オリヴァー・サックス
タングステンおじさん
早川書房 2003
ISBN:4152085177
Oliver Sacks
Uncle Tungsten 2001
[訳]斎藤隆央
往診の鞄、水冷エンジン、砂鉄のダンス。
炭素電球、タンタル電球、青蛍石。
ライムライト、タングステン・フィラメント。
輝安鉱、鶏冠石、ジルコン、コボルト。
化学の箱庭、切手のアルバム、バスの乗車券。
カチオン、アニオン、弗酸ラディカル。
ハイポ、ダゲレオタイプ、未来新聞、ソーマトロープ。
ヘリウム気球、アルガンバーナー、ダニエル電池。
この本には、オリヴァー・サックスの
子供時代の科学オブジェがいっぱい詰まっている。
そこに電球工場のタングステン叔父さんがいた。
メンデレーエフの周期律表が待っていた。

 父が叫んだ、「電気のヒューズがとんだぞ」。ぼくは飛行士のヒューズさんがどこかへ飛んでいったのかと思ったものだ。ヒューズは切れたか溶けたのだ。が、たったこれだけで、どんな物語の発端にも匹敵できる予兆が暗示されていた。「電気のヒューズがとんだ」は科学的にはおかしな言葉なのだけれど、それがすべての期待の発端だったのだ。
 こういうセリフが近頃の家で交わされなくなったのは、世の中、万事が万端、イノベーションのほうに進みすぎたからだ。とくにIT化だ。これでたいていの部品がチップ化し、どこで何の事件がおきたのかはわからなくなった。事件は家の中でおきたのではなく、SECOMの回路でおきたのだ。ユビキタスってつまらない。ヒューズ飛行士も飛び出さない。
 ぼくの子供時代は、家のなかの部品のほぼすべてが見えていたのである。そしてこれに、「あっ、電球が切れたみたい」とか「あっ、停電だ!」とかが加わって、一家の夜の出来事が突如としていっそう濃密な神秘の予兆になっていたのだ。
 ごく最近のテレビのニュースで「白熱電球を中止して、すべてを蛍光灯にする」というバカなことを、なんとか大臣が言っている場面を報道していた。ちょっと見ただけなのでどんな経緯でそうなったのかは知らないのだが、これは許せない。
 いや最近は、禁煙一斉全面化をはじめ(笑)、いろいろ許せないことがあり、もはや日本は陰謀帝国ではないのか、誰かに言いくるめられているばかりになっているのではないかと、もともと“陰謀史観”なんて見向きもしなかったぼくにしてついついそう思わざるをえないことが多い。だからこの“狂気のニッポン蛍光灯化計画”も、いまさらまともに扱う気はないのだが、それでもどうにも憤慨が収まらないので、せめてものカタルシスとして本書を紹介することにした。「部品王国よ、もう一度」「村田製作所、がんばれ」だ。

  
 オリヴァー・サックスの子供時代、デイヴ叔父さんがいた。この叔父さんが「タングステンおじさん」と呼ばれていた。叔父さんがそう呼ばれるのは、叔父さんがやっている会社が「タングスタライト社」というもので、細いタングステンの線をフィラメントにして電球を作っていたからだった。
 タングステンおじさんは、ロンドンのファリンドンで古めかしい工場をやっていた。黒くて重たいタングステンを粉にして加圧し、これを真っ赤に焼いてから槌でとんとん叩いてどんどん糸のように細くしていくと、この世のものともつかぬフィラメントができあがってくるのだった。叔父さんはウィングカラーのシャツを腕まくりして、いつもこの夢のような作業に耽っていた。
 叔父さんの自慢は、オリヴァー少年を工場のいろんな機械に触れさせて、その油じみた鋼鉄の怪物たちのとてつもない性能を見せることと、とろとろ光る水銀をボウルに入れてそこに鉛の弾丸を浮かべ、少年に重い鉛が沈まないのを見せて、ほうら、不思議だろと言ってみることだった。
 でも、叔父さんがもっと誇らしげになるのは、その水銀のボウルにポケットから取り出したタングステンの棒を入れてたちまち沈ませてみせるときなのだ。このときは決まって「これがな、叔父さんの金属、タングステンというものなんだ。こんなもの、世界中さがしたってないんだぞ」と言うのだった。

  
 オリヴァー少年の家は父親も母親もお医者さんである。だから少年はアルコール脱脂綿の匂いやキラキラした注射器や不思議な聴診器に囲まれて育っている。
 一族はみんな仲がよかったようで、少年が育ったロンドン・メイプスベリーのエドワード朝様式のお屋敷もばかでかかった。屋根は組み立て鉱物の結晶のようで、どの部屋も神聖な雰囲気に満ちていた。書斎には敬虔な父親が集めたユダヤ教の本が厳(いかめ)しい医学書とともにずらりと並んでいたし、診療所にはカテーテル、プジー、開創器、ゴム手袋、鉗子(かんし)、アルコールランプが待っていて少年の好奇心をそそっていた。
 もっとどぎまぎするのは、いろいろな部屋に侵入して、頑丈に組み立てられた家具の抽斗(ひきだし)をこっそり空けるときだった。そこにはたいてい失神しそうなオブジェが所狭しと押し黙っていた。
 どの部屋にも石炭暖房のマントルピースがあって、父も母もそこで煙草をくゆらしていた。そこへいつも叔父さんや伯母さんたちが集まってきた。みんながみんな、ヘビースモーカーだった。少年は早くその一員になりたいと希っていた。

  
 時代はロンドンがナチスの戦火の危険にさらされていた時期である。1933年生まれのオリヴァー少年には、毎日毎日が大事件だった。ロンドン空襲ばかりが大事件だったのではない。北アフリカからバナナが届くとそれを親戚一同が取り囲むのだって、父親が往診用に600ccツーストロークの水冷エンジンのオートバイ「スコットフライング・スクワーレル」を入手したのだって、大事件なのだ。
 なかでも少年はタングステン叔父さんの工場へ行っては、いつも胸中に爆発音が聞こえるような事件に出会うのが好きだった。少年の関心は「金属」と「植物」「数」と「化学」だったのだ。

験に明け暮れたオリヴァー少年
胸中に響く爆発音は最高に愉快だった。

  
 タングステン叔父さんの工場の脇にはガラス戸棚があった。そこには歴代の電球が息をひそめてずらりと並んでいた。エジソン電球はもちろんのこと、オスミウム電球(アウアー・フォン・ヴェルスバッハの発明)、タンタル電球(アーヴィング・ラングミュアの発明)、レニウム電球、タングステン電球。ライムライトもあった。少年はやっぱり、叔父さんが自慢するタングステンのフィラメント二重コイルとモリブデンの支持体に心が奪われた。
 ガラス戸棚にはたくさんの鉱物や金属もちょびちょび並んでいた。ライム(石灰)、ジルコニア(酸化ジルコニウム)、トリア(酸化トリウム)、マグネシア(酸化マグネシウム)、アルミナ(酸化アルミニウム)はみんな電気の材料だったけれど、そのほかにも名前の知れない鉱物の塊りもあった。叔父さんはそれらを一つまみしては、ときどきちょっと危険な実験をしてくれた。
 カリウムを賽の目に切って水を入れた桶に落とすと、カリウムは火をつけて狂ったように駆けまわり、紫の炎を吹かした直後に白熱したかけらを四方に飛ばす。ナトリウムは油に浸けておいて水の中に投げ込むと、あたり一面を黄色い火の海にする。まっさらのチョークに塩酸をかければ泡が出たし、ガラス管もガスバーナーを奇術のように使えばぐにゃぐにゃになった。水素を発生させてそれを逆さにした容器に集めておいて一気に吸いこむと、声は2、3秒だけミッキーマウスのように甲高くなったものだ。

デイヴおじさんのアドバイスにより取り揃えられた化学実験器具
試験管、フラスコ、メスシリンダー、漏斗、
ピペット、ブンゼンバーナーなどが並ぶ。

  
 けれども少年はもっと怪しいものたちとも出会いたい。鉱物や金属の化け物とも出会いたい。その正体をもっと詳しく知るには工場を出て、サウスケンジントンの地質学博物館に出向かなければならなかった。

  
 少年は地質学博物館では神の子であった。「モーラの子」になった。まず、入口にある巨大な青蛍石でできた壷に額(ぬか)ずいた。次に1階の火山のジオラマに目を見張る。それからは陳列棚をひとつずつ顔をくっつけるようにして、岩石や鉱物のドラマトゥルギーに思いを馳せる。
 鉱物についている名前もすばらしい。コランダム(輝石)、オーピメント(雄黄)、ガリーナ(方鉛鉱)、パイライト(黄鉄鉱)、カルセドニー(玉髄)。どれもこれも『トリスタンとイゾルテ』に出てくる神秘の場所を示す暗号のようだった。ジルコンには東洋の響きを感じたし、カロメル(箝口)にはギリシアの音楽を感じた。とくにクライオライト(氷晶石)にはすっかり参ってしまった。
 とびきりの化け物は最上階に飾られていた。輝安鉱の集塊だ。無数の槍が突き出すようになっていて、全部がピカピカに黒光りしている。まるでトーテムや呪物のようなのだ。それが日本の四国という島の市ノ川で採取されたということに、少年はわくわくするものを感じ、いつか「日本の輝安鉱の島」に行ってみたいと思うようになる(やがて、その島の近くの広島に原爆が落とされたことを少年は知るのだが、それからというもの、アメリカの過剰が大嫌いになっていく)。

人の背丈ほどあったという輝安鉱の巨大な集塊、
その槍形で黒光りする、硫化アンチモンの角柱は、
日本の四国の市ノ川鉱山で採れたものだという。

 こうしてオリヴァー少年は地質学や鉱物学の本にも夢中になり、最初は「鉱物の詰め合わせセット」を買ってもらい、鉱物標本を集め、それからはデーナの『地質学の話』を読んでだんだん化学式にも関心をもつようになっていく。
 決定的だったのは、戦争も終わって再開されたロンドン科学博物館に行ってみたら、階段を昇りきったところの壁一面に巨大な元素周期律表がキャビネットになっていたことだった。そのキャビネットは90あまりの箱に仕切られていて、それぞれに元素の名前と原子量と化学記号が記されていただけでなく、どの箱にも宝石のような元素のサンプルが見えるようになっていたのだ。たんなる物質の展示ではない。それは「知の標本箱」の出現だったのだ。
 本書は、その後の少年がグリフィンの『趣味の化学』やヴァレンティンの『実践化学』やバーネイズの『家庭生活の化学』を読んで、どのように目眩く化学の世界に熱中していったかを、詳しく書いている。

元素周期表に魅せられたオリヴァー少年
その周期性から音階を感じ、
色分けされた表を地図に見立てた。

 オリヴァー・サックスは映画にもなった『レナードの朝』の原作者で、専門は脳神経科医である。医者だったお父さんとお母さんを継いだわけだ。
 『レナードの朝』(ハヤカワ文庫)は嗜眠性障害の患者に新薬のLドーパを投与した体験談をもとにしたもので、サックスはこのほかにもいろいろのクリニカル・エッセイやクリニカル・ノヴェルを書いている。頭痛に悩む諸君のための『サックス博士の片頭痛大全』(ハヤカワ文庫)、高機能自閉症と診断された学者(テンプル・グランディン)とそれをとりまく連中についての物語『火星の人類学者』(早川書房)、視失認に陥った男についての『妻を帽子とまちがえた男』など。医療ものにはだいたい説得じみたバイアスがかかることが多いのだか、いずれもおもろい。
 まだ読んでいなのだが、『色のない島へ』(早川書房)はサックスがミクロネシアに行ったときの話、『手話の世界へ』(晶文社)は知覚と言葉をめぐる話、『オアハカ日誌』(早川書房)はメキシコのシダについての話になっているようだ。
 なかで、なんといっても本書がピカ一である。少年の科学への「ときめき」をこれほどうまく書いているものは、めずらしい。『パンダの親指』のスティーヴン・ジェイ・グールド(209夜)『エレガントな宇宙』のブライアン・グリーン(1001夜)が絶賛したのも当然だ。

  
 それにしても、タングステン叔父さんが本当に実在していただなんて、まったく羨ましいかぎりだ。ぼくにも是非ともいてほしかった。が、実はこういう“変なおじさん”は誰のそばにもきっといるはずなのだ。
 ところがそのおじさんは“変”だから、ついつい仲良くなりそびれてしまう。遠巻きになる。これがダメなのだ。やっぱり“変なおじさん”には危険を冒しても付き合わなくてはいけなかったのである。
 ぼくも宝来屋の佃煮おじさんや立花外科の先生や、イノダの自転車おじさんともっと親しくなるべきだった。ジャック・タチ(892夜)のところでも書いておいたことだけれど、世の中というものは「叔父さん」と「そうでない人」で、「ふつうの人」と「変なおじさん」で、そして「編集する人」と「編集しない人」で(笑)、分かれているものなのである。
 ところで、さっきも書いておいたように、本書の後半はみごとな「化学入門」にもなっている。これまたこんなふうに化学のイロハを躍動的に書いているものはめずらしい。とくにメンデレーエフの快挙の解説は出色だ。オリヴァー少年が青年となって量子力学にふれ、ついに昔日の「化学の箱庭」と別れを告げるところなど、ぼくには万感迫るものがあった。

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