平林久和・赤尾晃一
ゲームの大学
メディアファクトリー 1996
ISBN:4889913718

 いまやこの手のギョーカイの古典。著者はゲーム誌編集者からベンチャー企業「インターラクト」の社長になった男と「日経コミュニケーション」「日経ニューメディア」編集者から静岡大学の先生になった男だが、二人とも当時の先頭を切るゲーム・フリークで、ゲーム・アナリストだった。
 ここでいうゲームとは、もちろんテレビゲーム(コンピュータゲーム、ビデオゲーム)のことをいう。
 この本以前は、『電視遊戯大全』(UPU)という、のちにポケモンで百万長者になった石原恒和君をはじめ、ぼくの若い友人たちが心血を注いだ大冊があったのだが、これはいつしか幻のバイブルになってしまった。もっともこのバイブルはカタログ型のもの、本書のような解説解読解明型ではなかった。
 もっとも本書が出た時点は、ウィンドウズ95が出たばかりで、まだMACユーザーが幅をきかせていたし、セガサターンの敗北やプレステの一人勝ちはまだおこっていなかったし、ポケモンも登場していなかった。だからこの本の売上数字や市場規模などのデータはいまはほとんど使えない。
 それでも本書が古典でありうるのは、当時のデータを記録に残したということもあるけれど、テレビゲームというものを本格的に多様な角度で議論した最初の大冊であったからである。

 本書の構成は『ゲームの大学』と銘打っただけあって、“やさしい講義調”になっている。ですます調。
 しかも最初の第1講が「産業学概論」になっていて、ゲーム・ビジネスとしてゲームをつかむことから解読した。その解読がユニークで、ゲーム業界はどんなときでも構造不況を本質として引っ張られていくものだ、というふうになっている。すなわちゲームの世界はゲーム「業界」を構成できても、ついにゲーム「産業」にはならないのではないかという特徴をもっているのではないか、そういう指摘なのである。
 その理由は、ゲーム商品がもっている特徴から帰納する。曰く、1)インタラクティビティがある、2)高い利益率がおこる、3)大量販売によってのみ楽勝、④商品開発の自由度がめちゃくちゃ高い、4)パッケージ性と技術性が一体になっている、である。

 では、そもそもどのようにゲームはビジネス・モデルをつくってきたのかというのが第2講になる。
 ぼくも知らなかったのだが、ゲームをビジネス領域にしたのはマンハッタン計画に参加していたウィリー・ビギンボーサム博士という男だったらしい。1958年のこと、この先生はブルックヘイブン国立研究所において、科学の平和利用としてテレビゲームの開発を選んだらしい。しかもこの先生は開発の権利を取得せず、すべてを未来のために開放したらしい。
 つづいてMITで1962年に学生たち、とりわけスティーブ・ラッセルが作った『スペースウォー!』が学内流行し、PDP-1というミニコン上で動きはじめた。これを横目で見ていたのがユタ州立大学電子工学科のノラン・ブッシュネルである。卒業後のブッシュネルはハイテク電機メーカーに勤めたのち、ナッチング・アソシエイツ社で『コンピュータスペース』を制作、さらに1972年にアタリ社を設立して、業務用テレビゲーム『ポン』を発売した。これが歴史上最初のテレビゲームのビジネス化であった。
 ブッシュネルはさらに『ブロック崩し』などで当てたあと、アタリ社をワーナー・コミュニケーションズに売っ払ってしまう。最初のテレビゲームが業務用だったことといい、会社をまるごと売却することといい、ここにテレビゲーム・ビジネスの基本モデルが刻印されたのだった。
 ワーナー資本を得たアタリはやがてアタリVSCで大当てをし、1983年のアタリ・ショックまで牙城を守る。この1983年に、任天堂がファミコンを発売した。ファミコンの勝利は、1)家庭用ゲーム機でアーケード・ゲームができるとした点(『ドンキーコング』がそ
最初のキラーソフトとなった)、2)ソフト制作会社とライセンシー契約をした点、3)商標とノウハウ両方の許諾料を任天堂に払わせた点、の3点に尽きている。

 講義は第3講で「流通論」を、第4講で「ゲームデザイン論」になっていく。
 いずれもいまでも参考になるとおもう内容になっているが、著者たちの炯眼が光っているのは、つづく第5講「ゲームの未来学・ソフト編」と第6講「ゲームの未来学・産業編」である。ソフト編では「宇宙」や「ファンタジー」と訣別したほうがいいという方針が予告され、コンストラクションと文法の改革にむかうべきであることが熱っぽく語られる。
 もうひとつ、「ゲームとよべないゲーム」が登場するべきだという予測もよかった。ようするに「遊び」の本質に向かってどんどんゲームは逆進化するといいという主張なのだが、こういう提案はこのギョーカイではなかなか見られない。さすがに「通信との融合」についてはまだ濃い未来像が描けなかったようだが、それはまあ、あの時点ではしょうがないだろう。
 産業編では、「ゲームとマルチメディアはちがうんだ」という強調をする。たしかに二つは別物である。マルチメディアにはカイヨワの遊びの4元素は必要ないかもしれないが、ゲームにはどうしてもこれが要る。ただし、本書が執筆された時点では、ウェブ社会の全貌がほとんど見えていなかった。そのため、マルチメディアというよりも、ウェブ・インタラクティヴィティとゲームとの相違が今日的には問題になる。これは誰かが『ゲームの大学院』という本で語っていくべきことになるだろう。
 また「ゲームに文庫本の発想を」という提案もおもしろかった。これはヒット・ゲームが次々に市場に姿を消して、つねに新しいゲーム開発合戦が繰り広げられるのでは、当然に限界が出てくるという危惧から生じたアイディアで、いわば文庫本のごとく「かつての名作」が復活されるといいのではないかというものだ。

 実は、ぼくはまったくゲームに嵌まらなかった種族であった。たしかに「スペース・インベーダー」や「ゼビウス」には時間を費やしたことはあるが、それでも一人でやったことはなかった。
 にもかかわらず、ぼくはファミコンやプレステやパソコンゲームに嵌まる種族が大好きなのである。どうしてそういう連中が好きなのか、応援したいのか、理由をちょっと考えてみた。そしてこういうことに思い当たった。
 ひとつ、テレビゲームに最初に食いついた連中は、かつてロックサイバーパンクイルカの生態に最初に飛びついた連中と同じ感性をもっているように思えた。ひとつ、一人用マシンに齧りつく姿は自動車族よりオートバイ族に似ているのがいい。ひとつ、都市や価値観や人生の変貌を恐れなくなるのではないかという期待をもって見ていた。ひとつ、なにより加速する自己と対象の関係を愛するのはいいに決まっている。ひとつ、自分の時の成長と同じテンポで進化するシステムにくっついていくのは、無駄も多いがそこから学ぶこともきっと多いにちがいない。いずれ、そういうことを気づくはずである。
 こんなところだろうか。
 最後にもう一言。ゲーム熱中症と「引きこもり」、これはほとんど関連がない。すでに第576夜に綴ったように、「引きこもり」は別の要因からおこるものだし、それにテレビゲームがなければ、かつてはテレビに、そのあとはビデオに、結局は嵌まる者は嵌まるものなのだ。
 では、続刊『ゲームの大学院』『ゲームの小学校』『ゲームの養老院』を誰かに期待しておくことにする。

参考¶ちなみに、本書の刊行元のメディアファクトリーはリクルートの子会社で、「ポケモンカード」の大ヒットを飛ばした。このメディアファクトリーのロゴは、ぼくが藤原和博君に頼まれて市川英夫さんにデザインを依頼したものだった。懐かしい。

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