の猿を運んでくるところから始まる。大暴れして近所にも迷惑をかけているいわくつきの猛猿だが、動物好きの子母沢さんならひきとるだろうというので、運びこまれた。「三ちゃん」という。
 ここからご主人の日夜にわたる格闘が開始する。奥さんは大迷惑なのだが、ご主人は三ちゃんがふにゃりと自分につかまった最初の感触がたまらない。なんとか妻子からの攻撃に抗するため、三ちゃんを弁解する立場にまわってしまったのがいけなかった。まるで猿の気持ちがみんなわかるんだという態度で、家中にも近所にも、猿にもふるまわなければならなくなっていく。
 ところが親の心、子知らずで、三ちゃんは主人の原稿用紙をむちゃくちゃに引きちぎる、うんこをそこらじゅうにする、風呂に入ってくるので顔をくしゃくしゃにして喜んでいると、風呂中におしっこをする。
 どうやら猿には“猿寝入り”というものがあるらしく、おとなしく一緒に蒲団で寝ていても、人間のほうが寝息をたてたとたんにむっくり起き上がり、日頃してみたかったことのすべてをやりとげるらしい。戸板をたたく、本棚をひっかきまわす、電気のコードをめちやめちゃにする、ご主人の洋服をめためたにする。
 ついに猿回しから伝授されたとおりに、ご主人は意を決して三ちゃんの首ねっこにがぶりと噛みつくことにした。2分、3分、「5分は噛みつきなさい」と言われたので、ご主人は必死に噛みつづける。大作家が猿の首を噛みつづけて離さないという図は、これは想像するだにおそろしい。杉浦さんも、きっとこのあたりで感極まったのだろうと見当がついた。
 これで、さすがに猿もちょっとは観念したらしく、このあと二人にしかわからない主従関係がほんのりと確立するようになった。

 しかし、世界に二人しかいないのならともかくも、この二人は都会の家族とともに暮らしている。あいかわらず猿のいたずらはなくならない。
 そこで、この主人もそうとうおかしな人だとおもうのだが、猿と知恵くらべをすることにした。バナナにうんこを塗っておく。ニンジンは真ん中にうんこをこすりつけておく。ブドウは中身を自分で食べて、その袋の中に三ちゃんのうんこをつめる。なぜ、うんこばかりで復讐しようとしたのかわからないが、そんな面倒なことに歴史作家が毎日とりくんだのである。
 ところが、このいたずらは成功しはじめた。とたんに主人は同情する始末。ブドウを三ちゃんが食べ始めようものなら、作家は矢も盾もたまらず「おい、それはダメなんだ。吐きだせ、吐きだせ」と叫ぶ始末なのである。
 こうして主人は三ちゃんを鵠沼に連れていく。多少はのんびりした日々を二人で送ろうとするのだが、翌日には事件が発生してしまった。隣の家の庭にたわわに実るブドウを、ほとんどたいらげてしまったのである。作家は大反省をする。ブドウに丸いうんこなど詰めるんじゃなかった、三ちゃんにおいしいブドウをあげておけばよかった。
 結局、作家と猿の関係は、ただ愛情が深まるばかり、三ちゃんが不慮の死をとげたあとも、2代目の三ちゃんを飼うことになる。

 作家は3代目の三ちゃんまで飼っている。尋常ではない。よくも時代劇などが書けたとおもう。
 3代目の話は「悪猿行状」「嫁えらび」「三ちゃん追悼記」「追慕」にさらに詳しく書いてある。ここでは3代目のおちんちんが腫れたので、作家が毎日フラジオマイシンという噴霧液をかけ、これをフーフー吹くと、三ちゃんがホウホウと泣くという話が中心で、次に、嫁に行かすくらいなら自分が一生面倒を見るという決意、および、ついに3代目の三ちゃんが7年目で死んでいく場面が綴られる。このへんはとても悲しいところなので、一部の読者は読まないほうがいい。
 ともかくこうして『愛猿記』はおわる。ところが子母沢寛は犬も好きなのである。そこで話は今度は「ジロの一生」「チロの話」、フクとトチコをめぐる愛惜きわまりない「犬と人との物語」というふうに続く。ほんとうに、この人は流行の文芸作家だったのかとおもうほどである。

 かくして最後に「カラスのクロ」が登場する。ある意味では、この話が最も子母沢寛の愛情が切々とあらわれていて、珠玉のエッセイになっている。
 ある意味ではというのは、すでにいろいろの飼育記を書いてきたので、余計なところが省かれていて、そのためかえってカラスの可憐が伝わってくる。ぜひ読まれたいが、これも最後は泣かされる。

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