才事記

建築家なしの建築

バーナード・ルドフスキー

鹿島出版会 1984

Bernard Rudofsky
Architecture Without Architects 1964
[訳]渡辺武信

 ルドフスキーなら日本滞在記であって日本批判でもある『キモノ・マインド』かなと思ったのだが、これは『日本流』にとりあげたことがあるので、本書にした。
 憧れの日本に来るためにいろいろ調べてきたのに、日本人が日本自身のよさを忘れて醜くなっていることを書いた『キモノ・マインド』については、いまこそ日本人の必読書になるといい。手っ取りばやくは『日本流』を。
 そういう意味からいうと、本書はアメリカの知恵不足批判であって、先進諸国のモノづくり社会に対する批判でもある。ルドフスキーもそう読んでほしかったのかもしれない。ただ実際には、本書は読ませるのではなく見させるために綴られたコメントの集成によってできている。

 1964年にニューヨークの近代美術館で同名のエキジビジョンが開かれたとき、ルドフスキーはその総指揮者に選ばれた。ルドフスキーは実に大胆な構成方針をたて、グッゲンハイム財団とフォード財団はルドフスキーの活動の自由を保証するために大枚のスポンサードをした。ここまでは昔ながらのアメリカの良き勇気である。
 が、ルドフスキーはそうしたアメリカ人の気前のいい他人に見せるための勇気のもと、誰にも左右されないエキジビジョン構成をして、かつアメリカに代表される建築資本主義のバカバカしさを告発した。その告発はしかし、当時の誰もそのコンセプトもキーワードも理解できなかったであろう次の5つの言葉から発せられていた。ここがルドフスキーのすごいところなのである。
 5つの言葉とは、vernacular : anonymous : spontenous : indigenous : ruralである。本書の訳者の渡辺武信さんはルドフスキーを訳すならこの人だという建築家であって、また縄文もポストモダンもわかる建築批評家でもあるのだが、この5つの言葉についてはさすがに苦労したようだ。「風土的」「無名の」「自然発生的」「土着的」「田園的」となっている。
 しかし言葉の意味はともかく、世界中のヴァナキュラーでアノニマスな「建築家のいない建築」を見せるにあたって、ルドフスキーが何を言いたかったかは展示写真パネルを見れば充分に伝わる。むしろ、その写真を言葉で説明することのほうが困難である。けれどもルドフスキーはその作業をも奇跡的になしとげた。

 ここに絶賛されている"建築"は、どれひとつとして建築上の概念が与えられていないものばかりである。
 だから目を鳥のようにして、虫のようにして、眺め"射る"しかない。言葉では紹介しにくいのだが、本書にはエキジビジョン当時のパネルをいかして、岩や樹を刳りぬいた教会、シシリーと黄土地帯の穴居群、ドゴンの断崖住居群、ゲーレムやソタルバやモロッコの岩状要塞、イエーメンの塔的集落、岩窟から布まで実に多様な"素材"を使って形成されてきた数々のアーケード、ガリシア地方リンドソの穀倉群、サムラト・ヤントラとよばれるイスラムの天体観測装置、砂漠地帯の移動建築体、草や茅の葺き住居などなどがひしめいている。
 どれひとつとして現代建築の工匠感覚に負けていないばかりか、その風土と危険に向き合った知恵が生んだ技術はアートと見まごうばかりだ。
 ぼくはこういう仕事をこそしたかった。

 バーナード・ルドフスキーは1905年の生まれだから、東京で会って新宿から四谷を通って銀座まで一緒に歩いたときは、もう80歳近くになっていた。それでも「セイゴオ、横道ばかりを歩こう」というのだ。
 驚くべき健脚だった。が、それはよくある鍛えられた老人がしばしば見せる"老人力"だからぼくは驚かなかった。それより圧倒されたのは異様な集中力をともなった好奇心なのだ。たとえば四谷から横道や細道に入っていったときは、小さな木造長屋やモルタル住宅の入口や窓の下に城塞のように築かれた植木群を見るたび、そこに隠れた法則性を発見すめために、まさに穴があくように観察をしつづけるのだ。
 そのルドフスキーの図抜けた好奇心に傍らでつきあっていると、たしかに、町のおばあさんたちが何年にもわたって毎日毎日少しずつ構築しつづけた複雑な違い棚と盆栽と植物が密茂したその"アーキテクチャ"には、何か日本人がもっている未発見の生活造形感覚があるかもしれないと思えたほどだった。
 ルドフスキーはこんなことも言って、ぼくを驚かせた。「セイゴオ、『空き家』という本をつくろう」というのだ。
 ルドフスキーが言うには、世界中の家というものは「空き家」になったときの風情が民族・風土・言語によって、それぞれまったく違っている"何か"を示すというのである。それを日本の空き家を見ているうちに、いま気がついたというのだ。
 まだ東京のそこかしこに空き家が残っているときの話である。いま世界からバーナード・ルドフスキーのような「聖」(ひじり=日知り)がいなくなっている。