吉田兼好
徒然草
岩波文庫 1928
ISBN:400301121X

 いつしか『徒然草』を言葉のチューインガムのように噛むことをおぼえた。
 本を噛む。
 そういうことがありうるのである。
 噛むうちに味がなくなるということもあるが、もう一枚同じガムを口にして、また発端に戻るということもある。そのように何度も噛める本というものは、そうはざらにない。ぼくにはそういう趣味はないが、シェイクスピア漱石井伏鱒二をそのように噛む人がいることは承知している。
 もっともぼくが本を噛むには日本語でありたい。その日本語も多言饒舌であってはならない。少なさ、すなわちスケアリティということがいる。それから「日本」のことを書いていてほしい。ぼくはワインを口で転ばせ舌で味わうことを自慢するより、味噌汁や山葵醤油を噛んで味わいたいのである。

 そうなってくると古典である。それもいろいろ絞られてくる。和歌俳諧は断然だが、それは省く。
 たとえば『伊勢』『枕』『明徳記』『風姿花伝』心敬の『ささめごと』、『宗長日記』『西鶴織留』『五輪書』徂徠政談』『茶の本』などがつらつら浮かぶ。素行の『聖教要録』、真淵の『語意書意』、それに
兆民の『一年有半』もいいとおもう。いずれも短くて、濃くできている。文庫でいえばそれぞれ150ページをこえないだろう。が、どうも5回以上を読んではこなかった。
 それが『徒然草』は全体を読み通すでもないのに、しばしば目を通す。段に分かれて拾い読みしやすいといえばそうなのだが、それは『伊勢』も『枕』も同じこと、そこが特徴なのではなくて、その言葉をチューインガムにしたまま、散歩に出たり、車窓の外を眺められるのが『徒然草』なのだ。読み耽るわけではなく、口に入れたまま読める。
 それが本を噛むということだ。
 これを教えてくれたのは意外にも与謝野晶子である。晶子の『徒然草』現代語訳を読んで、その含蓄にひたすら驚いた。それがずっと残響して『徒然草』を何度も読めるようにしてくれた。ちなみにあえて断言しておくが、いまもって晶子を凌駕する現代語訳の文はない。
 しかし噛むのではなく、この文章を考えるということになると、また別のおこないということになる。かつて小林秀雄が書いたことも、そういうときは重しのようにのしかかる。

 かつて『徒然草』は煩わしかった。
 日本のアタラクシアを書いているはずなのに、この人にはアタラクシアがないと見えた。
 説教臭いのである。うるさいのである。もっと静かに観照できないのかとおもった。ところが、これはまちがっていた。若気の至りだった。兼好こそは煩わしいものを遠ざけ、うるさいものをマスキングすることを発見していた。
 そういうことに気がついたのは、たとえば「夜に入りて物のはえなしといふ人いと口おし」で始まる第一九一段で、物事は昼に見るより夜に見たほうがよく見えるのだということを指摘しているあたりの感覚がわかるようになってからである。
 兼好は「人のけしきも夜のほかげぞ、よきはよく」、「にほひもものの音も、ただ夜ぞひときわめでたき」とした。夜の灯でかえって目立つものの美しさを言っているのではなく、夜でなければ見えない色、聞こえない音を言っている。これは昼をマスキングする必要がある。どこかに隠す必要がある。その役を兼好は『徒然草』全二四三段をもって買って出た。

 第七五段がこれらのことを了解する支点となった段である。「つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ」と書き出して、世の連中がつれづれになれない感覚、すなわち「じっとしていられなくなる感覚」はどういうものかと問うた。
 兼好が言うには、世間の動向に調子をあわせれば、心はたえず外界にとらわれて惑いやすく、人と交際すると交わす言葉はきまって相手に気を配っているのだから、めったに自分の心にはならない。そのうえ人間関係には喜怒哀楽が理由なく生じるから、そのようなものに巻きこまれている自分をおもうと「まどひの上に酔へり、酔の中に夢をなす」というのだ。
 心が迷っているところへもってきて世間のことや相手のことに引きまわされるのだから、さしずめ酔っ払っているうえに夢を見ているようなもので、その中途半端な夢に引っかかったら、これはいたずらに果てしなく迷うだけである。ここは伏せなさい、マスキングしなさい、断ちなさい、見方を変えなさいというのだ。
 これは一言でいえば、「侘び」と「つれづれ」を合わせた批評の確立である。
 無常論ではあるが、単なる無常を詠嘆するというのではない。所在がないということ(つれづれ)を過不足なく説明した。こんなことは、それまで誰もしなかった。近代における文芸批評を確立したかった小林秀雄が気にするのも当然だった。

 あるとき、宗巴の『寿命院抄』を読んだ。それがよかったかどうかはわからない。
 慶長年間に『徒然草』のブームともいうべきがおこり、烏丸光広が句読点や清濁をつけた版本を刊行し、松永貞徳のごときは公開の場で『徒然草』を講じたほどだったのだが、そんな気運があってのことか、秦宗巴は『徒然草寿命院抄』を著した。
 注釈である。注釈ではあるが、仮名草子をつくれるほどの宗巴だから、ハンドリングがいい。正徹本と構成を変えているところもある。諸々おもしろかったが、その総論五条に『徒然草』の本質をまとめた段があって、こう書いていた。

一、兼好得道ノ大意ハ儒・釈・道ノ三ヲ兼備スル
一、草子ノ大体ハ清少納言枕草紙ヲ模シ、多クハ源氏物語ノ詞ヲ用ユ
一、作意ハ老・仏ヲ本トシテ、無常ヲ観ジ名聞ヲ離レ、専ラ無為ヲ楽シム事ヲ勧メ、傍ラ節序ノ風景ヲ翫ビ、物ノ情ヲ知ラシムル

 儒・仏・道、とりわけ仏教と道教を借りて無常を観じ、無為の境地を遊んで「もののあはれ」の感想を、自然や物事の推移とともに綴ったものだというのである。
 いまの学者はなかなかこんなふうに竹を伐るようには要約できるものではないが、あまりに集約しすぎているところもある。
 このあと、林羅山が『野槌』を、貞徳が『なぐさみ草』を、北村季吟も『徒然草文段抄』を書くので、それらの寛文期の注釈とくらべてみるとわかるが、宗巴のほうが一般性に富んでいる。
 しかしながら、この宗巴の指摘が兼好の本意だったかどうかは、検討の余地がある。

 たしかに兼好は「人は、ただ、無常の、身に迫りぬる事を心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり」(四九)、「無常の来る事は、水火の攻むるよりも速かに、のがれ難きもの」(五九)、また「閑かなる山の奥、無常の敵競ひ来らざらんや」(一三七)と綴った。
 おそらく「無常」という言葉をそのままつかっているのはこの三段だけだとおもうが、それ以外にも似たような指摘や話はいくらも出てくる。どう見ても『徒然草』が無常を扱ったことは否めない。最後に近い第二四一段の「望月のまどかなること」でも、如幻の生を嘆いてみせて、無常観を説いた。
 けれども、そこから宗巴のいうように「もののあはれ」にまで進めるかというと、そこがあやしい。

 数えたことはないけれど、「あはれ」という言葉をつかっている回数をいうなら「無常」より「あはれ」のほうが多いであろう。とくに前半には「もののあはれ」という言葉づかいが多い。
 しかし、兼好のいう「あはれ」や「もののあはれ」は世の連中と価値観を交わすときの合言葉のようなものではなかったか。「どうですか、お忙しいですか」「儲かりまっか」「みなさん、お元気ですか」と言うように、「秋ですねえ、それで、もののあはれは?」と言っている。また、そのように「あはれ」を費いきることが兼好の気分だったようにも見える。
 では、無常のほうはどうかというと、これは無常それ自体の仏教的事情よりも、無常の前後をよく凝視してみたのである。そう言いたくなるものが兼好にはあった。そこは宗巴のいうようには兼好は一般化をしなかった。

 兼好は「もののあはれ」を思索するところにまでは進まない。そこは宣長までは進まないのだ。
 進まないから、では無常思想が限界しているかというと、まさに限界している。しかし、そこに限界していることこそが実は『徒然草』の本懐なのである。そして、そこに限界しつづけるところ、その視界がつねに絞られていることが、何度でも『徒然草』が読める所以にもなる。

 兼好にディマケーションがあるということだろう。
 ディマケーションとは「分界」ということであるが、大和絵でいえば画面に金雲をたなびかせて伏せ場をつくったり、絵巻に斜めの区切りを入れて転換をはかったり、等伯や宗達のように平気で余白をとって、他の事象との関係を自立させたりすることをいう。日本語にはこれを巧みにあわわす「配当」とか「割り当て」という言葉があったものだ。日本に和歌俳諧などの短詩型文芸がおおいに発達したのも、このディマケーションによる。ここには律動と意味がふたつながらディマケーションした。
 兼好は、無常という光景や顛末をこのような限界を通して語ったのである。
 世の全貌に無常の網をかけようというのではなかった。無常は世の部分であって、だからこそその部分が超部分になっている。さきにあげた第二四一段の話も、実はよく読めば、限りない願望と限りある無常とが比較並列されている。そのうえで限界としての無常が超部分になりうると綴った。

 かくて兼好は時の流れに目を凝らし、耳を澄ました。
 目を凝らし耳を澄まして、それでどういうことが見えてきたか聞こえてきたかということは、案外、熱心には綴らない。見えたものや聞こえたところを切り取って、その切り取りにあたっては前後を綴る。そういう編集の方法なのである。ただ、そのときにちょっと工夫をした。時の前後をゆするといったらいいだろうか。
 このフラクチエーションが『徒然草』をおもしろくさせた。時が動くのだ。

 その「時」が読み手のこちらにふいに上がりこんでくる。まるで縁側で一杯お茶を飲むかのような風情で、上がりこんでくる。そうすると、こちらも、まあ、一杯どうですか、そろそろ秋めきましたなあ、と言いたい気になってくる。そういう会話が思わず、こちらの手元に綻(ほころ)んでくるわけなのだ。ただし、そのお茶が無常というもののお茶なのである。『徒然草』を読むとそういう気にさせられる。
 それは読む者にもたらす「綻び」である。向こうからこちらに加わった綻びで、ゆるみで、つまりはフラクチエーション(揺動)なのだ。
 それでは、今日の結論。『徒然草』は「滅びの文学」ではなく、「綻びの文学」である。いってみればそれは「綻びのチューインガム」なのだ。

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