シャルル・ペロー
長靴をはいた猫
大和書房 1973
ISBN:4309460577
Charles Perrault
Contes de Perrault 1695
[訳]澁澤龍彦

 澁澤龍彦の訳である。それで読んだ。
 誰もがそうであるように、ペローの童話は『赤ずきん』も『眠れる森の美女』も『青ひげ』も『親指太郎』も子供のころからなんとなく、いつとはなしに読んではいたけれど、こういうものをちゃんと読むことはしないものである。
 だいたい『赤ずきん』なんてペローのものを読んだのか、グリムのものなのか(両方が採取編集している)、それとも日本の絵本作家のリライトなのかなんてことは、ずっと知らなかった。そういうことがわかったのはずっとのちのことで、それはそれで文学としての童話の意味が見えてはきたが、しかしナラトロジー(物語学)を齧るようになってからは、グリム童話の変遷やら言語学やらに付き合うようになって、今度は童話をたのしむ目がなくなっていた。
 だからペローをちょうど大人になったぴったんこの気分で、過不足なく読んだというのは、この澁澤龍彦訳を読んだころだけが最も素直だったのではないかとおもう。それもペローを読もうと思ったのではなく、澁澤龍彦で読んだ。訳者の魅力と知力で本が読めるというのは、まことにありがたい。
 おかげで、のちにのべるように、ぼくはこれで初めてペローを考えるようになったのだ。

 この本、いまは懐かしい「夢の王国」というシリーズの1冊である。たしか15冊くらいが刊行されたとおもうのだが、1冊ずつに装画がふんだんに入っていた。
 絵を描いた画家たちも多彩になっていて、レイ・ブラッドベリの『十月の旅人』が上野紀子、加藤郁乎の『膣内楽』が宇野亜喜良、唐十郎の『ズボン』が合田佐和子、稲垣足穂の『タルホフラグメント』がまりの・るうにい、草森紳一の『鳩を食う少女』が大橋歩、矢川澄子の『架空の庭』が中西夏之、そして『長靴をはいた猫』が片山健というふうに。
 片山は長靴猫にちょっとブラックな意匠をつけてみせていた。片目の眼帯だ。澁澤はこのアイディアがダヤン将軍のようで気にいったと「あとがき」に書いている。
 童話のキャラクターをどう描くかは子供にとっても大人にとっても決定的なことで、たとえばアリスや赤ずきんは、もはやあの子たちが昔々あるところにあの髪形、あのスカートの恰好でいたとしか思えないほどになっている。だから長靴猫が片目の眼帯をした親分だか船長だかのようなキャラクターになるのは、文学史や文化史に属する問題になるはずのことなのである。

 さて、『長靴をはいた猫』であるが、これはそうとうに変な話である。猫が主人公であるのはホフマンの『牡猫ムルの冒険』(これが漱石の吾輩猫の原型)からレオノール・フィニの『夢先案内猫』まで、それこそ童話や絵本にはゴマンとあるけれど、そもそも猫が長靴をはくのが変である。
 むしろペローがこの昔話を童話にしたから、世の中の物語という物語の中の猫がいっせいに変な恰好と変な行動をしはじめたと考えるべきなのだ。 
 おそらくは湿地帯や雨が多い地方に伝承された昔話が原型なのだろうけれど、そのわりにはこの猫が長靴を自慢していないのが変である。自慢しないのは、長靴がごくごくふつうのものだったか、それほどに長靴をはくのは当たり前だったということで、そうなると、この昔話の背景には「猫がみんな長靴をはいていた国」があったということになる。

 長靴猫は猫の親方だったということになっている。つまりこの猫はボス猫で、子分がたくさんいたか、周囲で恐れられていた。片山健はそこをとらえて、片目の船長のように仕立てたわけである。
 しかし、この話には子分がまったく出てこない。長靴猫は単独行動犯であり、しかも人間どもを手なづけた。これは変である。
 しかもこの長靴猫はそもそもが財産の分け前だった。粉挽き屋のお父さんが死んで、長男は粉挽き小屋を、次男はロバを、そして三男が長靴猫を財産分与されたのである。
 犬は人につき、猫は家につく、という。そうだとすれば、猫なんて放っておいても家にはいてくれるのだから、これはさしずめ不動産のようなもの、わざわざ分与することはない。では、なぜにまた猫は財産になったのか。いやいや、この話が生まれてきたころに所有権というものが庶民のあいだにも浮上してきたわけなのだ。そう考えたほうがいい。こんなことから中世ヨーロッパにおける「猫の財産」議論などという、けっこう穿ったタイトルの社会経済学の研究もあったものだった。
 が、ぼくには猫が二代にわたって仕えたということが印象的なのだ。きっとこれは「執事のいる社会」のお話だったのだ。長靴猫は執事猫なのである。それが証拠に、この長靴猫は、自分の主人(三男)を“カラバ侯爵”と呼んで敬った。貧乏な青年を侯爵よばわりできるなんて、これはどう見ても執事猫である。

 長靴猫は名うての策略家である。主人が落胆しているのを見て、森に罠を仕掛けてウサギを生け捕りにすると、これを王様に献上して、カラバ侯爵からの贈物でございますと言う。これを何度もくりかえす。鳥やら獣やら、きっとキノコやら。
 長靴猫が策略家だというのは変じゃない。そういうものだろうと思う。むしろ長靴をはいた猫が何もしないほうが気味が悪く、ランボオが喝破したように、「人は何もしていないときに陰謀家になっている」わけなのだ。だから、これはこれでいい。
 話のほうは、この献上物に王様はよろこんで、カラバ侯爵というのはなんて立派な人だろうと思いこむ。ある日、長靴猫は王様が森の川辺を馬車で散策するという情報を聞き付け、これが最大のチャンスだと一計を練る。カラバ侯爵を説得し、川で溺れさせるフリをさせたのだ。これも変ではない。何もそこまで危険なことをさせなくともと思えるというのはこの昔話をみくびっている。馬車が川に通りかかり青年を助け、衣裳が着替えられて、お姫様の横に乗り、その馬車が進むにしたがって、意外な事態が展開することは計算済みなのだ。
 意外な事態というのは、長靴猫が馬車の先まわりをつねにして、通りかがりの農民たちを脅して、「この土地はカラバ侯爵さまのものでございます」と言わしめて、王様をびっくりさせる必要があったからである。こんなふうに主人のために策略をたて、お話は結局は王様の娘の姫をカラバ侯爵に惚れさせるという結末になって、めでたしめでたしなのだけれど、では長靴猫はどうしてこんな策略を思いついたのかということだ。そこが変である。あまりもアタマがよすぎる猫である。

 おそらくは長靴猫はマルセル・モースがのちに気がついた「贈与の意味」を知っていた。おそらく長靴猫は“命と引き換えに”というほどのことをすれば何かがおこるにちがいないという「交換の意味」を知っていた。
 だが、これでは十分ではない。長靴猫が変なのは、いろいろ自分がしでかした計画によって、主人がお姫さまと結婚できることよりも、「国が栄える」ということを知っていたことだった。どうも、長靴猫はアダム・スミスのようなのだ。考えてみれば『赤ずきん』も贈与と交換の物語になっている。これは何といっても変である。ぼくはそんな疑問と発見に身をよじらせて、澁澤ペローの『長靴をはいた猫』を読んだのである。

 ところでシャルル・ペロー(1628~1703)については何もふれなかったが、ペローこそは17世紀フランスの注目すべき論争の立役者であった。
 これは「新旧論争」という有名な論争で、歴史上の最も早期に確立した論争というべきもの、「古代人が優秀なのか、近代人が優秀なのか」という論点で、時代文化社会の総力比較を引っ提げて挑んだ論争だった。ペローは近代人を代表してこの論戦に挑み、4巻にわたる著書を発表して全力を傾注したのだが、その場の決着としては古代派の頭目ニコラス・ボアローに一敗地にまみれたということになっている。ボアローはラシーヌとも親交のあるフランス最初の批評家かつ詩法家で、いささかペローには分が悪かった。
 だが、どうしてどうして、ペローの近代人論こそは次の時代の予告に満ちていた。
 そもそもペローは神学者や建築家を兄弟にもつペロー一家のエースであった。長きにわたって宰相コルベールに仕えてルイ王政を支え、そのうえで古代・近代論争に臨んだのである。
 これでわかるように、長靴猫は実はルイ王朝の中にいて、かつ前方に走り抜けていたシャルル・ペローその人でもあったのだ。走り抜けたぶん、童話が残ったのである。

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