吉田兼好
徒然草
岩波文庫 1928
ISBN:400301121X

 名を聞くより、やがて面影は推し測らるゝ心地するを、見る時は、また、かねて思ひつるまゝの顔したる人こそなけれ、昔物語を聞きても、この比の人の家の、そこほどにてぞありけんと覚え、人も、今見る人の中に思ひよそへらるゝは、誰もかく覚ゆるにや。(第七一段)

 いつしか『徒然草』を言葉のチューインガムのように嚙むことをおぼえた。本を嚙む。そういうことがありうるのである。嚙むうちに味がなくなるということもあるが、もう一枚同じガムを口にして、また発端に戻るということもある。そのように何度も嚙める本というものは、そうざらにはない。ぼくにはそういう趣味はないが、内田百閒や石川淳や井伏鱒二をそのように嚙む人がいることは承知している。
 もっともぼくが本を嚙むにはオリジナルの日本語でありたい。その日本語も多言や饒舌であってはならない。少なさや不足、すなわち稀少であってほしい。それから日本のことを書いていてほしい。ぼくはワインを口で転ばせ舌で味わうことを自慢するより、味噌汁の菜を箸でそそっとたぐり、山葵醬油の厚揚げなどを一口二口、嚙んで味わいたいのである。そうなってくると古典である。それもいろいろ絞られてくる。和歌俳諧は断然だが、それは省く。

 命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蟬の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮すほどだにも、こよなうのどけしや。飽かず、惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世にみにくきすがたを待ち得て、何かはせん。命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。(第七段)

 パンフレットの文章をおもわせるような『徒然草』に似て、ときどき目を走らせたくなる本がいろいろある。たとえば『伊勢』『枕』『明徳記』『方丈記』『風姿花伝』、心敬の『ささめごと』、『宗長手記』『西鶴織留』、武蔵の『五輪書』、徂徠の『政談』、天心の『茶の本』などがつらつら浮かぶ。
 素行の『聖教要録』、真淵の『語意・書意』、それに兆民の『一年有半』もそのたぐいだとおもう。いずれも短くて、濃くできている。文庫でいえばそれぞれ二〇〇ページをこえないだろう。そういう何度も嚙める本を大事に読んできた。が、どうも五回以上を読んでこなかった。
 それが『徒然草』のばあいは全体を読み通すでもないのに、しばしば目を通す。段に分かれているので拾い読みしやすいといえばそうなのだが、それは『伊勢』も『枕』も同じこと、そこが特徴なのではなくて、その言葉をチューインガムにしたまま、散歩に出たり、車窓の外を眺められるのが『徒然草』なのだ。読み耽るわけではなく、口に入れたまま読める。それが本を嚙むということだ。
 これを教えてくれたのは意外にも与謝野晶子である。晶子の『徒然草』現代語訳を読んで、その含蓄にひたすら驚いた。それがずっと残響して『徒然草』を何度も読めるようにしてくれた。ちなみにあえて断言しておくが、いまもって晶子を凌駕する現代語訳の文はない。
 
 何事も、古き世のみぞ慕はしき。今様は無下にいやしくこそなりゆくめれ。かの木の道の匠の造れる、うつくしき器物も、古代の姿こそをかしと見ゆれ。文の詞などぞ、昔の反古どもはいみじき。たゞいふ言葉も、口をしうこそなりもてゆくなれ。 古は「車もたげよ」、「火かゝげよ」とこそ言ひしを、今様の人は、「もてあげよ」、「かきあげよ」と言ふ。「主殿寮人数立て」と言ふべきを、「たちあかし白くせよ」と言ひ、最勝講の御聴聞所なるをば「御講の廬」とこそ言ふを、「講廬」と言ふ、口をしとぞ、古き人は仰せられし。(第二二段)

 かつてのぼくには『徒然草』は煩わしかった。日本のアタラクシアを書いているはずなのに、この人にはアタラクシアがないと見えた。説教臭いのである。うるさいのである。もっと静かに観照できないのかとおもった。ところが、これはまちがっていた。若気の至り、見当ちがいだった。兼好こそは煩わしいものを遠ざけ、うるさいものをマスキングすることを発見していた。
 そういうことにやっと気がついたのは、たとえば「“夜に入りて、物の映えなし”といふ人、いと口をし」で始まる第一九一段で、物事は昼に見るより夜に見たほうがよく見えるのだということを指摘しているあたりの感覚が、ふいにわかるようになってからである。そうか、引き算かと思った。
 かくして「人の気色も、夜の火影ぞ、よきはよく」、「匂ひも、ものの音も、たゞ、夜ぞひときはめでたき」と書いた。夜の灯でかえって目立つ美しさを言っているのではなく、夜でなければ見えない色、聞こえない音を言っている。それには昼をマスキングする必要がある。どこかに隠す必要がある。その役を兼好は一人で『徒然草』全二四三段をもって引き受けてみせた。
 兼好は昼の世を「愚かさ」として綴ったのである。名利や利や位に惑う愚かしさを告発し、そんなものは隠したいと思ったのだ。

 名利に使はれて、閑かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ。財多ければ、身を守るにまどし。害を買ひ、累ひを招く媒なり。身の後には金をして北斗を支ふとも、人のためにぞわづらはるべき。愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみ、またあぢきなし。大きなる車、肥えたる馬、金玉の飾りも、心あらん人はうたて、愚かなりとぞ見るべき。金は山にすて、玉は淵に投ぐべし。利に惑ふは、すぐれて愚かなる人なり。(第三八段)

 煩わしくなるものを愚かしいとみなしたのである。第七五段がこのことを了解する支点となった段だろう。「つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるゝ方なく、たゞひとりあるのみこそよけれ」と書き出して、世の連中がつれづれになれない感覚、すなわち「じっとしていられなくなる感覚」はどういうものかと問うた。
 兼好が言うには、世間の動向に調子をあわせれば、心はたえず外界にとらわれて惑いやすく、人と交際すると交わす言葉はきまって相手に気を配っているのだから、めったに自分の心にはならない。そのうえ人間関係には喜怒哀楽が理由なく生じるから、そのようなものに巻きこまれている自分をおもうと「まどひの上に酔へり、酔ひの中に夢をなす」というのだ。
 心が迷っているところへもってきて世間のことや相手のことに引きまわされるのだから、さしずめ酔っ払っているうえに悪い夢を見ているようなもの、その中途半端な夢に引っかかったら、いたずらに果てしなく迷うだけである。ここは伏せなさい、マスキングしなさい、一挙に断ちなさい、いっさいの見方を変えなさいというのだ。
 これは一言でいえば、「侘び」と「つれづれ」を合わせた批評の確立である。無常論ではあるが、たんに無常を詠嘆するというのではない。所在がないということ(つれづれ)を過不足なく説明した。こんなことはそれまでどんな連中も書かなかった。近代における文芸批評を確立したかった小林秀雄が、あえて中世に戻って『無常という事』(角川文庫)で気にするのも当然だった。

 老来りて、始めて道を行ぜんと待つことなかれ。古き墳、多くはこれ少年の人なり。はからざるに病をうけて、忽ちにこの世を去らんとする時こそ、始めて、過ぎぬる方の誤れる事は知らるなれ。誤りといふは、他の事にあらず、速かにすべき事を緩くし、緩くすべき事を急ぎて、過ぎにし事の悔しきなり。その時悔ゆとも、かひあらんや。人は、たゞ、無常の、身に迫りぬる事を心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり。さらば、などか、この世の濁りも薄く、仏道を勤むる心もまめやかならざらん。(第四九段)

 兼好の無常観には、深いのか浅いのか、寄っているのか引いているのか、わかりにくいところがある。ペシミズムなのか面倒くさがりなのか、文句を言いたいのか諦めたいのか、はっきりしないところもある。
 あるとき、秦宗巴の『徒然草寿命院抄』を読んだ。慶長年間に『徒然草』のブームともいうべきがおこり、烏丸光広が句読点や清濁をつけた版本を刊行し、松永貞徳のごときは公開の場で『徒然草』を講じたほどだったのだが、そんな気運があってのことか、宗巴は『寿命院抄』を著した。
 注釈である。注釈ではあるが、仮名草子をつくれるほどの宗巴だから、ハンドリングはいい。正徹本と構成を変えているところもある。諸々おもしろかったが、その総論五条に『徒然草』の本質をまとめた段があって、こう書いていた。
 
一、兼好得道ノ大意ハ儒・釈・道ノ三ヲ兼備スル
一、草子ノ大体ハ清少納言枕草紙ヲ模シ、多クハ源氏物語ノ詞ヲ用ユ
一、作意ハ老・仏ヲ本トシテ、無常ヲ観ジ名聞ヲ離レ、専ラ無為ヲ楽シム事ヲ勧メ、傍ラ節序ノ風景ヲ翫ビ、物ノ情ヲ知ラシムル
 
 儒・仏・道、とりわけ仏教と道教を借りて無常を観じ、無為の境地を遊んで「もののあはれ」の感想を、自然や物事の推移とともに綴ったものだというのである。いまの学者はなかなかこんなふうに竹を伐るようには要約できるものではないが、あまりに評価しすぎているところもある。
 宗巴のあと、林羅山が『野槌』を、松永貞徳が『なぐさみ草』を、北村季吟も『徒然草文段抄』を書くので、それらの寛文期の注釈とくらべてみるとわかるのだが、宗巴のほうが一般性に富んでいる。しかしながらこの宗巴の指摘が兼好の本意を言いあてているかどうかといえば、検討の余地がある。

 無常変易の境、ありと見るものも存ぜず。始めあることも終りなし。志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定なり。物皆幻化なり。何事か暫くも住する。この理を知らざるなり。「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。(第九一段)

 兼好はしばしば無常に言及する。いろいろ暗示的であろうとして、その暗示にとどまりたいようなところがある。「人は、たゞ、無常の、身に迫りぬる事を心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり」(四九)、「無常の来る事は、水火の攻むるよりも速やかに、遁れ難きもの」(五九)、「無常変易の境、ありと見るものも存ぜず」(九一)、また「閑かなる山の奥、無常の敵競ひ来らざらんや」(一三七)と綴った。「人間常住の思ひに住して、仮にも無常を観ずる事なかれ」(二一七)、「凡そ、鐘の声は黄鐘調なるべし、これ無常の調子」(二二〇)という表現もある。
 おそらく「無常」という言葉をそのままつかっているのはこの六段だけだとおもうのだが、それ以外にも似たような指摘や話はいくらも出てくる。最後に近い第二四一段の「望月のまどかなること」でも、如幻の生を嘆いてみせて、無常観を説いた。
 けれども、そこから宗巴のいうように、この無常が「もののあはれ」にまで進めるかというと、そこはあやしい。数えたことはないけれど、頻度をいうなら「無常」よりも「あはれ」のほうが多いだろう。とくに前半には「もののあはれ」という言葉づかいが多い。
 しかし、兼好のいう「あはれ」や「もののあはれ」は世の連中と価値観を交わすときの合い言葉のようなものではなかったか。「どうですか、お忙しいですか」「儲かりまっか」「みなさん、お元気ですか」と言うように、「秋ですねえ、それで、もののあはれは?」と言っている。また、そのように「あはれ」を費いきることが兼好の気分だったようにも見える。兼好はけっこう現世的なのだ。

 友とするに悪き者、七つあり。一つには、高く、やんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病なく、身つよき人。四つには、酒を好む人。五つには、たけく、勇める兵。六つには、虚言する人。七つには、慾ふかき人。善き友、三つあり。一つにはものくるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友。(第一一七段)
 
 兼好はリスクテイクを好まない。それなら無常観のほうはどうかというと、これは無常の背後にある仏教的事情よりも、無常の前後をよくよく凝視していた。宗巴の言うようには仏教の厭世観にとらわれていなかった。
 兼好は「もののあはれ」を思索するほうへは、あえて進まない。では無常思想を狭めているかというと、まさに限界している。しかし、そこに限界していることこそが実は『徒然草』の本懐だった。視界がつねに絞られていることが、何度でも『徒然草』が読める所以になる。
 これはきっと兼好にディマケーションがあるということだろう。ディマケーションとは「分界」ということであるが、大和絵でいえば画面に金雲をたなびかせて伏せ場をつくったり、絵巻に斜めの区切りを入れて転換をはかったり、等伯や宗達のように平気で余白をとって、他の事象との関係を自立させたりすることをいう。日本語にはこれを巧みにあらわす「配分」「配当」とか「割り当て」という言葉があった。日本に和歌俳諧などの短詩型文芸がおおいに発達したのも、このディマケーションによる。ここには律動と意味がふたつながらディマケーションした。
 世の中をディマケーションできた兼好はいたずらなリスクヘッジに関心を示さず、それゆえ何事をも貪らなかった。この感覚は仏教一般の無常観というより、ぼくが見るにはナーガルジュナ(龍樹)の「中観」に近かったように思う。こんなふうに綴っている。

 すべて人に哀楽せられずして衆に交はるは恥なり。かたち見にくゝ心おくれにして出で仕へ、無智にして大才に交はり、不堪の芸をもちて堪能の座に連なり、雪の頭を頂きて盛りなる人に並び、況んや、及ばざる事を望み、叶はぬ事を憂へ、来らざる事を待ち、人に恐れ、人に媚ぶるは、人の与ふる恥にあらず、貪る心に引かれて、自ら身を恥かしむるなり。貪る事のやまざるは、命を終ふる大事、今こゝに来れりと、確かに知らざればなり。(第一三四段)

 兼好は、無常という光景や顚末を限界を通して語った。世の全貌に無常の網をかけようというのではなかった。無常は世の部分であって、だからこそその部分が超部分になっている。さきにあげた第二四一段の話も、よくわかるように、限りない願望と限りある無常とが比較並列されている。そのうえで限界としての無常が超部分になりうると綴った。
 兼好は時の流れに目を凝らし、耳を澄ましたのである。目を凝らし耳を澄まして、それで何が見えてきたのか聞こえてきたのかということは、案外、熱心には綴らない。見えたものや聞こえたところを切り取って、その切り取りにあたっては前後を綴る。そういう文章編集の方法なのである。ただ、そのときにちょっと工夫をした。時の前後をゆするといったらいいだろうか。主題となりそうなことを、さらりと残香のほうに移すといったらいいだろうか。このフラクチュエーション(揺動)が『徒然草』をおもしろくさせた。それで時の価値が動くのだ。
 その「時の価値」が読み手のこちらにふいに上がりこんでくることがある。まるで縁側で一杯お茶を飲むかのような風情で、上がりこんでくる。そうすると、こちらも、まあ、一杯どうですか、すっかり秋めきましたなあと言いたい気分になる。そういう会話がこちらの手元に綻んでくるわけなのだ。そのお茶が兼好が点てた「無常というお茶」である。『徒然草』を読むとそういう気にさせられる。これは「綻び」なのだ。向こうからこちらに加わった綻びで、ゆるみで、つまりはフラクチュエーションなのだ。
 それでは、今宵の結論を一言。『徒然草』は「滅びの文学」ではなく、「綻びの文学」である。それは「綻びのチューインガム」なのだ。

コメントは受け付けていません。