寺田寅彦
俳句と地球物理
角川春樹事務所 1997
ISBN:4894560852

 ぼくが20年ほど前に"開発"したエディトリアル・ゲームに「ミメロギア」がある。
 お題に「珈琲・紅茶」「人類学・社会学」「トヨタ・ニッサン」などという対比の言葉が出ると、回答者はこれに「午前の珈琲・午後の紅茶」とか「足の裏の人類学・口の外の社会学」とか「安定のトヨタ・探偵のニッサン」といった"形容"をつけて、それらの対比をいっそう穿って強調するというゲームだ。ミメロギアとは、ミメーシス(模倣)とアナロギア(類推)という二つのギリシア語をくっつけたぼくの勝手な造語である。
 寺田寅彦にこのミメロギアの原型がある。「客観のコーヒー主観の新酒かな」というものだ。これは珈琲と新酒を比べているようでいて、実は客観と主観とを論理で説明しないで、寅彦得意の俳諧で特色づけたということでもあった。

 寺田寅彦には「好きなもの イチゴ珈琲花美人 懐手して宇宙見物」という三十一文字がある。
 ぼくが大好きな歌で、これで寺田寅彦の本質がすべて言いあらわされていると思っているが、それとともにここには、枕草子このかた連歌俳諧で極め尽くされてきた「物名賦物」(もののなふしもの)の伝統が集約され、しかもそれが近代化されている。「山は」「小さきものは」「好きなものは」と措いて、それをただ並べるだけだが、そこに究極の編集がある。

 その寺田寅彦の「渋柿」に「連句の自立性」という随筆がある。寅彦の随筆は天下一品で、この言葉の料理を一度でも口にしたらその味が忘れられないというより、のべつ食べ続けたくなるという中毒的なおいしさがあるのだが、そしてぼくは十年に一度はこの中毒に罹りたくて、寺田寅彦を何度もつづけさまに読んできたのだが、この「渋柿」にあふれた俳諧論にも、何度も手を出してきた。

 で、この「連句の自立性」では、最初にチェンバレンの日本文化論、「この国で純粋に日本固有なものは風呂桶と俳諧である」を引いて、では、いったい俳諧っていうのは何だろうという随筆にしている。
 しかし俳諧とはこれだと言わないのが俳諧だから、寅彦はまずドイツ人がいかに俳諧的ではないかという説明をする。
 ドイツ人は呼鈴の押釦(おしボタン)の上に「呼鈴」と貼札をする。便所の箒の柄には「便所の箒」と書く。これは俳諧ではないと言う(もっともこういうことは日本人もその後やるようになったので、日本人もずいぶん俳諧から遠ざかったということになる)。
 これにくらべればフランスには、セーヌ河畔の釣人やマチスの絵や蛙の料理など、ちょっと俳諧がある。ただしシャガールの絵のように、雑然といろいろなものを気違い夢を群像にするように並べたものもあって、これはとうてい俳諧ではない。とくにあんなものを真似た日本人の絵は最もひどい。
 だからド・ブロイの波動力学のような俳諧味も、ドイツの物理学に入ると「さび」「しをり」をすっかり白日のもとに引きずり出して、隅から隅まで注釈してしまうことになる。

 こういうことをしないのが俳諧なのである。
 そう言って、寅彦はこれは日本には多様な自然の変化がありながら、その宗教と哲学に自然的制約があること、それをうけとる日本人に無常迅速という感覚が根を張っていることがあるからだと転じる。そうすると「春雨」とか「時雨」という、それ自体ですべての自然との関係を集約する言葉に自分を捨てられる。
 こうなれば、おのずから俳諧が出てくるのだと言う。たいへんに俳諧的である。ミメロギアなのだ。
 もうひとつ「月花の定座の意義」では、「附合せ」を尊んで、この心理的機巧に「不知不識(しらずしらず)の間」というものができるので、これが俳諧ではないかと、袖の隙間から俳諧をのぞかせる。
 こういう芸当も、コンペイトウの話をはじめ、寅彦が当初から名人芸を見せていた随筆ぶりだった。

 ぼくは岩波の、小振りな『寺田寅彦全集』を少しずつ買って全巻書棚に並べたたときの、各枝の蕾が膨らみきったときのような感慨の瞬間をいまでも憶えている。
 いや、それから何度も何度もその書棚を見て、なんともいえない至福感を味わってきたので、うっかり最初の感慨を記憶しているのだと勘違いしてしまっているのだろうが、それほどにこの寅彦全集の「揃い」は百人一首を全部とってしまったような快感をもたらしたものだった。
 しかし、それからがもっと楽しかった。窓際に椅子を出す。一巻ずつ函からクロス貼りの本を取り出してくる。渋茶をすする。次にペラペラ、ペラペラ、何度も同じページを行き来しながら、その日その時、一番読みたくなった随筆を捜し当てるのだ。
 けれどもその一巻に今日の照準器がないと、また別の一巻を取り出し、また同じことをする。
 捜し当てるといっても、それは前に読んだものであったり、何度もページを繰っているうちに半ば読了感のあるものであったりするのだが、それでも、その日その時にぴったりする随筆と巡り会えることが無上の幸福なのである。
 これを「粋の科学」との逢着とも、「茶碗の宇宙」を手に取るとも、一緒に「松葉牡丹の線香花火」を眺めると言っても、よいだろう。それほど寺田寅彦は極上なのだ。

 ところでここでは詳しくはふれないが、ほんとうはぼくは当初から寺田寅彦の「割れ目の科学」が好きで、これを継承した平田森三の『キリンのまだら』や、寅彦の最後の継承者ともいえる樋口敬二さんのエッセイに至るまで愛読し、世に揶揄されている「寺田物理学」を本気で復活させたいと思っている寅彦血盟団の一味なのである。
 だが、いつもそう思っているうちに、またまた窓際の椅子で寅彦随筆を何度もパラパラ、パラパラ読んでいると、その俳諧味に引っ張られてしまい、ついうとうとと「寅彦不知不識の間」に滑り落ちていく血盟団失格者でもあった。

 もうひとつ白状しておかなければならないことがある。寺田寅彦は「牛頓」といった俳号による俳句がそれなりの数あるのだけれど、なかなか名句に出会えず、寅彦は俳句はヘタだといっとき思っていたことだ。
 しかし、あるとき「山門や栗の花散る右左」にいたく心を動かされて、それから二度と「寅彦先生は俳句がヘタだ」とは言わないようになった。それは寅彦の俳句から寅彦の随筆が見えてくるようになってきたからだった。
 そんなことがおこるのだ。とくに「哲学も科学も寒き嚔(くさめ)かな」の一句に脱帽してからは、ぼくは俳諧編集の神様として、あるいはミメロギアの名手として、あらためて寅彦先生を崇拝しなおすことにしたのである。
 実はこの欄に、数ある寅彦全集からの一冊ではなく、本書を選んだのも、この『俳句と地球物理』という寺田寅彦にはない標題をつけた角川春樹事務所の編集感覚に敬意を表したかったからと、巻末に寅彦の全句が付録収録されていたからだった。まだいろいろ言いたいことはあるのだが、ドイツ人に似ていると言われないうちに、今日は次の一句だけを挙げておく。

  粟一粒秋三界を蔵しけり 牛頓

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