ロレンス・ダレル
アレキサンドリア四重奏
河出書房新社 1963・1976
ISBN:4309717012
Lawrence Durrell
Alexandria Quartet 1957~1960
[訳]高松雄一

 「全宇宙が親しげにぼくをこづいたような気がした」。
 本屋に並んでいる4冊シリーズの4冊目を手にして、この最後の一行を読んだとき、これはどうしてでも『アレキサンドリア・カルテット』を読みたいと思った。いまでもこの最終行をよく憶えている。文学作品の最終行として、ピカイチだ。
 かの『黒い手帖』を綴り、ヘンリー・ミラーと書簡を交わしつづけたロレンス・ダレルが、満を持して1957年から4年間にわたってまるで大型仕掛け花火のように次々に連発した4つの長篇連作物語の、最後の最後の最終行が、これなのだ。何かが妖しく隠れていると思ったのも当然だろう。
 ましてそのころのぼくはまだ24、5歳である。妖しいことだけに好奇心の耳目を欹(そばだ)てた。感受性に鋭く飛びこむ作品や哲学や芸術の断片を目にしさえすれば、あとは前後の事情などに怯むことなく、その断片を口に咥えて豹のごとくあっというまに飛びかかる獰猛な“知体”をもっていた。
 そうでなくとも相手はロレンス・ダレルだ。ダレルの言うことなら何であれ全幅の信頼をおいていたぼくは、まるでダレルその人にこそ恋をするように読んだものだった。

 舞台はレモン油に瀘された光で描かれたテンペラ画のようなアレキサンドリアである。
 2000年にわたってヨーロッパを無視する異色の時空を営み、あらゆる愛を搾りとるという都市アレキサンドリア。五つの種族、五つの言語、十にあまる宗教が乱れ交わされるアレキサンドリア。しかもここには五つの性がある。
 そこに大きな蜘蛛の巣のように、男と男、男と女、女と男、女と女の情実の社交界が張りめぐらされている。そういう明るすぎる陰謀が渦巻くなかに、「ぼく」(ダーリー)は沈着な実業家ネシムの妻ジュスティーヌに籠絡されそうになる。ネシムは黄色の翡翠を蒐集し、ジュスティーヌは夜の蝙蝠か朝の鷲のように自由である。しかもジュスティーヌは3つの日記をつけていた。
 すでに「ぼく」はその前に、ギリシアの娘で踊り子のメリッサに惚れていた。アニリン酸のような恋である。錯綜する「ぼく」の恋情の前に、さらにヘルメス文書やカバラを操る男色のバルタザールと社交界を猟色するカポディストリアがあらわれる。どうもいくつかの結社(カバル)が動いているらしい
 こうして「ぼく=ダーリー」は瞬く間に、目眩くアレキサンドリアの謎そのものと化していく。そこに近代中近東の歴史が少しずつ染み出してくる。

 物語は4つの作品に分かれている。『ジュスティーヌ』『バルタザール』『マウントオリーヴ』『クレア』というふうに。
 ひとつひとつの、これらの登場人物の名を冠した物語は、アレキサンドリア中央駅に始発と終電があるように、それなりに完結しているようでいて、実はほとんどの出来事の説明を欠いたまま、連続する4部作に構成されている。
 物語はたしかにバロック的で複雑ではあるが、それなりに一つの流れの裡にある。ただし、それが一つの異様な流れの物語であったことが見えてくるには、『ジュスティーヌ』から『クレア』におよぶ4作に連なる記述のすべてを読む必要がある。しかもそのなかで、何が“事実”であったかの判断は読者に任される。たとえばパースウォーデンの自殺の謎は、一つずつの作品のなかでまったく別々に推理されている。
 構成上は『ジュスティーヌ』『バルタザール』『マウントオリーヴ』の3作が別々の視点で、その物語を照らしているというふうになっている。わかりやすくいえば芥川龍之介の“薮の中”になっている。もっとも『マウントオリーヴ』では事態の過去にさかのぼる物語がゆっくり浮上する。マウントオリーヴというのはイギリスのエジプト駐在大使である。アラビア語が操れる。
 それが第4作目の『クレア』で初めて、それまでの事態のその後の展開が語られる。
 ロレンス・ダレルはこの構成をアインシュタインの相対性理論に準(なぞら)えた。『ジュスティーヌ』『バルタザール』『マウントオリーヴ』が空間の3軸を、そして『クレア』が時間軸にあたっているという時空連続体の構想である。

 ダレルはそうは言うのだが、この作品の魅力はそういう外連(けれん)な時空構造の設定にあるというよりも、やはりこんなチャーミングな物語をロレンス・ダレルが書いたというそのことが、なんとも魅惑の構造そのものなのだ。
 それをちょっとだけ分解していうと、第1にはその背徳的感性が全篇に漲っていて、どの一行でも決してペダントリーが弛まない。第2に、すべての事態がスキャンダルの直前にあって、そのくせすべての登場人物が高邁な愛の連立差分方程式を解こうとして、街角のカフェ・アル・アクタルで酔いつぶれているときでさえ、愛の破片がそこから散り出さない。第3に、つねにノートや日記や書物が出入りして、物語のすべてがまるで古代アレキサンドリアの図書館の文書呪縛にあっているようなのだ。ようするに、物語のどこもかしもが、きっとどこかに文書があるらしい「公然の秘密」なのである。こんなセクシーなことはない。
 第4に、ロレス・ダレルがヨーロッパの知性が届きそうで絶対に届かない中近東の知を、随所に絡ませているのがいい。仮にヨーロッパの知性たちが懸命に読み解こうとしても(実際にもずいぶん多くの解読が試みられてきたけれど)、かれらはまず『ジュスティーヌ』から『バルタザール』に移るとき振り払われ、『バルタザール』から『マウントオリーヴ』に飛ぶときに物語の空隙に墜落し、それでもなお捜査を続ける者も、『マウントオリーヴ』から『クレア』への転換でほぼ自滅する。

 第5に、アレキサンドリアという都市そのものが内出血しているように綴られている。
 ところが、どんな場面にも観念用語による操作はなく、すべての記述が登場人物たちの官能と言葉と姿態の度合いであらわされている。ダレルは絶対に素顔を出しはしないのだ。だとすると、これは膨大な文字で描かれたコプト美術のタピストリーか、さもなくば古代このかた砂塵に埋もれてきた巨大建築に貼りつけられていた象眼細工なのである。
 第6に、これらの物語構造とは別に、4部作にはひとつずつ見せ場が用意されている。鴨漁大会、チェルヴォーニ家の仮面舞踏会、ナルーズの死、海底でのクレアの事故であるが、それぞれはいわば“アレキサンドリア歌舞伎”なのである。これが歌舞伎あるいはアラビアン・バロックオペラだということがわからないと、『アレキサンドリア・カルテット』は絶対にわからない(ちなみにぼくは「四重奏」ではなく、原題のままの「カルテット」のほうを採っている)。
 第7に、これはなんといっても文学という歴史への挑戦と嘲笑なのである。ダレルは微分的でも積分的でない、差分的で離散関数的な物語を書きたかったのである。つまりは「情報の本質」だけで物語を書きたかったのだ。

 ところで、以下は私事である。
 ダレルの4冊にわたる途方もない恋の物語をやっと読み終わったころ、ぼくは渋谷の屋内競技場近くの桑沢デザイン研究所の写真科の講師になって、学生たちに囲まれるようになっていた。
 そのうち田辺澄江・戸田ツトム・木村久美子・横山登らが工作舎に入ってきて、『遊』の第2の黄金期ともいうべきをつくってくれたのだが、何かの折にかれらを前に、「君たちはロレンス・ダレルも知らないなんて、ずいぶんつまらん人生を送ろうとしているんだね」というようなことを口走ったらしい。
 それからほどなくして、木村久美子が『アレキサンドリア・カルテット』の感想を興奮気味に話しにやってきた。これはちょっと驚いた。てっきりウーマンリブにしか関心のないデザイナーの卵だとばかり思っていたからだ。
 木村は、のちの後藤久美子に少し似ていて、溌剌としたとても綺麗な子であった。ただ、絶対に笑おうとしなかった。そのせいか見かけのせいか、長い髪にバンダナを巻き、ジーパンとシャツばかり、猛烈な速さで版下を制作している姿は、まだ「アンアン」が創刊されたばかりの時代の先頭を疾駆しているようで、そのころぼくが付き合っていた多くの写真家たちが(たとえば大倉舜二が)、「おい、あの子を撮らせてくれないか」と言ってきたものだった。
 この申し出を木村はことごとく断ったようである。彼女はそのころ中ピ連の集会に顔を出すような、とびきりの男嫌いだったのである(いまもってマッチョな男と助平な男を撥ねつけている)。まあ、いまさらそんなことはどうでもいいのだが(笑)、そういう木村久美子がさっそくロレンス・ダレルにぞっこんとなったのが、ぼくにはけっこう嬉しかったのだ。

 もともとぼくには、自分が読んだ本の中身を周辺に話しながら、そのコンテンツやメソッドを次々に手放していくという癖がある。もとより、話すことは放すことである。
 それゆえ、そのときどんな連中がぼくの本の話をどのように聞いてくれたのかということが、ぼくの読書人生の重要なインディケーターやインターフェースになっていく。
 しかもぼくには友人や知人よりなお速く、スタッフに自分が関心をもった本の話をする癖がある。むろんそのたびにそういう本を奨めもした。あとは誰が応じてくれたかである。ガウスやバートランド・ラッセルは十川治江が、フレデリック・ブラウンは戸沼恭が、ウェルトハイマーは戸田ツトムが、鉱物やマルクスやトロツキーは米沢敬が、アントナン・アルトーやフランツ・ファノンは木幡和枝が、のこりの神話・歴史・民俗学・生物学・文化地理についてはすべて高橋秀元が引き受けてくれた。そうしたなか、木村久美子がロレンス・ダレルを受け止めたのだ。木村はその後も稲垣足穂を、アルセーヌ・ルパンを、マンディアルグを更紗のように身に纏っていった。
 そういうふうにしてきて、さてどうなるかというと、ぼくはそのあとの自分の読知感覚をフリードリッヒ十川ガウスとして、戸田ゲシュタルト・ツトムハイマーとして、木幡マルコム和枝Xとして、木村ロレンス久美子を、ぼくの中に育むのである。共振関係に入るのだ。最近ではそれが渋谷恭子や太田香保や大川雅生をステーションに、ISIS編集学校上方伝法塾や「千夜千冊」の読者の応答に広がっている。

 読書は「入口」においてはあいかわらず孤独な作業である。誰もが“一代の過客”として名のりをあげていくしかない。しかしながらその「出口」から先は、シナジェティックな共感が“百代百人の過客”として放射状に広がっていく。それも、ニュートリノのようにその本を読んだリーディング・ビームとともに重層的に、波状的に広がっていく。
 読書のコツのひとつは、この「出口」にすばやく向かうということにある。
 一方、このような読書の本質を、最初から存分な計算に入れた文学や哲学というものもある。ベケット、エーコ、カルヴィーノ、ピンチョンは、みんなそういう読者の出現が計算できていた。ロレンス・ダレルもあきらかにそのような読者が創発することを狙っていた。ぼくや木村久美子はよろこんでその創発的犠牲者となることを引き受けたのだ。
 読書の創発的犠牲とは、一人の官能を他人に譲渡するということである。だからそこには書物を通した「恋愛」が芽生えよう。またあるいは、一者の思考や行動を他者の相互に貸与することである。だからそこでは、いつしか「一揆」をおこしたいという動機が芽生えよう。
 そして、ロレンス・ダレルこそは、そのような「恋愛一揆」を読者に連続的におこしてほしかった地中海の片隅の夢想家だったのである。
 男たちよ、諸君はすべからく語り手ダーリーか、計画者バルタザールなのである。女たちよ、諸君はすべからく誰かのもとから離れようとしているジュスティーヌか、踊りつづけるメリッサか、そうでないなら絵描きのクレアなのである。

参考¶ロレンス・ダレルはインドのアイルランド系の家に生まれてイギリスで学び、生涯の半分以上を地中海で暮らした。20歳年上のヘンリー・ミラーの『北回帰線』に出会ったことが大きく、すぐさま『黒い手帖』(二見書房)を書くのだが、やがて複合重層的物語にとりくんだ。本書『アレキサンドリア・カルテット』だけではなかった。『アフロディテの反逆』(1974)は『トゥンク』と『ヌンクァム』(筑摩書房)の奇妙きわまりない二重小説だし、5連作におよぶ『アヴィニョン・クインテット』(未訳)は神秘に富んだ五形構造を採りつつ神殿騎士団の驚くべき暗躍が語られる。ダレルは場所の精神に富んだ作家でもある。そのことを探りたくて、かつてぼくはダレルの『予兆の島』(工作舎)を選び、これを渡辺洋美に訳してもらった。ほかに小説なのかと見まごうばかりの『ミラー=ダレル書簡集』(筑摩書房)、詩人の秘密を正面きって語った『現代詩の鍵』(牧神社)などがある。

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