エミール・ゾラ
居酒屋
新潮文庫 1972
ISBN:4102116036
Emile Zola
L'Assommoir 1877
[訳]古賀照一

 ミシェル・セールには『火、そして霧の中の信号、ゾラ』というエッセイがあって、エミール・ゾラが同時代の知の構図を『ルーゴン=マッカール叢書』に埋めこんだ驚異を語っている。
 アンドレ・ジッドは毎年夏になると、その『ルーゴン=マッカール叢書』を一作ずつ読み継いでいたという。毎年夏になるとというところが、ゾラの叢書を読むテンポにふさわしい。ジュリア・クリステヴァは、ゾラには悪と不幸を極限にまで語る可能性が試されていると見た。ジル・ドゥルーズの『意味の論理学』には「ゾラと亀裂」があるのだが、そこではゾラが作中人物の感情によらない文学的構築を試みた理由を探っていた。

 みんなゾラを読んできた。日本ではゾラが爆発したことがないのが不思議なくらいである。
 むろん翻訳の量や版元の事情によるのであって、ここから日本の読書界の特質を云々するわけにはいかないのだろうが、ちょっと気になる。
 作家にとってのゾラの方法は見逃せないはずなのに、これについても小杉天外や永井荷風島崎藤村らを除いて、日本の作家はどうにも淡泊だった。ということは、この三人もまたゾラ的には理解されていないということなのだろうが、ただし、これにはいささか事情がある。
 小林秀雄や中村光夫が日本における自然主義文学の未成熟、ひいては「私小説の空虚」を徹底して批判した。これはかなり当たっている批評で、「西洋的な自我」を借りてきてその歪みや停滞や崩壊を日本の作家が描いたところで仕方がないじゃないかというものである。たしかにこの批判は当たっている。それとともに、この鋭敏な二人に強烈な先手を食らって、作家たちが恐れをなしたといったほうがいい。だから、日本の私小説はその後、ゾラとは異なるところでタクアンの切り口などに人生の味を見いだして、ぬくぬくと羽を伸ばすしかなかった。

 しかし、ゾラの方法はぬくぬくとした風土や日常などというものとはまったく異なっていた。むしろ峻厳だ。
 そこにはドレフュス事件で「作家は告発する」と言い放って行動をおこしたゾラの生真面目で徹底した社会派としての体質も関与していたが、さらにはジャーナリスティックな科学者風の分析癖も関与した。
 そういうゾラを、フェルディナンド・セリーヌは「ゾラの仕事はパストゥールの仕事に匹敵する」と書いていたし、科学技術に関心をもっていたアプトン・シンクレアは「われわれはゾラみたいな作品を書きたいんだ」と言った。アンチロマンの旗手となったミシェル・ビュトールも、「小説の実験はゾラが試みたように、小説そのものの中にある体液によらなければならない」と指摘した。
 もっともこれらは、シンクレアを除いてみんな「フランスの知」によるゾラ賛歌ばかりである。結局、日本ではまだゾラは明らかにされてはいないのだ。

 ゾラは遺伝理論を文学のシンタックスにつかった。作品に流れる血の系譜につかった。それがバルザックの『人間喜劇』に並称される『ルーゴン=マッカール叢書』である。20巻、実に25年にわたる執筆に及んだ。
 文芸的な構想の多くが計画だけか、途中に挫折することが多いなかで(たとえば小田実の全体小説構想)、『ルーゴン=マッカール叢書』ばかりは1871年の第1巻『ルーゴン家の運命』から1893年の第20巻の『パスカル博士』まで、たった一つの家系が生み出した人間の宿命を次々に描いて、その相貌のすべてを刻むことになった。そこには遺伝的宿命が時をまたいで演ずる苛酷な出来事が書き尽くされた。「第二帝政下における一家族の自然的社会的歴史」という副題がつく。ナポレオン3世時代である。
 ゾラは時代の宿命と社会環境の宿命と、そして遺伝的宿命を三つ巴にして描きたかったのである。
 しかし、『ルーゴン=マッカール叢書』は連作とはいえ、それぞれは完全に独立した作品にもなっていた。そのように自立した物語として読まれ、かつ、それらが
“見えない絆” でつながっている
ようにすることがゾラの決意だったのである。それらの作品はいくつもが話題になったが、とりわけ第7巻の『居酒屋』、第9巻の『ナナ』、第13巻『ジェルミナール』、第17巻『獣人』がセンセーショナルな賛否の嵐をおこした。

 ルーゴン=マッカールの家系は、18歳で孤児となったアデライード・フークの血(遺伝子)が発端になる。
 父親が狂死し、アデライードも狂気の血をもったまま比較的健康なルーゴンと結婚して一男をもうけ、ルーゴンの死後はアルコール中毒者マッカールと通じて一男一女を産む。こうして3人の子が残されるのであるが、ここから夥しい血脈の物語が派生する。
 登場人物合計1200人、20巻のなかの主要な人物はすべてアデライードが交わったルーゴンかマッカールの血をひいている。たとえば『ナナ』の主人公の女優であって高級娼婦のナナは、『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの娘であった。

ルーゴン・マッカール家の家系図

 ぼくは最初、ゾラを文学作品として読んだのではなかった。ジェルヴェーズに対する憧れの印画紙を追いたくて読みはじめた。鬼才ルネ・クレマンの映画『居酒屋』(1955)のマリア・シェルが当時のぼくの理想の女性の顔だったのだ。
 しかし映画の中のマリア・シェルは理想的な優しい表情をもっていたが、ゾラの原作の中のジェルヴェーズは、高校生のぼくにはあまりにも不幸で痛ましかった。最初はどう読んでよいやらわからなかったのだ。
 ジェルヴェーズは遺伝的にはアントワーヌ・マッカールとジョセフィーヌ・カヴォーダンの血を引き、酒乱の父親は第4巻『プラッサンの征服』にも登場する。第3巻『パリの胃袋』の豚肉屋クヌーと、第15巻『大地』・第19巻『壊滅』に登場するジャンの妹にもあたる。もっとも、こういうことも最初はまったく見えてはいなかった。ゾラを読むとは『ルーゴン=マッカール叢書』を読むことだとは、ずっとあとになってわかったことなのだ。

 ジェルヴェーズは生まれながらに足が悪く、酒びたりで粗野な父親の暴力を浴びて育った。14歳で町の革職人オーギュスト・ランチエに誘われ惑わされて、二人の子を産む。一人がクロードでのちにセザンヌ風の才能を発揮する画家になり、もう一人のエチエンヌがゾラの後半の名作『ジェルミナール』の主人公になっていく。
 ジェルヴェーズは浮気な夫ランチエのことなどおかまいなしに、小さな洗濯屋を開き、かいがいしく働く。映画のマリア・シェルはここではドガの洗濯女さながらに美しく、そこには慎ましく生き生きと働いて町の片隅に生涯をおえることを理想とする庶民の姿が象徴されていた(意外におもわれるかもしれないが、そのころのぼくは「二十四の瞳」の女先生や「蟻の町のマリア」などの、ようするに庶民の貧しさの中で生き抜く女性にひどく憧れていた。その傾向は倍賞千恵子のサクラにまで続いている)。
 やがてジェルヴェーズはトタン職人クーポーと再婚、つかの間の幸福がおとずれる。そこへ娼婦遊びからも排斥された前夫ランチエが舞い戻り、ここに奇妙な3人による生活が始まる。ジェルヴェーズはしだいに生きがいを失い、極貧に耐えられず身を売り、アルコールに浸る。ナナはこのような環境に育てられ、のちに娼婦となっていく。

 ゾラがクロード・ベルナールの『実験医学序説』その他の熱烈な信奉者であって、当時の曖昧きわまりない遺伝学の傾倒者であったことは、ゾラを貶めるだろうか。
 ゾラが「アルコール中毒は遺伝する」という俗説を信じていたとのはあきらかである。そのため作中人物の不幸はあまりにも過剰に重なっていくことになった。
 しかし、これが作品の価値を貶めるわけではない。それなら『トリスタンとイゾルテ』も『弱法師』も『リチャード3世』も、それから大半のSFがはなはだ怪しい物語だということになる。ゾラはたしかに時代・環境・遺伝の枠組を設定したのだが、それよりもそうした枠組のなかで、自身が立ち向かう「人間」を観察しきろうとした。第二帝政期のフランスの人間を作りだし、そしてそれを作中で観察する。ある意味で、それは神話ではなく、現代の説話を精緻につくりあげることに近かったにちがいない。
 加えてぼくは、ゾラが『ルーゴン=マッカール叢書』を25年にわたって、ほぼ毎日のように書き続けたことに、さらにさらに関心がある。これだけのことをなしとげるには、ゾラはそうとうに禁欲的な日々をおくり、執筆課題に向かうための意識をたえず鍛練し、資料と動向の調査に向かえる態勢を整え、そして筋書と事態と人物の描写のための「単語の目録」「イメージの辞書」「ルールの群」をつねに研ぎ澄ましたはずなのだ。有名なメダンの別荘もそのために用意した。
 こういうゾラであればこそ、その連打された作品のなかに人間の欲望の際立った細部が描けたのだ。「千夜千冊」とは比ぶるべきものもないが、さあ、今夜も「千夜千冊」に向かうぞと奮い立つときに、エミール・ゾラの25年をおもうことがある。

参考¶ゾラの翻訳はそれこそ荷風の時代から翻訳されてきたが、日本でよく読まれるのは『居酒屋』『ナナ』(いずれも新潮文庫)や『ジェルミナール』か『テレーズ・ラカン』(河出世界文学全集など)である。近々、藤原書店がゾラ没後百年を記念して「ゾラ・セレクション」全11巻を刊行するらしく、これが愉しみだ。それに先立って、さきごろ宮下志朗と小倉孝誠の編集によって『いま、なぜゾラか』が刊行された。

 

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