ジェームズ・ラヴロック
ガイアの時代
工作舎 1989
ISBN:4875021585
James Lovelock
The Ages of Gaia 1988
[訳]スワミ・プレム・プラブッダ

 生命体とは何かという定義はなかなか難しいが、ある時期にバナール、シュレーディンガー、ウィグナーらが揃って到達した結論は、「生命体とは周囲の環境から物質あるいは自由エネルギーを採り入れることによって内的なエントロピーを減少させ、その結果、変衰したかたちの物質やエネルギーを排出する開放または持続システムの現象である」というものだった。
 この定義にまちがいはないのだが、では、この定義に即して宇宙間のどこかにひそんでいるかもしれない生命体をなんらかの方法で探知しようとすると、うまくいかない。なぜならエントロピーの減少とエネルギーの排出するシステムは、流水中の渦巻にもハリケーンにも炎燃現象にも電気冷蔵庫にも認められるからである。これでは生命体の特定探知は進まない。
 ラヴロックが最初に気が付いたことはこのことだったのではないかとおもう。
 1960年代のこと、NASAのジェット推進研究所が火星上の生命を探索する計画にとりくんだとき、ノーマン・ホロウィッツのプロジェクトに参加していたラヴロックは、では、このような見方を逆に裏返せば、どういうことになるかということを考えたにちがいない。裏返すとは、宇宙の側から地球に生命体がいることを探知するには、何をどのように考えてみればいいかということである。

 そのようなことを考えているときに、ダイアン・ヒッチコックがジェット推進研究所を訪れた。彼女は地球の生命体は大気の変容によって窺い知れるのではないかという見方を暗示した。ラヴロックは後頭部を打撃されたような衝撃をおぼえたようだ。
 こうしてラヴロックの「ガイア仮説」が誕生することになる。最初にこんなふうに考えた。
 地球に生命が誕生してから今日まで地球機構には大きな変化はないが、太陽からの熱放射や地球表面特性や大気組成には大きな変化がおこっていた。いま地球をとりまく大気の化学組成をしらべてみると、そこには大気の化学変化だけでは予想がつかない非平衡がおこっている。その原因をあれこれ推理していくと、大気が化学現象以外の要因によって構成されたと考えるしかなくなっていく。
 化学現象以外のものとは何か。宇宙の関与かもしれないが、現在の宇宙科学(宇宙線研究など)ではそのことを確定する手段はほとんどない。
 それよりも、大気の構成比率のようなものを決めたのは、実は生物の活動なのではないかと考えてみたらどうなのか。

 こうしてラヴロックは大気は生物学的な構築物であろうという見当をつけていく。
 そうだとすると、大気はそれ自体が生き物であるのではないけれども、ひょっとすると猫の体毛やスズメバチの巣につかわれる屑のように、一定の環境を維持するために組み込まれた生命システムの延長物のようなものだということになる。つまり大気は地球的な生命圏(バイオスフィア)の延長の中にあるものなのだ。
 ラヴロックはこの地球生命圏をギリシア神話の母神に因んで「ガイア」と名付けることにする。そしてこういった考え方を、1969年にプリンストン大学で開かれた地球生命の起源に関する科学会議で発表した。結果はさんざんで、ボストン大学のリン・マーグリスを除いては、誰ひとり関心をもたなかった。
 憤然とした二人は共同研究に入り、やがて「ガイア」を地球の生命圏と大気圏と海洋現象と土壌変化を含んだ“連動する複合システム”だと定義した。生命と環境が密接にからみあう自己調節機能をもった連動システムというもの、それがガイアであった。
 その後、ガイアの科学は次々に充実していった。その特質はまとめれば次の点にある。

1)開かれた環境機会をのがさず活用する活発な環境と生命の連結体。
2)最大数の子孫をのこすものが生きのびるというダーウィン的な自然選択の法則にしたがう環境生命体。
3)みずからを取り巻く物理化学環境に影響をおよぼす環境的な生命体。
4)生命の限界を決める制約と境界を環境的に決めることができる生命の運動体。

 ラヴロックはこのような見方に自信をもった。そしてほどなく書き上げたのが日本では『地球生命圏』(工作舎)と訳された『ガイア』(GAIA)である。
 1979年のことだった。あっというまに世界を席巻するベストセラーになった。
 そのころのことをラヴロックは「初めてガイアを思いついたときのわたしの感覚は、月に立ってわれわれの故郷である地球を見る宇宙飛行士のそれに近かった」と述べている。きっと自分の考え方が誇らしかったのだろう。また、のちに「その感覚は、地球がひとつの生命体であるという考え方を追認してくれる理論や裏付けの材料が出揃ってくるにつれ、さらに強まっている」と振り返った。
 ラヴロックはどちらかといえば“隠遁科学者”のようなスタイルの孤立をおそれない科学者なのであるが、自身が組み立てたガイア仮説を支えてくれる材料が揃っていくことには、大きな充実を感じてきた科学者、すなわち科学史を変革してきた科学者に共通する性格をもつ科学者でもあった。

 本書は『地球生命圏』につづいて、その後のガイア仮説をめぐる議論を新たに展開している一冊で、1988年の出版になる。
 いずれも工作舎から日本版が出て、いずれもプラブッダが訳した。プラブッダはぼくの古い友人で、本名を星川淳という。かつてはバグワン・シュリ・ラジニーシのアシュラムにも入っていたが、カリフォルニアの山中や屋久島に好んで暮らして、独自の世界観や自然観を磨いている。瞑想の達人でもある。ガイアをめぐるにはふさわしい翻訳者であろう。
 そのプラブッダが2冊のラヴロックの本の「あとがき」で、二度にわたって綴っているラヴロックのガイア仮説とプラブッダ自身のガイア体験とのあいだの微妙な差を指摘している。ちょっとそのことにふれておきたい。

 ラヴロックの地球生命体ガイアの特徴は、実はなかなか強靭なものである。粘り腰がある。熱帯雨林や大陸棚をちゃんと保護しさえすれば、地球には一種のサイバネティック・システム(参照:図像学派タナローグ)のようなものがはたらいて、氷河期や核爆発くらいの損傷は自分で自己調整するにちがいないという確信がある。
 そこには、自律ガイアの根底を地球生命史がダイナミックに支えてきた証拠を示す力強いデータ群がある。また、人々が環境保護運動などで騒いでいるような、小さな自然保護感覚を突き抜ける“大きな物語”というものがある。それだけでなく、ラヴロックはつねに地球生活のためのオルターナティブ・テクノロジーの開発に率先して関心をもち、その支援を惜しまなかった。つまりは、ガイア精神をもつならば、ガイアはよほどのことがないかぎりは“狂った果実”にはならないという思想、それがガイア仮説の包括的な思想なのである。

 一方、プラブッダ自身のガイア体験によると、ガイアはフラジャイルなもので、かなり繊細で傷つきやすい。なぜそのように感じられるのか。
 人間の場合を例にしていえば、人体に生理学的な免疫力やオートポイエーシスがあったとしても、たとえば心のストレスが作用していくだけで、その一角がぐらりと崩れるというようなことがおこりうる。ストレスが急速に溜まれば、胃なんて三日で孔があく。そういうことが地球にもおこっておかしくはない。ガイア仮説によれば地球も生命体であるからだ。
 だとすれば、地球にストレスが溜まりすぎれば、ガイアはきっと悲鳴をあげるはずなのだ。プラブッダはそのことを2冊のラヴロックを訳しながらも、痛切に感じたというのである。
 そこで、プラブッダはラヴロックの「地球生理学」に対して、いわば「地球心理学」の研究の必要を訴える。“Live
Green”という 情報交換誌も発行中である。

 ところで、本書の第9章は「神とガイア」というヘッドラインになっていた。
 ここには、ラヴロックが自分の信仰はまだ実証主義的不可知論の段階にとどまっているとしながらも、バーミンガム主教だったヒュー・モンテフィオールと交わした往復書簡(『神の確率』として刊行された)のこと、ロンドンの賢人ドナルド・ブレイブンに「君はなぜ地球にとどまっているのか、なぜ宇宙生命圏と言い出さないのか」と問われて困ったこと、ガイア仮説は楽観論で、ときには産業界の意のままに汚染があってもフィードバック作用によって環境が守られると言いすぎているのではないかという非難をうけて憤然としたことなどを述べながら、ラヴロックの仮説がどのへんまで科学でありうるのかという“境界の事情”が示されている
 ぼくはここを読んでいて、こういう話を正直に科学者たちが書けるようになるには、まだ半世紀ほどが必要なのではないかという気分になった。
 ラヴロックがガイア的な現象をどの程度に科学としているのか、またどこから神秘的な話にしているのかというような問題は、ふつうならラヴロックに反撃や揶揄を加える科学者がやることである。しかしラヴロックは、その微妙な領域をみずからの迷いを含めて書き綴っている。
 そんなことをするのは科学者の態度ではないという非難がすぐに聞こえてきそうであるが、そんなことはない。これからは科学者がその迷いを語る時代であるべきなのである。

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