アントワーヌ・ダンシャン
ニワトリとタマゴ
蒼樹書房 1985
Antoine Danchin
L'oeuf et la Poule 1983
[訳]菊池韶彦・笠井献一

 松岡正剛事務所をつくったのは1982年の暮、実質の稼働は1983年だった。つくったというより、工作舎を残るスタッフに預けたままに去ったとき、高橋秀元・木村久美子・澁谷恭子・吉川正之だけを“連行”して、とりあえず自宅を探し、そこに落ち着いたというだけのスタートだ。
 猫も多かったので元麻布のマンションの庭付きの1階を決め、ぼくだけでは賃料がままならないので、木村・澁谷・吉川がここに同居した。まりの・るうにいを含めて5人、それに7匹の猫。しばらくしてオモチャとリボンという犬が加わったから、これは松岡正剛事務所をつくったというより、ローレンツ的な雑居を始めたというのが当たっている。

 ここで、きわめてまずいことがおこった。5人も一緒なので、どういう日々を送るかということになって、あまりに放縦ではよくなかろうと朝食や夕食をちゃんとつくって食べることにしたのだが、これが規則正しくて、たちまち太ってきた。
 われわれは互いに盗み見をしながら、うろたえた。何にうろたえたかというと、予期せぬ変化が自分の体に目に見えて発生したことで、それがまるで人生の大失策のように思えたからだ。
 これで全員がストレッチでもするとか、食事メニューを変えるとか、早朝ジョギングをするというのが通常のコースだろうが、われわれはなんだか豚のような生活をしているという猛反省に入ってしまった。ここで誰が言い出したのか、なんと「豚から人へ」という快挙の転換をはかることになったのだ。
 では、何をするか。詳細は忘れたが、どうやらたいしたアイディアが出なかったのだろう、すぐに共同で読み合わせをしようということになった。なぜかプログラムはすぐ決まった。「分子生物学」をやろうというのだ。
 これで体重が減るはずもないのに、なにかの錯覚で、われわれはこのプログラムが正しいと思えたようで、さっそく各自が一冊ずつ本を選んでその報告をすることになったのである。ただし、図解しての報告だ。
 このときぼくが選んだのが本書なのである。
 ニワトリか、タマゴか。この、古来言い習わされてきた大論争を遺伝科学をもって説明してみせたいという思いからだったのだが、いまおもうと、こういう問題に取り組んだからには大好きなタマゴ料理をいくら食べても大丈夫だろうという、たいへんな勘違いをしたようだ。

 それはそれ、本書はなかなかおもしろかった。
 アントワーヌ・ダンシャンがもともと純粋数学者で、それから分子遺伝学に入ったというところも悪くなかった。そのころはパリのパスツール研究所の室長だったはずである。ここは以前にぼくも訪問したところだった。
 第1章が「ニワトリからタマゴへ」である。第4章に「タマゴからニワトリへ」になる。第1章では、自己再生的な核酸と自己言及的なコドンを主人公に、モノーやジャコブの研究成果を横断しながら、どうやらメッセンジャーRNAがタマゴではないかという話になっていた。
 途中、そもそも遺伝暗号がどのようなもので、それによってどんな機能が成立したのかという、はなはだ分子遺伝的なメカニズムの説明と、にもかかわらずそこにはメカニズムだけでは解けないオーガニズムが関与しているようだというような話が、かなりじっくり続く(たしかそんな読後感だった)。
 そして第4章。今度は情報コードというタマゴから、なぜニワトリのような、どでかくて、死があって、しかも「自己」をもった情報成体が仕上がるのかという話になる。ダンシャンは疎水性のアミノ酸と極性のアミノ酸の相異、およびミトコンドリアの介在に着目し、なかなかスリリングな議論を展開してみせていた。
 しかし、これでニワトリが先か、タマゴが先かという議論の決着はおこらない。ダンシャンはこの結論をちょっと機知に富んだ方向に導くために、エピローグを用意する。それが「虹の蛇」という章になる。

 「虹の蛇」というのは、アフリカのガーナやナイジェリアあたりに伝わるフォン国神話に出てくるウロボロスのような生物で、ウロボロスとちがうのは、自分で自分の尾っぽを食べているのではなくて、自分の尾っぽが別のものの口になっているような生物らしい。いわば虹の尻尾が蛇の口になり、蛇の尻尾が虹の口になるというものだ。
 ダンシャンは、実はニワトリとタマゴは同じものの原因と結果なのではなく、蛇と虹の両方にまたがるようなものなのだと言いたいわけなのである。つまり「堂々めぐり」というのは同じレベルのものの原因と結果がぐるぐるウロボロス状態になっているのだが、虹と蛇ではそこに超分断と超融合がおこっている。
 生物の発生をめぐる謎にも、そういう超分断と超融合があるのではないかというのである。
 では、何がニワトリとタマゴを分けるのかというと、均一な情報混合物の対称性が敗れるときに最初のニワトリとタマゴの区別がおこり、ついでそれによって生じた遺伝コードがその生じた非対称性を生かして個体構成のコピーという対称性を再生産するときに、ニワトリとタマゴが連続性をもつのだという。
 ようするに、ニワトリとタマゴを分けるのは、情報の対称性がどのように破れたり(超分断)、その破れたどうしの情報断片が互いに関係性を発見すること(超融合)、このことにかかわっているという見方なのだ。

 これは生物学というよりも、数学っぽい見方の提案だった。
 ぼくはおおいに満足して、得意になって『ニワトリとタマゴ』というのはね、とニワトリ・タマゴ論争をブレイクスルーする視点の説明を同居人たちにしたのだが、ちょっと太り始めていた澁谷恭子と、だいぶん太り始めた高橋秀元・吉川正之はおおいに揺さぶられたようであったが、いっこうに太りそうもない木村久美子はどうも何が大事な話かがわからないふうだった。
 われわれは、これはやはり研究の対象が生理的すぎたことを反省し、次は問題は気持ちにあるんだからということで、勇躍、「脳」の学習に入ったものである。しかし、たとえどのように気持ちを持ち替えても、太ったものは太ったもの、これはもっと長い目で変化を見つめるべきだという結論に達したのだった。
 こうして松岡正剛事務所の最初の巨大プロジェクト、『情報の歴史』の共同作業が始まったのである(参考:いと◎へん「FeatureProject」)。この巨大なタマゴからやがて編集工学研究所というニワトリが生まれたことは、諸君、ご承知のことである。

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