ダヴィッド・ヒルベルト&コーン・フォッセン
直観幾何学
みすず書房 1976
D.Hilbert und S.Cohn-Vossen
Anschaliche Geometrie 1932
[訳]芹沢正三

 数学には二つの方法がある。ひとつは「抽象化」の方法で、これは幾重にも重なった数学的事実から論理的な立場をつくりだすもので、その後にはこれらの事実をまとまりとして一つの統一システムをつくりあげたくなる。もうひとつは「具体化」の方法で、これは対象の動向をそのまま生きた姿でつかみとり、その内面的な関係をさぐろうというものである。
 しかし、この二つの方法をつなげる方法というものもなければならない。そこにはしばしば「直観」が動いている。幾何学ではもともと代数幾何学、リーマン幾何学、位相幾何学というような「抽象化」が成功をおさめて、その後の統一システムをつくってきた。それはそれでいい。けれども、そのような成功の最初に何があったかといえば、これは「幾何学的直観」ともいうべきものがはたらいていたはずなのだ。
 本書はその「幾何学的直観」の正体を求めて、それを大胆にも「直観幾何学」と呼びなおしてみせた画期的な一冊だった。

 この本をぼくに教えてくれたのは詩人の岩成達也さんだった。そのころ岩成さんはエッシャー図形の詩的解明にとりくんでいた。
 それに先立つ1年ほど前、岩成さんの詩に惚れ惚れしていたぼくは、この人に原稿を頼みたいとおもって、会った。ぼくは何をしていたかというと、『ハイスクール・ライフ』というタブロイド新聞の編集長をしていた。
 この新聞は出版取次店の東販が、高校生が書店に行かなくなってきたので、かれらの関心を書店にむけさせるメディアをつくってほしいと頼まれて、つくったものだった。そこで全国の主要書店にばらまく15万部ほどの新聞をつくることになり、ぼくがそれを任された。1967年のこと、ありていにいえば大学生も高校生も「書を捨てよ、町に出よう」の感覚が旺盛になっていて、かれらを書物に引き寄せるには、かなりの工夫が迫られた時期である。
 さいわい『ハイスクール・ライフ』は創刊号を朝日新聞がとりあげたせいか、すぐ話題になって、寺山修司五木寛之が「これは東京のヴィレッジボイスだ」とも絶賛してくれた。ヴィレッジボイスは当時のニューヨークで出ていた前衛的なニューペーパーのことである。ぼく自身はそういうことを意識したわけではなかったが、宇野亜喜良・小島武らのイラスレーションの多用、段罫をとっぱらった自由なレイアウト、高校生を煽るような大胆な主題の設定とヘッドラインの冒険、稲垣足穂倉橋由美子・寺山修司・谷川俊太郎・唐十郎・吉増剛造・土方巽・富岡多恵子・別役実といった執筆陣が入れかわり立ちかわりする様相、そういうものが評判になったのだとおもう。
 で、その『ハイスクール・ライフ』で岩成達也に執筆を頼んだのである。これは、ぼくがそのころ「十七歳のための幾何学」という連載をしていたこともあって、数学や科学のわかる詩人の文章を掲載したかったからだった。
 このとき岩成さんが「松岡さん、ヒルベルトの『直観幾何学』って本、知っていますか」と言ったのである。

 本書でぼくが唸ったのは、第3章「コンフィギュラチオン」である。何かを証明するにあたって、線分や長さや角度を測ったり比較したりしないで幾何学的事実を認識する方法とでもいおうか、そんなことをこの章は扱っていた。
 素材は射影幾何学で、いわばその入門というスタイルで叙述がすすんでいくのだが、その領域を分け入っていくヒルベルトらの説明手順と概念設定のしくみが憎いのだ。とくに自己同型写像の説明のあたりからは、しだいにボルテージが上がってきて、とくにパスカルの定理とデザルクの定理の比較をへて「空間のコンフィギュラチオン」の解説に入っていくところは、圧倒的だった。
 なるほど、これなら岩成さんがエッシャー図形の解明に、この話を下敷きにしたくなるだろうと膝を打ったものだった。

 本書を読んだあと、『ハイスクール・ライフ』には近藤洋逸をはじめ、日本を代表する幾何学者や幾何学史家がぞくぞくと登場していった。
 こんな高校生向けのメディアは、まさに前代未聞だったろう。ぼくは自分が納得できるのなら、どんな話題をどんな人々に向けようとも、なんとか編集できないはずはないという立場なのである。実際にそういう特集をよろこんでくれたのはあまりいなかったろう。理科大に進んで、その後はアナウンサーになった楠田枝理子がのちに、「あのときの数学特集の連打は日本一だったわね」と言ってくれた程度であった。
 それよりもぼく自身が、『ハイスクール・ライフ』のあとに『遊』をつくることになったとき、勇躍として「エルランゲン・プログラム事件」を書くことになったのである。エルランゲン・プログラムとは、フェリックス・クラインの多様体幾何学に関する大胆なプログラムのことをいう。これこそ、『直観幾何学』からの贈り物だった。

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