才事記

全国アホバカ分布考

松本修

太田出版 1993

 テレビは見るほうだが、継続的には見ない。好きに見る。ウィークデーは家にいないので、土日祝日に1日中だらだらと老猫のように見る。だから毎週定期的に見る番組というものはない。チャンネルを適当にザッピングして目をとめる。なかで愉しみになるものもある。「探偵! ナイトスクープ」だ。これは妙に気にいった。何曜日の何時の番組なのかは知らない。
 著者はこの「探偵! ナイトスクープ」のプロデューサーである。いまもそうなのかどうかは知らない。なにしろ「関西のアホ」と「関東のバカ」の境界線がどこにあるかを調べた番組が放映されたのは、10年以上前の1991年5月のこと、まだ上岡龍太郎が探偵局長だった。その番組は賞を総ナメにしたほど好評だったようで、著者は日本方言学会の講演まで頼まれた。
 しかしきっかけは単純で、視聴者からの「私は大阪生まれ、妻は東京生まれです。2人でケンカをすると、私はアホと言い、妻はバカと言います。お互いに耳慣れないのですごく傷つきます。いったいどこからどこまでがアホで、どこまでがバカなのでしょうか」という調査依頼が舞い込んだから、というものだった。テレビはこの単純な疑問や謎を追う気になると、俄然勇ましくなる。
 さっそく北野誠探偵局員が1泊2日の予定で東京駅をば振り出しに、東海道のアホバカ分布を実地調査した。東京はバカ、静岡もバカ、ところが次の名古屋で突如としてタワケが出現した。岐阜もタワケで、米原がアホだった。ということは岐阜と滋賀のあいだにアホとバカの境界線があるらしい……。

 ともかくもこんなぐあいで調査が終わり、のちのちまとめられたのが分厚い本書なのである。ちなみに番組では、アホバカ境界線は岐阜県不破郡関ヶ原町大字関ヶ原西今津だったということになった。
 ところがこれで話は終わらなかった。視聴率狙いと学術的興奮がまぜまぜとなり、調査が継続されたのである。そうすると、アホの神戸を過ぎて姫路に進むとダボだった。四国に入ると香川ではホッコ、北陸のほうでは富山がダラということになってきた。すわ一大事である。視聴者から情報提供してもらい、全国アンケート調査を展開し、柳田民俗学や大学教授にも当たることにした。
 こうして恐るべき「アホバカ全国地図」が形成されたのだ。だいたい一次的分布図では次のようになっているらしい。これ、書き写すだけでタワケた。
 
  北海道=バカ・ハンカクサイ・タクランケ・タタクラダ
  青森=バガ・バガコイ・ハンカクサイ・ホンジナシ・タクラダ
  秋田=バカ・バガ・バギャ・バカコ・ホジナシ・ハンカクセー
  岩手=バカ・バーゲァ・バガクサイ・ホジナシ・ツポゲ
  宮城=バカ・バガモノ・コバカタクレ・ホデナス
  山形=バカ・ヴァガ・コバガモ・ホロケ
  福島=バカ・バーガ・バカメロー・ウーバカ・オンツァ
  茨城=デレ・デレスケ・ゴジャ・ゴジャッペ・バカ・カラバカ
  群馬=バカ・バッカ・バキャロー・コケ・コケヤロー
  栃木=バカ・バーガ・バカツカシ・デレ・デレスケ・コケ
  長野=バカ・タワケ・タクラダ・オタクラ・ボケ
  新潟=バカ・バガメラ・ウスラ・アホ・ダボ・タワケ
  埼玉=バカ・バッカ・バカチョン・バカスカシ
  千葉=バカ・バガ・バガテン・カラバカ・ゴジャ・ゴジャッペ
  東京=バカ・バカヤロー・バカッタレ・バカッケー
  神奈川=バカ・バカヤロー・バカスカシ・ウスラバカ
  山梨=バカ・オバカッチィ・タワケ・マヌケ・トロイ・アホ
  静岡=バカ・サレバカ・トロイ・トンロイ・チョロイ
  愛知=タワケ・クソダーケ・バカ・オトロエーサマ・オタンチン
  岐阜=タワケ・クソタワケ・トロイ・トロクサ・アホ・アホタレ
  三重=アホ・アホロク・ウトイウトスケ・アンゴウ・ボケ
  奈良=アホンダラ・ドアホウ・アホンダラホウシ・ウトイ・ウトッポ
  和歌山=アホ・アホッタレ・ウトイ・ウトッポ・ボケ
  富山=ダラ・ダラブツ・ドスダラ・バカ・アホ・ボケ・アヤメ
  石川=ダラ・ダラケ・ダラブチ・コンジョヨシ・ハンカ
  福井=ヌクトイ・ノクテー・アホ・コンジョヨシ・ボコイ・ドスバカ
  滋賀=アホ・ドアホ・アホンダラ・バカ・ウツケ・マヌケ
  京都=アホ・アホウ・ボケ・ホウケ・フヌケ・スカタン
  大阪=アホ・アーホー・ドアホ・ボケ・アホンダラ・アホッタレ
  兵庫=アホ・アホウ・アホダラ・ボケ・ボケナス・ダボ・バカ
  鳥取=ダラ・ダラズ・ダラクソ・アホンダラ・グズイ
  島根=ダラ・ダラズ・ダーズ・ダラジモン・アホ・アンポンタン
  岡山=アンゴウ・ゴウダマ・アホー・ダァホウ・トロイ・バカ
  広島=バカタレ・バカモン・アンゴウ・ホーケ・タラン・コケ
  山口=バカタレ・クソバカ・アホウ・タワケ・ボケタレ
  香川=ホッコ・ホッコマイ・アホ・アンポ・クリッコ・バカタレ
  徳島=アホ・ドアホ・ホレ・ドボレ・トロクソ・チョロコイ
  愛媛=バカ・クソバカ・トロイ・ボケ・ボケヤン・アホ
  高知=バカ・クソバカ・バカッチョ・アホ・アンポン・ドアホ
  福岡=バカ・バカスー・アンポンタン・アホ・アホタレ
  佐賀=フーケ・フーケタレ・バカ・バカタレ・ツータン・シイラ
  大分=バカ・サラバカ・バカワロー・アホタレ・アンポンタン
  長崎=フーケ・フーケモン・バカ・バァカ・ウーバカ・ドグラ
  熊本=バカ・バギャー・ホンジナシ・オタンチン・ズンダレ
  宮崎=バカ・バカタン・ホンジナシ・ダラ・ゲドー・ヌケ
  鹿児島=バカ・バカタレ・ホガネー・アホ・ドンタ・ハナタレ
  沖縄=フラー・フリムン・ゲレン・アッポ・トットロー
 
 全県あるのか心配だが(いまチェックしたら大分が入っていなかったので加えた)、登録語はこれでも相当に手を抜いた。とても書ききれない。だから、これは目安だ。正確な地図は巻末付録の地図を見てもらうしかないほど大量のアホバカ・ヴァージョンだ。いろいろ複雑に重なりあい、組み合わさっている。
 著者のグループはこれらの複雑な分布を徹底して調べ、アホとバカが東西でばっちり割れているのではなく、実は同心円的に、かつ飛び火的に広がっているのを確かめる。アホとバカを分けただけではダメで、たとえばバカタレとバカモンの分布の相違まで突き止める。あきらかにタレ(達)とモン(者)では何かが違っている。が、それでも満足できない。語源も知りたい。ついに言語民俗学である。けれどもやりだしてみると、やめられない。語源不明を含めて大半を調べあげた。
 ちなみにハンカクサイは「半可くさい」、ホンジナシは神仏習合用語(本地垂迹)の「本地」が転用した「本地なし」だった。フーケは「惚け」、アンゴウはぼうっとした魚の鮟鱇のことだった。茨城のゴジャは「ごじゃごじゃ言う」、沖縄のフリムンはおそらく「惚れ者」なのである。なんとも痛快無比な調査書だ。
 アホバカだけではない。その逆のカシコ(賢い)・リコウ(利口)分布も調べていた。近畿中央のカシコイを囲んでエライが広がり、その外側をリコウが拡散していくことがわかった。すばらしい分析だ。
 ぼくは何度も唸った。どうやら京都で大半の言葉がつくられ、それが近世になるにしたがって新しい罵倒言葉ができあがると、古い時代の罵倒言葉が周辺部に向かって円周的に押しやられるというのだ。かくて、江戸中期あたりで「アホ・カシコ」のセットが上方に新たに生まれ、それ以前の「バカ・リコウ」を追い払っていったのだということになってきた。ようするに時間差なのである。
 著者はこうした成果を背景に、しだいに「方言周圏論」ともいうべき学者はだしの体系的な研究にさえ乗り出している。驚くべきアホバカ研究だ。いったい網野善彦や金田一春彦や福田アジオは、このゆるぎない研究成果をどう見るだろうか。
 
 方言。地域語。クレオール語。スラング。ジャーゴン。こういう言語的生態の隅々からは日本にひそむ知的保存動物の謎が見えてくる。
 言葉だけではなく、そこにはさまざまな習慣や習俗が絡んでいる。雑煮の味噌と具の違いの分布、トコロテンを酢醤油で食べるか黒蜜で食べるかの分布、喫茶店のモーニングサービスのメニューの分布など、ゆめゆめ軽んじてはならない日本の謎なのである。これらすべてが方言分布のヴィークルに乗って全国を撹拌しつづけたというべきなのである。
 ぼくも「遊」第3期をつくっていたころに、次は「方言・遊」をつくりたいんだとスタッフに言っていたことがある。それなのにこれは挫折したままにある。いまはただ、このプロデューサーを身近かに引き抜きたいばかりだ。それにしても「探偵! ナイトスクープ」のスタジオセットが実は「シャーロック・ホームズの書斎とリビングルームのつもり」だったとは、聞いて呆れた。絶対に、そうは見えない。こういうところが、やっぱ大阪やねえ。