ロートレアモン
マルドロールの歌
現代思潮社 1960
Comte de Lautreamont
Les Chants de Maldoror 1874
[訳]栗田勇

 〓 爪を伸ばしっぱなしにする必要がある。
粟津潔の装幀だった。ドキリとした。黒い唇のフロッタージュの上に金銀もどきの滴りがドロップされている。高田馬場の本屋に寝かせてあるのに、それは異様な風でありすぎた。
 第一の歌の第一行をおそるおそる読む。早稲田車庫裏のいつもの喫茶店。「神よ、願わくば読者がはげまされ、しばしこの読みものとおなじように獰猛果敢になって、毒にみちみちた陰惨な頁の荒涼たる沼地をのっきり、路に迷わず、険しい未開の路を見いださんことを。読むにさいして、厳密な論理と、少なくとも疑心に応じる精神の緊張とを持たなければ、水が砂糖を浸すように、この書物の致命的放射能が魂に滲みこんでしまうからだ」と、ある。一杯のブルーマウンテンでは、とても済みそうもない。
 〓 諸君の混乱したイマジネーションに烙印をおす。
 しばらく読みすすむと、粟津潔が唇をモチーフとしたことの意味が見える。「ぼくは鋭い刃のナイフを握って、二枚の唇のあわさっている肉を切り裂いた」。続いて「失敗だった!」と書けるのがロートレアモン伯爵こと、本名イジドール・デュカスの仕掛けなのである。ぼくは警戒しはじめた。

 〓 人類の手から放たれた百艘ものレヴァイアサンがあらわれる。 
 どうやら、これは呪詛なのだ。この文体は呪詛のために編み出され、読めなくなる者をつくりだすための悪意の仮説の集成なのである。ぼくは「しまった!」とおもい、こんな書物はシュルレアリストに任せてしまえという気になった。
 ところが、目も手も脳髄も二杯目のモカも、ロートレアモンが接着印画した忌まわしい文字群から離れない。そのうち子供と母親が恐ろしい会話を交わし、「お母さん、あいつが首を絞めるよ」と叫ぶのをまたたくまに読み飛ばすと、第二の歌が始まった。マルドロールはパリを彷徨しはじめたのだ。
 これはリルケなんかじゃない。ランボーとも似ていない。何も脈絡のイメージが結像しないのに、すべての言葉が猛烈な加速度で連結してきてしまったのだ。
 〓人間どもがじぶんの負担で養っている、ある種の昆虫がある。
 やっと茂みの中のエルマフロジットで一息ついた。うん、第二の歌はどんな詩人の歌より美しい。けれども、それが罠だった。マルドロールが造物主の彫像を見たとたん、ロートレアモンはデミウルゴスに怒号を浴びせはじめたではないか。
 〓 いいかね、そりゃいかにもありそうだ。
 何も停まらない。言葉は自動筆記のように、隠喩は麻薬吸引者のように、しっぺ返しは地中はおろか、天界の意図までひっくりかえす。マルドロールは必死に「数学の端正」にすがろうとしているようなのに、ロートレアモンはこれを決して許さない。「ぼくはぼくに似た魂を探していた。だがしかし、見出すことはできなかった」のである。ここからマルドロールは理性と論理と批評のいっさいを放棄するようだ。
 ぼくは喫茶店を出ることにした。そのころ持ち歩いていた布の鞄に『マルドロールの歌』を入れると、そのまま半年にわたって二度と悪意に耳を傾ける気がなくなっていた。

 〓 人生にはこういう数刻がある。
 日韓闘争は疲れる闘いだった。学部の共闘委員会の議長となっていたぼくは、ほとんど毎晩を何枚もの新聞紙をホッチキスで止めた上掛けを被って寝ていたものだ。けれども、夜明けに近い夜陰に必ず目がさめる。困ったことに、そういうときにマルドロールが鮮烈に蘇る。
 仕方なく、また読んだ。山元泰生が「なんだ松岡、マルドロールかよ」と嗤う。それなのになんと、第三の歌を読んでみると、憤怒の奥から繻子のような透明な声をもつ歌になっている。いや、ぼくがそのように読めたのである。マルドロールは信じがたいほどに、ぼくの胸の片隅にうずくまっている友情を呼び覚まし、ロートレアモンに寄せる思慕のようなものをかたちづくっていったのだ。
 これはいったい何なのか。カンダタの糸なのか、それともシュルレアリストたちは読みまちがえたのか。
 〓 ぼく、一人で人類を向こうにまわすのだから。
 そうなのか。ロートレアモンは素手なのだ。何も武器も持ってはいない。まどろみの中で得た言葉だけが武装革命なのである。それに較べれば、ぼくは隊列を組み、シュプレヒコールを唱和させ、黒々とした機動隊にぶつかっていく。
 第四の歌は、ロートレアモンとマルドロールがカインとアベルのように体をくっつけた。昆虫は豚のように大きくなっている。けれどもこの歌はつまらなかった。1846年にウルグアイのモンテヴィデオで生まれ育った時に戻っている。しかし、この歌はイジドール・デュカスに戻ってロートレアモンがマルドロールを歌いあげる直前の抱合だったにちがいない。

 〓 そして今度は、ぼくも断乎として遠ざかっていった。
ロートレアモンが第一の歌を書いたのは、パリに出てきたころの22歳のときである。翌年には第六の歌まで書いた。その翌年にフォーブール・モンマルトル街の下宿で死んだ。なぜ死んだかはわからない。イジドール・デュカスの23年間でわかっていることは、ほとんど紙っぺら一枚程度なのである。
 この消去や撤退が作為されたものかどうかも、まだ見当がついていないほど、ロートレアモン議論というのはすべて恣意的である。けれども、ひとつはっきりしていることがある。第五の歌はロートレアモンの決断に満ちているということだ。ここにはモーリス・ブランショやフィリップ・スーポーがよろこぶような作為は微塵も入っていやしない。
 〓 しっ、静かに! 葬式の行列が君の側をとおってゆく。
 こうして第五の歌は絶望の淵を旋回して絶顛(ぜってん)に向かっていく。これはポーにもボードレールにもできなかったことである。もし、この歌が文学史の放棄を意味するほどの自覚で綴られたのではないとしたら、この歌はイジドール・デュカスが錯乱の裡にさまよった夢の記述にすぎないことになる。『オーレリア』のネルヴァルじゃあるまいし、そんなことではないだろう。
 ぼくはこのあたりで『マルドロールの歌』の秘密を嗅ぎきった。それからは大林宣彦や松本俊夫の映像に驚かなくなっていた。そのかわり、土方巽の言葉にロートレアモンの匹敵を感じてしまっていた。

 〓 わが宿命の流れを下るにまかせてもらいたい。
 第六の歌。ここはもはや邪悪を装うとも完全な鎮魂が押し寄せている。誰もがロートレアモンを堕天使だとか否定の文学者だとか、ときには読者を白痴にさせたいがための告白者だとかと言うが、どうもこれらはあてずっぽうすぎて、とうてい肯んじられるものではない。
 鎮魂でないとしたら、カナリヤである。ロートレアモンが最後に歌いあげたのは死に瀕したカナリヤを温める言葉を探すことだったはずである。ぼくはすでに大学2年生になっていたが、これで二度とロートレアモンを読まないだろうという予想がついた。
 〓ぼくを信じたくないなら、君自身でそこに見にゆき給え。
 そうなのである。第一の歌からすすむうちに、ロートレアモンは巻雲のごとくにその詩想を変えていったのだ。呪詛はすっかり消えたのである。けれどもそうだとしたら、いったいロートレアモンは誰のために『マルドロールの歌』を書いたのか。誰も出版してもくれない紙片を、誰のために残そうとしたのか。矜持のためではあるまい。意識の痕跡のためでもない。むろんのこと、一人の患者の症例記録ではありえない。 

 こうして、ぼくのなかから長いあいだロートレアモンは消えていたのでした。
 寺山修司が「松岡さんならわかるとおもうけど、ロートレアモンは言葉の絵を描いたんだよね。でね、ぼくはこれを映像か舞台にしようと思ってね」と言ったときも、それに答えるかわりに、スターンの『トリストラム・シャンディ』やバニヤンの『天路歴程』のころからそうですからと言いかけて口をつぐみ、そういうふうに言った自分の言葉にはっとして、待てよ、ロートレアモンは口承文芸の古典をこそ新たに繋いだのではないかとも思ったのですが、また第六の歌はやはりゴシックロマンの正真正銘の伝統だとも思ったのですが、そういうことはずっとそのままになっていたのです。

 それが、またまた粟津潔の装幀が気になって、思潮社から刊行された『ロートレアモン全集』を入手したとき、初めて『詩学断想』というものを読んでみて(これは父の借金を返しおいて、そろそろ『遊』にとりかかろうとしていた時期ですが)、突如としてロートレアモンの「懸命な意志」ともいうべきものが見えたのです。
 そこには「ぼくはエウリピデスとソフォクレスは認めるが、アイスキュロスは認めない」とあって、「今世紀の詩はソフィスムにすぎない」とありました。これだけでも大きなヒントでしたが、もっと得心がいったのは「詩とは暴風雨ではない。旋風ですらない。それは溢れんばかりの洋々たる大河なのだ」という一節で、これで第一の歌が海と水の賛歌であって、呪詛でもなんでもないことが判明したのです。もっと多くのヒントがかいてありましたが、ともかくもこれで迷妄は解けました。
 ロートレアモンはフレーザーの『金枝篇』の世継であり、ポーの従兄弟であり、そしてなによりも『オイディプス王』の語り部の係累だったのです。

 そうだとすれば、『マルドロールの歌』の悪態はひとつずつが言葉の錬磨のための逆療法のようなもの、これはシュルレアリストが期待したような自動筆記ではありません。
 しかし、なにしろ20歳の青年です。あれほど古典やダンテやラシーヌやポーを読んだとはいえ、ミュトス(詩神の筋書)が連鎖的に出るというわけにはいかなかったのでしょう。短詩のかたちにすればすむものを、ロートレアモンはあたかも物語のように歌を綴りたかったようですから、そこにはどうしても夜の夢が入りこんだだけのことだったにちがいありません。とくに説明したとはおもわないけれど、これはぼくがほとんど確信できたことでした。
 それにしても、このように改めてふりかえってみると、読書というのは罪なもの、若いうちに読んだ読後感というものもずいぶん変遷してしまうものです。ただ、ロートレアモンに限っては、イジドール・デュカスが24歳で没したのだから、やはりそのころまでに読んで、「しまった!」と思ってもよさそうに思います。
 いまでは、栗田勇さんが数行訳すたびに吐き気を催しながら、この難解な訳業にとりくんだことに感謝するばかりです。

参考¶ロートレアモンについて言及している本は数多いが、ぼくがその後確認できたかぎりでは、なんといってもル・クレジオの『来るべきロートレアモン』(朝日出版社)が出色。また『マルドロールの歌』の翻訳には、渡辺広士訳の『ロートレアモン詩集』(思潮社)もある。

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