心とトラウマ
前口上
心って猫みたい。意識って崖みたい。では精神は何みたい?
不安は走り水の幻影で、憂鬱は三尸九虫のいたずら。
だったら、どうして何かの体験がトラウマになってしまうのか。
すでに哲学は「私の正体」を棚上げにした。
精神医学がはたしてきた役割と、脳の機能を追って、
「自分の中の別人」の謎をたぐりよせてみた。
(前口上・松岡正剛)
「自分」と「自分の中の別人」の両方を、また「脳」と「心」の両方を追いかけた数々の名著を松岡独自の読み方でつないだ一冊。意識や精神はどこにあるのか。脳と心は別ものなのか。哲学も脳科学も心理学もいまだ解きえていないこの難問に切りこみつつ、「うつ」や「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」や「統合失調症」や「ひきこもり」など、いま誰もが切実に気になる精神医学的なテーマを総ざらい。
第1章 心についた傷
心に傷がつくとはどういうことなのか。斎藤茂太と北杜夫のユーモアが躁うつ病への間口を広げる。ひきこもりも、夏樹静子の腰痛も「心」がつくったものだった。岡田尊司の千夜で、精神医学的な「心の病気」の大要を示す。「悲しみ」も病に分類するDSMの功罪を問題提起し、最後にトラウマの謎にせまる。
第2章 自分の中の別人たち
本章では自己の多重化や分裂を扱う。狂気もPTSDも統合失調症も古代から文明とともにあったことを明らかにした、中井久夫のメッセージが章全体を貫いている。人類が知らずに隠し持っているネオテニー戦略とはなにか。ジキールとハイド、ビリー・ミリガンを通して、驚くべき「自分の中の別人たち」と出会う。
第3章 脳が心を見ている
脳科学の入口を案内する章。最初に心の正体にせまったのがペンフィールドだった。ボパーとエクルズは世界を3つにわけ、ペンローズは量子モデルをトレースし、ダマシオはソマティック・マーカー仮説で「脳と心」の難問を解こうとする。ミンスキーのエージェント理論は、編集工学の大きなヒントにもなった。
第4章 心理学と「私」の間
錚々たる心理学者が並べられた章。グロデックは「エス」という無意識を想定し、ユングは物質の変化は心の変容だと断定する。自己とはアンジューにとっては「皮膚」であり、ラカンにとっては「他者」だった。レインは自分が「引きされた自己」であることを赤裸々に語る。ラストは松岡が最期の日々をすごした岩井寛。
『心とトラウマ』
第1章 心についた傷
- 803夜 斎藤茂太 『女のはないき・男のためいき』
- 1721夜 北杜夫・斎藤由香 『パパは楽しい躁うつ病』
- 146夜 夏樹静子 『椅子がこわい』
- 576夜 塩倉裕 『引きこもり』
- 1724夜 岡田尊司 『うつと気分障害』
- 1522夜 アラン・ホーウィッツ&
ジェローム・ウェイクフィールド 『それは「うつ」ではない』 - 1593夜 森茂起 『トラウマの発見』