スティーブン・ホーキング
ホーキング、宇宙を語る
早川書房 1989
ISBN:4152034017
Stephen Hawking
A Brief History of Time 1988
[訳]林一

 ホーキングは小さかった。ぼくが会場の最後列に立っていたからだ。有楽町マリオンは超満員だった。ぼくはそんな日にかぎって必ず介入してくるちょっとした都合で、そこへ遅れて入った。
 ステージの中央にスティーブン・ホーキングが特殊な車椅子にへたばるようにして人工音声を発していた。いったいどこから響いているのか。ホーキングは車椅子、というよりも精密きわまりない個人用ヴィークルといったほうがよさそうなのだが、その構造に体を海老のように斜めに寄せ倒しながら、世界で唯一のキーボードを打っているように見えた。それがどこにもアリバイのない機械のような声になり、会場を響かせていた。その人工音声化した英語を、さらに木幡和枝がイヤホンで日本語に通訳していた。
 衝撃的だった。話はどうでもよかった。この遠くのステージで何かをしている“生き物”が現代科学の最終目標のひとつである「全宇宙を記述する単一の理論」にただ一人敢然と挑戦しているのかとおもうと、胸が熱くなった。

 ホーキングが試みてきたことは、宇宙総体の大きさにかかわる尺度の構造をあらわす相対性理論と、極度に小さい尺度の現象をあらわす量子力学とを組み合わせて、これまで誰もが成功していない理論を提出することだった。
 今日の科学では、相対性理論と量子力学の両方のすべてが正しいということは、ありえない。しかしどちらかが完全にまちがっているなどということも、ありえない。そこで両者をとりこんだ理論が要請される。これがアインシュタインの晩年このかた追求されてきた統一理論というものだ。それは仮に「重力の量子論」であろうというふうにいわれてきた。
 むろん誰もその理論をつくってはいないのだが、つくる前から、そのような理論は根本的な矛盾に見舞われるだろうという予想がついている。なぜなら、もし完全な統一理論(GUT)ができるとすると、そこにはわれわれの行為もたぶん決定されていることになるはずで、そうだとすれば、この理論を探求して得られる結論や結果は、この理論自体が内包しているものだということになり、この理論への到達が不可能になるからである。

 ホーキングが最初に着手したのは、この根本的な矛盾から脱出することだった。それは次のような、どこか過剰に自尊に満ちたものだった。
 自己増殖する有機体のどんな集団であれ、その中の個体がもっている遺伝材料と生育状態には変化の幅がある。このことはある個体が他の個体よりも上手にまわりの世界に対する正しい結論を引き出しうることを意味する。このような個体は生き残って繁殖する見込みが大きいから、やがてはその行動と思考のパターンがまわりの世界を記述するに足りるところまで成熟することが考えられる。
 そうだとすれば、統一理論は、そのような行動と思考の究極的なしくみにもとづきさえすれば、生まれるはずのものなのである。

 本書の著述(といっても、「リヴィングセンター」という専用コンピュータプログラムとスピーチプラス社が特別設計した音声合成装置による組み合わせの記号が、さらに何人かの手をへて英語になったわけであるが)は、最初はアインシュタインの相対性理論とハイゼンベルクの不確定性原理とビッグバン理論のユニークな解説なのだが、160ページをすぎるころから、俄然、おもしろくなる。
 宇宙の大局には相対性理論が適用できるが、そこには不確定性原理は入っていない。これは一緒に考えるべきである。では、どう考えればいいのか。そのことを求めてホーキングはゆるぎない自信をもって仮説の渦中に入る。その矢先、こういう決意がのべられる。「われわれが存在するがゆえにこそ、われわれは宇宙がこのようなかたちであることを知るのである」。
 ホーキングはまず宇宙インフレーション理論の限界を指摘し、ついで泡宇宙の問題を整理する。泡宇宙というのは、宇宙には相転移がおこりうるのだが、そのなかには破れた対称性による“泡”のような現象が古い相のなかに生じることがあるというもので、アラン・グースや佐藤勝彦が言い出した。しかし、宇宙があまりにもはやく膨張していると、泡がたとえ光速で成長しても互いに離れてしまって“合体”がおこりにくいのではないかと、ホーキングは考えた。実際にも、宇宙の一部の領域に異なる力のあいだの対称性が残響しているはずなのだが、それは見えないからである。
 ついでアンドレイ・リンデらの新インフレーション理論の限界を説明する。新インフレーション理論は「緩慢な対称性の破れ」という卓抜なアイディアにもとづいたものだが、へたをすると泡のほうが宇宙より大きくなるか、バックグラウンド輻射に大きなゆらぎがあることになるという欠陥がある。そこでリンデもカオス的インフレーションによる仮説にとりくんだ。これには相転移や過冷却がないかわりにスピン0の場が入っている。
 ホーキングはこれには半ば賛意を示す。宇宙がきわめて多様に異なった初期配置から生じただろうという仮説がもっともなことに見えるからだった。しかしまだ不満なところもいろいろあった。

 こうしてホーキングはロジャー・ペンローズとともに証明した有名な特異点定理を持ち出し、これによって現状の宇宙論に修正を加えていくことにする。
 特異点定理は“時間のはじまり”が無限大の密度と時空歪曲率によって生じた特異点だったのではないかというもので、一世を風靡した(千夜千冊0004参照)。ここからホーキングは量子重力効果が大きくなればなるほど重力場が強くなるという可能性を導き出していく。
 試みてみると、なかなかうまく進まない。やはり量子力学と重力の相性が悪いのだ。そこでひらめいたのが虚時間の導入である。それをファインマンの経歴総和法をヒントに試してみた。やってみるといろいろおもしろい。時間と空間の区別がまったくなくなるし、その大きさは有限ではあるけれど“無境界”であるらしい。これはいけるというので、組み立てが始まった。虚時間とは、時間を0まで戻すのでは、宇宙に「無」が入ってしまうので(これがアレキサンダー・ビレンキンの仮説)、それ以前、すなわち0以前まで考えようという発想でもあった。
 これでだいたいの外観がつかめた。まとめると、こういうふうになる。
 宇宙はほぼ100億年ないしは200億年前には最小の大きさで、そこでは虚時間の経歴の半径は最大だったにちがいない。そこは有限であるが、境界がなく、したがって特異点はなかった。やがて宇宙に実時間が動きだし、そこからカオス的なインフレーションによる急速な膨張がおこっていく。宇宙は再崩壊を避けられる臨界速度にごく近い速度で膨張し、きわめて長い期間の再崩壊をおこさなくなった。

 しかし、これではホーキングのヴィジョンはおさまらない。これだけの話では、宇宙の片隅になぜ知的生命が偶発的に発現したかがわからない。それがわからないと、なぜ人間が考える宇宙の全貌がこのようなものになってきたかという最後の説明の辻褄があわないからである。
 ホーキングは本書の最後で、この問題を説明する。そして、実は時間の矢には3つの種類があったのではないかと仮説する。
 第1のものは「宇宙が膨張する方向に進む時間の矢」、第2のものは「無秩序を増大させる熱力学的な時間の矢」、そして第3のものは「われわれが未来ではなく過去を憶えている方向にある時間の矢」というものだ。第2の矢と第3の矢はほぼ重なっている。
 もし、時間の矢がこのようになっているとすれば、宇宙の膨張が無秩序の増大をひきおこしているのではなく、むしろ無境界条件が無秩序を増大させたのだ。そして、宇宙における知的生命は宇宙の膨張期だけに出現するということになる。そして、われわれが宇宙をこのように見てきたという理由にもおおざっぱな説明がつくことになる‥。

 ホーキングはオックスフォードを首席で卒業し、ケンブリッジの大学院に進んだところで筋萎縮性側索硬化症(ALS)にかかり、あと数年の命だと宣告された。
 これはなんとか一命をとりとめたが、今度は1985年に重度の肺炎に襲われて気管切開手術をし、「意志伝達がほとんど不可能になった」のだ。本書にはこのホーキングを襲った事態の前後の経緯についても冒頭で説明がある。なぜなら、本書はこの激変以前に執筆に入っていたからである。このときホーキングを救ったのが学生のブライアン・ホイットだったようだ。
 ホイットはワーズプラス社が開発した「リヴィングセンター」とよばれるコンピュータプログラムをホーキング用につくりあげ、スピーチプラス社の音声合成装置を加工した。もう一人、デーヴィッド・メイスンがこうした一連の装置と車椅子を合体していった。一挙的な仕事だったという。
 本書を読むと、こうした危機回避が、ホーキングの理論形成上でも何度もおこっている。この“アインシュタインの再来”とよばれた男は、実に多くの科学者たちとの水際だったコラボレーションをなしとげてきた。本書を読むたのしみは、この科学的共同思考のドラマを“観劇”するということにもある。

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