ベネディクト・アンダーソン
想像の共同体
リブロポート 1987 NTT出版 1997
ISBN:4845703068
Benedict Anderson
Imagined Communities 1983
[訳]白石隆・白石さや

 ナショナリズムという言葉はウケが悪い。とくにコスモポリタンや民主主義者あるいは進歩的文化人を気取る者にとっては、忌まわしい響きすらもっている。おまけにネーション(国民)、ナショナリティ(国民的帰属)、ナショナリズム(国民主義)の関係もはっきりしないように見える。
 アーネスト・ゲルナーは『民族とナショナリズム』で「ナショナリズムとは、もともと存在していないところに“国民”を発明することだ」などと言うし、『連合王国の解体』の著者トム・ネアンはもっと辛辣で、「ナショナリズムは個人における神経症のようなもので、近代の発展がもたらした不可避の病理だ」と書いた。
 一方、シートン=ワトソンは『国民と国家』で「ナショナリズムを定義することは不可能に近い」と言いつつ、古い国民意識と新しい国民意識を区別しないと説明が混乱するばかりではないかとみなし、ハンナ・アレントは著名な『全体主義の起源』のなかで、むしろ「種族的ナショナリズム」ともいうべきをちゃんと取り出して議論したほうがいいと言った。ジョージ・モッセはその表題どおりの『大衆の国民化』において、ナショナリズムがわかりにくいのは「大衆」の概念がわかりにくいせいだと考えようとした。どっちにしてもみんな腰が引けている。
 しかし、はたしてナショナリズムはそんなものなのか。何かが混乱しすぎているのではないか。
 そう見た一人のインドネシア研究者がナショナリズムの本質に新たに迫ってみたのが、本書である。刊行まもなく、本書はナショナリズム議論の古典扱いをうけたほどに話題になった。

 ベネディクト・アンダーソンによると、これまでのナショナリズムをめぐる議論は「国民」(ネーション)をめぐる次の3つのパラドックスに悩まされてきたという。
 第1には、平均的な歴史家から見れば、国民の存在というものは近代国家が生み出した当然の現象の帰結と見えるのに、ナショナリストの目には国民がひどく古いものと見えるらしいことである。第2に、近代国家ではどこかの国民に帰属すること、すなわちナショナリティをもつことはごくごく当たり前のことであるのに、どの国民も自分たちは他の国民とは異なる国民性(民族性)や文化性をもつというふうに確信することだ。第3に、それほどの国民にとっては当然ナショナリズムは大きな意味をもっていそうなのに、ナショナリズムをめぐる理論や研究はどの国でも、ひどく貧困で支離滅裂であるということだ。
 この指摘はなかなか鋭いというよりも、そうそう、そうなんだよなと思わせる指摘であって、ではなぜそうなったのかは説明していない。
 アンダーソンもそう感じたらしく(このパラドックスの理由をそのまま解読するのは不可能だと感じて)、こうした3つの議論の混乱がおこるのは、実は「国民」というのは社会的あるいは政治的な実体なのではなくて、ひょっとすると「イメージとして心に描かれた何か」が漠然と凝集したというもの、すなわち「想像の政治的共同体」(imagined political communities)なのではないかというふうに、見方を大幅に切り替えたのだった。
 この切り替えがその後、「想像の共同体」としてネーションやナショナリズムを考えてみるというブームを引き起こしたのである。

 アンダーソンは別の書物の『言葉と権力』のなかで、自分のことを、「中国で生まれ、3つの国(中国・イギリス・アメリカ)で育てられ、時代遅れの発音で英語を話し、アイルランドのパスポートをもち、アメリカに住み、東南アジアを研究する」と自己紹介している。
 そこには、1965年におこった9月30日事件のときにスハルトを批判して、自身の研究フィールドであるインドネシアを追放された自分の姿が戯画化されている。「想像の共同体」仮説を取り扱うにはこのようなアンダーソンの履歴も多少考慮に入れたほうがいい。
 もうひとつ考慮しておくべきは、アンダーソンはナショナリズムだけではなく、すべての共同体の本質は「想像の共同体」の性質をもっているとも見たということである。
 たとえば古代ならば、ユダヤ教のハッシーディズム、原始仏教教団、クムラン共同体、ウンマ・イスラム(イスラム共同体)など、もっと大きなところではブルボン王朝やハプスブルグ家やワイマール共和国など、わかりやすくいえば宗教共同体や政治共同体のほとんどの例が、同じく「想像の共同体」から出発したのではないかと言うのだ。
 こうした「想像の共同体」の特質は、過去と現在と未来をひとつの均質な時間で貫こうとしていることにある。この、仏教用語でいうなら“三世実有”ともいうべき一貫時間については、かつてウォルター・ベンヤミンが「メシア的時間」とか「均質で空虚な時間」という説明を試みたものだった。
 アンダーソンもこの見方に依拠して、近代国家の確立を迎えても人々がなお「メシア的な時間」を国家や国民のなかにほしがったものが、まわりまわってナショナリズムとよばれるものになったのではないかと考えたのである。
 これでいくぶんかはナショナリズムを論じることが楽になってきた。少なくとも研究者たちは、そういう気分になった。しかし、それはまだ気分であって、本格的なナショナリズム論は、アンダーソン以降に持ち越された。

 では、ここでは二つだけ、本書のなかでぼくが注目したことをあげておこう。
 ひとつは、近代国家のなかでナショナリズムが形をもってくるにあたっては、たいていプリント・キャピタリズム(出版資本主義)が関与していたのではないかという指摘である。
 このプリント・キャピタリズムは、そのほとんどがやがて国語化し、国民語化していく世俗語を重視し、その誰にもわかる言語の流出のなかに「国家の宿命」や「国民の将来」を説くことによって、その国のナショナリズムを喚起していったというのだ。これは、日本において内閣が生まれ国会が開設され、大日本帝国憲法が欽定された明治20年代以降、徳富蘇峰の『国民之友』、三宅雪嶺・志賀重昂の『日本人』、陸羯南の『日本』などが次々に登場したのを見ても、なるほど、アンダーソンのいうプリント・キャピタリズムがナショナリスティックな符牒をもっていたことと重なるだろうことが確認できる。なかなかおもしろい指摘だった。
 けれども、これらをすべてプリント・キャピタリズムとの同期性として十把ひとからげにするのはどうか。ちょっと無理がある。それらの動向には、とうてい資本主義や資本主義市場に結びつけないほどの貧しさや無政府性や発禁性が伴っていたからだ。
 もうひとつ注目したのはアンダーソンが「クレオール・ナショナリズム」という動向に言及していたことである。

 アンダーソンは本書のなかで南北アメリカの近代に関心を寄せている。その理由は、南北アメリカのクレオール共同体では、英語ないしはスペイン語という共通言語がありながら、ヨーロッパのどの地域よりも早くに「国民」という観念を成り立たせていたからだった。
 このクレオール・ナショナリズムは、その後に多くの地域に独立や革命をもたらす原動力ともなったもので、近代ヨーロッパや明治日本が世俗語や国語による「宿命と将来」の説明によって“アーリア主義”や“日本主義”というナショナリズムを標榜していったのに対して、あくまでクレオール共同体がつくりあげた特殊な言語によってナショナリズムを形成したという意味で、特筆に値するのである。
 もっというのなら、こうしたクレオール・ナショナリズムこそはイギリスがインドで、フランスがインドシナで、日本が朝鮮半島でめざした植民地における「公定ナショナリズム」の強要に対して、これを肯んじえないで突破してしまう力をもった数少ないカウンター・ナショナリズムとも考えられるのであった。
 しかしながら、クレオール言語やクレオール文化がそれほど培養されなかった地域では、クレオール・ナショナリズムに代わる何かがあったのだろうか。それについてはアンダーソンは言及していない。われわれ自身が考えるべきことなのである。

参考¶ナショナリズムについては最近とみに好著が目白押しになりつつあるが、さしあたっては大澤真幸が監修構成した『ナショナリズム論の名著』(平凡社)がまことに適確な案内を試みている。また姜尚中の一連の著作、とくに『ナショナリズム』(岩波書店)、森巣博との対談『ナショナリズムの克服』(集英社新書)もすこぶる収穫の多いものになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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