尾佐竹猛
下等百科辞典
批評社 1999
ISBN:4826502761
[校訂]礫川全次

 最近の礫川全次の仕事にはめざましいものがある。礫川は歴史民俗学研究会を主宰するノンフィクションライターで、『サンカと説教強盗』『戦後ニッポン犯罪史』『大津事件と明治天皇』(いずれも批評社)などの仔細な著書があるのだが、尾佐竹猛の旧著の発掘と編集でも群を抜く仕事をしている。『賭博と掏摸の研究』(総葉社書店)が一世を風靡した。
 最近の尾佐竹ものの編集刊行物はいずれも批評社が版元で、本書のほかにも『明治秘史・疑獄難獄』『法曹珍話・閻魔帳』『法窓秘聞』などが刊行された。これらは刊行まもない昭和十年前後からまったく水面下に眠っていた著作ばかりである。

 尾佐竹猛は明治十三年に石川県の羽咋に生まれて、明治法律学校(のちの明治大学)を出たのちは、地方裁判所判事、大審院判事をへて明大法学部教授となった日本憲政史の泰斗である。『日本憲政史』『日本憲政史大綱』(日本評論社)などの主著がある。
 その一方で明治文化の本格的な研究者でもあった。とくに一九二四年に石井研堂・吉野作造・宮武外骨・小野秀雄・藤井甚太郎らとつくった「明治文化研究会」が重要である。この研究会は「新旧時代」という機関誌を出し(のちに「明治文化研究」となる)、そのうえで『明治文化全集』全二四巻(日本評論社)を編集刊行してみせた。それだけではない。一九三四年からは『季刊明治文化研究』全六輯を編集し、さらに『幕末明治新聞全集』全五巻(大誠堂)を刊行した。
 ぼくが尾佐竹の著作に最初にふれたのは、アウトローの研究書として名高い『賭博と掏摸の研究』だが、この人がこれほど懐の深い明治文化研究をしているとは、当時は知らなかった。ことに法曹研究の第一人者であったことは、山田風太郎が「ぼくが明治小説を次々に書くにあたっての最大の材料だった」と告白するまで、まったく気がつかない始末であった。
 
 だいたい尾佐竹は自分でしゃあしゃあと「無用学博士」と自称するだけあって、およそ実用とか正統とか系譜などというものを超えている。よくもそんな趣味をもっていて法学に君臨したものだが、そこが昨今の堅い連中とは格がちがっていた。南方熊楠がそうであったように、すべての情報が、それがどんなに無用なものに見えようとも、見捨てておけない人なのである。
 学者や研究者やコレクターにはもともと二つの人種がある。ひとつは将棋でいえば飛車や金を中心にコトを進め、相手の大駒も取ってしまうタイプだ。もうひとつは徹底して歩で進め、歩をと金にしてしまうというタイプで、尾佐竹はむろん後者のタイプに属する。狩野亨吉などもこのタイプであろう。

 こういう尾佐竹の研究成果の最もわかりやすいリプレゼンテーションが、本書『下等百科辞典』だった。これは一九一〇年から一九一八年にかけて「法律新聞」に一三六回にわたって連載されたもので、一種の隠語辞典である。ヤクザ、賭博師、テキヤ、詐欺師、犯罪者、遊郭業界の者、花柳界の者、警察関係者、相場師たちがつかう隠語や符丁や造語が、とことん集められている。
 おそらくはその大半が死語になっている。それだけに、これらの隠語の集積は時代の偉大な証言であり、カメラに撮れない生きた歴史であり、社会の裏面に磨ききった鏡を突っこんだアンダー・エンサイクロペディアなのである。「おいちょかぶ」や「どぼん」しか知らない世代には、見当もつかないというか、めくるめくというか、想像を絶するトリビアルな世界であるだろう。
 あまりに夥しい隠語の放列だが、ここではたったひとつだけ紹介しておく。「地見」という隠語がある。ジミと読む。これは「鉄拾い」「アヒル」と同様の言葉で、遺失物横領業者のことである。「鉄拾い」「アヒル」は主に船住居の者たちの隠語らしいが、この一語だけでも底辺がなかなか広い。
 尾佐竹はこの隠語が明治にできたものだという通説を覆した。すでに勝海舟の『氷川清話』に出てくるという。海舟は「地見と云ふは、地を見て金の落ちたり隠したりしてある処を探し当てて、商売にするものだよ」と言っている。尾佐竹は地見は屑屋と異なることを強調する。なぜなら屑屋は公認の職業だが、地見は遺失物横領をする。これは横領という営業でもあったのだという。尾佐竹はこれを法学者らしく「遺失物横領営業者」と名付けた。なかでも有名なのが明治初期に活躍した甲州安、新宿の狸、千住の二厘とよばれた男たちだったという。
 かれらは斯界の名人だったらしい。いずれも場末のどこかに居をさだめて、夜中の三時四時になると出没し、盛り場に落ちている金品物品を拾っていった。そして日が高くなるころに古物商や古鉄商に持ち込んで、これらを売りさばく。その収入はけっしてバカにできないものだった。なかで溝を浚ってなにがしかの物品金品を横領するのが「アヒル」とよばれる特殊部隊らしい。と、まあ、こんな調子なのだ。これらの隠語の説明は各項目で縦横に交差する。たとえば「地見」たちはこうして街に落ちているものを拾って生活の糧にしているわけであるが、そのようにナマで物品金品をせしめるかれらの生き方から、実は「現ナマ」という言葉もつくられたのだ、というように。
 それにしても、われわれはこうした隠語の社会を失ってしまったようだ。ヤクザやテキヤがいいとは言わないが(いや、言いたいが)、芸能界やテレビ屋のジャーゴンばかりが罷り通る御時世には、尾佐竹猛も意気消沈したことだろうとおもうと、なんともやるせない。

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