才事記

クリエイティブ喧嘩術

大友啓史

NHK出版新書 2013年

編集:川口美保/大友啓史事務所

               
 ほう、白洲次郎(1517夜)がついにドラマになるのか、NHKも粋なところがあるなと興味をもってチャンネルを合わせた。伊勢谷友介主演の2009年のNHKドラマスペシャル『白洲次郎』全3回である。白洲正子には中谷美紀が、吉田茂には病身を押しての原田芳雄(1690夜)が扮した。
 サムライ・ジェントルマンを咆哮して一世を風靡した白洲次郎とその周辺が、よく描けていた。伊勢谷も中谷も申し分なく、伊藤佐智子の洋服の生地まで吟味した昭和感覚のスタイリングも凝っていて、いったい誰の演出なのかとなんとなく「演出:大友啓史」という名前をアタマに刻んだ。

 翌年のNHK大河ドラマは『龍馬伝』だった。ぼくはほとんど大河を観ないのだが、たまたま一回目を観ていたら「演出:大友啓史」とある。ああ、白洲の大友が抜擢されたのか、それならと思ってときどき観ていたが、キャスティングの妙や香川照之をナレーションに起用しているところなど、そこそこよくできていたように感じたものの、何かがいまひとつなのである。それより如何せんあまり観ることができず、大友についてのたいした感想をもてなかった。
 そんなところへ映画の『るろうに剣心』(2012)である。監督が大友だった。これはたいそうおもしろく、作り方も立派だった。2年後に「京都大火篇」「伝説の最期篇」もあって、これで大友啓史という監督の才能が並大抵ではないと確信した。
 どんな経歴の監督なのだろうかと思いながら、本書を読んでやっと結像してきた。『るろうに剣心』の続編制作途中に書かれたもののようだ。

         
         
 大友は盛岡出身、NHK出身である。

      
               
               
(絶筆)

執筆開始時期:2019年11月ごろ

          
           
             
■補足解説

 2015年3月ごろ、豪徳寺の本楼にダンサーの田中泯さんを招き、その年の10月末に控えるダンス公演『影向』(フレーズ編集:松岡/振り付け:田中)の打ち合わせをしていました。その席で、田中泯さんが出演していた映画『るろうに剣心』が話題にのぼり、松岡が「けっこう良いね」と感想を伝えていたことを覚えています。とくにアクションシーンに感心したようで、主演をつとめた佐藤健さんの運動神経の良さを二人で褒めそやしていました。

 今回とりあげた『クリエイティブ喧嘩術』によれば、監督の大友啓史さんは、佐藤さん演じる緋村剣心に「最強の剣客」としての説得力をもたせるため、アクションシーンを長回しで撮る方針を立てたといいます。アングルやサイズを変えながら繰り返し同じシーンを撮影し、「斬るか、斬られるか」の本物の決闘さながらのリアリティを追求したそうです。これまで海外で「時代劇」が奇異な”ジャンルもの”として見られてきたことを憂慮していた大友さんは、研究を重ねて『るろうに剣心』を世界で戦える「アクションムービー」として確立しようとしたのです。

 大友さんが映像制作で一貫してきたことは「喧嘩を辞さない」という信念でした。プロとして関わる以上、自分の意見をもち、正々堂々と喧嘩をし、他者と渡り合う。世間の常識や社会の風潮に迎合せずに戦いつづけ、結果として観客を喜ばせるものをつくる。それこそがクリエイターの責任であると本書で語っています。
 松岡は”戦うクリエイターたち”に絶大な信頼を寄せてきました。千夜千冊でも、アニメ監督の押井守さんの「世界の半分を怒らせる」(1759夜)や、デザイナーの川崎和男さんの「デザイナーは喧嘩師であれ」(924夜)といった創作者としての断固としたスタンスに共感しています。松岡にとって、クリエイティブのための「喧嘩」は、新たな価値を切り拓くために欠かせないものでした。

売られた喧嘩は買いなさい。
いったい世の中のコンフリクトを狙撃できなくて、
なにが「生きる」ということか。何が「表現」であるものか。

924夜 川崎和男『デザイナーは喧嘩師であれ』より

 大友さんはNHKの新人ディレクター時代から型破りな演出を試み、あらゆる組織やスタッフと衝突を繰り返してきました。「問題児」扱いされたこともあったと本書で明かしていますが、それでも一切の妥協を許さない姿勢で現場を束ね、『ちゅらさん』や『ハゲタカ』、『白洲次郎』といった話題作を次々と生み出してきました。大河ドラマ『龍馬伝』で演出をつとめたあと、坂本龍馬の生き方に感化され、20年以上所属したNHKからの「脱藩」を決意します。予算もリソースも揃っている環境を飛び出し、フリーの監督となってはじめて手掛けた作品が、映画『るろうに剣心』でした。
 松岡は「映画監督というもの、不良の極みでありつづけてほしいのである」と映画監督の岡本喜八(1585夜)をとりあげた千夜千冊でも書いています。今回の本をとりあげたようしたのも、「喧嘩する監督」としてのスタンスを貫く大友さんの生き様に惹かれたからではないかと思います。

 本書では、大友さんが現場で培ってきた経験や洞察についても語られています。「お祭りのような場所こそ理想の現場」「スタッフには指示ではなくお題を出す」「いかにルールから外れるか」など、松岡の制作現場における演出家・ディレクターとしての志操にも通じるところが多いです。
 松岡は、「織部賞」、「NARASIA」、「近江ARS」、「連塾」、「AIDA」「感門之盟」といったイベントや、NTTやミツカンのCMや歴史・美術文化の映像制作、「松丸本舗」「角川武蔵野ミュージアム」の空間設計など、生涯にわたって数えきれないほどの現場で指揮をとってきました。「現場には、哲学や思想以上に可能性があふれている。だからぼくは圧倒的な”現場派”なんだ」とよく語っていました。
 松岡が現場に入ると、スタッフ全員の気が引き締まり、その場が緊張感に包まれたものです。舞台やリハを綿密にチェックしながらディレクションをし、プログラムや演出に納得いかなければ躊躇なくダメ出しをして、本番ギリギリまで徹夜でつくりなおさせることもしばしばありました。「普通になるな」「異質を持ち込め」は、松岡が現場でよく発していた言葉です。
 スタッフとともに数々の修羅場をくぐり抜け、斬新な演出やクリエイティブで既成の枠を破り続けてきた松岡もまた、喧嘩上等の編集道を歩んできたといえるでしょう。

 今年、大友さんが監督した映画「宝島」が公開され大きな話題となりました。沖縄が抱えこんだ怒りを真正面からとりあげた大作です。ここでも大友さんは、時代と社会に対して喧嘩を売っています。沖縄問題に強い関心を寄せつづてきた松岡も応援したに違いありません。

(補足解説・寺平賢司/松岡正剛事務所)

■関連する千夜千冊
924夜 川崎和男『デザイナーは喧嘩師であれ』
川崎和男はスタッフがミスをすれば、①まずは忠告する。②反応が悪いと、次に激怒する。③それで辞めていくというのなら、餞に罵声を浴びせる。罵声についても哲学があるのだ。

1759夜 押井守『世界の半分を怒らせる』
何でもわからせようという態度は傲慢だ。押井守は世間に「適当にわからせたい」とは思わない。それが押井の生き方であり、覚悟の哲学であり、アニメや映画の演出方針なのだ。

1585夜 岡本喜八対談集『しどろもどろ』
モレ切り3年、サオ8年。カメラ担いで11年、カチンコたたいて15年。照明の洩れを遮蔽し、マイクの竿を持ち、カメラを担ぎまわって、やっと監督なのである。

■セイゴオ・マーキング

⊕『クリエイティブ喧嘩術』⊕
∈ 著者:大友啓史
∈ 編集協力:川口美保/大友啓史事務所
∈ 刊行年:2013年
∈ 出版社:NHK出版新書

⊕ 目次情報 ⊕

『クリエイティブ喧嘩術』
∈ 第一章 脱藩のススメ
∈ 第二章 ハリウッドに学ぶ仕事の流儀
∈ 第三章 現場に奇跡を起こす方法
∈ 第四章 クリエイティブ喧嘩術

⊕ 著者略歴 ⊕
大友啓史(おおとも・けいし)
1966年岩手県盛岡市生まれ。 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 90年NHK入局、秋田放送局を経て、97年から2年間L.A.に留学、ハリウッドにて脚本や映像演出に関わることを学ぶ。 帰国後、連続テレビ小説『ちゅらさん』シリーズ、『深く潜れ』『ハゲタカ』『白洲次郎』、大河ドラマ『龍馬伝』等の演出、映画『ハゲタカ』(09年)監督を務める。 2011年4月NHK退局、株式会社大友啓史事務所を設立。 同年、ワーナー・ブラザースと日本人初の複数本監督契約を締結する。『るろうに剣心』 (12)『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)が大ヒットを記録。『プラチナデータ』(13)、『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『ミュージアム』(16)、『3月のライオン』二部作(17)、『億男』(18)など話題作を次々と手がける。
2020年『影裏』、2021年『るろうに剣心 最終章 The Final / The Beginning』、2023年に東映創立70周年記念作品『THE LEGEND&BUTTERFLY』が劇場公開。映画『宝島』(2025年9月19日公開)、NETFLIX映画『10DANCE』(2025年12月配信)。
その他、自治体や企業、学校関係を対象に幅広く講演活動も行っている。