ブライアン・グリーン
エレガントな宇宙
草思社 2001
ISBN:4794211090
Brian Greene
The Elegant Universe 1999
[訳]林一・林大

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 7月7日、ぼくは前夜に千夜目の良寛を書いて、那須に飛んだ。北山ひとみ・内藤廣さんたちとともに、四国の庵治から運んだ巨石を立てる「立床石之儀」という記念に臨んだのだ。
 体は案の定ぼろぼろで、このまま倒れるのではないかと思ったが、なんとかもちこたえて30人ほどで大竹に短冊を結びあい、そのまま風呂に入り、二期倶楽部の一室に臥せった。夜中にふと目がさめて、ふらふらと外に出て星を見た。七夕の天体である。見上げると、目がぐらりと回った。ふと、「宇宙のさざなみ」を思った。

 何かの感傷なのだろうか。何かの去来なのだろうか。どちらでもないようだ。
 「宇宙のさざなみ」は、1992年にNASAが打ち上げたCOBEが発見した宇宙背景輻射が僅かにみせていた「ゆらぎ」のことである。COBEは全天からほぼ一様に2.73度のプランク分布をもつマイクロ波を受信し、そこにごくごく小さな温度ゆらぎがあることを見出した。
 この「ゆらぎ」は温度ゆらぎであって、また密度ゆらぎだった。そしてそれが、宇宙が最初期にインフレーション膨張していることの、ひとつの証拠になった。
 ぼくは天体直下で立ちくらみを感じながら、このとき、一千一夜目の「千夜一尾」の一尾には、「宇宙のさざなみ」の向こう側でおこっている動向を付け加えようと思った。宇宙論の一番新しい尻尾にくっついているフィジカル・イメージである。
 「千夜千冊」にはケプラー(377夜)もアインシュタイン(570夜)もホーキング(192夜)も採り上げておいたけれど、それから暗黒物質ダークマター(687夜)や平行宇宙(760夜)のことも書いておいたけれど、よろめきながらまた部屋に戻り、蒲団に仰向けになったとき、そうだ、M理論についてはまだ書いていないと思ったのだ。

 千一夜目だからといって、『アラビアン・ナイト』の大臣の娘シェラザードがシャハリヤール王の前で最後に語り始めた物語というような、そんな趣向にしようという思いは、なかった。
 それなのに千一夜目をくっつけたのは、これはたんなる松岡正剛の「尾学」(びがく)、あるいは尻尾のついた「燕尾服」なんだと思われたい。
 その掉尾の一夜に何を書きたいかといえば、むろん書きたいものがいろいろあるのは当然だ。「千夜千冊」はそもそも何百冊もの“とりこぼし”や“とりおき”によって支えられているわけだから、書いてみたい本はいくらもあるのだが、けれども、嵐のようなカウントダウンのなかで、採り上げそこなった数ある“候補”のなかから、狙いすまして一冊を選ぶというのは、いまは遠慮しておきたい。
 それゆえ今夜は、源氏心敬啄木も白秋も一穂三島も入らないし、デカルトもラシーヌもラフォルグもニーチェドゥルーズも残余されたままになる。そのかわりに、今夜はとびきりの宇宙理論についての感想を、思いつくままに書いてみようと思っている。そうすることが、900夜くらいからずっと続いた東西古典回帰と日本イデオロギー議論をめぐる連打が体におぼえこませた残響を、ハウプトマンの沈鐘に変えてくれるだろうからだ。

 採り上げる一冊は、今夜にぴったりというほどには重大著作ではないのだが、『エレガントな宇宙』にした。しかしここに書かれている内容の背景は重大である。題名が優美であるからといって、軽く見ないほうがいい。なかなか骨がある。
 その骨っぽい骨格体躯には、アインシュタインが統一場理論を構想してこのかた失敗しつづけた「量子重力論」が張りめぐらされている。量子重力論というのは、重力理論を量子化するにあたっての困難をクリアする理論を組み立てるということであるが、それを数学的に表現する厳密な条件があまりに多いため(たとえば「発散」の問題)、なかなか成功がみられなかった。
 ところが、この10年ほどに「スーパーストリング理論」(超ひも理論・超弦理論)が組み立てをどんどん加速しているうちに、予想外に痛快な展望が得られるようになってきた。それがM理論だ。本書はそこを丹念にめぐっている一書なのである。
 著者のブライアン・グリーンはハーバード、オックスフォードをへて、いまコロンビア大学で物理数学を教えている理論物理学者で、この学界ではまだ俊英に属する。

 量子重力論の試みに、スーパーストリング理論が新たな一歩を示した。そのスーパーストリング理論にM理論が新たな一歩を加えた。それまでにざっと20年がかかっている。
 この流れは、理論的にも数学的にも、また、われわれの根本的な想像力を試されるという意味でも、おそらくは今日考えられるかぎりの最も面倒な超難度級の理論であろうと思う。
 この流れには、この数十年間に重力理論と量子力学を“合併”させようとして試みられた大半の仮説が大小にわたって積み重なっている。未解決な問題も多分に含まれる。したがって合併症も出かねない。説明できないことと説明できることが、微妙に交差しているのだ。ぼくも自分なりの理解に落着するまでに、3年ほどかかった。
 しかし、たとえ説明できないことがあっても、その説明不可能性をあえてニューファクターとして含んだセオリー・ビルディングを試みるのは、どんな領域のことであれ、とびきり魅力的な仕事だ。もともと説明とは、説明できないことのために費やされるものなのだから。
 では、こんなところを枕にして、そろそろ“宇宙尾学”な話に入ることにする。

 ここで感想をのべようとする動向の頂点にはためいている旗には、燦然と「M理論」という文字が輝いている。
 このあとうまく書ければ、ダンテ・アリギエーリ(913夜)の天堂篇に輝く「M」に次いで、さらに眩惑的な「」をちらりとお目にかけられると思う。けれどもうまく書けなければ、そのときは、松岡正剛は「千夜千冊」の最後にM理論というものをぶらさげたと、それだけを憶えてもらえれば、いい。
 そんなつもりで、書く。いずれM理論が大騒ぎになったとき(そうなるかどうかはわからないが)、そのことを思い出してほしい。
 M理論が示すもの、それは、究極の重力理論と量子理論がつながった11次元の時空である。そのうちの6次元は縮んだ尻尾のように畳まれている。それならきっと千夜一尾の最後の尾っぽにふさわしい。
 ぼくは7月7日の夜陰に、そう思ったのだ。

 M理論(M-Theory)は、一言でいえば宇宙開闢以前の俊速の事態にかかわっている。その俊速がおこっているのはプランク・スケールとよばれるビッグバン直前の世界で、考えられるかぎりの宇宙最小の場所である。
 ということは、M理論は究極の宇宙論であって、かつ、物質の究極の姿を表現するための理論なのである。
 ただし、この理論はまだその一部しか姿をあらわしていない。M理論はいまのところは10パーセントも組み立てられていない。少し前までは、スーパーストリング理論のなかにすっかり埋没していた。
 だからM理論はまだ生まれたばかりのほやほやなのだけれど、もしこの理論がその全容を少しずつあらわせば、物質・時空・重力・宇宙を統一的に記述しうる最も有力な切り札になるのではないか、という呼び声が高い。実証されているわけではない。むろん壮大な失敗におわるということも、ある。
 しかし、理論というのはそういうものだろう。仮説とはそういうものだろう。これは「方法の宇宙」のための仮説なのである。

 この理論がM理論とよばれているのは、いくつかの頭文字「M」を象徴しているためである。
 Mは、“Mother、Mystery、Membrane、Matrix”などをあらわしている。だから母型理論・メンブレイン理論・マトリックス理論などとよばれることもある。残念ながら“Matsuoka”のMではない(笑)。松岡事務所のMでもない(笑)。これで察しがつくだろうが、まだ理論名称としての市民権を得ていないのだ。
 けれどもMというのは、こういう多様な象徴をあらわすのに、なんだかぴったりだ。「Mによるとね、Mから見るとね」というふうに言うのは、なんだかおもしろい。名付け親はプリンストン研究所とコロンビア大学の物理学者で、名うての数学的才能で周囲を唸らせているエドワード・ウィッテンである。
 ウィッテンについてもまだあまり知られていないけれど、おそらくはM理論の充実とともに、いずれ宇宙理論の秀抜な革新者として知られることになるだろう。本書の著者はウィッテンの弟子筋になる。

 M理論がどういうものであるかを説明するには、この理論がスーパーストリング理論の新たなフェーズの先端に位置しているので、まずはスーパーストリング理論がどうして登場してきたか、それはどういうものなのか、そこを理解しなければならない。これが宇宙語り部が守らなければならない筋である。
 ところが、それが難しい。
 というのも、スーパーストリング理論そのものがいくつもの仮説を組み合わせた“編集的産物”になっているからで、それを知るには、「超対称性理論」「超重力理論」、あるいは「ヒッグス粒子」「メッセンジャー粒子」といった、よほどの専門家でなければ覗いたことがないような、たとえ覗いても“際物”(まさに際をあらわすものたちばかりなのだ)にしか見えないような、そういう数学概念・理論物理概念に、ざっと通暁しておく必要があるからだ。
 しかも、そうした概念や仮説が登場してきた理由がとんでもなくダイハードなもので(それが重力理論と量子力学をアワセ・カサネするということなのだが)、かつ、しばらく覗きこんでいるとわかってくるのだが、驚くほど繊細なのである。フラジャイルなのだ。
 このダイハードでフラジャイルな事情には、またまた「くりこみ問題・特異点問題・ゲージ対称問題・陽子崩壊問題」といった難関ゲートが待ちかまえていて、これらも一気に通過しなければならない。
 むろん、以上の作業のすべてに一般相対性理論と量子力学の最前線の検討が前提になる。

 だから、スーパーストリング理論を理解するなんてことは、よほどの事情でもないかぎりは諦めたほうがいいし、それをこんな“一尾な場”で案内するというのも法外だか論外だかの話であるのだが、誰にだってそうはいかない事情というものもある。
 たとえば、好奇心には行く手を阻むものはないというような、一途な精神だ。ぼくには自爆者のような突撃精神はないけれど、自分の好奇心が向かったところに何日でも何カ月でも滞在できる“情報温泉主義”とでもいうものは、ある。同じお湯に何度入っても、体がふやふやになっても、退屈しないし、構わない。
 そんなふうなので、本格的な細部はともかくとして、どんな相手の考え方についても、その似顔絵かコード進行くらいはいつも把握しておきたくて、スーパーストリング風呂にも浸かってきたのだった。
 それに、この理論はなんといっても宇宙の究極の単位をストリング(ひも)とみなしたのである。宇宙の究極の姿が「ひも」だなんて、これは放っておけるはずがない。

 というわけで、ストリングというのは文字通りの「ひも」なのである。
 いわば極小の弾性をもつ輪ゴムの連鎖のようなもので、この輪ゴムが素粒子を構成するクォークの、そのまた奥に控える“究極の正体”になる。「開いたひも」(端がある)と、それがくっついた「閉じたひも」(端がない)とが想定されている。
 この「ひも」は宇宙最小ストリングであって、物質であるとも、物質でないともいえない。なぜならこの「ひも」は、大きさがなくて長さだけがある「理想ひも」なのだ。
 もし物質であるならば、これまで想定されていたいっさいの究極物質より、ずっと小さいものになる。算定されている数値は10のマイナス33乗メートル以下だから(これをプランク長さというのだが)、小数点以下の0が33も続く。それほどの最小性であるのに、エネルギーは100ワットの電球100個を100時間ほど点灯できるだけのプランク・エネルギーを秘めている。
 こういう奇妙な宇宙最小ストリングを想定して、スーパーストリング理論が何を言いたいのかというと、その「ひも」が振動することによってクォークや素粒子などを“表現”すると考えた。この発想が、遠くはピタゴラスに通じ、近くはシェルドレイクのリズム振動論に似て、何かの本質性を感じさせている。
 感じさせるだけではない。これは、「点粒子」としての素粒子像を捨てたことを意味するものなのだ。

 理論物理学者や実験物理学者たちがなぜ、点粒子を捨てたのかという歴史をのべるとキリがない。しかし、この歴史からすべては生まれたのだった。
 直観に頼って捨てたのではなかった。1960年代に、強い相互作用をする素粒子が次々に発見されたからだった。これらは総じてハドロンとよばれるのだが、その数が100個をこえた。100個ともなると、これらすべてが「素」粒子だとは考えにくい。そこで新たな素粒子像が考案された。
 ここからは、ぼくのリアルタイムな素粒子物理学との“交信”がよみがえる。

 第828夜第993夜に書いたように、ぼくが湯川秀樹さんに惹かれて自宅を訪れていたころ、湯川さんは「素粒子の奥にはハンケチがたためるくらいの広さがあるんや」ということを、しきりに言っていた。
 このメタファーは「非局所場」や「素領域」という湯川さん独自の仮説理論をくだいて言ったものだったが、残念ながら仮説は確立を見ないままに終わった。しかし、このときすでに「拡がった素粒子像」というアイディアが世界を駆けめぐったのである。
 このような素粒子像は坂田昌一のサカタ模型のころからちらほら出はじめていた。陽子p・中性子n・ラムダ粒子Aの3つの粒子が基本で、他の粒子はすべてこの3粒子と反粒子の複合像ではないかという提案だった。
 それがマレー・ゲルマンによって3種類の基本粒子をなべて「クォーク」とよぶことになり、クォークが複合して素粒子を構成するのだという考え方に至った。複合粒子はアイソスピン、ハイパーチャージ(ストレンジネス)、重粒子数などの「量子数」ですべて分類できるようになったのである。

 複合粒子にはそれぞれの励起状態がある。これを、質量の二乗をヨコ軸に、スピン(角運動量)をタテ軸にとると、きれいに直線上に並ぶ。このことが証明されて、ハドロンの構造の解明に大きなヒントを与えることになった。
 その後のクォーク理論の伸長はめざましく、ハドロン粒子は「アップ、ダウン、ストレンジ」の3種のクォークによって構成されていることになり、その後、「チャーム、ボトム、トップ」の3種と、それらの反クォークのすべてが発見されるに及んだ。
 しかし、こうなると“湯川さんのハンケチ”は素粒子の奥行にしわしわと畳まれているのではなく、クォーク粒子というもう一段小さな物質粒子の律義な構成を受けているということになる。
 では、「拡がる素粒子」は理論物理学の舞台からなくなってしまったのか。そうではなかった。
 ここからがおもしろい。

 1968年に、イタリアのヴェネチアーノがハドロンの散乱過程の特性に注目し、「散乱振幅」というアイディアを出した。散乱振幅は粒子相互の散乱を、衝突エネルギーと運動量の関数にしたもので、これはハドロン相互の散乱をうまく捉えた。
 このことをヒントのひとつとして、1970年、シカゴ大学の南部陽一郎、ボーア研究所のホルガー・ニールセン、後藤鉄男らが、ハドロンは「点粒子」ではなくて、一次元の「ひも」なのではないかという提案をした。
 これが「ひも」の登場であり、「拡がる素粒子像」の検討の再開となる。
 南部さんについては、いろいろ思い出がある。かつてはぼくが工作舎に招いて、数夜をクォーク理論の解読座談をしてもらった。同席者には「漸近的自由」というすてきな概念を提唱した若きデヴィッド・ポリツァーがいた。この時期、南部さんとポリツァーと素粒子やクォークをめぐってナマの議論ができたということは、ぼくにとっての僥倖だった。鍛えられもした。
 ちなみに、このときの記録は、海野幸裕君がピンクとオレンジでデザインをした『素粒子の宴』という一冊になった。いまはたいへん懐かしい。
 南部さんはそのあと、講談社のブルーバックスに『クォーク』というすばらしい本を書いた。それは第2版で改稿されて、さらにすばらしい本になっている。クォークの解説書は数々あるが、いまなおこの一冊に勝るものはない。
 さらにちなみに、南部さんの端正で不敵なセンスを納得させるエピソードがある。それは、東大物理学科を卒業したにもかかわらず、その卒論にはウィリアム・ブレイクが選ばれていたということだ。

 その南部さんの研究もあって(南部さんは1978年に文化勲章を受賞した)、その後、ハドロンがひも状であることは、クォークがグルーオンとよばれるゲージ粒子でひも状に結わい付けられているという解釈に発展していった。
 ただし、この「ひも」は「ひも」ではあるものの、サイズは10のマイナス15乗メートルくらい、エネルギーも1ギガ電子ボルト程度のもので、いわゆるスーパーストリングではなかった。
 もうちょっと詳しくいうと、南部・後藤らの「ひも」は、スピンが整数値をとるボソン(ボース粒子)だけのものだったのである。素粒子にはボソンとともに、スピンが半奇数値をとるフェルミオン(フェルミ粒子)も、ある。「ひも」の普遍性を考えるなら、このボソンとフェルミオンの両方を満足させる「ひも」が必要だった。
 ここで考案されたのがスーパーストリング(超ひも)だったのだ。ラモン、ヌボォー、シュウォーツらの提案が稔った。このとき、スーパーストリングは10次元の空間と1次元の時間をもつ11次元の時空モデルとなったのである。「宇宙ひも」あるいは「量子ひも」の登場だった。
 M理論は、このスーパーストリングをモデルとして「宇宙のさざなみ」の向こうに起爆する。

 1984年のことだった。ロンドン大学のマイケル・グリーンとカリフォルニア工科大学のジョン・シュウォーツが、重力の量子化にあたってあらわれる量子異常項という懸案の不都合をとりのぞいた。
 これは、スーパーストリングが量子重力宇宙論の最前線に躍り出た瞬間だった。おおげさにいうのなら、このとき以来、物質のいっさいの基本要素性は、いっせいに「点粒子ひも」から「超ひも」に切り替わったのである。これは画期的な“着替え編集”だった。
 それからしばらくして、5つほどのスーパーストリングをめぐる仮説があらわれた。すべてが臨界時空10次元を想定したのだが、ただし、これらはバラバラな理論に見えた。こういうことは、理論が破産するときによく見られる前兆である。理論はたいていこうして破綻する。
 しかし、この前兆は正夢にはならなかった。スーパーストリング理論もこれまでかと思われていた1995年、エドワード・ウイッテンが国際学会で大胆な方針を発表した。それら5つほどのスーパーストリング現象は互いに関連しあっていて、しかもそれらは、いまはとりあえず「M」としかよびようのない統合理論の「相」たちなのであると言ったのだ。

 こうして、ついに11次元のM理論が姿をあらわしたのである。
 そいつは、まさにスーパーストリングの「尾っぽ」を摘まむようにして飛来してきたダンテまがいのバットマンだったのだ。ウィッテンの提案は、物理学者を動揺させた。
 このあとのM理論の跳躍はめざましい。その壮観の一部をリークしておくと、「超ひも」のほかに、さらに高次元の「ブレイン」とよぶ「膜」のようなものも想定してみせた。ブレインとは“membrane”から採った名称で、11次元時空の「ある広がり」を暗示する。
 M理論とは、宇宙の最小場面を神がスパッと切ったときの最小世界面をあらわすための、いまだ全貌を見せない時空幾何学だともいえるのだ。いまでは、重力理論のいっさいがひょっとするとM理論の一部だったのではないかとさえ、囁かれる。

【未確認な次夜に続く・おたのしみに】

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