村松貞次郎
大工道具の歴史
岩波新書 1973
ISBN:4004160650

 ノコギリのアサリに見とれることがある。アサリとはいわゆる齟齬のことで、歯の先が交互に外側にそれていることをいう。
 波形のノコギリの歯の大きさに対して、どのくらいアサリをつけるかがノコギリの切れ味を変える。交互の2枚の歯の左右のユレが刃元部分の身の厚さと比例関係にあり、この比率で切れが進む。日本では古墳時代にアサリが出現した。
 比例ということではサシガネがある。今日のサシガネはL字の長手も横手もセンチ・ミリで目盛ってあるが、以前は一尺五寸を刻んで、しかも裏目(角目)は表目のルート1/2になっていた。これがいわゆる矩尺(曲尺)で、これを自在につかいこなすことを「サシガネつかい」といった。
 こうした日本独自の比例道具を考案したのは、江戸の大棟梁の平内延臣で、和算の成果を徹底して採り入れた。その『矩術新書』は匠のバイブルになっている。村松貞次郎さんが明治村の館長だったころに、この『矩術新書』について教えを乞うたことがあったけれど、ぼくのほうがその全容を掴みそこねた。

 村松さんの著作にはいつも不意を突かれてきた。
 たとえば、「環境保護主義や自然を守れなんていう運動は、それはそれで大事だが、これを道具のほうから見るとね、実は時代が道具を滅ぼす動きなんだよ」といった視点である。道具は無実だというのだ。
 そういうふうに不意を突く村松さんに、それでもなんとか対応してこられたのは、モノモノ学会の秋岡芳夫さんに和物の道具の数々を見せられてきたせいだ。和道具というものは、ともかく見れば見るほどほれぼれとする。ただ、その種類がまことに多い。
 もうひとつ、村松さんに右往左往しつつもついていけたのには、小声で言いたい理由もある。ぼくは小さなときから大工さんになりたかったのだ。これは京都高倉押小路のわが家に出入りしていた中村さんという大工さんの影響による。子供のころ、中村さんが踏台脚立(きゃたつ)一丁をつくるのに長いあいだ見とれて、そのまま大工さんに憧れた。青年になって、自分の家の大半の家具を自分でつくろうとおもったのだが、これは挫折して、書棚、違棚、収納棚、ベンチ、ベッド程度で終わった。何に挫折したかというと、ノミとカンナに挫折した。ノミは日本の大工道具で最も種類が多く、カンナは刃の具合と重みのかけかたがめっぽう難しい。
 ともかくぼくの日曜大工の歴史はだいたい30歳くらいで終わってしまったのだが、その積年のおもいが(無念というべきかもしれないが)、ついつい大工や匠や道具の話にぼくを誘いつづけるのである。

 この本で、村松さんは大工道具の見方には次の"五法"があると提案している。
 まず「実物」を見なさい、である。これは当然だ。道具は見ていないと何もわからない。次に「忘れもの」を見なさいという。大工がその場に残している道具のことだ。とくに寺院建築にはこの「忘れもの」が多い。第3に「加工の痕跡」を見る。登呂遺跡にもチョウナやノミの痕跡がある。よく見ればそこに蛤刃の跡がついていたことなどが読めてくる。
 第4には「文献」を読む。これは文字によって道具を知ることになる。だから『新撰字鏡』『延喜式』『倭名類聚抄』から『和漢船用集』までに通暁する。これは日本人と道具の関係を見るには欠かせない。そして第5に「絵画資料」である。とくに絵巻物が重要になる。川越喜多院の「職人尽絵屏風」などは道具が生きたまま描かれている。

 数寄屋の大工は「一錐、二鉋、三釿」という。釿はチョウナ。以前からキリを一番にもってきているのが不思議だった。しかし、キリは穴をあけるのではなく、釘の方向を決めてこれを受け締めるためにあることを知って納得した。
 本書はそのようなキリやカンナやチョウナをはじめ、ノコギリ、ゲンノウ、ブンマワシ、スミツボのたぐいのひとつひとつの歴史と種族が述べられていて、日本の大工道具の入門にうってつけの一冊だった。
 何の飾りもない文章は、村松さんの他の著作にもあてはまることで、それがいっそう大工や道具の社会のひたむきな無言性を語っていて、味わいがある。不意も突く。それは村松さんの人柄そっくりなのである。

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