グレゴリー・ベイトソン
精神の生態学|上・下
思索社 1986
ISBN:4783511136
Gregory Bateson
Steps to An Ecology of Mind 1972
[訳]佐伯泰樹・佐藤良明・高橋和久

 精神とはどういうものかということは、古来このかた決定的な回答がひとつとしてなかった積年の未解決問題である。その逆に、ものすごくたくさんの回答例が提出されつづけた過飽和問題ともいえる。
 だからふつう、科学者たちは精神や心や意識を扱うにはひどく慎重になるか、それともぶっちゃけて自暴自棄になるか、さもなくば地位を捨ててオカルトまで飛んでしまう。
 そうしたなか、さまざまな条件と今後のことを考えあわせると、ベイトソンのアプローチにはむろん限界もあるのでこちらで多少の再解釈をする必要はあるのだが、それでもなおきわめて重要な考え方の可能性がいくつもひそんでいた。その可能性のいくつかについて、ベイトソンの経歴や研究の紹介を兼ねつつ、あげておきたい。その前に結論をいっておくと、ベイトソンは「精神」とは「関係」であると言いたかったのだ。

 ベイトソンは遺伝学者の父ウィリアム・ベイトソンの影響を受けた。ウィリアムは反ダーウィン的なといってもよいサミュエル・バトラーに学んだ生物学者で、学界的には異端に入るのだろうが、必ずしもそのように言いきれない思索をしていた。
 その思索というのは、一言でいえば「感じ」(feel)をもとに新たな科学をつくれないのかということだった。これは、かつてデカルトに対してパスカル(第762夜『パンセ』)が投げかけた問題意識、「情感には理知からは見えない独自の合理のようなものがあるのではないか」になんとか応えようとするものだった。
 では、この「感じ」とはいったい何かということだ。
 バトラーやホワイトヘッド(第995夜『過程と現実』)は、生命をもったシステムにはどんな変化にもかかわらず持続される「かたち」というものがあるという言い方で、この「感じ」の正体を暗示した。「もの」よりも「かたち」のほうが本質的なものを残しているとみなしたわけである。別の言い方をすれば、物質が寄り集まって形態と機能をつくっていく再現能力に、何かの正体があるのではないかと考えたわけだ。これは物質主義を一歩離脱したことにあたる。しかし、はたして「かたち」とは何なのか。われわれが知っている「かたち」が表沙汰ではないとしたら、何か“内沙汰”があるはずだった。
 ウィリアムはそれを遺伝と変異の研究を通してあきらかにしようとしたのだが、いろいろやってみてそこから見えてきたのは、どうやら「かたち」の鍵を握るのは進化のプロセスとパターンにみられる「関係」らしいということになってきた。
 この「関係」に対する興味を、息子のグレゴリー・ベイトソンが受け継いだのである。

 ベイトソンは1920年代にケンブリッジ大学で生物学を、大学院で文化人類学を学び、30年代にはニューギニアのイアトムル族をフィールドワークして『ナヴェン』を著した。ナヴェンとは男が女装し女が男装する儀式のことで、あとでのべるように、このナヴェンをめぐる考察がのちのベイトソンの編集エンジンになる。
 ついで当時の妻のマーガレット・ミードと一緒にバリ島を調査した。まだ知識人の誰ひとりとしてバリ島などに行ったことがない時代だ。そのあと戦争に突入してからは、アメリカ戦略隊本部に務めてサイバネティクス(第867夜)ベルタランフィ(第521夜)のシステム理論を研究した。
 戦争がおわると、よだれが出るようなすばらしいコンファレンスが開かれた。名高いメイシー会議だ(この会議についてはぼくも『情報と文化』に詳しく紹介したことがある)。ベイトソンはここでマカラック、ウィナー、フォン・ノイマンらと交わって、かなり連続的な研究に携わった。その研究の意図は1951年に発表された『コミュニケーション:精神分析の社会的マトリクス』にも如実なのだが、心身におこっていることをプロセスの変化を伴うシステムとしてとらえ、そこにときおり介在する「フィードバック」という陥入型の相互作用に注目してみるというもので、ここから心理学上に有名な「ダブルバインド理論」が仮説された。
 ここでベイトソンは、何がシステムにフィードバックされているのかを考える。「感じ」の正体はきっとフィードバックを伴うシステムのふるまいに関連しているとみなしたのだ。
 このあとジョン・C・リリー(第207夜『意識の中心』参照)に声をかけられたベイトソンは、ヴァージニア諸島でイルカやクジラのコミュニケーションにいたく興味をもち、ハワイの海洋研究所やパロアルトの復員軍人病院に出入りした。そう書くと急に興味を海洋生物に移したように見えるが、そういうことではない。ここでもベイトソンは「感じ」や「フィードバックの正体」を考えつづけ、それをこそ「情報」とか「精神」とよぶしかないものだということに気がついていく。
 そして、そのころの総合的な思索の集大成ともいうべきが、本書『精神の生態学』であり、死後出版された『精神の自然』なのである。この二冊にすべては言い尽くされている。

 こうしたキャリアのなかでベイトソンが最初に"発見"したことは、人間社会のコミュニティ的な活動における相補性の原理ともいうべきものだった。
 これはナヴェンの儀式の調査研究で得たもので、ベイトソンは大胆にも「分裂生成」(シズモジェネシス)という造語であらわせるような視点を引っ張り出した。
 イアトムルの部族のなかの関係には、男同士が対抗的になっていく対称的分裂生成と、男女が役割を交換することによって生じる相補的分裂生成があり、ナヴェンではこの相補的分裂生成がおこっている。ベイトソンは後者の相補的分裂生成に注目し、ある種の人間関係においてはエートス(感知)とエイドス(認知)がうまく噛みあっている状態が生じうることに気がついたのだった。
 村落やコミュニティにおいては、しばしば人の「感じ」(感知)が対立を生む。これはわれわれもよく体験してきたことだ。ところが、ナヴェンのような伝習的村落の儀式を通してみると、そこに相互的で相補的な理解(認知)をつくっていく作用がおこる。相互扶助なのではない。分裂生成ではあるのに、そこに相互相補がおこってうまくいく。
 ベイトソンはその重要性に気がついた。であれば、この逆のケースも想定できる。そう、ベイトソンは考えた。対抗的な分裂生成がおこりすぎて混乱してしまったり、自己矛盾に陥ってしまう状態だ。現代人にはしょっちゅうおこっている。
 これが人間精神におけるダブルバインド(二重拘束)状態である。互いに背き合う二つのメッセージを受信したために、本来は理解できるはずのメタコミュニケーションの本質が覆い隠されてしまう心理状態のことをいう。ベイトソンはのちにイルカにさえこの分裂生成がおこることを確認した。

 相補的分裂生成に気づいたベイトソンは、この視点をつかって思索を深め、ついで、このようなことがおこりうるのは、集団や集団を構成するメンバーのあいだの学習過程がきっと次のような三段階になっているのではないかと考える。
 学習Ⅰは、ある集団(クラス)内で何かの目的によって要素(メンバー)の選ばれ方や選び方が変わっていくときにおこる学習プロセスである。
 これは生体の中でも、人間同士のあいだにもおこっているもので、ふつう一般に学習とよばれている「慣れ」や「反復」や「報酬・報復」を伴うプロセスにあたっている。ぼくなりにまとめると、「システム内における刺激と反応の関係が確立していくプロセス」といえる。
 学習Ⅱは、学習することを学習あるいは再学習していくプロセスにあたる。学習した集団や要素がもうひとつ高次の効果を求める。また、ここでは、その途中で多少のルール変更がおこったり、目的や方向が修正される可能性もある。すなわち一定の反応作用では説明しきれない事情がいかされるプロセスをいう。
 こういうときは、集団自体がその役割を変えてしまうこともおこりうる。「システム内における変化の度合が確立していくプロセス」である。
 学習Ⅲは、学習する集団や要素の関係に外部から異質な導入作用が入りこんできて、それが新たなシステム上の創発を生んだり、集団と要素の相互関係のパターン自体が主因となって新たな変移をおこしていくばあいにおこる学習のことで、今日の科学では、たとえば複雑系がおこす学習や相転移のおこる学習などをいう。
 当時のベイトソンは、ここに禅のような宗教的回心や知的な直観や神の啓示などがおこりうるときの学習プロセスの例も入れていた。

 ベイトソンが三段階の学習仮説によって何を言おうとしているかははっきりしている。あるシステムにおける情報の出入りのしかたを問題にしたわけで、今日の言葉でいえば、システムと情報の「関係」を主題にしたかったのである。いや主題ではない、「関係」を主語にし、「情報」を述語にしたかったのだ。
 そもそもベイトソンは情報理論の先駆者でもあった。なかでも、情報がシステムにフィードバックされるしくみに関心をもった。そのうえで、一個の情報とは「違いを生む違い」(a difference which makes a difference)であることをつきとめた。
 しかし、このようなプロセスがおこっているばあいでも、主語はあくまで、情報をつかって学習してきたシステムが生み出している「関係」なのである。そして、それこそが、これまで「感じ」とか「パターン」とか「ゲシュタルト」とか「相互作用」とよんできた当のものだった。
 これらは結局は「システムを出入りする諸関係」の見え方の相違なのである。そうだとすれば、そのような「諸関係」こそが、ベイトソンのいう「精神」なのである。本書のなかでつかっている言葉でいえば、「関係のプロセスとパターン」が「精神」なのだ。

 あらためて思い知らされることがある。いま脳科学や認知科学が総力をあげて前進させようとしている「心の正体」という問題は、ベイトソンが本書に示した考察をこそ出発点にすべきではないかということだ。
 たしかにベイトソンが駆使した"最新武器"はサイバネティクスまでであり、その後の遺伝生物学や免疫理論や認知心理学やアフォーダンス仮説や複雑系理論の成果は、あたりまえのことではあるけれど、いっさい入ってはいない。また、ベイトソンには「関係の科学」の確立を謳いながらも、いわゆる通常科学が採用するセオリービルディングには適合しにくい勇み足が多分にあって、大半の議論は先行的解釈にもとづいている。
 しかしながら、ベイトソンにはそのような武器の用途の限界にかかわらぬ思索の深さと"勘"というものがある。編集エンジンがある。いや、もっと大きいものがある。それは自分の「精神」や「心」を含んだシステムのふるまいを勘定に入れた科学を構想しようとしたことだ。ベイトソンはこんなふうに書いた。

 自分の関心は自分であり、自分の会社であり、自分の種だという偏狭な認識論的全体に立つとき、システムを支えている他のループはみな考慮の外側に切り落とされることになります。人間生活が生み出す副産物は、どこか"外"に捨てればいいとする心がそこから生まれ、エリー湖がその格好の場所に見えてくるわけです。
 このとき忘れられているのは、エリー湖というエコメンタルな一システムが、われわれを含むより大きなエコメンタル・システムの一部だということ、そして、エリー湖の「精神」が失われるとき、その狂気が、より大きなわれわれの思考と経験をも病的なものに変えていくということです。

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