ダフネ・デュ・モーリア
レベッカ|上・下
三笠書房 1977 新潮文庫 他 1992
ISBN:4102002014
Daphne de Maurier
Rebecca 1938
[訳]大久保康雄

 深夜、皮膚がぴくっと動いてしまった自分に戦慄してしまうような物語に、いつごろ最初に出会ったのだろうか。きっと中学生のころのコナン・ドイル江戸川乱歩が最初だったとおもうが、一度この戦慄を経験してしまうと、何度もその経験に入りたくなるのが子供ごころに不思議だった。
 もっともだからこそ、この皮膚が戦慄するという感覚を追いかけるサスペンスという領域が作家たちの想像力と創造力を駆りたててきたわけである。

 人間を捉えて離さない異常な戦慄が、そもそもどのように生じてくるのかということを研究した者は、あまりない。
 心理学者はとくにこの手の研究には弱い。役にも立たない。哲学者もサスペンスなど思索していない。現代哲学もサスペンスを研究するようになればいっぱしのものだとおもうが、めったにそういう哲学はない。すぐに「悪とは何か」などというめんどうな議論ばかりする。
 けれども、世間の人間たちの心理を占めるのはきまって異常なサスペンスなのである。とりわけこの20年ほどはディーン・クーンツとスティーブン・キングの登場以来というもの、ずっとモダンホラーというサスペンスで埋められてきた。それなのに、いまだに心理学も哲学も、また社会学もサスペンスを研究しない。
 では、誰がサスペンスを研究してくれたのだろうか。そういうことにかけて先駆的だったのはアルフレッド・ヒチコックだったのではあるまいか。

 レベッカという女主人公はイプセンの『ロスメルスホルム』に出てくる。べつだんつまらない戯曲ではないが、レベッカがわれわれにのしかかってくることはない。
 ヒチコックが撮った『レベッカ』は、このレベッカではない。ヒチコックのレベッカはのしかかってくるレベッカで、しかも見えないレベッカである。それがデュ・モーリアのレベッカ、すなわちレベッカ・デ・ウィンター夫人だった。
 ところが、この女主人公は小説が始まるときには、すでに謎めいた水死をとげ、死んでしまっている。埋葬も終わっているから、死体もない。『レベッカ』は主人公がいない物語なのである。それなのにデュ・モーリアは物語のタイトルに『レベッカ』を選んだ。そこがこの物語を最初から怖くさせている。

 物語は「わたし」によって語られていく。「わたし」はレベッカ亡きあとにデ・ウィンターの後妻となってマンダレイの屋敷に来た後妻である。小説の中では、この「わたし」には名前が与えられていない。
 「わたし」は夫マキシム・デ・ウィンターに愛され請われて後妻に来たのだが、どうもマンダレイの広大な屋敷が重い。不気味なのだ。いろいろ感じるところを組み立ててみると、「わたし」は先妻のレベッカがつくりあげた空気や習慣がこの屋敷の隅々をびっしり占めていることに気がついてきた。ここには死者のレベッカがのしかかっているようなのだ。物語はこの見えないレベッカの策略のようなものを追って進んでいく。
 そこへ、とんでもないことがおこる。仮想舞踏会の翌朝、海中に沈められていたヨットから埋葬されたはずのレベッカの死体が発見されたのである。これをきっかけに「わたし」はレベッカの死にまつわる驚くべき謎の一端を知っていくことになる。

 ロンドン生まれの女流作家ダフネ・デュ・モーリアはサスペンスの名人だったわけではない。むしろ英国文学伝統のゴシック・ロマンの名手だった。
 ゴシック・ロマンは空間を描く。そこで空間そのものに恐怖が宿る。主人公は空間に宿った“何か”なのである。この見えない“何か”の力を巧みに書くことで、デュ・モーリアは空間そのものをサスペンスにしてしまった。ぼくの皮膚をぞくぞくとさせた戦慄感は『レベッカ』においては空間の触感だったのである。
 ヒチコックもそれを見逃さない。『レベッカ』をモダンサスペンスに仕立てたのはヒチコックだった。おそらくはデュ・モーリアを研究したことがヒチコックをサスペンス映画の天才にしたのであろうとおもうほどである。のちに話題になった『鳥』も、デュ・モーリアの原作だった。

ところで、この物語にはもうひとつ大きな仕掛けが動いている。それは物語の外にある仕掛けというもので、そのことに気がつくといっそうぞっとする。
 旧約聖書では、レベッカはアブラハムの子のイサクの妻なのだ。レベッカは兄エサウと弟ヤコブの双生児を産んだ。しかしレベッカは兄のエサウを排して、弟のヤコブを相続者とするために“画策”したのであった。“画策”というのはぼくが勝手にそういう言葉をつかってみたまでで、聖書には“努力”という言葉がつかわれている。が、どう見るかは見方次第であろう。
 いずれにしてもレベッカがヤコブを選んだことが、ヤコブをして選ばれた民の代表として約束の地への進行を可能にさせた。ヤコブは天使と闘い、イスラエル(神と対決した者)という名をもらう。やがてヤコブはラケルと結婚し、ここにイスラエルの12使徒が誕生する。
 すなわち、レベッカの計画がユダヤ=キリスト教の全構想を用意したのであった。デュ・モーリアがレベッカに託したサスペンスはヨーロッパ社会の始原に属するサスペンスでもあったのである。

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