フランソワ・モーリアック
テレーズ・デスケルウ
講談社文芸文庫 1978・1997
ISBN:4061975692
Francois Mauriac
Therese Desqueyroux 1927
[訳]遠藤周作

 これは心底、怖い女の話。
 モーリアックはこの作品でノーベル賞をとった。いまでは『氷の微笑』や『危険な関係』ではないけれど、怖い女なんてハリウッド映画にいくらも描かれていて、また実生活にもわが子も人の子も殺めるような、さもなくば大統領を操るような怖い女がいっぱいいて、ちっとも珍しくもないのだが、そのころは怖い女をちゃんと描けばノーベル賞になったのである。そのころというのは20世紀前半のことだ。いや、これはむろん冗談で、怖い女を描いたからノーベル賞だったのではなく、モーリアックの文学が深かった。
 しかし、この作品に関しては難しい文学談義をするよりも、モーリアックが怖い女をどのように仕立てたか、そこに「人間」というものがどのように描かれたかをまず知ったほうがいい。

 テレーズは夫のベルナールを嫌っているのではない。自分というものをちゃんと感じたいので、夫にものを食べたり、笑ったりしないでほしいのだ。ともかく夫がいると、だんだん自分そのものを感じなくなっていく。
 ある夜にベッドで寝付けないままにいたら、夫が寝言をいいながら寝返りをうった。その体は変に熱く、なんとも面妖なものに感じたので、手で向こうへ押しやった。けれども夫はまた体を押しつけてきた。テレーズは何度かこのゲームから逃れようとしながら、ふと、おもう。ああ、このまま夫を永久に向こうへ、このベッドの向こうへ、闇の向こうへ、押しやってしまえれば!

 テレーズがこんなふうに思い始めたのはお産のあとからである。すべては心の中でおこっていた。外には何ひとつあらわれてはいない。それに夫婦のあいだで言い争いがあるわけでもなく、喧嘩のタネがあるわけではない。経済的なことも、テレーズのベルナールの両親に対する態度も、申し分なかったのである。
 しかし、それこそがテレーズにとっての本当の悲劇というものなのだ。別れ話の理由が何ひとつないこと、そのことがこのあとずっと続くということ、そのこと自体が、テレーズの大いなる悲劇なのである。不和はない。けれども何も感じない。それがテレーズの悲劇なのだ。

 そうなってみると、すべての問題が夫といることから吹き出してきた。
 夫が自己満足げにしゃべること、夫がだんだん太ってきたこと、夫が自分の健康を気にしすぎること、それに鼻にかかった例の声、あの洋服の趣味、もう何もかもがテレーズにとっては自分を圧するための装置のように見えてきた。だいたい体に毛が多すぎる。
 それなら、さっさとテレーズがこの世界から出て行けばいいのではないか。たしかにそうだった。自分がここを去ればよい。が、そう思いついた日が夏の暑いさかりだったのがいけなかった。とてもこんな暑い日に出て行く気にはなれない。
 こうしてテレーズは夫ベルナールの毒殺をひそかに計画することになる。

 夫を殺したくなるかどうかではない。問題は自分自身の生活にある。主婦といえども、いつだって「存在の耐えられない軽さ」と逢着しているということなのである。
 自分がどのような日常にいるのか、どのような社会を許容しているかということが問題なのだ。では、どのようにこの世界から出ていくか。会社ならやめればいいかもしれない。他人が用意しているものとおもえるからだ。けれども、生活はどうか。生活というものは、それが結婚生活であればなおさらだが、自分がつくりだしてしまったものである。
 こうしてテレーズは自分を変えられずに、夫を変えることを、すなわち抹殺することをおもいつく。
 ところが、モーリアックがテレーズにもたらしたのは、そこから先の試練なのである。夫の薬殺に失敗してしまうのだ。こうして冷えきった夫婦は裁判を迎えるはめになり、さらにテレーズにとっては信じがたいことに夫がテレーズの殺意の立証を崩してくれたのだ。テレーズを庇ってくれたのだ。
 かくてテレーズは夫によって犯罪者であることを免れる。しかし夫が守りたかったのは、実はテレーズではなく、ベルナール自身をとりまく家の名誉でしかなかった。

 怖い女は怖い女になれなかったのだ。モーリアックはその矛盾を描くことで「人間」を描いたのである。そこがノーベル賞の所以にもなった。
 ピエール・アンリ・シモンは、このようなモーリアックの文学を「小説詩」と名付けた。おそらくはいま略述した『テレーズ・デスケルウ』の筋書がわかったくらいでは、とうていすぐにはそうは思えまい。
 しかし、モーリアックがもともとは詩人であったこと、そのころモーリス・バレスがモーリアックの詩に「無上の清らかさ」や「魂の魅惑」を感じていたこと、そもそもモーリアックが文壇に認められたのが北条民雄をおもわせる『癩者への接吻』(1922)であったこと、テレーズという主人公の名がラテン語のテレジアに、スペイン語ではテレサになることなどを思えば、つまりは聖女の名であることなどをおもえば、そこに「小説詩」を感じることは多少はたやすくなってくる。
 さらに次のモーリアックのテレーズに関する言葉を読めば、理解がしやすくなるだろう。

 ぼくの小説のすべての主人公よりもさらに汚れた作中人物を、ぼくが考え出したのをみて、多くの人は驚くだろうが、美しい秘密に満ち、暗い秘密を心にもたぬ人間についてはぼくは何も言うことなどできないのである。
 内に暗い秘密をもたぬ人間は語るべき何もないからだ。ぼくが知っているのは、ただ泥のように汚い肉体に隠れまじった心の物語なのだ。

 もっとも、このようなモーリアックの意図を正面から受け取れない者たちもいる。カトリック作家の自負をもちモーリアックを非難したカトリックたちである。
 かれらはモーリアックがカトリシズムを標榜していながら、その裏で愛欲や異端に走った作家だと非難した。これはモーリアックに堪(こた)えたようだった。まるで的外れなこれらの非難の轟音をうっちゃっておけなかったモーリアックは、『テレーズ・デスケルウ』の翌年に『キリスト者の苦悩』を、さらに2年後に『キリスト者の幸福』を書く。これはモーリアック自身の苦悩からの脱出のためでもあった。

 モーリアックの試みは、必ずしもカトリック派にすんなり受け入れられたわけではなかった。モーリアックがキリスト教に対して見せる真摯な議論とテレーズが見せる悪徳の「あいだ」を理解できない者は、あいかわらず少なくなかったのである。
 さらに、その「あいだ」に悩み出す者もいた。日本では遠藤周作がその一人だった。本書の翻訳者である。
 遠藤は若いころからモーリアックに心酔し、モーリアックを翻訳し、モーリアックのキリスト論に魂を贖われながら、その二つを完全に重ねあわせ融合させることができないでいた。そしてその「あいだ」にこそ何かの自分が関与していない秘密があると考えて、かの『海と毒薬』や『沈黙』などの創作にとりくんだ。

 考えてみればモーリアックも罪な男である。しかしながら、この強靭な精神と創作性は、われわれ日本人には欠けているものとも言わなければならない。
 日本人は罪と愛を正面から議論するなんて、苦手なのである。そのかわり近松ではないが、罪と愛の葛藤を“情景”にするのは好きだった。ぼくはそういう意味で、ときおり発揮した遠藤周作の深刻な勇気に拍手をおくりたい。

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