三浦佑之
浦島太郎の文学史
五柳書院 1989
ISBN:4906010369

 一冊の書物というもの、最初からその内容が決まっているなどということはあまりない。
 もちろんあらかたの主題や構成はだいたい見えているのだが、最初から書くことが全部決まっているような退屈な学術書や、読んでも読まなくても同じような解説書はともかくも、小説はむろんのこと、エッセイや研究書であっても、それを書くうちに著者にとっても意外なことがいろいろおこっているものなのだ。
 名著や良書という言葉は嫌いだが、読みごたえのある本というものは、だいだいが著者がそうした意外な光景に出会っていくところが読ませるのである。ただし、それを白状するかどうかは著者による。
 本書の著者は、この「書くことによって何が見えてきたか」という経緯を白状している。そこが浦島太郎の伝説を辿り、そこを溯るという著者の問題意識と主題との姦淫関係が見えてきて、なかなか愉快であった。浦島太郎とは、まさに書くことの意外性の変遷を孕んでつくられてきた昔話であったからである。

 著者は、いまは千葉大学で教授をしている国文学者。以前から『浦島太郎の文学史』というタイトルの本を書きたいとおもっていて、およその構成も目処もつけていたらしい。ところが、いざ本格的に書いているうちに、伊預部馬養(いよべのうまかい)が創作した恋愛小説こそが、数ある浦島伝説の原型(ルーツのルーツ)だという確信に至ったという。
 だいたい浦島太郎の話には腑に落ちないところがいくつもある。発端で子供たちがいじめている亀は小さな亀なのに、太郎が海中に乗っけてもらった亀は巨大なウミガメだ。仮にそれは話の都合でそうなったとしても、そんなに善根をほどこした太郎が、戻ってみたら何の報恩もなく、ただの身寄りのない老人になったというのも、納得しにくい。
 もっと変なのは乙姫が贈った玉手箱である。いったいまたどうして「開けてはいけない箱」などが贈り物になるのか。これは贈り物ではなく、復讐である。そんな乙姫は、のちのち太郎を陥れようというのだから、けっこう恐ろしい女だということになる。
 このように考えてみると、昔話が一般的に類型としてもつはずの「致富譚」としても「報恩譚」としても「婚姻譚」としても、浦島太郎の物語はその類型からどうも逸脱しているところがいろいろ見えるのだ。
 もっとも、浦島太郎がこんなふうに「助けた亀に連れられて竜宮城に来てみれば」というような話になったのは、巌谷小波の『日本昔噺』や国定教科書の物語がそうなっていたというだけのこと、さらに歴史を溯ると、最初からそんな話になっていたわけではなかった。

 古代、浦島太郎は「浦島子」とよばれていた。最初の文献はそうとうに古く、『日本書紀』雄略22年の記事である。
 ここには、丹波(後の丹後)の余社(与謝)の水の江の浦島子という者が、舟に乗っていたら大亀を釣った。そうしたらその大亀がたちまち女に変じたので、その美しさに感極まった浦島子はその女をすぐに娶って二人で海に入ったところ、そこに蓬莱山があったのでそこの仙衆たちとともに仙界をめぐってぞんぶんに遊んだ、というふうに書いてある。
 亀を助けたのではなく、最初から大亀だったのだ。海中にあったのは竜宮城ではなく、蓬莱山なのである。乙姫は海中に待っていたのではなく、大亀そのものが変身したのだった。しかも海中の蓬莱山から浦島子は故郷に戻ったとも書いてはいない。よぼよぼのおじいさんになってもいない。
 しかし『日本書紀』というのは実はいろいろ問題がある著作編集物で(そのことについてはいまはふれないが)、この記事は浦島子の“事件”の発端だけを書いたものなのである。そこで、これを補うには別の文献を読む必要がある。それが『丹後国風土記』なのだが、これは散逸して現存しない。ただ『釈日本紀』にそのぶんが繰り返されている箇所があって、だいたいはこのようであったろうと
いうことがわかる。

 それによると(つまり元々の丹後国風土記によると)、雄略天皇の時代に丹後に筒川の島子という風流で聞こえた男がいて、海釣りをしていると五色の亀が釣れたので、その亀を舟に置いてひとまず寝ていた。さめてみると、女がいた。
 女は自分は仙女だと言って島子を誘惑し、二人して蓬山に行くことになった。島子が女の言うままに目を瞑ると、たちまち海中の島に着いた。そこには御殿があってスバルやアメフリの精が登場し、やがてこの女は亀比売(かめひめ)という名前だとわかる。島子は家に入り、両親や親族の歓迎をうけ、亀比売と男女が交わって、結局は3年間の結婚生活を送った。
 しかし島子はホームシックにかかって、地上に戻りたい。仙女は心変わりを恨み、別れを嘆きながらも、帰還を許す。帰り際、仙女は玉匣(たまくしげ)を与えて、ふたたび自分に会いたければこの箱を肌身離さず持って、開けないようにと誓わせる。
 かくて島子が筒川の故郷に戻ってみると、そこは変わり果て、古老に尋ねると島子が海に出たのは三〇〇年も昔のことだと告げた。島子は放心状態になり、しばらくして仙女が戒めた玉匣を開ける。そのとたん、島子の若々しい姿はたちまち蒼天に飛んでいった。そこで「常世辺に雲立ちわたる水の江の浦島の子が言(こと)持ち渡る」と歌を詠むと、仙女からの返しの歌が響いてきた‥‥。
 こういう顛末である。
 なるほど、これなら竜宮めいているし、玉手箱も出てくる。島子が時空をスライドしているところも同じである。しかし、やはり亀が女になったのであって、亀と女は同一なのだ。また、女のほうが積極的なのである。昔話とはそこが違っている。

 こうして著者は、この物語のルーツ探しに出掛けるのだが、調べれば調べるほど、この物語の原型は丹波丹後の土地の伝承とも関係をもたないし、海幸彦や大国主などの海中仙界伝説の類型そのままでもない。
 そこで登場するのが伊預部馬養という人物で、どうもこの馬養がいろいろ中国の神仙物語を読んで、自分で物語を書いたと判断するのが妥当であることがわかってきた。きっとこれが『浦島子伝』の原型なのである。それが『丹後国風土記』に引用されたのだった。馬養は持統朝に律令撰定などにもかかわった人物で、『懐風藻』にも詩文が入っている。
 一方、万葉歌人の高橋虫麻呂も、似たような中国神仙譚を素材に韻文による『浦島子歌』を詠んだ。さらに時代がすすんだ延喜年間になると、『続浦島子伝記』なるものも登場する。そこでは浦島子は仙人だったとされている。
 こうして中世、これらの浦島物語が奈良絵本などで有名なお伽噺になっていく。浦島子は浦島太郎となり、いじめられた亀を救うプロローグが被さってくる。女も仙女ではなく、漂流して小舟で近づいてくる。蓬莱山は竜宮城になり、玉手箱から煙も出ることになり、太郎は鶴になって飛び去り、明神になるという結末になっていった。
 著者はこれらの潤色には、かなり仏教説話からの影響が入りこんだと見た。亀を助ける話は『日本霊異記』にも入っているし、明神になるのも当時の民間信仰が採り入れられている。

 では、浦島伝説はこれで一件落着したかというと、そんなことはない。このようなお伽噺だけが浦島伝説を継承し、変形させたのではなかった。
 ぼくが注目するのは謡曲と狂言の両方にそれぞれ『浦島』があることだ。
 謡曲『浦島』は亀山院の勅使がワキになり、二人の海人乙女がシテとツレとなってのちにそれぞれ浦島と乙姫に変化する夢幻能で、かなりよくできている。二人の乙女が釣りをしているので、勅使が浦島明神の場所を尋ねるという発端になっていて、その後はシテとツレが神功皇后が女の身で釣りをしていたこと、アマテラスの天の岩戸の前でも舞があったことなどを語りつつ、浦島がタブーの箱を開けたことを物語りながら舞っていく。勅使は玉手箱の中の不老不死の薬を亀山院に謙譲するためだったというオチもつく。
 狂言のほうはもっと大胆で、とくに大蔵流の『浦島』は老人が孫と魚釣りをする設定で、釣り上げた亀を返してやって帰宅しようとしていると、海のほうから声がして、亀が恩義を感じて玉手箱をあげたいと言う。もらって帰り、これを開けると汐煙がパッとあがって老人が若返ったというのである。
 さすがに狂言らしく、玉手箱を若返りの契機にした傑作パロディになっている。
 このほか浦島物語は、元禄では近松門左衛門の霊異報恩の歌舞伎『浦島年代記』に、宝暦では鳥居清重の絵がついた青本『浦島七世孫』に、明和では黒本『金平竜宮物語』に、さらに天保では、浦島太郎作や女房「みなわ」や「うにこうる」(ユニコーン)さえ出てきて、最後は玉手箱の中の資金を元手に宮津の思案橋で酒屋を開くという柳亭種彦の痛快無比の『むかしばなし浦島ぢぢい』などともなって、明治の巌谷小波の『日本昔噺・浦島太郎』に集約されていったのである。

 つまりは浦島太郎の物語は、日本で最も長い文芸の歴史をもっていたということになる。
 その出発点はおそらく中国だが、そこから伊預部馬養や高橋虫麻呂の創作をへて、まるで「開けるな箱」のタブー破りに魅せられるかのように、次々にそのヴァージョンをふやしていったのだった。だから、この文芸加工の歴史は巌谷小波で終わったわけではなかったし、浦島伝説からわれわれが学ぶべきものも、小波の昔噺や「むかしむかし浦島は助けた亀に連れられて」の童謡で終わるわけはない。
 浦島太郎はますますヴァージョンをふやしていったのだ。
 まず、かの幸田露伴が『新浦島』を書いた。これは浦島文学史上最も長い浦島物語というべきもので、主人公は浦島太郎の百代目の浦島次郎になっている。では、太郎が次郎になっただけのパロディかというと、むろん露伴のことである、用意周到の神仙物語の華麗な展開が繰り広げられるのだ。
 太宰治も浦島に魅せられた。それが太宰得意の『お伽草紙』の連作となった。
 太郎と亀の会話ですすむ物語は、説教じみてはいない。おもいがけなく崇高なものを求める話になっている。エドマンド・バークふうに、竜宮は「聖諦の境地」として、乙姫は「真の上品」として描かれるのだ。玉手箱に代わる二枚貝の貝殻も、「深い慈悲」のシンボルとして描いている。浦島太郎は白髪のおじいさんになることで、むしろ救われたのではないかという解釈である。ようするに太宰は玉手箱をパンドラの匣とはしなかったのだ。太郎を白髪のおじいさんにしてあげたのは、乙姫の「深い慈悲」だったというのだ。
 この結論、さて、諸君はどう思うだろうか。

 本書にはふれられていないのだが、浦島太郎型の物語は、世界中にもけっこう多い。「リップ・ヴァン・ウィンクル」「イルカに乗った少年」「シンドバッドの大冒険」「ニルスの不思議な旅」などは、おおむね浦島太郎ものである。
 しかし、玉手箱の中身が浦島太郎にもたらしたものは何なのかという問題になると、これらの類型をこえる問題をわれわれに突き付ける。太宰はそれを「慈悲」だと捉えたが、はたしてそうなのか。ひょっとして「悪意」ではなかったのか。あるいは「復讐」ではなかったのか。これは案外な大問題である。少なくとも時空のタイムトラベルを暗示した物語だなどとは、思わないほうがよさそうだ。

コメントは受け付けていません。