吉田光邦
文様の博物誌
同朋舎 1985
ISBN:4810404366

 吉田さんと話すとキリがない。どんな話の細部からも興味がぬるぬると触手をのばしてそこに肥大する世界を絡みとり、そこからまたたくさんの細部が芽生えて、新たな話題の触手がめらめらとのびていく。だから話しているとキリがない。
 吉田さんの本は何を読んでも触発される。まるで本の中にたくさんの豆本がみちみちにぎっしりつまっているようなのだ。その豆本を少しでも覗いてしまうと、またつらつら触発される。そのうち、その豆本は新たな立派な一冊の本として書店に並ぶ。
 だから、触手と触発は吉田さんの知の世界のキーワードなのである。ぬるぬるしてめらめらしていて、みちみち、かつ、つらつらである。そう、吉田光邦の「知」は誰もがどのようにも触(さわ)れるようになっているのである。
 本書は、そのような吉田さんの"触手触発研究"の一端が文様に及んだもので、数ある吉田本のなかで特異な位置を示しているわけではないのだが、渡辺素舟の東洋文様史にどっぷり浸かり、その後に日本人で本格的に文様を問題にする研究者が出ないことに業を煮やしていた者としては、「ああ、そうか、やっぱり吉田さんがそこを継げる人なんだ」と、やっと快哉を叫んだ一冊だったので、あえてここに選ぶことにした。
 それにこの本は、ご本人から署名をもらって手ずから渡されたきらきらした一冊だった。

 トルコの植物文様の染織品たちから話が始まる。吉田さんはそれらを見ながら、なぜ、あれほど華麗なイスラムの文様が生物の表現を規制したかを考える。そもそもマホメットは偶像をつくることすら禁止した。
 それにはキリスト教が自由に偶像をつくり、植物も動物もなにもかもを文様にできたのか、そのことと比較する必要がある。そうすると、キリストが神の子で、人間としての肉体をもっていながら昇天していったことがクローズアップされる。だからキリストを描く芸術はいくらでも発達できた。
 これに対して、小アジアやシリアに広まった東方キリスト教ではキリストは神性のみしかもたないと考えた。まさに超越的な存在なのである。こうした地域を背景としてマホメットが登場し、アラーを戴く。アラーはどんな表現も届かない存在である。アラーは完全であり、人間が不完全なのだ。その不完全な者たちが完全を表現することはできない。偶像化することはできないし、神とともにこの世に出現したであろう生物たちを安易に表現することも、だからこそ慎まなければならなかったのである。
 文様とは、このように装飾的なものではありながら、その地域の風土や文化や宗教の本質を根こそぎ反映するものであるはずのものだったのだ。

 では、そのように風土や文化や宗教を反映するのが文様だとすると、同様に芸術だってそれらを反映していると見えるのに、どこが文様と芸術のちがいなのか。それも吉田さんには、あまり誰もが答えを出してこなかったぶん、気になることなのだ。
 そこで吉田さんは、芸術がそれぞれ独立した真の存在を主張するのに対して、文様は普遍的な真の存在を認めようとしたものではないかということに気がつく。たしかに、そういう比較が可能であろう。さらにもうひとつ気がつくことがある。それは文様は叙事に徹したのではないかということだ。アッシリアの文様、古代ギリシアの文様、中国の饕餮文、これらはすべて叙事である。そこには芸術がもっている最初からの叙情性がない。
 そうだとすると、これからの文様はどうなっていくと考えたらいいのか。文様も叙事から叙情に向かうのか。吉田さんはそこからめらめらとまた考える。これからの文様とは、いわゆるデザインの問題と関係がある。だからデザインの中の文様性がどのように発達してきて、いまどこへ向かっているかを見れば、文様の未来が見えるかもしれない。
 けれども、デザインとは一種の「しきたり」をつくることでもある。かつて中国には儒教的な膨大な儀礼というものがあったが、それらをひとつひとつ礼服や幔幕や髪形にしていったのが、デザインである。そうだとすれば、デザインにはもともと制度を表現するための力がひそんでいたと見るべきなのである。

 デザインは何をしてきたのか。たとえば軍服、たとえば紋章、そのほかいろいろな飾りをつくってきた。
 これらはいずれもが、それぞれの歴史の中のデザイナーたちの創作力によって生まれたものだった。あるいは有名無名の職人たちがつくったものだ。それは何をしたということになるのだろうか。文様とはちがうものなのか。
 たとえば世界中に制服というものがあるが、そこにはボタンとか肩章とかモールとかがついている。また、さまざまな色や模様がついている。これは何なのか。ボタンやマークは何なのか。制服はデザインの産物で、ボタンやマークは何なのか。どうも文様そのものではないらしい。
 吉田さんはさらに考える。ぼくも一緒に考える。デザインはまず制度を視覚化したはずだ。そこまではいい。そして、その視覚化された制度にボタンやマークや織り模様をつけた。それはひょっとして、制度がかつての文様を別のかたちで取り込んだということではなかったのか。
 仮にそう考えてみると、そもそもアッシリアや古代中国に発した文様は、ここで別の機能をもったものに変化したというふうに見られる。文様が「地」を離れて「図」として認識されたというふうに見ることができる。
 すなわち、デザインは文様に自由を与えるものであったということなのである。

 まあ、こんなぐあいに、吉田さんは推理をし、ぼくもその推理から次の推理を読んでいく。それが吉田本を読むということの醍醐味なのだ。
 すでにおわかりのように、たったこれだけの読み筋だけでも、これまでまったく語られてこなかった「文様と芸術とデザインの相違性」という重要な問題を解きほぐしていくヒントがほとばしっている。ここではこのくらいにして、残りの多様な推理の翼がどんなものであるのかは紹介しないが、あとも推して知るべし、まさに触手触発に満ちている。
 ひとつだけ加えておけば、吉田さんは文様とデザインの力にはいまなおマジカルな工夫があるはずで、それを今日のデザイナーたちがいささか見失っているのではないかという心配をしている。つまりデザインが「しきたり」をつくれなくなっていることに、やや失望をしているわけなのだ。
 デザイナー諸君、このあたりのことどう思いますか。ときに吉田さんに触発され、自分で触手をのばしてみることを勧めます。

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