平田俊子詩集

平田俊子

思潮社 1999

 読書だって食べ物である。食べ物だから御馳走もあるしジャンクフードもある。おいしい懐石の途中でじゃがりこを食べることはしないが、じゃがりこを食べるとおいしい夜更けというものもある。その夜更けは懐石など食べる気にならない。本によっては、炒めて食べるとか、冷やして食べるとか、そういう食べ方もある。関連書を先に読んで、それから入ることもある。
 読書にはいろいろの読みようがある。音楽だって、そうだ。一番好きなものを聞くとはかぎらない。ラジオから流れっぱなしのときもあるし、知り合いのリサイタルでは音楽を聞いていながらも、ほとんど他のことを感じていることもある。
 平田俊子の『ラッキョウの恩返し』(思潮社)が出たときは、コンビニでおいしそうな新製品を買うように、すぐに食べた。いま奥付を見ると一九八四年の初版だから、ぼくが麻布に引っ越してまもないころで、人生のなかで最も余裕があった時期だ。
 その『ラッキョウの恩返し』には「そうじの科学」という詩があって「縦十五歩 横三歩 高さ五歩」の部屋のことが、出てくる。そして突然「宇宙は部屋に化けそこなった」とか「花は一本もないが ブラックホールがひとつある どうです すてきでしょう」とあった。そうか、こういうジャコダシ味のカップラーメンも出たのか、また見つけたら買っておこうとおもった。
 そのうち今度は『アトランティスは水くさい!』(書肆山田)が出た。そのなかに「縄に棲む鬼」があって、次のように始まっていた。
 
  背も血圧も高い男が
  高気圧のもと あえなく逝った
  血圧のひくいちびのわたしに 少し
  分けてくれる約束でしたが
  遺言の中に見当たりませんか
 
 これを買って食べた。前よりピリ辛の味付けになっていて、うんまあ、こういう絵空事があるのはいいなと思えた。次に『夜ごとふとる女』(思潮社)が店に並んだときは、パラパラと見て、買うのをやめた。やめたが、のちに本書の中で「女の一生あるいは中山厚子」や「雨傘期」に出会って、びっくりした。「雨傘期」には、こんな一節がある。

  「雨傘期」
  とそれだけ書いて
  それに続く番地、氏名の一切を省略してしまう
  つまり「雨傘期」は
  わたくしの住所、氏名の短縮ダイヤルなのである
  「雨傘期」
  と言ったって
  ひとびとが手に手に雨傘をさして出歩く季節は
  そうながくは続かない
  あまぐもはコーベあたりで散財し
  財布の底をはたくので
  アマガサキに着く頃には
  わずかな雨量の持ち合わせしかない

 その後、しばらく平田俊子本舗のことを忘れていた。読書というものは、その本棚の前に体が進むという前戯からはじまるので、詩集の本棚などに行きたくないときはずうっと詩集から遠ざかる。
 ところがある日に、街の初めて入る書店の新刊書の棚に、平田俊子『(お)もろい夫婦』という一冊が飾ってあって、これは手を出してしまった。「雪見だいふく」とか「カラムーチョ」といったネーミングに似たタイトルの勝利であろう。ぽつぽつ食べ始めていると、お好みあられよろしく袋の中にいろいろ入っている。「二元師走草紙」が食べ頃になっていた。

 平田の詩には言葉を日々の出入りにすべりこませるようなところがあって、そこがニヤニヤさせる。街の信号機を見たり、聴診器がほしくなったり、ドアをすり抜けたりするたびに、言葉が動く。詩集『ターミナル』(思潮社)の「あいさつは大事」では、こんなふうだ。
 
  橋を渡ろうとするときは
  「通してください」とあいさつなさい
  でないと半分渡ったときに
  橋はふたつに割れるでしょう

  車に乗ろうとするときは
  「乗せてください」とあいさつなさい
  でないとシートにすわったとたん
  タイヤの空気がぬけるでしょう
  (略)
  ベッドで寝ようとするときは
  「寝かせてください」とあいさつなさい
  でないとぐっすり眠っている間に
  ベッドは棺桶になるでしょう

 本書はこのシリーズの掟にしたがって、詩人のいくつかの詩集から選んだ作品で構成されているが、ぼくが読んだことのないエッセイや、笙野頼子や伊藤比呂美や富岡多恵子の平田俊子小論ともいうべきが載っていて、これが特別のおまけのように得な気分になる。
 とくに伊藤比呂美の平田についての感想は、本書にかぎっては笙野も富岡をも凌駕していた。吉増剛造の平田についての感想も入っているが、これは書かないほうがよかったという平田論である。吉増はコンビニに行ったことがないのであろう。
 平田自身のエッセイでは、平田がはじめて東京の詩人の授賞式パーティに呼ばれ、草野心平から「きみの目はだめだな」と言われたシーンを綴った一文が、妙に忘れられない。ぼくが高内壮介に連れられて新宿のバー「学校」で草野心平に会ったときは、「ああ、高内君からよく聞いていたよ。遊だろ、教育テレビにならないようになあ」だった。お互いに、心平さんのカエルに呑まれないようにしたいものだ。