青木正児
華国風味
弘文堂 1951 春秋社 1984
ISBN:4003316517

 青木正児とは『琴棊書画』『中華飲酒選』で堪能して以来のつきあいである。全集をもちたいが、まだはたしていない。
 明治20年の下関生まれだから、ぼくが確信している世代に属する。京都大学で狩野直喜と幸田露伴に師事して支那文学科を出た。卒論は『元曲の研究』。以上の発端だけでも正真正銘である。
 小島祐馬・本田成之らと「支那学」を創刊したのは大正9年だったという。これが戦後まもなくまで続いた。最近は「支那」という言葉を日本人がつかうのは嫌われているようだが、当時は「支那」こそが日本を越える歴史の巣窟の代名詞であり、日本にとじこもらないロマンの総称であった。青木はその支那をぞんぶんに吸った。留学もした。
 青木正児がおもしろいのは、なんといっても文体のせいである。ぼくは石濤に関する青木の文章が好きなのだが、一字一句が、一行一行が唸らせる。

 本書は「くいしんぼう」のための中国食道楽案内で、いわばそうとうに軟派のたぐいのものであるのだが、読んでいるととうていそんな気にはなれないようになっている。あたかも巨大な軍艦の総帥として、中国の全食材全食品全食器を全軍指揮を執っているかのような気分にさせられるのだ。
 こうなると、饅頭ひとつが疎かではない。
 「無餡の円子は原始的であり、有餡の円子は進歩的である」くらいはまだいいとして、その円子がどのように団子とちがうのかという段になると、しだいにただならぬ様相をおびてくる。
 下鴨みたらし団子や祇園団子や追分団子は円子であって、端午の節句の柏餅や蓬団子こそが真なる団子であるというあたりから、まるで叱られているようになり、そのうち、その円子や団子を則天武后の韋巨源が尚書令に律せられたときの事情を顧みるに、などという史実疑考の調子に入ってくると、これは叱られているのがなんとも快楽におもえてくるのである。
 さらに、隋朝の著名な料理通の謝諷によれば、といわれたあたりでは、あたかも未知の謝諷が当方にも既知の昵懇の間柄に見えて、ついついおおきに身を乗り出すことになり、『食経』目録五十三種の饅頭の項目や『武林旧事』の市食目録の豆団ならびに麻団の項目は、というくだりにさしかかっては、もはや前人未踏の境地を共有しているということになるのであった。

 ようするに青木正児は中国の「名物学」の大家なのである。
 ただし、そんじょそこらの名物学ではない。まず本草学としての名物学があり、その底には訓詁学としての名物学が根をはって、そのうえに風光学、文化地理学の名物学が覆い、そこに夥しい詩文学からの名物の華葉果実がたわわにぶらさがるというふうなのだ。博覧強記はいうまでもない。なにしろ「名物学序説」も綴っている学者なのである。

 なお本書には、有名な「陶然亭」が付録として加えられている。
 これは、昭和のよき日の日本の料亭の贅を凝らした数寄料理を案内した名随筆で、京都高台寺あたりの風情をいまもって愛する者ならば一度は読むべき文章である。ぼくもいつかは「和久傳」の女将や若女将に、この文章を奨めなければならないとおもっている。もっとも桑村綾子さんも裕子さんも、そんなことはとっくに御存知なのだろう。

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