ディドロ&ダランベール
百科全書
岩波文庫 1971
ISBN:4003362411
Diderot et d'Alembert
Encyclopedie,ou Dictionnaire raisonne des Sciences,des Arts et des Metiers 1751~ 1780
[訳]桑原武夫

 本書の正式なタイトルは『百科全書、または学問・芸術・工芸の合理的辞典』である。「合理的」という意味が甚だ重要で、それがわかれば、ディドロとダランベールの意図が少しは見える。
 ここで合理的といっているのは、諸学芸間の連関をつける体系的な合理のことで、わかりやすくいえば知識をバラバラに扱わないことを意味する。編集的なのだ。バラバラにしないことを合理的な体系を与えるという意味でつかっている。
 しかし、どのように合理的で、どのように編集的であるかは、にわかに掴みがたい。なにしろディドロとダランベールが1751年から20年をかけて執筆編集構成したものだけで、本巻17巻・図巻11巻がある。これにマルモンテルがさらに8年くらいを費やして補巻ほか7巻を加えた。とうてい全部を読めない。おまけにそれが日本語になっていない。
 そこで桑原武夫が京大の人文研究所時代に、1950年から数年をかけて80回ほどの研究会を主宰して百科全書研究を始めた。その成果は『フランス百科全書の研究』として岩波から出版されたものの、それでもまだ第一歩がしるされたにすぎなかった。
 その後、百科全書の研究はかなり広まったが、なぜかあまり深まらない。そのうち百科全書的な知識のありかたが軽視され、ポストモダンな思想がこれを覆い隠していった。百科全書は羅列的で平板な知識の集大成だとみなされていったのである。
 ぼくはほぼ逆のことを考えてきた。ディドロとダランベールの百科全書はまったく羅列的ではなかったし、かれらの示した百科全書の知識編集のありかたをこそもう一度検討しなくては、かえってインターネット時代の知識編集の仕方も総合的な学習性の将来も見えなくなるとおもっている。『百科全書』はやはり貴重な原点なのである。だが、どうもそうならない。

 もともと百科全書(Encyclopedie)という言葉はフランソワ・ラブレーが『パンタグリュエル』で使っていた。
 ギリシア語の「ひとまとめにした教育、あらゆる学芸を集大成した学習方法」をあらわす“enkykliospaideia”からつくられた造語的な言葉だったが、誰もそれを実現しようとはしなかった。一言でいえば、科学的思考が確立していなかったからだったろう。それもやむをえなかった。まだニュートンの古典力学やフックのミクログラフィックな科学が出てきたばかりなのだ。たとえば17世紀のルイ=モレリの『歴史辞典』やベイルの『歴史的批判的辞典』などは古い知識の再構成あるいは神学や文芸が中心になりすぎていた。それが18世紀フランスの啓蒙主義前夜に急に浮上した。あとで紹介するように、そこにはやっと確立しつつあった自然科学の合理が加わっている。

 ラブレーの百科全書の発想に最初に着手したのはフランスではなかった。イギリス人だった。
 エフライム・チェンバースの『サイクロペディア』(1728)である。日本では昔から『万有技芸科学事典』というふうに言われてきた。ぼくも『情報の歴史』にはそのように入れておいた。
 チェンバースの百科全書は2巻にすぎないものではあったが、二つの点で画期的である。ひとつは、これがラブレーの予告した最初の百科全書だったこと、もうひとつはクロス・レファランス(相互参照)にとりくんでいることである。
 この試みがそのままディドロらに継承された。このことにはハッキリとした証拠がある。1745年にチェンバースの百科全書をフランス語訳にしようとしたイギリス人のミルズという男が、そのプランをパリの出版業者ル・ブルトンにもちこんだ。ル・ブルトンはすぐに出版特許をとって態勢を整えようとするのだが、金銭上のもつれなどで助手と裁判沙汰になり、この特許が取り上げられる。けれどもル・ブルトンはこの百科全書の可能性をかなり確信していたらしく、プランを科学アカデミー会員のグワ・ド・マルヴェースに相談し、もっと大きな出版プロジェクトにしようとした。ようするに翻訳だけではなくフランス知識界の総力をあげるようなプロジェクトにしようとしたのだった。
 ところがグワはこのプロジェクトの偉大さが充分には理解できない。そこでル・ブルトンは新たに編集長さがしに乗り出し、そこにディドロとダランベールが登場した。そういう経緯がハッキリしているからである。

 驚くべきは、この1746年当時のディドロはほとんど無名の貧書生にすぎなかったということだ。せいぜいプラトンの『ソクラテスの弁明』をギリシア語からフランス語に訳したり、T・スタンヤンの『ギリシア史』とロバート・ジェイムズの『医学博物学辞典』を訳したという程度の編集実績しかなかったのに、ル・ブルトンはこの青年に白羽の矢をたてたのだ。
 33歳のドゥニ・ディドロはたちまちプロジェクトの壮大な意図に惚れた。そしてすぐにこの仕事はチェンバースの2巻本のように独力ではできないことを見てとり、3歳年下の友人ジャン・ダランベールに共同編集を依頼した。ダランベールは科学アカデミーの会員であり、知人や友人が多かった。かくてダランベールの奔走も功を奏してヴォルテールやモンテスキューらの協力が確定し、1748年には出版特許がおりたのだが、ここでディドロの出版物『哲学随想』『盲人書簡』に旧守派から横槍が入り、ディドロは逮捕されることになる。
 ル・ブルトンの工夫でやっとディドロが釈放され、『百科全書』の最初の趣意書が8000部配布されたのは、1750年のことである。本巻8巻・図巻2巻の構想だった(それが本番では3倍に膨らんだ)。本書岩波文庫版には、このディドロの趣意書にダランベールが手を加えたものが訳出されている。

 趣意書は、従来の辞典やチェンバースの事典の限界を指摘し、新たにどのような構成を考え、どのような編集に力を入れたかを説明している。
 それによると、まず「学問」と「自由芸術」と「機械技術」という大部門をつくり、それらを個別のグループが担当して、それをさらに編集者がつないでいったことが強調されている。とくに編集というものがソクラテスの「精神の産婆」としていかに重要なのかということを繰り返し述べているのが印象的である。
 項目はディドロが統括し、連関させていった。ダランベールは全体にヴィジョンを与え、フランシス・ベーコン以来ほったらかしになっていた「知の系統樹」を用意した。二人が各自それぞれの意図で編集方針をたて、二人が互いに密接な相互編集を企てたのだ。これは執筆者たちを安心させた。どのように書こうと、二人がうまく編集してくれるという安心である。
 このような共同編集が実現した背景には、実はちょっとした秘話がある。それはチェンバースの辞典に刺激うけたフランス人のなかに秘密結社フリーメーソンの会員がいて、その会員がフランス・フリーメーソンの全員が執筆編集にあたれば、チェンバース以上の仕事ができるのではないかという動きがあったということである。この会員はフェヌロンの弟子のラムゼという人物で、1737年にフリーメーソン会員の全員に「神学と政治をのぞいた科学と工芸の総合辞典の編集」をしようと呼びかけていた。
 残念ながらこの計画は実現していない。しかし、ル・ブルトンやディドロがこの計画をヒントにしただろうことは想像に難くない。ぼくはとくに「共同編集」という構想はフリーメーソンからもたらされたとみてもいいのではないかと思っている。

 『百科全書』には後に啓蒙思想を拓いた百科全書思想とでもいうものが横溢している。なぜこんな構想が生まれたのか。
 そもそも17世紀の初頭に、ヨーロッパの知は「マテシス」(計量学)と「タクシノミア」(分類学)を知の構成原理とする古典主義時代に突入していた。この古典主義を背景に、「博物学」と「貨幣と価値の理論」と「一般文法」が生まれていった。有名なミシェル・フーコーの『言葉と物』の分析である。
 ところが18世紀に入ると、しだいに産業と機械が結びつき、知の生産は新たなシステム思考を受け入れる。神と人間の知的関係だけでは、知の記述がムリになってくる。それとともに学芸の分野が肥大し、工芸の分野が社会の隅々に波及した。これを博物学的な知識でカバーするのは不可能である。
 そこで、新たな全知識を横断的に展望する枠組が必要とされた。一人の知的活動ではカバーしきれないことも明白だった。そこにはコレクティブ・ブレイン(集合脳)ともいうべきエンジンが、まさに知的エンジンの装置化が必要だったのだ。こうしてフランソワ・ラブレーの百科全書が蘇ったのである。ディドロはそのことを「精神の普遍的沸騰」とよんでいる。
 このように見てくればおわかりのように、百科全書の知的特徴はグループワークによる知の産出にあったのである。そのこと自体が新しい知のありかただったのだ。このグループワークによる知の装置化という試みは、その後の啓蒙思想の誕生を明確に予告した。エンライトメント(啓蒙)とは一人が自立した知識をもつのではなく、互いに知識が共鳴することをさす。百科全書はその前哨戦をグループワークによって突破した。

 しかし、それはまた「知的な相互編集」の近代最初の発情であったともいうべきである。最初の近代的な「編集知」の出現でもあったのだ。
 実際には、編集知の高揚は最初はマイモニデスらの地中海ユダヤ人によって、ついではイスラム・アカデミーの驚くべき活動によって、さらにはルネッサンス期のマルシリオ・フィチーノらのプラトン・アカデミーによって、そして17世紀後半のクリストファー・レンらのロンドン・アカデミーによって、それぞれ大胆に試みられてきた。
 けれども、それらの編集知にはまだ「産業の知」と「機械の知」が入っていなかった。知識は神の全知全能の流出のおかげだったのである。しかし、時代は変わった。これらの“新知”をつなぐ“合理”が用意されてきた。それが科学的合理というものである。チェンバースやディドロの時代は、ということはヴィーコの時代はということでもあるが、新しい知は人間の傍らから、機械の傍らから、そして科学の記述の中から湧き出てきたのだった。それゆえ、ここにはそれらの知を受け止める知の装置が必要だったのである。百科全書とはそういう装置だった。
 こうして、そのような知のエンジンを動かす編集代表者、すなわち世界史上初のエディトリアル・ディレクターの登場が待望されたのである。それがディドロとダランベールになっていく。
 もっとも、ディドロとダランベールではその立場が少し異なっていた。ディドロはどちらかといえば思弁哲学の終焉を宣言しようとして実験哲学の到来をよびかけようとしているし、ダランベールは超越思想に陥らないようにしつつ、感覚的な経験を重視した記述をめざした。
 そういう相違はあるのだが、二人の共同編集は騒然たる知の枠組を創り出したのである。そこにはヨーロッパ史上初のクロス・レファランスが縦横に走っていた。

 ところで、本書にはダランベールの「人間知識の系統図」というもの、俗に「大綱表」というものが収録されている。当時のイエズス会士が指摘したように、これはフランシス・ベーコンの体系を下敷きに、これを大幅に拡充しようとしたものだった。
 ざっと次のようになっている。

悟性 1記憶―歴史(1)神の歴史
         (2)教会の歴史
         (3)人間の歴史
         (4)自然の歴史
   2理性―哲学(1)一般形而上学または存在論
         (2)神の学
         (3)人間の学
         (4)自然の学
   3想像―芸術

 これを少し詳しくすると、次のようになる。実際にはこの各項目の下位にもっと詳細な小項目があがっている。参考のためにあげておく。

1記憶―歴史
(1)神の歴史‥‥予言者の歴史
(2)教会の歴史
(3)人間の歴史‥市民の歴史――回想録
                古代遺物
                通史
        ‥文学の歴史
(4)自然の歴史‥自然の斉一性―天文
                気象誌
                大地と海洋の記述
                鉱物誌
                 ほか
        ‥自然の逸脱――天体の異常
                気象の異常
                奇形の鉱物
                ほか
        ‥自然の利用――技術
                技能
                マニファクチュア
2理性―哲学
(1)一般形而上学または存在論
(2)神の学‥‥‥自然神学
         啓示神学
         吉凶を占う霊の学
(3)人間の学‥‥精神論または心の学
        ‥論理学――――思考術→知覚
                    判断
                    推理
                    方法
                保持術→記憶
                  記憶補助
              伝達術→話の道具
                  話の性質
        ‥道徳学――――一般的
                特殊的
(4)自然の学‥‥物体の形而上学のたは一般物理学
        ‥数学――――――純粋幾何学
                  混合数学
                  物理数学
        ‥一般物理学
        ‥特殊的物理学――動物学→解剖学
                     生理学
                     医学
                     獣医学
                     ほか
                 物理的天文学
                 気象学
                 宇宙論→天体学
                     大気学
                     地質学
                     水理学
                 植物学
                 鉱物学
                 化学→本来の化学
                   冶金学
                   錬金術
                   自然的魔術
3想像―芸術
 (1)詩‥‥‥‥‥聖―――――物語
          俗      劇
                比喩
 (2)音楽
 (3)絵画
 (4)彫刻
 (5)建築
 (6)製版

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