ウェンズレー・クラークソン
ベルサーチを殺った男
ベストセラーズ 1998
ISBN:4584183325
Wensley Clarkson
Death at Every Stop 1997
[訳]諸星裕

 アンドルー・フィリップ・クナナンが殺人犯である。ジャンニ・ベルサーチを殺しただけではない。わかっているだけで5人を殺した。
 美貌のゲイだった。相手を選ばないゲイだった。誰からも愛されたいというゲイなのであろう。ベルサーチもよく知られたゲイである。アメリカではこうした殺人事件はゲイ・ソサエティでよくおこる事件であるとおもわれているらしいが、それにしても衝撃的だった。なにしろ5人である。そのすべてがゲイ・ソサエティに深くかかわっている。むろんベルサーチがダイアナ妃やエルトン・ジョンやスティングと別のソサエティをつくっていた中心人物で、世界を股にかけた超有名人だったこともある。

  クナナンは1990年にオペラ『カプリッチョ』終演後のスターズ・レストランのレセプションでベルサーチに会っている。サンフランシスコである。ここはアメリカに来たときのミシェル・フーコーがお忍びで遊びまくっていた町でもあった。
 ベルサーチはこうしたレセプションにはベルサーチ・ブランドでもいちばん高いものを着て、たいてい美男を連れて現れた。それがベルサーチのスタイルだった。クナナンはベルサーチを見つけると得意のイタリア語で話しかけた。二人は数日後、ゲイのナイトクラブ「コロッサス」でも再会する。クナナンはこれを機会に高級ソサエティと異常性欲とが近しいものであることを嗅ぎつける。
 1992年、クナナンはサンフランシスコで交際する相手を次々に乗り換え、しだいに金持ちを選んでいた。男はクナナンに好きなだけ使えるクレジットカードを与えた。1995年、クナナンはラホーヤの大金持ちの家の住み込み秘書になった。毎日がリッチな日々がつづき、パリへの豪華旅行も付き添った。しかし、このころすでに一人を殺しかけている。

  1997年、クナナンはエイズを心配しはじめた。その一方で、一緒に寝た男の喉元を締めるようになっていた。
 4月、最初の犠牲者が出た。5月、2人目を、さらに3人目を殺した。警察が動き、FBIが焦った。4人目の大富豪の犠牲者が出たのはそれから1カ月もたっていなかった。そして5人目がベルサーチとなった。
 ジャンニ・ベルサーチは派手な話題をふりまく帝王である。ポップスターでもある。南イタリアのマフィアに牛耳られたレッジョ・ディ・カラブリアという町で育ち、少年期からホモセクシャルな快感にめざめていた。ベルサーチがやがてファッション界に君臨するようになると、その女性服が女性を性的玩具にするだけのものにすぎないという非難が沸きおこったのは、ベルサーチが少年期に売春宿の近くに育ったことと関係があるとされている。ベルサーチ・ブランドは高級売春婦の代名詞だったのだ。
 ベルサーチ自身はそんな非難を一度も気にすることなく、ますますメドゥーサの頭のマークにふさわしい悪趣味を提供しつづけた。マドンナ、ティナ・ターナー、シルベスタ・スタローン、マイク・タイソン、プリンス、フェイ・ダナウェイらがベルサーチで着飾った。これでは悪趣味が勝ったといわれてもしょうがない。ライバルのアルマーニとはまったく異なる路線で勝負をし、ともかくはアメリカで当たったのである。その一方では芸術・考古学・音楽の熱心な庇護者であった。
 ベルサーチにははやくからひとつの噂がつきまとっていた。きっとマフィアに支えられているにちがいないというものだ。実際にもマフィアと深いつながりをもっていた。それゆえに、マフィアに脅えながら暮らしていたらしい。本書によると、ベルサーチはいつかマフィアの冷徹な分派集団ヌドラゲータに殺されると信じていたという。
  1997年7月5日、ベルサーチはパリのリッツホテルの地階で秋冬コレクションを発表した。数日後、マイアミに飛び、サウスビーチのオーシャン・ドライブの大邸宅に遊びはじめた。
 そこはハリウッドスターとベルベット・マフィアが屯するところで、ベルサーチが贅のかぎりを尽くした王宮だった。ベルベット・マフィアとは両性愛者のことである。
 そのころ警察の目を逃れたクナナンがやはりサウスビーチを訪れていた。FBIはすでにクナナンを指名手配していた。クナナンはホテルで髪をモヒカン刈りにし、40口径のピストルの掃除をしはじめた。そして決意するようにホテルを出て、その日まで調べ尽くしたベルサーチの行動に従って、ナイトクラブに入っていった。しかし、そこにベルサーチはいなかった。
 7月15日、ベルサーチはオーシャン・ドライブの「ニュース・カフェ」まで朝の散歩をたのしんでいた。クナナンが物陰からじっと見張っていた。そしてそこを折り返して豪邸の門に戻ってきたとき、クナナンが声をかけ、言い争いがおこり、発砲した。頭蓋骨に2発の弾丸を打ちこんだのである。これは処刑の様式をもつ殺し方だった。クナナンがいたホテルには山のようなファッション雑誌が残されていた。

  クナナンは逃避行のすえに自殺する。それゆえベルサーチを殺した理由がはっきりしない。
 クナナンは愉快犯でも精神異常でもなかった。警察や精神医たちはクナナンの殺人が「観客のためのもの」ではなかったか、「ベルサーチのためのもの」でなかったかと思いはじめているらしい。本書によれば、ベルサーチはそのようにして、いつか死ぬ運命だったというのである。それもベルサーチのライフ・ファッションだったというのだ。

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