J.D.サリンジャー
ライ麦畑でつかまえて
白水社 1972
ISBN:4560090009
Jerome David Salinger
The Catcher in the Rye 1951
[訳]野崎孝

 1960年代のアメリカで若者たちのバイブルになりかかっていた文芸作品が3つある。精神病院を舞台にしたケン・キージーの『カッコーの巣の上で』、戦争状態という管理と論理の悪夢を描いたジョーゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』、そして、J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』。
 いずれも管理社会や制度社会の欺瞞を暴くというよりも痛烈なスタイルで揶揄した作品であることが共通していて、折からのヒッピー・ムーブメントカウンターカルチャー・ムーブメントに対応して圧倒的な人気を攫った。
 まあ、簡単にいえば「やりきれない思い」をかれらが使いやすい言葉で綴ったところが、やたらに受けた。なかで『ライ麦畑でつかまえて』だけが8年くらい早く書かれていながら、60年代に遅れて爆発したベストセラーであった。
 日本での爆発はさらに10年ほど遅れて、村上龍や村上春樹に飛び火する。ただし大江健三郎には、この作品が発表された1951年から数年後に、このアンチヒーローの言動が着弾していたようだ。説明するまでもないだろうが、『ライ麦』(日本ではこう俗称する)の主人公はアメリカ青春文学を代表するアンチヒーローなのだ。

 サリンジャーがこの作品で用意したキーワードは"phony"である。「インチキ」とか「インチキくさい」といった意味だ。しきりに出てくる。ただし、これはオモテのキーワード。
 主人公はいわずとしれた16歳の高校生ホールデン・コールフィールドで、この名前からしてデイヴィッド・コパフィールドに挑んでいることがわかる。
 冒頭からして、こうなのだ。翻訳がイマイチなのが気になるが、「もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたとか、チャチな幼年時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に何をやってたとか、そういったデイヴィッド・コパフィールド式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな」というふうなのだ。
 サリンジャーはこの冒頭において、旧社会の典型的なモデルの破壊をみずからすることを宣告し、その古い青春モデルに毒を盛ったわけなのだ。コパフィールドこそいい迷惑である。

 物語や筋書は、ない、といってよい。ホールデン・コールフィールドがクリスマス直前にペンシルヴァニアの高校を退学させられた日から数日間のことを、映画のシナリオを書く兄貴や可愛い妹のことを含めて、あれこれの見解と批評をもとに一人称で語っているだけなのだ。
 が、その、一人称で語っているだけ、というところがとんでもなく勝手な調子で、スタンダップ・トークショーのようで瑞々しかったのである。なんといっても日常描写の物事や出来事や人のやることが、主人公の鬱憤やるかたない価値観の断片そのままに会話調で叩きつけられていく感覚が、当時としては画期的だった。
 あれこれの見解と批評のほうは、大人社会の"phony"な欺瞞と、その大人社会をまねるしかなくなっている高校生たちの欺瞞に向けられていて、それが徹底してというか、くどすぎるほどに吐露される。では本人のコールフィールドはどんな日々をおくっているのかというと、その欺瞞社会をすっかり覗き見たほどにスレているのだが、妹と送った少年の日々がやたらに懐かしいわけなのである。しかも人生のスケジュールは次の学期からはまたどこかの高校に通う予定になっているというだけで、ほとんど具体的には描かれない。そのうえ最後の最後になって、実はコールフィールドが精神病院に入っている状態だったことも明かされる。

 ぼくは、いまさら本書を二度読む気はさらさらもっていないものの、これを読んだときはまことに奇妙なことに、自分がこれを読んで出した大きな溜息のようなものに、そのまま自分が吹き出されていくような居所のない印象をもった。
 いつごろ読んだのかというと、荒地出版社のK君という編集者がそのころ刊行されつつあった『サリンジャー選集』が一冊出るたびに、そのころ借金返済のために通っていたMACという会社に立ち寄り、わざわざ持ってきてくれたころに読んだ。MACが銀座から虎の門に引っ越したばかりのことで、ぼくは『ハイスクール・ライフ』の編集に入っていたようにもおもう。
 なぜなら、そのころ一緒に仕事をしていた六文銭の小室等がギターケースを抱えてやってきて、「おっ、サリンジャーですな」と言ったことを憶えているからだ。ということは1967年か、その翌年くらいのことだろう。

 サリンジャーがこのようなアンチヒーローをつくりあげたことについては、以前から「これは20世紀のハックルベリー・フィンだ」というアメリカ文学史の"お墨付き常識"があるのだが、これは当たってはいない。ハックは観察こそすれ、批評はしないし、だいいちビョーキじゃない
 大のサリンジャー派の村上春樹は、コールフィールドはメルヴィルの『白鯨』、フィッツジェラルドの『偉大なるギャツビー』の主人公たちに続くアンチヒーローで、そこには「志は高くて、行動は滑稽になる」という共通の特徴があると言っていたものだが、この大袈裟な指摘もまったく当たっていない。
 むしろ村上が『ノルウェイの森』のレイコに、「あなたって何かこう不思議なしゃべり方するわねえ、‥・あの『ライ麦』の男の子の真似してるわけじゃないわよね」と主人公に向けて言わせているのが、これがコールフィールドが日本に飛び火していた何よりの証拠だったのである。

 そもそもぼくがコールフィールドのような人物像にまったく関心が湧かないせいなのかもしれないが、どうもアメリカ文学史ではこのアンチヒーローを持ち上げすぎる。むしろ、文学としてのサリンジャーを問題にしてもらいたいのに、それがおこらない。
 仮にコールフィールドを俎上にのせるなら、むしろその内面のキーワードを手繰りよせてほしかった。それはコールフィールドが退学後にニューヨークに来てつぶやくのだが、「無垢であることは傷つきやすい」ということだ。つまりウラのキーワードは「フラジャイル」なのである。

 もうひとつ言っておきたいことがある。それはサリンジャーを生んだ1950年代が、今日のアメリカのビョーキのすべてを暴いていたディケードだったということだ。
 詳しいことは省くことにするが、ビョーキの告発者には、まずソール・ベローがいて『宙ぶらりんの男』と『オーギー・マーチの冒険』を書いた。シカゴ・マフィア時代の主人公オーギー・マーチがコロンブスのような男になろうと決意して、トロツキーに出会って歴史の宇宙と格闘した経緯は、今日のアメリカにこそワープしたほうがよい"宿命"である。
 次にフィリップ・ロスが『さようならコロンバス』で、大型冷蔵庫の中に入っているアメリカの夢の怪しさに気がついた。これがのちにジャック・スミスに結実したことを、ぼくはかつてニューヨークの裏町でスミスをつかまえて突き止めたことがある。
 続くジョン・アップダイクの『走れウサギ』のハロルド・アームストロングは元バスケットボールの選手で、ロスがしきりに野球メタファーでアメリカの悲喜劇を描いたように、そこにはアメリカの派手なメジャー文化を通して「失われた聖餐主義」とでもいうもの、ようするにアメリカにおける信仰喪失を告発する論告が述べられていた。日本でこの論告を継承しているのが村上龍や高橋源一郎たちである。

 そしてジェイムズ・ボールドウィンとノーマン・メイラーだ。二人はメイラーの『ぼく自身のための広告』の中の「白い黒人」に象徴されるように、アメリカに潜むエスニシティの複雑性を見通していた。ぼくは実は、このメイラーの『鹿の園』と『裸者と死者』からアメリカに入っていた者なのだ。
 が、これらの"アメリカを使ってアメリカをおちょくる兵士"たちよりなお深く、この時代のアメリカの本質から一番遠いところへ行っていたのはポール・ボウルズとウィリアム・バロウズなのである。二人は実際にもアメリカを遠く離れたモロッコのタンジールにいて、ボウルズは『シェルタリング・スカイ』と『雨は降るがままにせよ』によって、バロウズは『ジャンキー』と『裸のランチ』によって、アメリカの狂気と凶器と驚喜を摘まみ出した。
 いまアメリカでは、かれらのほうが狂い咲き扱いをされている。もっとも、これらのことは「千夜千冊」の別の夜に、別の香りのなかで話題にしたい

 ところで、サリンジャーは『ライ麦畑』のあと『フラニーとズーイー』でユダヤ的思考による新たな実験などを始めたのであったが、しばらくしてまったくの沈黙を守ってしまった。その消息は杳として知れないままにある。
 しかし、この長期にわたる禅僧のような沈黙こそが、最もサリンジャーらしいものともいえる。
 一方、『ライ麦』はそのままアメリカ社会の暗部の象徴として一人歩きした。たとえば、このことについてはぼくも詳しくないのでうろおぼえなのだが、たしかレーガンを狙撃しようとした青年とか、ジョン・レノンに殺しかかった青年が『ライ麦』の愛読者だったとおもう。サリンジャーの仕掛けた罠はアメリカがまんまと嵌まったままにある。

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