才事記

父の先見

先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。

ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日本もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。

それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、若いダンサーたちが次々に登場してきて、それに父が目を細めたのだろうと想う。日本のケーキがおいしくなったことと併せて、このことをあんな時期に洩らしていたのが父らしかった。

そのころ父は次のようにも言っていた。「セイゴオ、できるだけ日生劇場に行きなさい。武原はんの地唄舞と越路吹雪の舞台を見逃したらあかんで」。その通りにしたわけではないが、武原はんはかなり見た。六本木の稽古場にも通った。日生劇場は村野藤吾設計の、ホールが巨大な貝殻の中にくるまれたような劇場である。父は劇場も見ておきなさいと言ったのだったろう。

ユリアのダンスを見ていると、ロシア人の身体表現の何が図抜けているかがよくわかる。ニジンスキー、イーダ・ルビンシュタイン、アンナ・パブロワも、かくありなむということが蘇る。ルドルフ・ヌレエフがシルヴィ・ギエムやローラン・イレーヌをあのように育てたこともユリアを通して伝わってくる。

リカルドとユリアの熱情的ダンス

武原はんからは山村流の上方舞の真骨頂がわかるだけでなく、いっとき青山二郎の後妻として暮らしていたこと、「なだ万」の若女将として仕切っていた気っ風、写経と俳句を毎日レッスンしていたことが、地唄の《雪》や《黒髪》を通して寄せてきた。

踊りにはヘタウマはいらない。極上にかぎるのである。

ヘタウマではなくて勝新太郎の踊りならいいのだが、ああいう軽妙ではないのなら、ヘタウマはほしくない。とはいえその極上はぎりぎり、きわきわでしか成立しない。

コッキ&ユリアに比するに、たとえばマイケル・マリトゥスキーとジョアンナ・ルーニス、あるいはアルナス・ビゾーカスとカチューシャ・デミドヴァのコンビネーションがあるけれど、いよいよそのぎりぎりときわきわに心を奪われて見てみると、やはりユリアが極上のピンなのである。

こういうことは、ひょっとするとダンスや踊りに特有なのかもしれない。これが絵画や落語や楽曲なら、それぞれの個性でよろしい、それぞれがおもしろいということにもなるのだが、ダンスや踊りはそうはいかない。秘めるか、爆(は)ぜるか。そのきわきわが踊りなのだ。だからダンスは踊りは見続けるしかないものなのだ。

4世井上八千代と武原はん

父は、長らく「秘める」ほうの見巧者だった。だからぼくにも先代の井上八千代を見るように何度も勧めた。ケーキより和菓子だったのである。それが日本もおいしいケーキに向かいはじめた。そこで不意打ちのような「ダンスとケーキ」だったのである。

体の動きや形は出来不出来がすぐにバレる。このことがわからないと、「みんな、がんばってる」ばかりで了ってしまう。ただ「このことがわからないと」とはどういうことかというと、その説明は難しい。

難しいけれども、こんな話ではどうか。花はどんな花も出来がいい。花には不出来がない。虫や動物たちも早晩そうである。みんな出来がいい。不出来に見えたとしたら、他の虫や動物の何かと較べるからだが、それでもしばらく付き合っていくと、大半の虫や動物はかなり出来がいいことが納得できる。カモノハシもピューマも美しい。むろん魚や鳥にも不出来がない。これは「有機体の美」とういものである。

ゴミムシダマシの形態美

ところが世の中には、そうでないものがいっぱいある。製品や商品がそういうものだ。とりわけアートのたぐいがそうなっている。とくに現代アートなどは出来不出来がわんさかありながら、そんなことを議論してはいけませんと裏約束しているかのように褒めあうようになってしまった。値段もついた。
 結局、「みんな、がんばってるね」なのだ。これは「個性の表現」を認め合おうとしてきたからだ。情けないことだ。

ダンスや踊りには有機体が充ちている。充ちたうえで制御され、エクスパンションされ、限界が突破されていく。そこは花や虫や鳥とまったく同じなのである。

それならスポーツもそうではないかと想うかもしれないが、チッチッチ、そこはちょっとワケが違う。スポーツは勝ち負けを付きまとわせすぎた。どんな身体表現も及ばないような動きや、すばらしくストイックな姿態もあるにもかかわらず、それはあくまで試合中のワンシーンなのだ。またその姿態は本人がめざしている充当ではなく、また観客が期待している美しさでもないのかもしれない。スポーツにおいて勝たなければ美しさは浮上しない。アスリートでは上位3位の美を褒めることはあったとしても、13位の予選落ちの選手を採り上げるということはしない。

いやいやショウダンスだっていろいろの大会で順位がつくではないかと言うかもしれないが、それはペケである。審査員が選ぶ基準を反映させて歓しむものではないと思うべきなのだ。

父は風変わりな趣向の持ち主だった。おもしろいものなら、たいてい家族を従えて見にいった。南座の歌舞伎や京宝の映画も西京極のラグビーも、家族とともに見る。ストリップにも家族揃って行った。

幼いセイゴオと父・太十郎

こうして、ぼくは「見ること」を、ときには「試みること」(表現すること)以上に大切にするようになったのだと思う。このことは「読むこと」を「書くこと」以上に大切にしてきたことにも関係する。

しかし、世間では「見る」や「読む」には才能を測らない。見方や読み方に拍手をおくらない。見者や読者を評価してこなかったのだ。

この習慣は残念ながらもう覆らないだろうな、まあそれでもいいかと諦めていたのだが、ごくごく最近に急激にこのことを見直さざるをえなくなることがおこった。チャットGPTが「見る」や「読む」を代行するようになったからだ。けれどねえ、おいおい、君たち、こんなことで騒いではいけません。きゃつらにはコッキ&ユリアも武原はんもわからないじゃないか。AIではルンバのエロスはつくれないじゃないか。

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貨幣空間

仲正昌樹

情況出版 2000

装幀:秋山法子

近代このかた、人間も社会も
ずぶずぶと価格社会の中にいる。
いまや価値がモノ化され、意識もモノ化されてきた。
なぜそうなったのか。
ゲーテもマルクスもアドルノもデリダも、
その謎を「ゼロ記号としての貨幣」に見いだした。
はたして資本と商品のAIDAで、
また労働と生産の、自然と生活のAIDAで、
貨幣は何を体現しつつあるのか。
それとも貨幣だけが何もしていないのか。

 本書は10年前の著書であるが、グローバリゼーションに対する警戒感が満ちていて、その俯瞰的視野は今日にも通用するものがいくつかある。とくに貨幣重視型交換経済のグローバリゼーションを批判する仲正の目には確固たるものが兆していた。

 素材テキストとして、ゲーテ(970夜)、マルクス(789夜)、ゾーン=レーテル、ベンヤミン(908夜)、アドルノ(1257夜)、廣松渉、デリダの貨幣をめぐる議論がとりあげられた。この並びは示唆に富む。かつ壮観だ。帯には「ファウストの錬金術からデリヴァティヴまで」とあるが、金融工学批判はほとんどされていない。批判されてはいないが、そんなことを書かずとも、ゲーテ~マルクス~デリダの議論で「マネーゲーム=貨幣演劇」の問題が奈辺にあるかは十分に予想がつくようになっている。
 その後、仲正は『お金に「正しさ」はあるのか』(ちくま新書)も書いた。得意のゲーテ『ファウスト』の錬金術議論とともに、シェイクスピア(600夜)の『ヴェニスの商人』(岩波文庫)、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(380夜)、村上春樹の『海辺のカフカ』(新潮文庫)、さらにはアルンダティ・ロイの『帝国を壊すために』(岩波新書)などにひそむ貨幣観もとりあげて、これはこれでまた説得力があった。
 ただ、『貨幣空間』と『お金に「正しさ」はあるのか』は、あまりに文体が違っている。前著は硬く、括弧表示と引用が多く、文章はヘタクソである。後著は軟らかく、文章も読みやすく、言いたいことがちゃんと伝わってくる。だから後著をとりあげたほうがラクなのだが、今夜はあえて逆にした。
 が、多少はわかりやすいほうがいいだろうから、以下、章立てにそってぼくなりの編集的要約をしつつ、後著をところどころに入れ込むことにした。

◆ゲーテと近代錬金術◆

 ゲーテの『ファウスト』がどのような貨幣観を披露したかということは、前夜のハンス・ビンスヴァンガーの『金(かね)と魔術』(1374夜)にとりあげたばかりなので、今夜はその概要も描写もとばしておくが、本書は『ファウスト』の主人公がファウストでもその分身のメフィストフェレスでもなくて、この二人が生み出した「貨幣的近代」であったと見る。
 金(きん=黄金)に代わって「ゼロ記号としての紙幣」を帝国の通貨にしたこと、そこに『ファウスト』が告発する近代社会の悪魔的作用が描かれていたのであった。中世的錬金術が紙幣による近代的錬金術に移行されたのだということを、ゲーテは描いたのだった。「大地の霊/錬金術/父ファウスト」という反自然的関係が、「メフィスト/利殖術/息子ファウスト」という脱自然的関係にシフトしたのである。
 仲正はまた、『ファウスト』には「生殖」を「利殖」によって仕立てていくことが錬金術のホムンクルス伝承として暗示されていて、ホムンクルスと貨幣とは経済国家の「精子」を媒介にしてメタフォリカルな関係になっているのではないかということも指摘している。
 『ファウスト』の舞台は神聖ローマ帝国をモデルにしている。ドイツ的大象徴の帝国だ。そのなかで、皇帝は紙っぺらを印刷した「貨幣」(Geld)を「妥当性」(Geltung)にした。皇帝の精子が貨幣になったのである。
 仲正がもうひとつ指摘しているのは、ゲーテは近代世界では「文学と貨幣」すらもが相同的なものになっていくと予告したのではないかということだ。この文学と貨幣の比較はユニークだ。
 むろん文学には貨幣社会がもっていないものを根本で担っている役割もいくつもあるはずだが、あまりに貨幣社会が肥大し、細部にわたっていけば、「盲目の愛」すら貨幣的に語られても存分な説得力をもってくる。たとえば、デュ・モーリアの『レベッカ』(265夜)や尾崎紅葉の『金色夜叉』(891夜)はそのことを体現した文学だった。
 仲正は仲正で、『お金に「正しさ」はあるのか』では、村上春樹の『海辺のカフカ』、金原ひとみの『蛇にピアス』、綿矢りさの『蹴りたい背中』にも、貨幣的な含意がいろいろひそんでいると書いていた。

◆ダリモンとマルクスの貨幣論◆

 マルクスの『経哲草稿』(789夜)は、資本主義体制下の人間の類的な営み、すなわち労働が、どんなことをしようとも根本的に矛盾した性格をもたざるをえないことを最初にあきらかにした著作だった。
 そのなかでマルクスは、①貨幣はいっさいの人間的で自然的な属性をその反対物に変化させてしまう「目に見える神」になっていくだろうこと、②貨幣はもろもろの事物の全般的な「とりちがえ」と「転倒」をおこすであろうこと、③さらに貨幣は不可能なものどうしをぴったりと親睦させる娼婦の役割をはたしていくであろうこと、④そして貨幣は人間と諸国の国民の娼婦的な「とりもち」になっていくであろうこと、などを予告した。
 このようなマルクスの見方は、個人の欲望の絡み合いによって交換経済が成立してきた歴史に対して、貨幣による交換経済が個人の内なる絡み合いを増殖させているのだという視点をつくりだした。貨幣は商品の交換手段として“発明”されたものであったはずだったのだが、ところが貨幣を中心にした交換経済社会は、貨幣を人間の存在を規定する媒体(メディア)にしてしまう危険性を孕んでいたのである。
 マルクスが『経哲草稿』のあとに執筆した『経済学批判要綱』には「貨幣」の章がある。フランスのプルードン主義者アルフレード・ダリモンの貨幣論を批判したものだ。
 ダリモンは、貨幣(紙幣)の流通過剰(いわゆるマネーサプライ)によって周期的にひきおこされる通貨危機を防ぐため、大胆な処方箋を案出した。金銀との交換比率を書きこむ「価値記号としての銀行紙幣」に代わって、その商品を生産するのに要したかあるいは要するであろう労働時間を記した「労働貨幣」(Arbeitsgeld)ないしは「時間紙券」(Stundenzetteln)を導入することを、提案したのである。これによって、金や銀の時価を経由することなく、商品の中に物質化される労働時間を貨幣価値に一定に反映することが可能になり、商品の実質価値と市場価値とのあいだの差異を“止揚”することができるだろうと見たのだった。
 これをマルクスは批判した。「労働貨幣」に示される労働時間は平均的な理念にすぎず、現実の労働をかえって隠蔽しかねない。それよりも、労働そのものが資本制社会によって歪められている本質を解明し、その歪みを何食わぬ顔で別の価値に見せている商品の本質を、「商品-交換価値-貨幣」の軸において根底的に検討することが重要なのだと説いた。
 マルクスは交換価値が普遍的な妥当性をもつように見えるのは、価値をあらわす象徴、すなわち貨幣や商品が社会的な性格をもっているからだと見抜いたのである。そして、その象徴の社会性こそ「仮象」や「みかけ」にすぎず、そこにこそ社会的象徴を私有財産や私的利益にするための、巧妙で狡猾な“錬金術”がはたらいていると考えたのだった。

◆マルクスの経済学批判◆

 マルクスは『経済学批判要綱』についでは『経済学批判』を著し、その後はしだいに『資本論』に向かっていく。そのマルクスの思想の根底には、「資本と労働は互いに疎遠になっていく関係にある」という見方が貫かれていた。
 本来、労働は生産物と結びついているのであって、その生産物が他者とのあいだで交換されても、そこには生産価値と交換価値以外の価値は介在しなかったはずなのである。ところが資本主義が発達するにつれ、労働と生産の結晶としての商品に、労働価値・交換価値・使用価値などとともに「剰余価値」が加わっていくようになった。
 マルクスが剰余価値が資本と資本家によって演出されたものだと見たのは有名だが、これはいいかえれば、労働が資本と商品のサイクルの中でしか自己の価値をあらわせなくなっていくということを示していた。労働はついに「疎外された労働」になってしまったのだ。かくて本来の交換価値はここにおいて決定的な歪みを与えられたのである。
 こうして『経済学批判』の第1章「商品」で説明される「価値の二重性」という問題、もっと正確にいえば「二重に物化された価値」という問題が立ちあらわれる。近代資本主義は交換価値と使用価値と労働価値を商品として、また貨幣として、一緒くたにしていったのだ。このことは、『資本論』第1部第1章第4節では「商品の物神的性格とその秘密」として解説されていく。貨幣によって価値は二重(多重)に“物化”されたのである。

◆ゾーン=レーテルの貨幣認識◆

 アルフレート・ゾーン=レーテル(1899~1990)に『認識論の社会学理論』がある。通称「ルツェルン報告」と呼ばれている。
 ゾーン=レーテルはデュッセルドルフの大工場主ペンスゲンのもとで養育され、ハイデルベルク大学で経済学博士となり、ワイマール末期からナチス政権初期にかけては中欧経済会議MWTに勤務した。戦争中はスイスに亡命していたが、このとき『資本論』の再構成を試みた。それが『認識論の社会学理論』だった。
 この草稿はアドルノ(1257夜)、ホルクハイマー、ベンヤミン(908夜)、ルカーチなどにも送られ、とくにアドルノらの評価を得た。その後、イギリスに帰化して共産党に入り、バーミンガム大学の講座などを担当しながら執筆活動にあたったのだが、1970年に『精神労働と肉体労働』が刊行されるまで、ほとんど知られてこなかった。
 ゾーン=レーテルの研究の眼目は、近代社会が“社会化”されたプロセスには個人の「分離的=排他的な自我関係」をめぐるいっさいの必然的な矛盾が内包されていることを証明することにあった。しかし社会というものはもともと「連関」(Zusammenhang)されているのだから、この矛盾の正体は「連関」の中にあるはずで、ゾーン=レーテルはそれが「交換」にあらわれてきたと見た。資本主義制下の交換経済が、人であれ物であれ、存在のすべてを“同じ化”していると見たわけだ。
 が、それは経済関係や搾取関係だけにあらわれるのではなく、社会の認識レベルでも進行する。ということは、人々が自分で自分に自己遭遇(Selbstbegegnung)する、すなわち社会的関係の相関物として反省的自己意識をもつと、そこに交換関係を照射した何かが見えてくる。それをゾーン=レーテルは“貨幣意識”とも“富の反映意識”ともみなしたのだった。
 マルクスは『資本論』では、有名な指摘だが、これを「社会関係が物象化されている」と見た。本来は富の相互交通のためにつくられた貨幣が、それぞれの自己が社会的なリフレクションを受けているうちに別の力を発揮してしまったのである。ゾーン=レーテルはそれがとくに「市場の自由」の名において進捗すると考えた。
 そうだとすると、これまで西洋のロジックの多くが古代ギリシアからカントにいたるまで、人間と社会をつねに精神と肉体に分離し、それゆえ精神労働と肉体労働を分けて語ってきたことそのものが、重大な問題なのである。そのような分離を前提にしたことが、近代社会に貨幣の力が登場したとき、社会と人間の関係を「物化された貨幣」のほうに“物化”させていったとも言いうるからである。

◆アドルノの弁証法的貨幣論◆

 テオドール・アドルノの教授資格論文は『キルケゴール』だった。そのテーマは「近代に生きる私にとって、物象化の呪縛を逃れることは可能か」というものだ。
 キルケゴールが生きた19世紀半ばの社会は、すでにどっぷりと貨幣経済に見舞われていた。そのなかでキルケゴールは、近代的交換社会では、自分自身には「物自体」を認識する能力が失われているか、奪われているだろうと実感していた。「私」がかかわりうるものは交換価値に媒介された「物化された現実」だけなのだ。
 では、どうするか。仮にそのような現実を拒否できたとしても、社会の関係そのものが貨幣によって物化されているかぎり、そこから逃れることはとうてい不可能である。もし「私」がそれでも何かについて「物自体」をこえていきいきと感じられるとすれば、それはもはや「美」のようなものだけなのかもしれない。
 アドルノは当初、このようなキルケゴール的判断を前提にしながら、ワルター・ベンヤミン(908夜)らとの交流を通して、ひょっとするとベンヤミンが『パサージュ論』で言うように、過去のモードに本来の無階級社会のイメージ(美)を見いだすことの可能性があるのかとも思った。しかし、ベンヤミンが見いだしたパリのパサージュの“物たち”も、考えてみれば「商品」なのである。そこを突破するには、アドルノは美も商品も一緒に弁証法的に止揚していくしかないと考えた。
 このとき、アドルノはゾーン=レーテルの『ルツェルン報告』を読んだのだ。そして二人ながらに「間主観性」(共同主観性 Intersubjektivität)の発展という問題のほうに進んでいった。フッサールが言う「原体験」としての間主観性ではなく、「共措定」できる間主観性のほうへ。フッサールには貨幣論がなかったからだ。
 ここから『ミニマ・モラリア』(1257夜)までは一足飛びである。その22番の「子供を浴槽に入れて」には、交換価値の原理に引きずられている知性の限界が語られ、「貨幣についての思考とそれに随伴するすべての対立は、最も柔らかでエロチックな、つまりは最も高尚で精神的な関係の中にまで、強制的に入りこんでくる」と書く。

◆デリダが読む「亡霊としての貨幣」◆

 ボードレール(773夜)の『パリの憂鬱』に「贋金」(La fausse monnaie)という散文がある。
 私と友人が煙草屋を出たところで、友人が貨幣を丹念に選り分けはじめた。そのあと二人は震える手で帽子を差し出す乞食に会った。友人は私とは比較にならないほど多くの金を喜捨したのだが、あとで「あれは贋金だよ」と言った。私は、この贋金がいつか本物の貨幣になって殖えることはないだろうか、この贋金がちっぽけな投機家を数日のうちに巨万の富に誘うのではないかなどと思った、というような一節だ。
 このボードレールのテクストを、ジャック・デリダが素材にしてメタテクスト『時間を与える』を書いた。
 贋金を媒介にして誰が何を与え、誰が何を与えられたのかとか、贈与っていったい何なのかとか、「あれは贋金だったよ」という言葉が真実か虚偽かすらわからないとか、そもそも「信用」って何なのかとか、そんなことを綴りながら、すべてはコンベンション(取り決め)によるのではないかといった思案をめぐらしているメタテクストだ。
 そのうえでデリダは、貨幣的なるものが「閉ざされたオイコス」の内部を突き抜けて、外部の「物」の循環になっていくという構図を示し、「貨幣のオイコス外部性」を論じた。それは貨幣がオイコスを突き抜け、まるでウィルスのように循環社会を駆けめぐっている光景となった。だとしたら、それは何かの「亡霊」であろうともデリダは『マルクスの亡霊たち』に書いている。
 まさに貨幣とは亡霊なのである。貨幣は亡霊のように自身の特性を失って透明になり、そうすることによってすべてのものに取り憑き、使用価値を捨象した一般的所有作用だけを相手に与えていく代物なのだ。
 そうであるなら、マルクスのように「貨幣を信仰するな」と言うだけでは足りない。デリダはマルクスのテクストを「亡霊を呼びだす魔術のテクスト」として読み替えることにした。資本主義の舞台で貨幣が何かを「みせかけ」にするために化けて出てきたのだと読み替える。いや、貨幣だけではない。商品もまた市場という舞台で活動する亡霊の影なのである。
 はたしてこのようなデリダのエクリチュールの連打によって、マルクスが“脱構築”されたのかどうかは確証はないが、マルクスの思想と貨幣の思想がこのように二重に“差延”されうるだろうことは、すでにゲーテがファウストとメフィストの二重性によって貨幣の物語を出現させていたことから言っても、しごく当然のことだった。

◆廣松渉の読み方◆

 廣松渉がマルクスの『資本論』第1巻第1章第4節「商品の物神的性格とその秘密」に登場する「物象化」(Verdinglichung)の問題を、後期フッサールやアドルノやゾーン=レーテルの「間主観性」と結びつけ、そこから「共同主観性」という考え方を披露したことは、よく知られている。
 物象化とは、商品に結晶化される交換関係はそもそもが“物と物との関係”であるにもかかわらず、そこに労働を介して“人と人との関係”があらわれ、それによってあたかも物が人のごとくふるまうように見えることをいう。このとき、貨幣もまたいかなる種類の物とも交換可能な関係性を発揮するため、物でありながら物ではないふるまいに見えてくる。
 かつてジェルジュ・ルカーチは『歴史と階級意識』のなかで、物象化は商品を生産するプロセスが人間を労働の本質から疎外させていることと同じなのだから、「物象化」と「疎外」(Entfremdung)とは同じことがらの異なった言い方であると説明したものだった。
 が、廣松渉はそうではなく、物象化は資本制に限定されない普遍的な現象として捉えるべきだと言明した。なぜなら貨幣は社会の全歴史を通してすでに普遍的妥当性を獲得しているのであろうから、物象化の論理もまたどこかの時点で普遍性に触知しているはずなのだ。
 廣松はそのように推察することで、「共同主観性(間主観性)が物象化を構成している」と見た。労働にもとづく使用価値が歴史の最初にあって、そこから普遍的な交換価値が出てきたというのではなく、交換関係のなかでの相互的で共同主観的な認知が価値を規定してきたにちがいない。そう、見たわけである。
 そしてこれを貨幣にあてはめれば、貨幣にあらわれた交換価値の普遍的妥当性は、人間どうしの共同主観性がつくりあげたものだと見られていいはずであると考えた。
 このような廣松の読み方は、「物質/意識」の二項対比のなかで語られてきたマルクスの思想を共同主観世界に拡張する可能性をもっていた。だがその反面、われわれのなかで物象化されていない「もの」を純粋に探そうとしすぎて、かえって旧来の労働価値説を引きずるようにもなってしまった。そのためか廣松はやがて、物的世界観(モノ)から事的世界観(コト)への展出というふうにもなっていった。

◆ロールズの『正義論』の見方◆

 本書をおおざっぱに順約していくと、だいたいは以上のようなことになるのではないかと思うのだが、ぼくがあえて当時の仲正ふうの若書きを“模した”ところもあるので、マルクス主義に慣れた読者ならともかくも、あれこれの用語がちょっと難解だったかもしれない。もっとも、これも、千夜千冊の趣向のうちだと寛恕されたい。
 ところで、仲正はもう一冊の『お金に「正しさ」はあるのか』の最後では、ジョン・ロールズの『正義論』(1971)を持ち出している。そこで、そのことについて少々ふれて今夜を締め括っておきたい。

 ロールズの正義をめぐる議論は、長らくマルクス主義系の知識人や活動家からは敬遠されるか、批判されてきた。廣松渉などはアリストテレスの正義論の焼き直しにすぎないと切り捨てた。
 批判されたのは、ロールズの正義論が、人々の欲望の体系である資本主義的な市場を解体することなく、諸個人の「不公正」を矯正しようとする構想だったからである。資本主義的な欲望を制御しつつ最終的に人間の解放をめざす理論を含まない正義論なんて、マルクス主義系の思想にとっては資本の論理によるごまかしにすぎないからだった。
 一方、ロールズやその擁護思想からすれば、疎外された意識の解放プログラムや決して自由ではなくなった自由市場の解体プログラムなどにかかわりなく、危機に瀕した社会であれそうでないときであれ、社会における正義のありかたが公平に論じられるべきなのである。ロールズの『正義論』は、その地平を切り開いたところに意義があった。欲望の本質やその物化された商品や貨幣のふるまいに左右されることのない正義があるとしたら、それはどういうものかということが提起されていた。
 そこでこの後者の視点からすれば、ロールズの『正義論』は「富の再配分」の問題と「正義の所在」の問題を、どのように矛盾なく合意させるかという方法を提起しているということになる。
 はたして、そんなことが可能なのだろうか。この提起をもっともらしくするため、ロールズは「無知のヴェール」という巧妙なメタファーを考えた。人々が社会の構成原理を選択するにあたって、各人を他者と比較した競争能力や社会的地位についての知識からいったん切り離してみてはどうか、遮断してみてはどうかというのだ。

 菅直人の消費税発言ではないが、たとえば累進税率の例をとってみると、自分が他人にくらべて競争力があると判断できるなら、累進税率はできるだけ低く抑えるべきだと判断するだろう。自分の稼いだ富は自分で自由に処分できるほうがいいに決まっている。
 他方、自分の社会力が劣っていると感じる連中は、累進税率をうんと高くして、そこから得られた税金の一部をなるべく多く再配分にまわしてほしいと考える。
 意見は両極化する。しかしこれでは事態はなかなか収まらない。菅直人の消費税率発言のように、両者に納得できるような発言をしようとすればするほど、ずれていく。では、これらに「無知のヴェール」をふわりとかければどうか。これがロールズの仮想装置による社会学の組み立てだった。各人はきっと“最も弱い私”を想定しつつ再配分のありかたをめぐって議論に参加し、やがて合意に達するであろうというのだ。
 これは、弱い立場の相手のことを考えたほうが自分自身にとってのリスク回避になるということで、ロールズは「無知のヴェール」がうまくはたらけば、「他者の痛みを共感する利他性」と「自己の利益の最大化をはかる利己性」という両極のあいだで、おそらくはベストな選択がされていくだろうという“読み”を展開したわけだった。

 ちなみに、なぜ、このような正義論が貨幣の問題と関係があるかというと、資本主義社会でつねに最後の問題になってくるのは、国と地方と企業と家庭と個人をめぐる「所得と再配分の問題」なのである。このときどのような判定をするのが正しいのか、公正なのかという「問い」が生まれる。そして、ここを詰めていこうとすると、つまりはどこに正義の論理があるのかということになる。
 ロールズの正義論の進め方には、自己と他者の立場の“互換可能性”を求めるという特色がある。だからそこには既存の「貨幣的な想像力」に代わる何かが起動しているともいえる。しかし、それはまた、今度は貨幣に代わって正義や公正を分配しただけだったのかもしれなかった。そうだとすると、ここには「正義」や「公正」をめぐるファウストとメフィストフェレスの魔術がふたたび姿を変えて動き始めたとも言えるわけである。
 いやいや、ここはなかなか難しい。いずれ、機会を改めて千夜千冊するべきだろう。

【参考情報】
(1)仲正昌樹。なかまさ・まさき。1963年広島県生まれ。東京大学総合文化研究科の地域文化研究博士課程修了の学術博士。主に社会思想史、比較文学を専門とする。ドイツのマンハイム大学に給費留学もしていた。いまは金沢大学教授。
 著書に本書のほか、『ポストモダンの左旋回』(情況出版)、『〈隠れたる神〉の痕跡』(世界書院)、『歴史と正義』『〈法〉と〈法外〉なもの』『モデルネの葛藤』(御茶の水書房)、『お金の「正しさ」はあるか』『「不自由」論』(ちくま新書)、『「みんな」のバカ!』(光文社新書)、『デリダの遺言』(双風舎)、『集中講義! 日本の現代思想』(NHKブックス)『「プライバシー」の哲学』(ソフトバンク新書)、『なぜ「話」は通じないのか』(晶文社)、『教養主義復権論』(明月堂書店)など。
 翻訳にもペーター・スローダイク『「人間園」の規則』(御茶の水書房)、ハンナ・アーレント『暗い時代の人間性について』(情況出版)、アントニオ・ネグリ『ヨブ――奴隷の力』(世界書院)、ハンナ・アーレント『完訳カント政治哲学講義録』(明月堂書店)などがある。ドイツ語に強いようだ。
(2)仲正昌樹を読みたいなら、『集中講義! 日本の現代思想』がいいのではないかと思う。ぼくの見方とは異なるところも多々あるが、この本の仲正はとてもうまくポストモダン思想の日本転移事情を語っている。
 
(3)20世紀末の正義論については、ジョン・ロールズの『正義論』(紀伊国屋書店)、『公正としての正義』(木鐸社)、川本隆史『ロールズ――正義の論理』(講談社)が原典だが、これに当初から対立していたのがロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』(木鐸社・449夜)だった。いずれこのあたりの比較も千夜千冊したい。古典的な流れの正義論としては、たとえばフリチョフ・ハフトの『正義の女神の秤から』(木鐸社)あたりが手頃。正義についての本では、いずれも木鐸社が獅子奮迅なのである。もっと別の議論なら大川正彦の『正義』(岩波書店)が大きな思想地図を書いている。