アリストテレス
形而上学|上・下
岩波文庫 1979
ISBN:4003360435
ΑРΙΣТОТЕΛОΥΣ
ТΑ ΜΕТΑ ТΑ ФΥΣΙΚΑ 紀元前
[訳]出隆

 アリストテレスの父親をニコマコスという。医者だった。その父から生物学的な影響をうけた。これがのちの『動物論』の快挙につながる。17歳でアカデメイアに入った。学頭のプラトンは60歳をこえていた
 20年にわたるアカデメイアの学習と研究をへたとき、プラトンが死ぬ。40歳以上の年令差がアリストテレスを“プラトン越え”に向かわせた。アリストテレスは最初にプラトンに傾倒し、最初にプラトン峠を越えた男であったのだ。
 アリストテレスにも功名心はある。アカデメイアの第2代の学頭にはアリストテレスの名もあがり、そういう出世に期待もした。が、学頭にはプラトンの甥のスペウシッポスが就いた。これでアリストテレスはアテナイを去る決心をする。アカデメイアの学頭になっていたら、きっとアンドレ・マルローか矢内原伊作みたいになっていただろう。
 アリストテレスはアテナイを離れた。そして、ここからの遍歴がアリストテレスの思索の足腰をつくった。小アジアのアソス、マケドニア、レスボス島などをまわって自然研究の根拠をつかむ。レスボス島はフィリッポス2世の招待で、そこで少年アレクサンドロスに出会って養育係をつとめた。

 アテナイに戻ったアリストテレスが最初にしたことはリュケイオンに学園をおこすことだった。大半のアリストテレスの著述はこのリュケイオンの森の産物である。そのため、ここは学園アカデメイアに対してリュケイオン学園とよばれた。
 リュケイオンの目的ははっきりしている。存在の本質に関する研究と教育だ。それも3点にしぼっていた。
 第1には「学というものがどのような領域をもちうるかを計画するための研究」、第2には「国家というものが必要とするすべての情報を収集するための研究」、第3に「未知の自然をあきらかにするための資料収集と研究」である。
 ようするに「計画を計画する研究」というものだ。もう少しいいかえれば、「何かを計画的に研究するための計画を入れるシステムの研究」というものだった。ただし、すべての作業に情報収集とその組み替えが含まれていた。

 ぼくは「体系」を嫌っている。体系は「全体としての病気」を志向するからだ。そこで「過程」と「断片」を愛するのだが、このぼくの好みからするとアリストテレスほど遠い人はいない。
 長らくそう思ってきた。なんといってもアリストテレスは体系の人であるとみなされてきたからだ。それがアリストテレスの体系と見えたものが自在に組み直せることを知るにつれ、またぼく自身が「編集可能なシステム」に関心を寄せるようになるにつれ、アリストテレスの読み方も変わってきた。
 こういうことをぼくに示唆したのは、意外なことにダーシー・トムソンである。バウハウスの連中がこぞって瞠目した、あの『形態と成長』の著者だ。トムソンには動物論を通したすぐれたアリストテレス研究者でもあって、ぼくはそれを読んで目を開いた。「研究の組織化」という論文だったかとおもうが、いまは手元にない。

 それはともかく、そんなこともあって、堅いアリストテレスはしだいに柔らかいアリストテレスになっていった。
 これはアリストテレスがプラトニズムを脱却していったプロセスときっと関係があるだろう。『エウデモス』あたりですでにプラトン哲学に対するプリゴラージュ(修繕)あるいは編集が始まっているからだ。
 そこで、ぼくはアリストテレスを学問や哲学のコンテンツとして読むということとは別に、むしろ「アリストテレスのコンテンツをぼくが想定したシステムの上で動かせるようにすること」に興味をもった。
 以下はそういうことを夢想して、ちょっとしたコンピュータ工学の助けを借りて遊んでいたころの、ぼくなりのアリストテレス・システムの外観からの“おつまみ”である。

 結局、アリストテレスの出発点はプラトンのイデアの議論を批判するところにあった。それを一言でいうのは困難だが、わかりやすくいえばプラトンが存在の本質をイデアとして外に象徴したのに対して、アリストテレスは存在の本質を内に見つけようとした。そんなふうにいえる。
 ぼくはそれでもイデアはイデアとして外にあっていいと思っているが、それはアリストテレスの議論とはまた別のことで、この話をするにはネオプラトニズムの歴史を追うことになる。だからここではその話はしない。
 いずれにしてもアリストテレスは存在を自身の内側に捉えて、そのうえで、実体(ウーシア)と形相(エイドス)と現象(パイノメナ)を持ち出した。これは「存在とは何か」を尽くすにあたってアリストテレスが用意した三種のプログラミング言語とでもいうものである。ただし、これらは相互にコンパチブルである必要がある。著作の3分の1くらいがこのコンパチブルを求めて著された。

 そのコンパチブルなプログラミング言語を使ってアリストテレスがどういうシステム観をもったかというと、3つの「学」の領域のようなものを設定した。
 テオリア(観相)の学、プラクシス(行為)の学、そしてポイエーシス(制作)の学である。
 テオリアでは神や自然を観相し、プラクシスでは人間の行為の全般を考え、ポイエーシスでは詩人や職人の表現技術を問題にする。そういう学問の計画のための分類領域をつくった。

 学問ふうにいえばそういうことになるが、システム工学的あるいは編集工学的にいえば、この3つはそれぞれ3つのOSがあるということなのである。アリストテレスならこの3つのOSをまたぐ思索もしそうなものだが、それはしなかった(そこがアリストテレスを難解にしている原因で、ぼくには柔らかいアリストテレスを発想できる原因だった)。
 代わりにアリストテレスは、このそれぞれのOSに乗るキラー・ソフトをいくつか開発するほうに賭けた。
 それが範疇学(カテゴリアイ)と論理学(ディアレクティケー)と、そして形而上学(メタフィシカ)というものである。

 アリストテレスが範疇学を動かすためにあげた編集素は、ぼくには編集工学を構想するときの、いろいろのヒントとなった。
 翻訳が変かもしれないが、その編集素とは、「実体、量、性質づけ、関係、場所、時、状況、所持、能動、受動」というものだ。なかで場所はローカスである。このローカスからローカルという言葉が生まれる。
 この編集素は、主語というものがどのように述語づけられるかということの、アリストテレスなりのフックである。ITふうにはさしずめアリストテレス・ブラウザーの10機能といったらいいだろうか。
 ついでアリストテレスは論理学を明示化する。例の三段論法が有名だが、のちのヘーゲルの大論理学がものすごい様相を呈したように、アリストテレスの論理学に分け入るのは容易ではない。ただぼくは、編集工学研究所の所内LANにおいて、この論理学の基礎的背景からスタッフ間の学習が始まることを想定して、しばらくアリストテレスを解説していた。ついでにいえば、そのときのやりとりが「ISIS編集学校」の原型になったのだ。

 そこでやっと形而上学である。
 実はアリストテレスの著作には『形而上学』という文献名は見当たらない。のちに編集されてこうなった。
 こうなったというのは、「フィシカの次にくるもの」として「メタフィシカ」という括りが与えられたということだ。アリストテレス自身は「われわれの求めているところの第一の哲学」などと書いている。
 その第一の哲学としての『形而上学』は、ぼくが想定しているアリストテレス・システムでいえば、階梯、すなわち意識レイヤーの階層構造化とその説明にあたる。まさに空海の『十住心論』がそうであったように、人間の存在としての知恵(知識ではない)が、感覚知から始まって記憶知をアーカイブとしてつかいつつ、そこから経験知や技術知をへてしだいにステップアップする。その階梯的なアーキテクチャの略図ともいうべきが第1章で述べられるのだ。これをふつうはエピステーメー(認識学)の提示という。
 ここはいわば、全体のポータルである。

 ついで第2章で、そのようにしてステップアップした知恵の特性を6点にわたって述べて、そのうえでこの知恵の最終的な資質が純粋無雑であることが表明される。
 次の第3と第4章は、そのようなステップアップは、そもそもギリシア哲学の発達史とも重なっていたことを、タレスからデモクリトスにおよぶ流れで説明する。ここは空海の『十住心論』が第一異生心から第五抜業心の小乗的な声聞縁覚までを解説してみせた前半部分とそっくりである。つまりここからはクロニクルにアーキテクチャを縦断できるようになっている。

 ときどきダンジョンに入っていくこともできる。
 それが第5章でピタゴラスやエレア学派を解説しているところ、第6章のプラトン哲学の“総まくり”にあたる。が、ただカード解説のように説明されているのではなく、このダンジョンに入ると、そこにはまた小さな階層構造が用意されていて、そこを分け入るとヘラクレイトスの流転構造などとプラトン哲学との歴史的な関係が辿れるようになっている。あくまでマルチレイヤー的で、アーカイブ的なのだ。
 第7章と第8章は、以上のステップアップ型の階層構造の哲学コンテンツが、そもそもいったいどのような関係をもちあっているかということを、あらためて組み直せるしくみになっている。
 いわば、コンテンツのキーワードをめぐるシソーラスやコノテーションを示しあえる辞書なのだ。

 これで『形而上学』のシステム叙述がおわりかというと、これでまだ半分なのである。これまでのところをAシステムとすれば、このほかにBシステムがある。
 めんどうくさいので省略するが、もう半分のBシステムは、以上のすべてのコンテンツを入れこんだシステムに対して、次々に難問をぶつけて、これに答えていくようになっている。つまりBシステムはFAQモードになっていて、その質問のヴィークルに乗ってAシステムを縦横に走りまわれるようにしたものなのだ。
 ようするにQ&Aモードが併設されているのである。これをアリストテレス研究者は「難問集」とよんできた。

 もって恐るべき用意周到といわなければならない。実はそのようにアリストテレスで遊び呆けたぼくこそが恐るべしなんだけれど、ね。

参考¶アリストテレスの全著作については岩波の全17巻の全集がすべてで唯一であるが、その他いろいろ翻訳が単立しているほか、中公の「世界の名著」や筑摩の「世界古典文学全集」のたぐいでも主要なものが読める。解説書も田中美知太郎、出隆、西谷啓治、藤井義夫をはじめ、戦前からけっこうな量が出ているものの、本書の岩波文庫版『形而上学』の出隆の解説がそうであるように、一般読者には何を書いているのかほとんどわからないものが多い。では、何か適当な解説書があるかというと、これが見当たらない。いろいろ遊んでいるうちに何かを発見するしかないはずである。


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