才事記

スイミー

レオ・レオーニ

好学社 1969

Leo Leoni
Swimmy 1963
[訳]谷川俊太郎

 レオーニさんとは3冊目の本をつくりそこなった。1冊目はわれわれのグループが奇作『平行植物』(工作舎)を1年がかりで翻訳して出版にこぎつけた。マネモネとかツミキソウとかの、たくさんの植物の“和名”をブレスト式に考案したのが懐かしい。
 2冊目はぼくが対話をして、これは『間の本』(工作舎)に昇華した。そのときレオーニが「セイゴオ、次は二人で大人のための絵本をつくろう」と言い出した。「いいアイディアがあるんだ」と目を細めたレオーニは、それはね、小石を二人で描きながら物語をつくっていくんだ、いいだろうと言ってニコニコしている。それだけではなく、その場ですぐスケッチをして、こういう小石がいろいろの形でだんだん増えていく。そこにセイゴオが物語をつくり、ぼくが物語をつないで進める。そしてまた、小石を描く。それをやるんだ、いいだろうと誘惑してきたのだった。
 むろんぼくは大賛成で、その翌日は脚の悪いレオーニを内田美恵ともども京都の清水寺や東福寺に案内しながら、アイディアを膨らませもした。が、これは実現しなかった。レオーニが体を悪くしたこともあるし、ぼくが工作舎を去ったこともある。残念なことをした。
 しかし、この「小石が語る」というアイディアはレオ・レオーニの世界を知るにはうってつけである。まさにレオーニはどんな絵本をも「小石が語る」のようにつくっている。

 この『スイミー』は『あおくんときいろちゃん』で世界を驚かせたレオーニの第2弾の絵本で、水彩の絵がめっぽう美しい。こんな小さな物語である。
 たくさんの兄弟たちはみんな赤いのに、その中に一匹だけスイミーという小さな黒い魚がまじっていた。スイミーは敏捷ではあったが、仲間はずれでもあった。ところが、あるとき大きなマグロが赤い兄弟たちをみんな呑みこんでしまった。
 スイミーはたった一人になって海を冒険する。ここからはレオーニの水彩ドローイングの独壇場で、クラゲやイセエビやワカメやウミヘビやイソギンチャクが見開きページいっぱいに劇的に、印象深く描かれる。やがてスイミーは別の赤い魚の兄弟たちの群団に出会う。スイミーはかれらと遊びたがったが、みんなは大きなマグロが怖くて岩陰から出てこられない。
 そこでスイミーが一計を案じて、みんなが体を寄せあって大きな魚のかたちになって泳ぐことを思いつく。スイミーはその真ん中で「黒い目」になった。その甲斐あって、大きな黒い魚は逃げ出しましたとさ。

 これは「みんなで渡ればこわくない」という話ではない。みんなで力を合わせようというだけの話でもない。それならシオドア・スタージョンの『人間以上』でおわっている。
 この物語の下敷きにはゲシュタルト・オーガニズムという考え方がある。形をもったものたちが集まって、それらがさらに別な形や大きな形をつくったときは、そこにはその大小の形のもつ有機的な意味がはたらくというものだ。
 レオ・レオーニはこの寓話のような絵本に「形態を認知する心」というものを忍ばせた。これはのちにルパート・シェルドレイクの形態形成場や形成的因果作用の考え方にも発展していったもので、煎じつめていえば「形は意識をもっている」という信念につながっていく。
 シェルドレイクの考え方がはたして科学として確立できるかどうかは危ういのだが、これをもう少し拡張してサルなどの群にあてはめてみると、そこにはとたんにスイミー的な世界像というものが出現する。たとえば黒田末寿の『ピグミーチンパンジー』や河合雅雄の『ニホンザルの生態』では、サルは自分が属しているサルの群がつくりだす全体の形態的な雰囲気を自分の体を通して認知しているはずだという観察が窺える。また、コンドンの研究で有名な母親が赤ちゃんを抱いているときのエントレインメント(引きこみ)とよばれる共振現象には、形の共振ではないものの、あきらかにリズムの引きこみ共振がおこっている。
 レオ・レオーニもずっとそういうことを考えてきたデザイナーなのである。それが『スイミー』などに結実した。『ベツェッティーノ』という絵本では、「じぶんをみつけたぶぶんひんのはなし」という独創的なサブタイトルがついていて、部分は全体を感じているはずだというレオーニ流の根本哲学もあらわされている。
 もちろんこうした考え方にレオ・レオーニは固執したいというのではない。あくまでデザインや形を追っているときに、レオーニ自身がそのような心をもって臨んでいるということである。しかし、『スイミー』がそうであるように、レオーニの絵本は世界の子供たちの心を動かした。ぼくはそのレオーニを通して、ゲシュタルト・オーガニックなデザインを学んだといってよい。

 では、最後に略歴を。
 レオ・レオーニはオランダ生まれのイタリア育ちのグラフィックデザイナーで、29歳でアメリカに渡って帰化し、オリベッティ社や『フォーチュン』のアートディレクター、パーソンデザイン学校のデザイン部長、アメリカ・グラフィックアート協会会長などを歴任した。いっときはアスペン議長なども務めて、世界中のデザイナーや心理学者やアーティストの橋渡し役を果たしていた。1910年生まれで、1999年に亡くなった。
 『スイミー』はBIB世界絵本原画展のゴールデン・アップル賞を受賞した傑作である。ぼくにとっては、レオ・レオーニは「ぼくの伯父さん」になりそこねた「ぼくの伯父さん」だった

参考¶レオ・レオーニの絵本は好学社から出ている。『せかいいちおおきなうち』『アレクサンダとぜんまいねずみ』『あいうえおのき』『ひとあしひとあし』『ベツェッティーノ』『うさぎたちのにわ』『フレデリック』など。翻訳者はすべて谷川俊太郎。谷川は童話や絵本ではレオ・レオーニだけを翻訳してきた。『平行植物』は工作舎。形成的因果作用を仮説したシェルドレイクの本には『生命のニューサイエンス』(工作舎)がある。この仮説は賛否両論だが、中村雄二郎は『かたちのオディッセイ』(岩波書店)でいくぶん好意的な紹介をした。