誤植読本

高橋輝次編著

東京書籍 2000

 中国では誤植のことを「魯魚、焉馬、虚虎の誤り」という。魯と魚、焉と馬、虚と虎は書きまちがいやすいということだ。また中国で「善本」といえば、良書のことではなく誤植のないエディション(版)のことをいう。それほど誤植は恐れられてきた。中国は文字第一の国なのである。
 たしかに誤植はときに意味や事態を反転させてしまう。近衛文麿が戦時中に内閣改造をしたとき、朝日新聞がとんでもない誤植をしでかした。「新体制は社会主義でゆく」という大見出しをつけたのだが、これが致命的な誤植だった。みんな、腰を抜かすほどびっくりした。あの近衛が社会主義でゆくとは、と驚いた。兜町が「すわ、日本も革命か」と大慌てした。ウォール街も驚いた。「社会正義でゆく」が正解だったのだ。
 ここまで天下を騒がせる誤植は少ないだろうが、誤植はつねに書物や新聞や雑誌のページに息をひそめて泡立っている。たんに誤植があるだけではない。少しずつ意味の意匠を着替えてオツにすましているということもある。「若い夢」が「苦い夢」に、「かぐや姫」が「がくや姫」になって、「小使をもらった」が「小便をもらった」になり、「手首」のつもりが「生首」になる。「学者風情の本懐として」がこっそり「芸者風情の本懐として」というふうに誤植されていく。漢字をとりちがえてもそれなりに意味が通るだけに(しかもずっと意味深長に)、すこぶる厄介なのだ。
 
 ぼくも編集屋のはしくれとして、つねに校正と誤植には悩まされてきた。正直いって校正はあまり得意ではない。かつては手書き原稿が多かったから、みんな書き癖がひどく、それを文選工が読みとるのも技能のひとつになっていた。編集者や校正係はそれが活版で組まれたのち、ナマ原稿と活版ゲラを一字一句見くらべて校正をするのだが、どうも似たような漢字の誤差に気がつかない。それこそ虚と虎をまちがえる。
 これはあきらかに校正力がないためだが、それだけではなく、そのような「誤差をおこすニューロン」がワルサをしているのではないかというほどに、だいたい誤答率が決まっている。一〇〇〇字に一字という割合で必ず見損じが出る。
 その後ワープロやパソコンで文章を打つようになると、今度は自分で最初から打ちまちがえたままになっている。そのデータ原稿をネットで相手に送るようになると、向こうが困る。はたして、この文字でいいのかどうか、向こうは二重に訂正を引き受ける。申し訳ないことだが、どうも治らない。この「千夜千冊」もワープロ打ちっ放しでスタッフにまわしてしまうときは、つねに三〜四字が必ずまちがっている(ところが不思議なことに一〇字まちがうとか、一字しかまちがわないということは、めったにない)。
 誤植の入った自分の文章に出会うと必ずサアーッと冷や汗が出る。これはまことに奇妙な感覚で、なんとも居たたまれない。無知を晒しているようで、とはいえ弁解も手遅れで、恥ずかしいやら情けないやら、奇妙な後悔に立たされる。

 本書はそういう証文の出し遅れのような苦い感覚を綴った文章ばかりを集めたもので、著者は創元社で編集をしていた名うての本好きである。尾崎紅葉・森鴎外・佐藤春夫・斎藤茂吉から井伏鱒二・山口誓子・澁澤龍彥・森瑤子・泉麻人まで、それぞれの時に応じた「恥」と「弁解」を披露している。
 単行本の帯には「失敗は成功の墓」(これは「失敗は成功の基」の誤植)とある。歴戦の文士たちが誤植に苦い思いをしてきた話をずらりと集め、これをニヤニヤしながら読めるようにしてくれた著者には感謝するばかりだが、それとともに、明日は我が身という恐ろしい思いをどうしても拭いきれなかった。
 だいたいチョシャコー(著者校)というのがむずかしい。自分で書いた文章がゲラになって出てきて、これに自分で赤を入れるわけなのだが、ついつい自分の文章の手直しに向かってしまい、いちいちの文字を正す(質す)ということができない。自分で書いた文章だから、たとえば「私はレヴィ=ストロースの民旅学の黎明期に疑問をもっている」などという文章の「族」が「旅」になっていることなど、てんから眼の鱗に引っ掛かってこないのだ。
 しかし、あらためて冷静に考えてみると、なぜ誤植が居たたまれない感覚に満ちたものなのか、その理由ははっきりしない。むろん歴然たるミスであるのだからどこから咎められても当然ではあるけれど、その責任はいわば著者・編集者・校正者・版元に分散しているのだし、それに固有名詞の誤植や「社会正義」と「社会主義」というほどの誤植はともかくも、「捨てられた」が「捨てらりた」になったり、「切った張った」が「切った貼った」に、「止むに止まれぬ」が「止まるに止まれぬ」となったりしているくらいでも、この事実に気がついたとたんにみっともない気分になるというのは、この犯行感覚にはなかなか見逃せない異常なものがあるということなのである。
 
 マルセル・デュシャンは「創造的誤植」という言葉をつくったほどだから、誤植なんかを恐れるなという方針である。実際にも誤植のヒョウタンから駒が出ることもある。たとえばワープロやパソコンで「あくまでも」と打ったつもりが「悪魔でも」と、「こうして」が「抗して」と、「このくらい」が「この暗い」などと出たりすると、なんだ、これもおもしろいじゃないかという気にさせられる。
 ぼくは基本的にはこのようなデュシャンの方針に依拠して、自分の怠慢を翻してきたのだが、さて、そう嘯いてはみても、どうも事態はすっきりしない。実際に自分の文章のなかの可憐な誤植に気がついたときの、あの消え入りたくなるようなコソコソ感覚は消えることはない。いったい、これは何だろう。
 ミステークというものは、ふつうはその場で流されていく。言葉の言いまちがいも、なるほどみっともないものではあるが、一応はその場だけの「当座の恥」ですむ。誤植はそれが活字や印刷によって定着してしまう。「末世の恥」になる。しかも、たいていは〝おもいがけない誤植〟として残る。この〝おもいがけなさ〟がきっと誤植の真骨頂なのである。サッカーでいうのならちょっとしたバックパスのボールが相手に取られて、やらずもがなの一点を与えてしまったようなものだ。あるいはオウンゴールだ。これは呆然とするというより、居たたまれない。自分で自分に憮然とするしかない。
 ところで誤植よりもがっかりすることは、新聞の漢字の使い方である。「破綻」を「破たん」、「攪乱」が「かく乱」、「凱旋」が「がい旋」、「親睦」が「親ぼく」などとあると、いったい何だとおもってしまう。「ほう起」とあるから何事かとおもうと「蜂起」なのである。これも厳密には事件によっては「烽起」もある。「ほう起」ではその事件の急速さが見えてこない。ホーキで掃除しているようだ。
 漢字の熟語というものはたとえ読めなくともなんとなく意味はその字形のゲシュタルトのままに伝わるものなのだ。それを変えてはいけない。この字形のゲシュタルトが動くからこそ「破綻」が「破綜」になっていても、ついつい誤植に気がつかないという見過ごしもおこるわけなのである。

参考¶著者の高橋輝次さんは大阪外大の英語科を出たのち創元社の編集者をへてフリーになった人で、すでに『編集の森へ』(北宋社)、『古書と美術の森へ』(新風舎)、『著者と編集者の間』(武蔵野書房)などの著書、『古本屋の自画像』(燃焼社)、『原稿を依頼する人、される人』(燃焼社)などの編著がある。いずれも微妙な編集世界を扱って、たいそう気になるパレードである。