マーク・トウェイン
ハックルベリイ・フィンの冒険
新潮文庫 1959
ISBN:4102106022
Mark Twain
Adventures of Huckleberry Finn 1884
[訳]村岡花子

 そんなふうに言えるかどうか、ここで初めてそう言ってみるのだが、ぼくはアメリカン・ヒーローが大嫌いである。
 子供時代は父親に連れられてさすがに西部劇をよく見たが、気にいったのはアラン・ラッドの『シェーン』だけで、とくにジョン・ウェインはことごとくお呼びじゃなかった。ジョン・ウェインだけでなく、デビー・クロケットもワイアット・アープも、スーパーマンやロッキーやクロコダイル・ダンディまでダメなのだ。
 ところがハックルベリイ・フィンだけは好きだった。その理由のことなど考えてみたこともなかったのだが、さきほど、「そうだ、今夜の千夜千冊はハックルベリイ・フィンを採り上げよう」と思って、ちょっと目をつぶって「あのころ」のことをあれやこれや思い出しているうちに、ぼくの中の少年ヒーロー像がいろいろ蘇ってきて、どうもそこには何かの共通性があるようにおもえてきた。
 推理のはての結論。ぼくは泥棒をする少年が好きなのである。あるいは泥棒をする少年を助ける鞍馬天狗や、大人になっても泥棒がやめられないアルセーヌ・ルパンが好きなのである。こういう推理結果になった。そうおもえば、アメリカ映画も『俺たちに明日はない』や『スティング』は大喝采だった。これはきっとヒーローにならないヒーロー、内輪だけのヒーローが好きだということなのだろう。そう、合点した。

 ヘミングウェイは「アメリカ文学はハックルベリイ・フィンの一冊の中に源を発した」と言った。
 そうなのかどうかは、アメリカ文学をまったく追ってこなかったぼくにはわからないが、ここにはマーク・トウェインが駆使した口語体のことからマーク・トウェインが晩年に示したペシミズムのことまで、さまざまな意味がこめられているのだろう。
 が、それとともに、おそらくヘミングウェイが言いたかったことのなかには、「アメリカ社会を根底から批判する主人公の創造」という意味も含まれていたにちがいない。いや、そう、思いたい。なぜならハックルベリイ・フィンとは、アメリカにおける「負のヒーロー」なのである。
 もうひとつ、あった。ハックルベリイ・フィンはトム・ソーヤーの親友であって、しかも本来は主人公であるトムよりも出自も言動もかなり逸脱しているにもかかわらず、ハックにこそ男の友情の真髄があらわれていたということを、ヘミングウェイは示唆していたのかもしれなかった。すなわちハックは「友のヒーロー」なのでもあった。
 この「負のヒーロー」であって「友のヒーロー」であるところにハックルベリイ・フィンの無償の価値がある。それは現代アメリカ文学のルーツというだけでなく、実は世界中の少年が最も憧れる「不良」の起源でもあったようにも思われる。

 では、なぜハックルベリイ・フィンは生まれたのか。
 前作『トム・ソーヤーの冒険』では、トムは不良になりきれないままに終わっていた。たしかにトムは不良っぽかった。トムは学校や教会の束縛から脱出したい仲間を徒党に仕立てたし、有名なフェンスのペンキ塗りに始まり、教師のからかい、幼なじみの少女への思慕、深夜の墓地での殺人事件の目撃、はては洞窟での恐怖の三昼夜のあげくに大金を発見するという、それなりの少年型波瀾万丈もやってのけたのではあるが、その反抗がどこか通りいっぺんで、丸く収まって終わっていた。
 そこでトウェイン自身がトム・ソーヤーに不満をもったのであろう、10年近くの構想のうえ、ハックルベリイ・フィンにもっと本格的な「不良」を託すことにした。ここで不良とは辺境少年に徹することであり、社会批判に徹することである。
 その効果は物語の最初からみごとにあらわれた。
 大金を手にしたハックが唾棄したくなったのは、金をせびりにきた飲んだくれの父親なのである。社会の最もいじぎたない腐敗が自分の父親に始まるというところが、トウェイン文学の大胆な転換となったのだ。

 ハックの行動は明快である。それは文明を捨ててミシシッピ河に行くことである。
 トウェインにとってはミシシッピは自分の故郷であって「世界」そのものである。実際にもトウェインはミシシッピ河畔のハンニバルに育って、12歳で父親を失い、学校を途中放棄したのちは印刷工となって各地を転々として、ブラジルが理想のエル・ドラド(黄金郷)だと聞いてそこに行きたくなって河口都市ニューオリンズまで出るものの、そこにはブラジル行きの船がないことを知って、結局ミシシッピの水先案内人になった。
 ニューオリンズに来て、そこからミシシッピの奥に行く。
 この感覚はぼくのようなたった一度だけしかニューオリンズを訪れたことがない者にもよくわかる。あの町は2、3日いただけで、明日はミシシッピの河に入ってそのまま奥地に行ってみたいと思わせる町なのである。河が巨大な口を開いていて、そこからわれわれを水源のほうに吸い取っていくような町なのだ。

 ハックが選んだのは、そのミシシッピなのである。そこは「大人世界」より大きい「少年世界」であるはずだった。
 しかし、ハックが入ったミシシッピには、意外にもたくさんの人間がいた。異界ではなかった。それどころか忌まわしい人間関係が乱打されていた。しかも、そこでハックが宿命的に出会ったのは黒人奴隷のジムだったのである。ディープ・サウス(南部奥地)に体ごと売られそうだと哀しそうに言うジムを通して、ハックは社会というものがミシシッピにおいてすら「迫害の構造」をもっていることを知る。
 こうしてハックは何かの「開け」を求めてミシシッピを筏で下っていく。途中、大暴風雨やら奴隷探索隊の追及やら、川沿いの町での殺人事件やら南部の名家のいがみあいやらに巻き込まれるのだが、また、こうしたことのすべてがこの物語をおもしろくさせているの
だが、ハックはこれらをすべて乗り切っていくうちに、何か別の感動に出会っていることに気がついた。冒険だけでは得られないあるものに心を動かされてしまったのである。
 それは、家畜同然とみなされていた黒人奴隷のジムが何度か見せた深い人間の味というものだった。
 ハックルベリイ・フィンが気がついたもの、それは「不良」こそが不良ゆえに高速に気がつく人間的なるものの本体である。トウェインはハックの目を借りて、辺境少年のみが喝破しうるアメリカ社会の“病んだ真実”を告げることになる。かくして物語は、ふたたびハックルベリイ・フィンとトム・ソーヤーが出会って終わっていく。マーク・トウェインはこうして『トム・ソーヤーの冒険』を書き替えたのだ。
 これで、ぼくがアメリカン・ヒーローは大嫌いなのに、ハックルベリイ・フィンだけは例外であるといった意味はわかってもらえただろうか。

 最後にちょっと付け加えたいことがある。
 実は、赤坂稲荷坂の仕事場から5分もかからないコロンビア通りの一隅に、「ハックルベリイ・フィン」という店がある。珈琲屋であるのだが、温かいキッシュを食べさせる。本棚も置いてある。ぼくはこの店の雰囲気が大好きで、ときどき軽いニューオリンズ・ジャズを聞きながら自分がどこかに置き忘れてきた「不良幻想」に耽ることがある。
 ‥‥遠い日の話になるのだが、ぼくは「不良品」としての日々をたくさん送ってきたわりに、学校や近所から「不良」とよばれることのない日々を過ごしてきた。
 このことにいくばくかの不満があるけれど、その心情がどういうものであったかは、いまはとりあえず置くとして、そんなぼくにいささか変わったことが必ずおこってきた。学校や近所の名うての「不良」が、なにかにつけてぼくの応援を買って出る。そういうことが何度もおこったのである。
 いや、もうすこし正確にいうと、グループAの不良たちがぼくにいちゃもんをつけようとしたとする。そうするとBなる生徒があえて不良を演じるかのように、ぼくを庇ったグループBを結成してしまうのだ。このBは、それまでは学校や近所のヒーローではない。不良でもない。本人もそんなつもりがない。ところが、一連の事態のなかだけでは、Bはすべてを買って出る。喧嘩にも応ずるし、冒険競争にも応じる。
 そこでぼくも喧嘩や競争に遅れまいと前に出ようとすると、Bはこれを制していっさいを引き受けようとする。そして、いつのまにか名うての不良になっていく。
 そういうことが、Bだけではなく、CにもDにもおこったのである。かれらは、ぼくにとってはまさしく「友のヒーロー」というものだった。「内輪のヒーロー」というものだった。けれども、学校も近所も、世間というものはBやCやDを決してヒーローともアンチヒーローとも認めない。
 それどころか、世間の大人たちはぼくに、かれらがぼくを応援することに忠告をする。あんな奴とは付き合わないほうがいい、というふうに。
 しかし、ぼくはそのつど、この「友」にこそ投企した。
 話はこれだけである。ただ、この思い出はぼくにとってまことに重要なものになっている。なぜなら、かれらこそは京都のハックルベリイ・フィンであったからだった。

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