安彦良和
虹色のトロツキー
潮出版社 1992~1997 中央公論新社 2000
ISBN:4122036240

 どうやってこの傑作の興奮を案内しようかとおもっている。細部はずいぶん忘れているだろうから、ともかくは思いつくままのところを順に書いていく。
 劇画なのである。それも8冊の長編だ。
 作者の安彦良和は『ナムジ』で古代史と神話史の融合を試みて、その才能が話題になった。機動戦士ガンダムのキャラクターデザインも担当した。その才能が昭和史に挑んだとおもわれたい。昭和史といっても最も矛盾に満ちた季節を扱っていて、満州事変上海事変二・二六事件、国際連盟脱退などが連続的に勃発した直後からノモンハン交戦までの1、2年に絞られる。そこに、とんでもない人物たちの、とんでもない物語が展開する。
 絵もいいしプロットもうまいのだが、なにより構想にひそむ思想が異色なのだ。そのことは『虹色のトロツキー』という大胆なタイトルからもなんとなく感じられるだろうとおもう。だから劇画だからといってタカはくくれない。

 舞台は満州、それに蒙古と日本。時は昭和13年(1938)。
 満州国の首都・新京(長春)の建国大学に関東軍参謀の辻政信がスピードをあげた自動車で乗りつけ、ウムボルトという特別研修生を編入させなさいと副総長に迫るところから、劇画。ウムボルトがどういう青年かはわからない。日本人の父とモンゴル人の母をもっているという以外、彼自身も自分についての過去の記憶がどこかで途切れている。
 建国大学は満州国国務院直属の特異な大学である。この国策大学は満蒙独立計画のシナリオを上司の板垣征四郎とつくりだした石原莞爾が構想した。大学創設委員長に東條英機をかつぎ、総長に満州国総理の張景恵をおいた。これらがフィギュア・ヘッドであることは石原と東條が有名な犬猿の仲だったことでもわかる。石原はこの大学をアジアと日本を再生させる青雲の志士たちの孵化工場としたかった。辻政信はその石原の無鉄砲な足である
 建学の理念は石原の持論の「アジアにおける五族協和」にもとづく。だからこの大学には五族(漢・満・蒙・朝・日)の青年が集められていた。教授陣にも鮑明鈴・蘚益信らの中国開明派、朝鮮独立運動家の崔南善らが招かれた。合気道部の顧問には、かの伝説の植芝盛平。出口王仁三郎が満州に連れてきた。

 物語は、板垣征四郎が陸軍大臣に就任し、東條は陸軍次官として東京に戻ることになり、東條が満州での石原の動向を監視することを甘粕正彦に託すあたりから始まる。
 ある日、石原は新京大馬路の一郭にウムボルトを呼んで、ウムボルトの父親が深見圭介という名の男で、その深見がレオン・トロツキーと親しかったが、死んでしまったことを告げる。ウムボルトは父のことを知りたいとはおもうものの、誰もそれ以上の本当のことを教えない。
 石原はトロツキーを建国大学に招きたいと言う。その話を盗み聞きをして甘粕に伝達する村岡小次郎。井上日召の血盟団に属するテロリストである。ウムボルトは、石原がトロツキーを利用して日本と中国をソ連との戦争に巻きこむ計画をもっているのではないかと疑う。石原は、事実、内心では日中戦争をなんとか阻止して、敵をソ連に向けたい肚だった。
 劇画には触れられていないが、石原が中国との戦争を避けてソ連との戦争を選んだのは、ドイツ滞在時代に参謀総長シュリーフェンの二つの敵との同時戦闘を避けるという戦略、いわゆる「シュリーフェン・プラン」にもとづいたからだった。

 やがてウムボルトの背後の歴史がおぼろげに浮上してくる。ロシア革命がおこって外蒙古が悪化する情勢となり、ウムボルトの父の深見はそこで満鉄調査部の工作員として動いていたということがわかる。
 満州で張作霖が爆死したとき、新彊では主席が殺される。スターリンの陰謀らしい。深見はこれに対抗して殺された。このときトロツキーが動いたという噂がある。すでにトロツキーはスターリンによって暗殺指令の対象になっていた。関東軍はこのトロツキーがソ連から中国寄りに傾いているとみて、なんとかトロツキーを自陣に引っ張りこもうとしているらしかった。スターリンの野望が満州侵略にあるとみてのことである。そこにミリューコフという人物がかかわっている。二重スパイらしい。
 こうして舞台はハルビンに、牡丹江に移る
 辻政信とハルビンを訪れたウムボルトはミリューコフを探すうちに拉致され、ハバロフスクへ送られる。その途次、ウムボルトはモンゴルの抵抗軍闘士とおぼしいジャムツや孫逸之らに奪われる。ウムボルトはしだいに日本人をも憎み、活動も満州外縁で蒙古軍、抗聯第八軍の謝文東将軍、その他の反ソ戦線と交じることが目立つようになる。つまりは馬賊の群れと交じっていった。このあたり馬賊や匪賊の暗躍がページを走るとともに、麗花という美少女との恋も深まっていく。
 そこへ川島芳子が手をのばす。牡丹江ヤマトホテル。蒙古独立運動のパブチャップの息子カンジュルジャップと結婚をした"東洋のマタハリ"である。

 こうした人脈交流の組み合わせ方は、うまい。満蒙運動と日本軍の思惑とソ連の戦略とのあいだで、ウムボルトが歴史の波濤に翻弄されるように巻こまれていくのを、巧みに描く。当然のことだが、適当に濡れ場も入れる。
 舞台の動かし方もいい。そのつどの舞台に応じた人物の強調も忘れていない。たとえば日本に戻っている石原莞爾のところへ尾崎秀実を訪問させて、石原に対ソ謀略をやめさせようと提案させたりもする。尾崎はコミンテルンのスパイとしてのちに処刑されることになるのだが、このときの石原の描き方は時代を読み切っている人物として威風堂々になっている。石原と辻の描き方をまちがわなかったのが、この作品に太い幹線を走らせる成功要因になったのだろうとおもう。
 で、話はしだいに複雑怪奇をきわめるのだが、大連特務機関長の安江仙弘がウンボルトに面会にくるあたりから、急転直下、日本の逃れられない宿命に似て、しだいに暗くなっていく。この「暗さ」も安彦の特質だ。
 安江はトロツキー誘導計画を阻止するつもりの男で、かつ満州に五族協和をもたらすにはユダヤ人への支援を見せなければならないと思っている。安江がハルビンのユダヤ民会会長、満州亡命中の元白軍リーダーのセミョーノフ、川島浪速(川島芳子の父)、尾崎秀実、関東軍の片倉衷(ぼくは松本清張とこの人に会いに行ったことがある)、さらには辻政信や甘粕正彦らを一堂に招いて画策する場面など、当然フィクションだが、まことにありそうな場面になっている。
 安江はウムボルトを囮にして、あえてトロツキーをめぐる幻想的な包囲網を突破したいと考える(安江仙弘大佐については第6巻の巻末に、安江の子息にあたる安江弘夫が大連時代の父親の思い出について原稿を寄せている。その弘夫さんがいまはユダヤ人問題の専門家になっていることには、なにか因縁を感じる)。

 その後、やっとウムボルトにわかってきたことは、かつて安江はウムボルトの父の深見と蒙古でソ連軍と戦った仲間だったということである。
 そのころ日本は出口王仁三郎や植芝盛平らをつかって、蒙古の懐柔に乗り出していたのだが、ことごとく失敗していた。その硬直状況を突破しようとしたのが深見だった。関東軍はあくまで満州を奪おうという計画だったが、深見はもっと大胆なことを画策した。なんとトロツキーに臨時極東政府をつくらせて、ソ連を二つに割ってしまおうとしたというのだ。
 このときちょうどトロツキーが失脚し、アルマアタに移されることになる。深見は妻子を連れてトロツキーに接触しようとする。このときのアルマアタでの記憶が少年ウムボルトに残っていた。この少年期の断片的な場面の記憶こそ、『虹色のトロツキー』全巻を貫くフラッシュポイントになっている。
 ただ、そのとき父がいったい誰の命令によって殺されたのか、ウムボルトにはまだわからない。

 上海。ウムボルトは魔都上海に来る。
 そこで偽者のトロツキーに会う。スターリンがつくりあげた偽者らしい。どうやら深見が接触したトロツキーも本物ではなかったのかもしれない。
 このようなハコビは、トロツキーによるロシア革命が実はユダヤ人組織による革命だったというスターリン的な解釈をうまくつかっていて、読ませる。安江が満州にユダヤ人国家のようなもの、すなわち満州版「イスラエル」建国を導入しようとしているのも、当時破竹の勢いのヒトラーのユダヤ人掃討計画と対応していて、これまではあまり取り沙汰されてこなかった満州の裏面史を巧みに描いた。
 それはともかく、事態はますます悪化する。昭和14年5月には外蒙軍がついにノモンハンに進攻し、日本軍との交戦状態に入った。ソ連軍が後を押していた。
 辻政信がすぐに山海閣に飛ぶ。ウムボルトも興安舞台の一員として花谷正少佐の指令でノモンハンに飛ぶ。

 しかし、たいして強力ではないはずのソ連BT戦車の前に、関東軍は敗退する。
 作者はなぜか、このノモンハン攻防をかなり詳細に描いている。たしかにこの戦闘は戦争史における歩兵時代の終焉を示していた。危機を脱するため、ウムボルトはウルジン将軍に救援を頼む伝令となる。日本刀をぶらさげて。
 そうしたなか、ウムボルトは父を殺したのが田中隆吉であることを知る。上海事変を企てた、あの田中隆吉である。しかし時すでに遅すぎた。ウムベルトにもまたノモンハンの草原の一隅に倒れる宿命が待っていた。

 だいたいはこんな話である。
 ウムボルトは死ぬ。もう少し話を聞きたかったというキライはあるが、それでも存分に楽しませてもらった。印象深かった。
 それにしてもよくぞ満州の舞台にトロツキーの「幻」をもってきた。結局、トロツキーは関東軍を惑わす幻想にすぎなかったのであるが、それを安彦はいみじくも「虹色」とあらわしたのだ。
 ウクライナ生まれのトロツキーと、これを追い落としたグルジア生まれの靴屋スターリン。そのスターリンが満州を狙い、アムール河を越えようとする。ウムボルトの父の深見圭介はその動向を食い止めるため、カザフスタンとの国境近くの新彊でトロツキーと接触しようとしていた。その事実に着目したのが石原莞爾の建国大学の構想だったというのが、このアジアの辺境の出来事の物語の発端である。
 深見は満鉄調査部という設定なので、はたして満鉄がロシア分断作戦を敢行しようとしたのかどうかというのがミソになるところだが、これはぼくが知るかぎりは明白な事実ではない。ただ、これまであまり注目されなかったノモンハンのハルハ河の悲壮な戦闘を通して、その奥にウムボルトという架空の日蒙混血児を登場させたところ、日中戦争ではなく日ソ戦争というものの危険を描いたところが、この作品の一番の成果になった。

 ところで、ごく最近のことだが、同文書院が倒産した。友人の宇野文博君が父親から引き継いでいたのだが、諸事情で維持できなくなった。まことに惜しい。
 同文書院とは、満州時代に上海に設立された東亜同文書院のことで、当時は日本人関係者が行ける中国での最高学府であり、また有数の中国文化のための研究機関であって出版社であった。『虹色のトロツキー』にも建国大学でも教えていた中山優がしきりに出てくるが、中山は東亜同文書院の重要なメンバーだった。
 もうひとつ、やはりごく最近になって芳地隆之の『ハルビン学院と満州国』という本が出た。ハルビン学院はおもてむきは後藤新平が設立したロシア語習得学校で、最初は日露協会学校といった。それが満州国ができてから満州国立大学ハルビン学院になる。後藤は満鉄の初代総裁でもあった。当時は、中国語をやるなら同文書院、ロシア語やるならハルビン学院といわれた。
 建国大学は、この二つの国策学院を背景に創られた満州幻想の巣窟といってよい。安彦良和という劇画家、初めて満州を題材するにあたって建国大学を最初の舞台に選ぶとは、まことにあっぱれである。脱帽、脱帽。

参考¶本書の背景を知るための関係資料はそれこそゴマンとあるけれど、最近は石原莞爾についての本がたてつづけに出ているので、それを紹介しておく。佐高信『黄沙の楽土』(朝日新聞社)、花輪莞爾『石原莞爾独走す』(新潮社)、小松茂朗『陸軍の異端児石原莞爾』(光人社)などである。また石原の『最終戦争論』(中公文庫)もごく最近リニューアル刊行された。芳地隆之『ハルビン学院と満州国』は新潮選書

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